契約成立……と思いきや
俺が作ったポーションの効果の程は、すぐに知ることになる。
「マイクさん!」
先程ポーションを持って出て行った男性が勢いよく戻って来たかと思うと、感極まった様子で叫ぶ。
「あいつが……あいつが目を覚ましました!」
「本当か!?」
「はい、潰れた足も元通りになりましたし、お医者様も大丈夫と仰って下さいました」
「そうか……良かった」
雇っている鉱員の命が助かったと聞いて、マイクさんは大きく息を吐く。
「……ハジメさん、この度は本当にありがとうございました」
「いえ、お役に立てて何よりです」
キチンと結果が出たことに、俺も密かに安堵する。
これで今回の契約に対して信憑性を持ってもらえるだろうし、保険があることのありがたみも理解してもらえるはずだ。
実際、資料に目を落としていたマイクさんは、大きく頷いて同意を求めるように周囲を見やる。
腹を括ったような眼差しに、周りの鉱員たちも同じように頷く。
……これは、勝負ありとみていいだろうか?
「ハジメさん、今回の契約ですが……」
微笑を浮かべたマイクさんが話しを切り出そうとすると、
「ちょっと待った」
話を遮るように、低めの渋い声が割って入って来る。
声のした方に目を向けると、ミーヌ村の村長であるルドさんが気難しい表情で手を上げていた。
「俺の方からも質問させてもらっていいか?」
やはり来たか……、
ルドさんから絶対に何か質問が来るだろうと思っていた俺は、営業スマイルを浮かべて彼のすぐ傍まで行く。
「何でしょうか? サービス内容で何か不明な点でもございましたか?」
「そうじゃねぇ、提供される中身についてはあいつ等が判断すればいい。俺が気にしているのは別のことだ」
「別……ですか?」
てっきりサービスの中身についての質問だと思ったが、経験豊富なルドさんには別の何かが見えているのかもしれない。
そう思った俺は、頭の中であらゆる質問の想定をしながら話を聞く姿勢をとる。
「フン、いっちょ前の面構えを見せるじゃないか」
ルドさんは口の端を吊り上げて笑うと、テーブルの上に置いた書面をコンコンと叩く。
「現在、ウチの鉱員は全部で二百弱だ。仮に全員が契約した場合、毎日二百近くのポーションを運んでもらうわけだが、それだけの準備はしてあるのか?」
「はい、それは勿論です」
挑む様な視線にハッキリと頷いた俺は、隣に座るアリシアさんと目配せをする。
「アリシアさん、あれをお願いできる?」
「はい、お任せください」
白い歯を見せて頷いたアリシアさんは、弾むような足取りで部屋の外へと駆けていく。
……どうやら仕事をお願いしてよかったようだ。
嬉しそうなアリシアさんの背中を見て元気をもらった俺は、彼女が戻って来る間に話を進めることにする。
「繰り返しになりますが、輸送についての準備はしてあります」
「具体的には?」
「ポーションを運ぶための専用の箱です。今日は現物をお持ちしています」
「ほう……」
既に用意していると聞かされたルドさんが、感心したように双眸を細める。
どんな無茶な質問が来るかと思ったが、想定内の質問だったことに密かに安堵する。
この世界の物流は、人の手によるものか、馬がけん引する荷馬車が主である。
俺が乗って来た馬車もそうだが、荷馬車には衝撃を吸収するサスペンションがないのと、道も殆どが舗装されていないので、ポーションのような割れ物を運ぶとどうしても数本は割れてしまう。
だから瓶のような割れ物を運ぶ時は藁や麻、布などの柔らかい緩衝材を入れるか、瓶同士がぶつからないように仕切りを用意したり、適切な箱のサイズを用意したりと様々な工夫がされた箱を使うのが一般的である。
ポーションを運ぶ専用の箱もあるにはあるが、それは一度に十数本、さらに人が運ぶための背負うタイプの箱で荷馬車での移動は想定されていない。
だが、これから毎日大量のポーションをいっぺんに運ぶ必要が出てくると、今までと同じ徒歩での輸送というわけにはいかなくなる。
そんなわけで専用の仕切りが付いた特注サイズの木箱を作ってもらい、試行回数を重ねに重ねてポーションを一度に五十本運べるようになった。
他にも蓋が開かないようにしっかりと閉じる蓋を用意したり、荷馬車にも布を敷き詰めたり、通る道もなるべく平坦な道になるようにと数々のシミュレーションを経て今日に至っている。
「あらゆる状況を想定してきましたので、ポーションの輸送は問題ありません」
「そうかい……そいつは立派なことだ」
俺の言葉に、ルドさんは理解を示しながらも納得はしていない様子だ。
自分の目で確認するまでは、認めるつもりはないようだ。
こちらとしてもこれ以上の言葉はないので、アリシアさんの到着を待つしかない。
「お待たせしました」
すると程なくして、アリシアさんが荷馬車に積んでいた木箱を手に現れる。
五十本ものポーションが入ったかなり重量がある木箱をゆっくり地面に降ろしたアリシアさんは、流れてきた汗を拭って快活に笑う。
「さあ、ハジメさん」
「ええ、ルドさん。こちらが話していた木箱です」
来る途中に荷馬車の中で耳を澄ませていたが、瓶の割れる音はしなかった。
だから大丈夫、そう思いながら俺は慎重に蓋を開ける。
だが、
「…………えっ?」
何度もシミュレートを繰り返し、道中も慎重に運んできたのに、俺たちの頑張りを嘲笑うかのように瓶の何本かが割れていた。