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鉱山の村へ

 旅というものはいいものである。


 天気は快晴、心地よい風と美味い空気、そして目に映る全てが目新しいものとなると、気持ちは童心に帰ったかのようにワクワクするものだ。



 …………途中までは、そう思っていた。


「さあ、ハジメさん見えてきましたよ……ってどうしました?」


 御者台に乗るアリシアさんが後ろを振り向き、不思議そうに首を傾げる。


「そんなところで丸まってお腹でも痛いんですか?」

「いや、お腹は大丈夫。だた、馬車での移動がこんなに辛いとは思わなかったんだ」


 大量の木箱の隙間に陣取った俺は、丸まった姿勢で痛む尻を擦りながら情けない笑みを浮かべる。


 ウォルターさんに事業の提案をいくつか示した俺は、新たな交渉のためにミーヌ村に行くことになった。

 クライスから一番近くの村とはいえ徒歩で半日、街道を往くとはいえ何処に魔物が潜んでいるかわからない中を歩くのは難易度がハード過ぎるということで、冒険者ギルドが所有している馬車で移動していた。


 昔ながらの馬車は乗り心地がよくないという話を聞いたことがあったが、いざ体験してみると思った以上に酷いものだった。


 当然ながら道は整備なんてされておらず、常にガタガタと揺れて座っているだけでお尻が細かく浮いて叩きつけられるので、三十分も乗っていると蓄積した痛みに耐えられなくなったというわけだ。


 俺は両手で尻を押さえた情けない姿のまま、鼻歌を歌って馬を操るアリシアさんに質問する。


「アリシアさん、こんなに揺れるのによく平気でいられるね。何か痛くならないためのコツでもあるの?」

「アハハ、ないですね。結局、慣れですよ。慣れ」


 アリシアさんはカラカラと笑うと、手綱を操って馬車の速度を上げる。


「ちょ、ちょっと待って!」


 体が大きく浮きそうになる感覚に、俺は堪らず荷台にへばりついてアリシアさんに向かって叫ぶ。


「アリシアさん、な、何してるの!?」

「お尻が痛いなら、早く解放されるように速度を上げただけですよ」

「えっ? い、いやいや、それはそれで怖いからもっとゆっくり……」

「ダメです、聞こえませ~ん」


 俺の要請を無視して、アリシアさんは笑いながらさらに速度を上げる。


「あ、あがっ! イタタ、こ、こうなったら……」


 逃げ場がないのなら、せめて少しでも楽になろうと俺は咄嗟に思いついた策を講じる。


「プルル、いるか?」

「ぷるっ?」


 俺の声に、荷台の隅置かれた桶から「呼んだ?」と言うように半透明の丸い物体が顔を覗かせ、揺れをものともせず這いずり寄って来る。


 俺は近くまで来たプルルを抱き上げると、スベスベの表面を撫でながら話しかける。


「悪いけど、いつもみたいに枕になってもらっていいか?」

「ぷるるっ!」


 プルルはぷるぷると震えると、俺の首にぐるぐると巻き付いてくる。

 後頭部がひんやりと冷たいものに包まれたの確認した俺は、荷馬車にできた狭い隙間の間に横になる。


 すると、揺れはまだ気になるが、脳に直接響かない分だけ随分と楽になったような気がする。


「ありがとう、プルル。大分楽になったよ」

「ぷるぷるっ!」


 耳元からの「どういたしまして」というようなニュアンスのプルルの声を聞きながら、俺は柔らかいクッションと、サスペンションの偉大さを思い知りながら早く目的地に付いてくれと願い続けた。




 無心になってプルルの枕に身を任せること数時間、馬車の速度が緩やかになったような気がしたので、俺はゆっくりと目を開ける。


「……着いた?」

「はい、見えてきました。あそこです」


 御者台からアリシアさんの元気な声が聞こえ、俺はゆっくりと起き上がる。


「おおっ!?」


 身を起こすと、景色が一変していた。


 クライスの街周辺は見渡す限りの草原だったが、少し見ない間に穏やかな景色が荒涼(こうりょう)たる風景に変わっていた。

 前方にはいかにも鉱山といった様子の峻険(しゅんけん)な山が見え、麓にはミーヌの村へと続くと思われる木製の門が見てとれた。


「プルル、ありがとう。もう大丈夫だよ」

「ぷるっ」


 プルルが定位置の桶の中に戻っていくのを見ながら、俺は御者台へと近付いてアリシアさんの隣に座っていたラックと場所を代わってもらう。


「さて、迎えの人が来てくれているはずだけど……」

「あれじゃないですかね?」


 アリシアさんが指差す方へ目を向けると、門の近くに三つの人影が見てとれた。


 いかにも炭鉱夫といった感じの筋骨隆々の男性が二人、彼等に守られるように小柄な男性が腕を組んで立っている。

 後ろの二人が護衛だと考えると、手前の小柄の男性が今回の交渉相手、ミーヌで鉱山を取り纏めている人物だと思われた。



 出迎えと思われる三人は、俺たちが近くに来るまでじっくりその場で待機していた。


 互いに顔が認識できる距離まで来たところで、アリシアさんが馬車を止める。


「一応、何かあった時にお互い対処できる距離で止めるのが礼儀なんです」

「なるほど」


 万が一相手が交渉相手ではなく、暴漢だと想定して動くという説明に感心しながら、俺は馬車を降りて三人に声をかける。


「こんにちは、ウォルターさんの紹介で交渉に来た(はじめ)と申します」


 そう言いながら俺は、ウォルターさんから預かった小さな旗を広げる。

 金の刺繍が施された旗には、クライスの街から来た証だという鷲を模った模様が描かれている。

 これもまた自分が正当な使者であることの証明で、こうして何重にもチェックする機能があるのは面白いと思う。


「お話は伺っています」


 俺が名乗り、旗を見せたことで相手も警戒を解いたのか、柔和な笑みを浮かべる。


「はじめましてハジメさん、私はミーヌの村長の息子でマイクと申します」

「はい、はじめましてマイクさん」


 後ろに控える人がつるはしをモチーフにした旗を掲げるのを見ながら、俺はマイクさんの手を握り返す。


「本日はお時間を作っていただきありがとうございます」

「いえいえ、こちらも異世界から来た人から、交渉を持ちかけられるとは思いませんでした。こちらこそ実りある時間を期待しています」

「ハハハ、お手柔らかにお願いします」


 互いにけん制するように社交辞令的な挨拶を交わした俺たちは、思った通りマイクさんのボディーガードをしているという二人の案内で、ミーヌ村の中へと足を踏み入れた。

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