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動き始める時

「おいおい、本当に最高級のポーションじゃねぇか」


 ギルドのカウンターテーブルに並べられた瓶を前に、鑑定結果を見たギルド長、ウォルターさんが大きく目を見開く。


「しかも三本もの最高級のポーションたぁ、こいつはとんでもない新人が現れたもんだな」

「ええ、本当に驚きです」


 アイテムを鑑定してくれる巨大な虫メガネを手にしたクオンさんも、大きく頷いて俺の方を見る。


「ハジメ様、三本の最高級のポーション、それと七本の上等なポーションの納品もありがとうございます。それで、納品の報酬はすぐに受け取られますか?」

「えっ?」


 今まで聞かれたことのない質問に、俺は戸惑いながらも頷く。


「あっ、はい……できればもらいたいです」


 そこまでお金に困っているわけではないが、何時どこで金が必要になるかわからない。

 だったら少しでも手持ちはあった方がいいし、特に金貨はまだ見たことがないので、ちょっと見てみたかった。


 そう思ったのだが、クオンさんは困ったように眦を下げてウォルターさんと顔を見合わせる。


 一体何事かと思っていると、


「その、ハジメ様……大変申し訳ございません」


 いきなりクオンさんが深々と頭を下げて謝罪する。


「実は報酬をお支払いしたいのは山々なんですが、生憎と現在の当ギルドにはそれだけの手持ちがないんです」

「そ、そうなのですか?」


 思わずウォルターさんの方へ目を向けると、彼は岩の様に分厚い手をパン、と合わせて頭を下げる。


「悪いな。今しがた他の支払いを終えたばかりで、金貨の手持ちが殆どなくなってるんだ。報酬はキッチリ払うから今日のところはツケにしておいてもらえないか?」

「は、はい、それは構いませんけど……」


 支払いと聞いて思い浮かぶのは、外ですれ違った白いスーツ姿の男性だ。

 あの人は冒険者ギルドから手ぶらで出てきたので、実際に金を手にしていたかどうかはわからないが、彼より先に関係者が金を受け取って出ていった可能性もある。


 だが、今はそれについて質問するタイミングではないので、ひとまず飲み込んでおく。

 ウォルターさんも話すつもりはないのか、いつもと変わらない調子で話を続ける。


「助かる。それじゃあ記録を取るからギルド会員証を出してくれ」

「わかりました」


 こういう時、ギルド会員証が借用書代わりになるのはありがたい。

 支払いを先延ばしにしてもらうのは別に構わない。

 会社においてもタイミングによっては金がなくて、支払いに困るというのは往々にある。

 そもそも何か大きな金を動かす時、実際に現金を持って行くことは殆どない。

 だから現金を要求されて、払えないと言われても別に不思議ではない。


 このタイミングで、冒険者ギルドを訪れたのはある意味で僥倖かもしれなかった。

 最高級のポーションが作れるようになったことで、この街における俺の立場も多少は変わるはずだ。


「ウォルターさん、一ついいですか?」


 俺はクオンさんが手続きしているのを尻目に、思い切ってウォルターさんにかねてからの計画を話す。


「実は私、元の世界では会社を経営していたんです」

「ああん、何だ急に……カ、カイシャって何だ?」

「商店とかギルドとかと同じものです。つまり立場としてはウォルターさんと同じ雇う側の人間だったってことです」

「なるほど、それで何だ。何か新しいことでも始めるつもりか?」

「そうですね。色々と考えていることはありますが、まずは少しお話させて下さい」


 俺は「コホン」と咳払いを一つすると、この機会にずっと気になっていたことをウォルターさんに尋ねることにする。


「不躾な質問かもしれませんが、ギルドの経営が上手くいっていないとかありませんか?」

「……何だと?」


 やはり失礼な質問だったのか、ウォルターさんが射貫くような視線で睨んでくる。


