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プルルのお蔭なんです

「オリガさん!」

「何だい、うるさいね……」


 俺の声に、部屋の奥で素材の選別を行っていたオリガさんがうっとおしそうに顔を上げる。


「何だいハジメ、大きな声を出すんじゃないよ」

「す、すみません、ですがこれを見ていただきたくて……」


 興奮して声が大きくなっていたことを謝罪しながら、俺は深い青色のこじゃれた瓶を取り出す。


「最高級のポーションを作ることができました」

「……何だって?」


 俺の報告に、オリガさんは片眉を吊り上げて立ち上がる。


「このあたしの邪魔をしたんだ。冗談だったらタダじゃおかないよ」

「大丈夫です。間違いありません」

「ほう……」


 俺の表情から冗談ではないと察したのか、オリガさんは俺から瓶を受け取ってかけていた眼鏡を外す。


 老眼らしく、オリガさんは目を細めて瓶の中を覗いたり、匂いを嗅いだり、果ては屋外に出て陽の光にかざしたりする。

 最後にひとしずく瓶の中身を取り出し、ペロリと舐めたところで、


「驚いた。本当に最高級のポーションだ」


 オリガさんは驚きに目を見開きながらこちらを見る。


「ハジメ、あんた本物の天才だよ。異世界人は皆、あんたみたいな奴ばかりなのかい?」

「いえいえ、俺は全然たいしたことないですよ」


 ここまで手放しで称賛されると背中がむずがゆくなるが、今回の功績は俺の力によるものではない。

 いつまでも天才扱いされては堪らないので、俺は早々に種明かしをする。


「実は最高級のポーションを作れたのは、こいつのお蔭なんです」


 そう言って俺は、桶の中に入った新たな家族を紹介する。


「この子は従魔契約を結んだスライムのプルルです。ポーションが作れたのは、この子のお蔭なんです」

「……どういうことだい?」

「実はですね……」


 これからも師匠としてお世話になるオリガさんに隠し事をするにも気が引けるので、俺はどうやって最高級のポーションを作ったかを説明する。


 といっても実に簡単な話で、薬草とニガニガ玉を綺麗にする作業をプルルが行ってくれただけで、他の工程を変えたところはない。


 ポーション作りで最も大切なのは素材をいかに綺麗にすることであり、この工程にどれだけ手間をかけたかで品質が決まると言っても過言ではない。


 俺もラックも、それぞれが扱う素材を丁寧に丁寧に扱って綺麗にしているが、それでも目には見えないレベルのゴミや汚れは残ってしまう。

 おそらくだが、プルルはそんな目に見えない分子レベルのゴミまで綺麗に除去してくれるのだと思う。


 工房でプルルが綺麗にしてくれた素材を鑑定した時、普段は『薬草』としか表記されないのに、この時は『清浄(しょうじょう)された薬草』『清浄されたニガニガ玉』と出たのだ。


 一切の汚れがないという意味の『清浄』という文字を見た時、これを使えば最高級のポーションを作れるのではと思ったのだ。


 素材だけでなく入れる瓶も、しっかり煮沸消毒をした瓶を用意したものを用意し、全てを完璧にそろえた結果『最高級のポーション』が完成したのだった。


「そう……スライムにそんな能力がね」


 桶の中でぷるぷると震えているプルルを、指で突きながらオリガさんが口を開く。


「ところでハジメ、スライムの能力を他の奴には話したか?」

「いえ、オリガさんだけです。完成してすぐにここに来たので、アリシアさんにも話してないです」

「そうかい、そいつは良かった」


 オリガさんは安堵したように嘆息すると、作業していた椅子に深く腰掛ける。


「いいかいハジメ、これからも最高級のポーションの秘密は誰にも話すんじゃないよ」

「えっ、 ど、どうしてですか?」

「決まっているだろう。スライムのためだよ」


 オリガさんは愛用のキセルを手に取って、桶を指し示す。


「そのスライムがいれば最高級のポーションを作れるなんて他の奴が知ったら、どうすると思う?」

「あっ……」

「そういうことだよ……」


 俺が声を上げると、オリガさんはキセルに火を灯して長く息を吐く。


「ハジメは随分と平和な世界で生きて来たようだが、ここはあんたのいた世界とは違う。欲しいものを手に入れるために奪う、襲うことを躊躇いなくする奴はいくらでもいるのさ」

「ア、アリシアさんも?」

「あの子はしないとは思うけどね。だが、あの子から話を聞いた奴はわからんだろう?」


 無害なスライム故、プルルが悪意ある者に簡単に誘拐されることもあるということだ。


 だから余計なことは口外すべきではないというオリガさんの忠告に、俺は素直に頷く。


「わかりました。最高級のポーションについては黙っておきます」

「そうしな。それと、あまりその子を働かせ過ぎるんじゃないよ」

「ど、どうしてですか?」

「余計なゴミを取り込んだ影響か、中が僅かに汚れてる。スライムにとって汚れは命に係わるから気を付けな」

「えっ?」


 不穏な言葉の登場に、俺はプルルを抱きかかえてじっくりと目を凝らして中を見る。


「…………あっ、本当だ」


 オリガさんに言われるまで気付かなかったが、プルルの体内に薬草についていたうぶ毛や、ニガニガ玉に付いていた汚れと思われるものが、風呂に浮かぶゴミのようにふよふよと浮かんでいるのが見えた。


「ぷるっ?」


 可愛らしく小首を傾げるような仕草をするプルの様子を見る限り、今は問題なさそうだが、命に係わると聞いたら途端に不安になる。


「オリガさん、プルルの中に入ったゴミは取り出せないのですか?」

「時間が経てば勝手に体外に排出されるから問題ない。それにゴミを取り込み過ぎなければいいだけだから、ハジメが注意深く見てやりな」

「で、ですが……」

「心配する気持ちはわかるが、スライムの気持ちも考えてやりな」


 躊躇する俺に、オリガさんがピシャリと言い放つ。


「この子は自分の意志でハジメの手助けをしてくれたんだろう? その気持ちを無下にするのは感心しないね」

「……確かにそうですね」


 プルルは自ら進んで、俺の仕事の手伝いを申し出てくれたのだ。

 それをやり過ぎると命に係わるからといって、ポーション作りに関わらせないというのは、プルルを仲間はずれにしているようでかわいそうだ。


 プルルも一緒にやっていく仲間なのだから、主である俺が上手く手綱を握ればいいのだ。


 具体的にどうすればいいかはオリガさんと相談して決めるとして、俺は腕の中で小さく震えているプルルに話しかける。


「プルル、くれぐれも無茶だけはしちゃダメだからな」

「ぷるる?」


 そうは言っても、プルルは俺の気持ちをよくわかっていないようだ。


 てっきりプルルのお蔭で最高級のポーションを大量生産して一気に借金を完済できると喜んだが、この子を犠牲にしてまで達成したいとは思わない。

 プルルが一日でどれぐらいポーションの素材を綺麗にできるのか、体内に取り込んだ汚れが除去されるまでどれくらいの日数が必要なのか。


 今後のためにも知っておきたいという気持ちは大いにあるが、今はこの人懐っこい愛らしい生物を大切にしたいので、従魔契約を結んだ主として、慌てず時間をかけてじっくりと見守っていきたいと思った。

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