ポーションを売るなら?
冒険者ギルドは酒場としても一般に解放されているが、ランチタイムを過ぎて客は一人もいないので話し合いにはもってこいだった。
「さて、何から話したものか……」
昼間なので、酒ではなく紅茶を口にしたウォルターさんは、顎の無精ひげを撫でながら渋面をする。
「といっても、現状についてはハジメが指摘した内容で大体全部だ」
「じゃあ、クエストが滞っているのは?」
「人手が足りないのもあるが、実力ある奴が少ないのもあるな。なんせ今残っているのは、元からこの街に住んでいた奴ばかりなんだよ」
やはり報酬目当てで出稼ぎに来た冒険者は、軒並みいなくなったということだ。
「たまに他所から流れて来る奴もいるが、定着する奴はほぼいないと言っていい」
「報酬が安いからですか?」
「いや、そこは他所と大きく変わらない。問題はその後だな」
「エカテリーナ様が設定した税金ですね?」
その質問に、ウォルターさんは苦々しい表情で頷く。
「まあ、昔は恩恵にあずかりたくて人口が増え過ぎたからな。人口を減らすのと、人員を選別するための税金だったのだが、悪評の方が広がり過ぎてな……」
「払えなくなったら追放か、鉱山での強制労働ですからね」
冒険者ならともかく、俺みたいな戦闘能力のない一般人には危険がいっぱいの街の外で暮らしていくのは難しいし、他所へ移住するのも命がけだ。
そうなると残された道は、鉱山での労働ということになる。
「正直俺も、鉱山で働くのだけは勘弁願いたいです」
「そうか? 一概に悪いとは言えんぞ」
否定的な俺に、ウォルターさんが真剣な表情で鉱員について話す。
「辛いイメージのある鉱員だが、実際は他の職と比べてかなり厚遇されているぞ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、休みはしっかり取れるし給料も高い。そして何より、酒場の売り上げの貢献度が高い」
嬉しそうに話すウォルターさんの顔は、ギルド長というより酒場のマスターの顔になっていた。
「それに怪我人も多いから、ポーションの売り上げにも貢献してくれるんだ。たまに崩落事故が起きて死ぬこともあるが、贅沢な暮らしは保証されているぞ」
「そう……ですか」
つまるところ冒険者ギルドの主要な収入源は、冒険者ではなく鉱員たちというわけだ。
「ですが、鉱員たちにそこまで給料を融通できるのなら、街の財政も問題ないのでは?」
「そこなんだよなぁ……」
どうやら簡単には話が進まないようだ。
「と言っても難しい話じゃない。鉱山を所有しているのがこの街ではなく、隣のミーヌだから鉱石の売り上げ自体は街に入らないんだよ」
「ミーヌ……」
初めて聞く名前だが、ミーヌはクライスから半日ほど歩いた場所にある村らしい。
町に至るほど大きくはないが、鉄や銅といった鉱石の産業でそれなりに潤っているという。
クライスとの関係性は、鉱員の斡旋でいくらかのマージンを受け取っているのと、ミーヌには冒険者ギルドがないので、ポーションの供給やギルド会員証関連で繋がっているのだという。
ここまで来ると、ミーヌをクライスの傘下においてしまえばいいと思うかもしれない。
だが、ミーヌはクライスと一番近いといっても、彼の村を管轄しているのは別の国であり、クライスの傘下に置くとなると色々と問題があるという。
「まあ、本当はミーヌへのポーション供給も、かなりグレーな取引の末に結んだんだけどな。あれがなかったら、この街はもっと前に終わっていただろうよ」
「なるほど……」
終わるとは、借金をしている街か国の属国、もしくは植民地になるということだろう。
どうやら思っていた以上に、この街が抱える問題は大きかったようだ。
その最たる原因の光の御子様は、人が良過ぎたのだ。
困っている人を……泣いている人を放っておけない、助けずにはいられないという性格は立派だが、後先考えずに私財まで投じるのはやり過ぎである。
「つまりウォルターさんたちは、エカテリーナ様と共に光の御子様が遺した借金返済に追われているということですか?」
「その通りだ。ハジメ、どうやらお前さんは、俺たちより物事がよく見えているようだな」
「たまたまです。前の世界での経験が活きているだけです」
「そうか、金で苦労するのは何処も同じということか」
「全くです」
俺が肩を竦めてみせると、ウォルターさんも苦笑しながらテーブルに肘を付いて組んだ手の上に顎を乗せると、真剣な表情で俺を睨む。
「ハジメ、さっき新しいことをすると言っていたが、それは俺たちに協力してくれるということでいいんだな?」
「はい、そのつもりです」
これまではこの世界に慣れるため、郷に入っては郷に従えの精神で自発的な行動は控えていたが、ここから先は俺の領分で戦っていきたい。
「実はポーションを使った新しい事業を考えています」
「ポーション?」
「ええ、ざっくり言うとドリルを売りたいなら穴を売れ……この場合はポーション売るなら何を売るのが最も効果的か? っていう話ですね」
そう前置きして俺は、考えている案をウォルターさんにいくつか開示していった。