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本職は錬金術師ですから

 真剣な表情で手を上げるマイクさんに、俺はなるべく柔らかい声音を意識して尋ねる。


「マイクさん、何か気になることでもありましたか?」

「はい、まず何より聞かせてもらいたいのは、ハジメさんの目的です」

「目的……ですか?」

「はい、料金の是非はともかく、ザッと見た限りでは我々に多くの利があることはわかります。ですがこの料金設定でどうやってハジメさんは稼ぐのでしょうか?」

「ああ、そういうことですか」


 マイクさんの指摘は尤もだと思う。


 例えばプランAを最大限に利用した場合、粗悪なポーションの月額費用だけで銅貨三百枚……銅貨百枚で銀貨一枚と同じ価値なので銀貨三枚。


 そこに販売価格が銀貨一枚の普通のポーションを三本受け取ったらそれだけで月額価格の銀貨五枚を超える。


 プランBは初回契約サービスも含めて最大限に利用したら、金貨十二枚と銀貨三十三枚……実に月額価格の六倍だ。


 二か月目以降も受け取れる上等なポーションの価格だけで月額価格を超えるから、契約者が増えれば増えるだけ俺が損することになる。


 そこへさらにプランAの特典である上等や最高級のポーションを半額の負担まで請け負ったら、俺の損失はとんでもない額になるわけだ。


「マイクさん、たった数分できっちり損得勘定するは流石ですね」

「茶化さないで下さい。こうして話を持って来た以上、ハジメさんにも何かしらの利があるのですよね?」

「いえいえ、私は本当に皆さんの安全を……という建前は要らないといった感じですね」


 怒るように睨むマイクさんを見て、ここは素直に本音で話すべきだと思った俺は襟を正して表情を取り繕う。


「勿論です。当然ながら私に利があるから提案させていただきました」

「具体的に聞いても?」

「勿論です。特に隠し立てすることでもありませんからね」


 マイクさんからの信用を得るためにも、儲けの仕組みはきっちり説明すべきだろう。


「といってもそんなに難しい話ではありません。そもそも、マイクさんの認識が間違っているのです」

「間違い?」

「はい、確かに全てのサービスを享受すれば私が損しますが、全員が受けるは限らないからです」


 このサービスは、毎日の栄養ドリンクの提供こそあるものの、基本的には怪我した時の治療の保険である。


 確かに鉱山での仕事は怪我との隣り合わせではあるが、誰も彼もがそんなに怪我をするわけでもなければ、ちょっとした治療にポーションに頼るわけでもない。


「というわけで実際に提供する治療用のポーションの数は、表記数より減る算段です。私の提案はあくまで保険……転ばぬ先の杖程度に考えていただければと思っています」

「だとしでも我々に毎日用意するポーションの数だけでもかなりの金額になるはずです。労力だけを鑑みても、仲介の差額で儲けるにしては実りが小さ過ぎます」

「マイクさん……」


 その声で、俺はマイクさんの質問の意図を理解する。

 てっきりミーヌ村での利益を最優先にした質問かと思ったが、どうやら俺の心配をしてくれたようだ。


 マイクさんが指摘した通り、俺の仕事は簡単に言えばポーション提供の仲介だ。


 安全を買ってもらうという名目でも、一歩間違えれば大量のポーションが必要になって破滅へ一直線だ。

 そんなリスクを度外視してでも危ない橋を渡ろうとしている俺を心配してくれるマイクさんに、感謝しながらまだ話していない秘密を話す。


「マイクさん、まだ話していませんでしたが、私の本職は錬金術師です」

「えっ、その年齢で……い、いや失礼」

「気にしないで下さい。私の力は、私個人だけのものではありませんから」


 そう言ってラックの方を見やると、相棒の灰色の毛玉は実に嬉しそうな華やいだ笑顔を浮かべる。

 ラックの幸せそうな笑みに思わずつられて笑みをこぼした俺は、この日のために用意した深い青色のこじゃれた瓶を取り出す。


