嫌な奴とのエンカウント
俺が最高級のポーションを作れるようになったころで、オリガさんから正式なポーションの作り方を教わった。
本来は教会で手に入れられる聖水で素材を洗って作るそうだが、少しでも洗い過ぎると薬草もニガニガ玉もボロボロに崩れてしまうどころか、洗っている手も痛めてしまい、場合によっては腕を失うとのことなので、熟練の技術と繊細な手さばきが求められるという。
素材を洗うだけで手を痛めると聞くと、聖水は強アルカリの性質を持つのかもしれない。
アルカリ洗浄を素手で行うような蛮行は流石にしたくないので、俺としては今後もプルルに頼るのが正解だと思った。
最高級のポーションの生成の秘密は守りつつも、手に入れたアイテムをギルドに納品しないという選択肢は存在しない。
というわけでオリガさんの家にラックとプルルを預けて、俺は街へ買い物に行くというアリシアさんと一緒に冒険者ギルドに出向いた。
「それじゃあハジメさん、また後で」
「すみません、ラックたちの面倒を見てもらって」
「いえいえ、ああ見えておばあちゃん、ラック君たちのこと大好きですから、きっと私たちがいなくなって家でデレデレしてますよ」
そう言ってクスクスと笑ったアリシアさんは、食材を買いに商店へと駆けていく。
「あの、オリガさんがね」
弟子に厳しい師匠としてのイメージしかない俺としては、もふもふの毛皮とぷるぷるのスライムと遊んでいるオリガさんの姿は想像できない。
今回、ラックたちを連れて来なかったのは、最高級のポーションを納品すると同時に、ウォルターさんにビジネスの話をしようと思ったからだ。
きっと小難しい話が続くのでラックたちに退屈させてしまうだろうと思っての配慮だったが、オリガさんが喜んでくれるのだったら安心して任せよう。
「とにかく、俺は俺の仕事をしよう」
後ろを任せられることに感謝しながら、俺は冒険者ギルドへと足を向ける。
「……ん?」
すると、冒険者ギルドから見慣れない人物が出てくるのが見える。
この世界の住人にしては珍しい白いスーツ姿の男性の登場に、誰だろうと思っていると、
「おや?」
白スーツの男性が俺の存在に気付いて声をかけてくる。
「見ない顔だね。君はこの街の住人かな?」
「はい、そうです」
特に否定する要因もないので、素直に頷いて自己紹介をする。
「新しくこの街に住むことになった一と申します」
「へぇ、ハジメ……聞きなれない名前だね。職は?」
「錬金術師です。今日はポーションの納品に来ました」
「ほう、その年で錬金術師ね……」
見たところ俺と近い年齢だと思われる白スーツの男性は、綺麗に整えられたあごひげを撫でながら無遠慮な視線を容赦なく送って来る。
その目は野心に満ちた怪しい光を放っており、自分は絶対に失敗しないという自信に満ちている。
……こういう人間に心当たりがある。
若くして起業し、成功してノリに乗っている社長……特に成功を最優先にして、やり方は問わないような、強引な手法を平然と使うような人にありがちな目をしている。
確信はないが、この白スーツの男性とは相容れないような気がする。
別に仲良くなろうとは思わないが、こうジロジロと見られては気持ちよくない。
「あの……俺が錬金術師なのがそんなに珍しいですか?」
「ああ、珍しいね。錬金術師といえばジジイかババアが相場だからな。大抵の奴は途中の修行の辛さに根を上げて辞めるものさ」
「へぇ……」
「そんなことも知らないなんて……そうか!」
白スーツ姿の男性はパチンと指を鳴らすと、いきなり俺の肩に腕を回してくる。
「君が異世界から来たって男だ。そうだろ?」
「……ええ、そうです」
特に隠し立てする必要はないので、俺は白スーツ姿の男性の手を振り払って距離を取る。
「あの……さっきから初対面の人間に対して失礼過ぎませんか?」
「ハハッ、細かいことを気にするなよ。俺がこうして話すのは、限られたごく一部の奴だけなんだぜ」
「どういう意味ですか?」
「何ってそりゃ……」
白スーツ姿の男性は何かを言いかけるが、
「おっと、こうしちゃいられない」
用事を思い出したのか、俺から視線を外すとそのままスタスタと歩き出す。
「もう少し話していたかったが生憎と忙しくてね。近いうちにまた会うと思うから、その時まで精々小銭を稼いでくれよ、ハジメ」
「…………どうも」
こっちは名乗ったのに、最期まで名乗りもせず去っていく白スーツ姿の男性の背中を見やりながら、俺は内心で吐き捨てる。
ほらな、やっぱり嫌な奴だった。
近いうちに再会するとか何とか言っていたが、こちらとしては願い下げだと思いながら俺は冒険者ギルドの扉を開けた。