「俺の方針が間違ってるって言いたいのか?」

「いえいえ、そういう話じゃないです。ただ、ずっと気になっていたことがあるんです」


 ウォルターさんの迫力に思わず気が引けそうになるが、この手の威圧は会社を興した時に散々受けて来た。


 これからする話は、俺の今後にも大きく左右する大事な話だ。


「すぅ……」


 大丈夫、相手が百戦錬磨の冒険者だとしても、交渉においては筋肉の差なんてないに等しい。

 俺は大きく息を吸って腹の下に力を籠めると、ウォルターさんの目を真っ直ぐ見つめ返して話を切り出す。


「俺が気になっているのは、あれです」


 そう言って俺は、ギルドの部屋の隅にあるクエストが受注できる掲示板を指差す。


「あの掲示板、いつ見ても依頼がいっぱいありますけど、依頼を受ける冒険者が足りてないんじゃないですか?」

「たまたまだよ。そもそも依頼は朝一に受けるのが普通だ」

「だとしても、おかしな点があります」


 今の反論は予想で来ていたので、俺は掲示板に貼られたクエストの一枚を指で指し示す。


「この街道に現れるグリーンワームを倒して欲しいという依頼、俺が初めて冒険者ギルドを尋ねた時からずっとありますけど、受けてくれる人はいないんですか?」

「ああ、それな。グリーンワームは倒しても報酬がうまくないからな……」

「いえ、他の報酬も似たようなものです。だとしたら、街道みたいな重要なインフラに対する脅威を排除しないなんておかしいですよ」


 考えてみれば、他にも気になる点はいくつもある。


 アリシアさん以外にも何人かの冒険者と出会ったことはあるが、掲示板に貼られた依頼の数より明らかに少なかった。

 酒場としてはそれなりに賑わいを見せているのは知っているが、それはディナータイムが殆どで、日中は今現在も含めて客が一人もいないように、閑古鳥が鳴いている時の方が多いような気がする。


 そして何より、ラックが嬉々として話す光の御子が統治していた時と、今のクライスの街は余りにもかけ離れていた。


「おそらくですけど、クライスは財政的にかなり厳しいんじゃないですか?」


 ラック曰く、クライスの街は温かくて、優しくて、皆が笑顔でいられる素敵な街だという。

 その理由は困っている人を決して見捨てず、どんな人でもあらゆる保証を受けられるというものだ。

 異世界ならそんな手厚い社会保障制度が可能かと思ったが何てことはない。足りない分は、光の御子が自腹を切って制度を支えていたというのだ。


「光の御子様がどんな統治していたかはわかりませんが、手持ちの資産だけで街一つ支えるなんてできるはずがない。おそらく借金もかなりあったはずです」


 そんな無茶な政策を光の御子が進んで行っていたのか、聖女にそそのかされていたのかは不明だが、際限なく予算を消化し続ける二人を、エカテリーナ様が怒って追放したと考えれば色々と辻褄が合う。


「光の御子様は冒険者も厚遇したと聞きます。領主がエカテリーナ様へと変わって報酬が引き下げられたから、多くの冒険者たちが出て行ったのではないのですか?」

「何でもお見通しってことか?」


 吐き捨てるように言うウォルターさんの言葉を、俺はかぶりを振って否定する。


「そんなことありませんよ、目に見える情報を集めて推察しただけです」

「…………ハジメ、お前さんやっぱり大人だな」


 ウォルターさんは肩で大きく嘆息すると、カウンターに肘を付いて誰もいない酒場のテーブルを指差す。


「色々と話したいことがあるから、あっちで話さないか?」

「ええ、勿論です」


 どうやら文字通り、対等の立場で交渉のテーブルに付くことができるようだ。


 第一関門はどうにか抜けられたと、俺は心の中で安堵の溜息を吐くと、ウォルターさんに促される形で冒険者ギルド内にあるテーブルの椅子へと腰を下ろした。

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