「実は私、こう見えて最高級のポーションを作れるんです」

「えっ……ほ、本当ですか? もしかして、それが?」


 震える指で瓶を差すマイクさんに、俺は深く頷いて応える。


「はい、提供するポーションはこいつを資金源にします」


 最高級のポーションの買い取り価格は金貨二枚、これを銀貨換算すると二百枚、銅貨なら二万枚になる。

 つまり、最高級のポーションを一個作れば、粗悪なポーションを冒険者ギルドから二千本、普通のポーションでも二百本買えるというわけだ。


 検証の結果、プルルが薬草とニガニガ玉を綺麗にできるのは一日二つずつまでで、それ以上は体に悪影響が出るかもしれないとオリガさんからストップがかかった。

 プルル自身はまだまだ頑張れるといった様子であるが、師匠からの助言はありがたく受け取るべきだと判断して、それ以上は働かせないようにしている。

 ゆくゆくはもっと仕事ができるようになるかもしれないが、プルルの契約主としては焦らずゆっくりと、愛らしい不定形の生物の成長を見守っていきたい。


 だが、最高級のポーションを作れるようになったからと言っても、一日二本では月に金貨六十枚、年間でも七百枚とここで働く鉱員と比べたらかなりの高級取りではあるが、金貨二千枚という膨大な借金は完済できない。


 故にこれ以上稼ぐためには、仕事の成果を上げるよりも、稼いだ金を元手に新たな事業を興した方が効率的だと思ったわけだ。


「ただ、口で言ってもこれが最高級のポーションだと証明するのは難しいと思います。ですので、この一本はマイクさんに差し上げますから実際に使ってみて下さい」

「えっ、ですがギルドを通さないんで大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 心配そうな顔をするマイクさんに、俺はしかと頷いてみせる。


 この場合の大丈夫とは、ギルドの許可なしに、個人でポーションを販売することを禁じているルールに抵触しているのではないか? という意味である。


 ポーションの品質と価格を一定に保つためにも、個人売買を厳しく取り締まる必要があるから決められたルールであるが、それはあくまで販売行為に限るものである。


 それに全てを禁止にしてしまったら、不慮の事故に遭遇した時の助かる命も救えなくなってしまうので、利他的な好意全般はルールの対象外となっている。


「これはあくまでポーションの無償提供ですから問題ありません。ウォルターさんからも許可はいただいていますので、遠慮なく使って下さい」

「――っ!? お、おい、誰かこれを持って病院へ行って医者に渡して来い!」

「は、はい!」


 マイクさんに指示された筋肉質な男性が震える手で瓶を受け取ると、両手で大事に抱えて走っていく。


「すみません、取り乱しました」

「いえ、お気になさらずに……それよりポーションを使う相手がいるのですか?」

「ええ、つい昨日、落石事故にで足を失った者がいまして……もって数日と言われてます」

「そう……ですか……」


 冷静に努めているが、実は俺もマイクさんに負けないくらいドキドキしていた。


 実を言うと最高級のポーションを作れるようになったが、これまでポーションを一度も使ってみたことはないのだ。

 特に危険なことをしているわけではないので怪我をする心配も殆どないし、疲労回復効果があると言われても『粗悪』という文字が入ったものを体に入れるのは抵抗がある。


 ラックからもらったスキル『なんでも鑑定』でも、ギルドでのアイテムを使った鑑定でも『最高級のポーション』と出ているので間違いないと思うが、もし実際に使って何の効果も出なかったら……何て考えてしまうのは仕方ないと思って欲しい。


 ひとまず今は、自分が使ったポーションが最高の結果を出してくれることを祈ろう。


「…………ふぅ」


 誰にも気付かれないように小さく嘆息した俺は、事故に遭った人が作ったポーションで助かるように祈った。

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