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お手伝いをしたくて

 従魔契約を結んだスライムのプルルという同居人が増えた。


 多額の借金を背負っている中で新たに一匹? の負担が増えることに生活がますます厳しくなると思う人もいるだろう。


 だが、安心してほしい。

 実はスライムの世話はとても安価で、主に必要なのは綺麗な水と、綺麗に洗った野菜だけだ。


 綺麗な水は工房の裏にある井戸から十分に確保できるし、野菜も普段食べる分を少し分けるだけで事足りるので、追加の負担はほぼない。


 一度、俺が食べていた肉に興味を持って手……ではなく触手という器官を伸ばしてきたが、体に取り込んだところで合わなかったのか、プルルは体外に排出してそれ以降は肉に触手を伸ばしてくることもなくなった。


 そんな財布にも優しく、見ているだけで癒されるプルルであったが、残念ながら弱っていてまだまともに動くことができないので、今は井戸で汲んで来た桶の中で一日中ボーッとしていることが多い。


 それでも俺が移動する時はプルルも一緒に付いてこようとするので、今日も午後からは工房内に桶を持ち込んでポーション制作に勤しんでいた。


「よし、こんなものだろう」

「こっちもできたクマ」


 薬草を綺麗に洗い終えると同時に、ニガニガ玉を洗っていたラックも終わったと報告してくる。


「ハジメさま、確認をお願いするクマ」

「わかった……うん、問題ないよ、ありがとう」


 大量のニガニガ玉をあっという間に綺麗にしてくれたラックに礼を言いながら、俺は灰色の毛玉のお腹を優しく撫でてやる。


「ふみゃああぁぁ……気持ちいいクマ……」


 相変わらず聞く人が聞いたら勘違いされそうな言動であるが、これでラックの機嫌が取ることができるなら安いものである。


 今の俺は一日に二十回は錬金術を使えるようになったが、その全てを『上等なポーション』で仕上げられるのは、ラックの協力なしでは考えられないからだ。

 正直なところ、現状のままでは借金を完済するのは難しく、そろそろ何か手を打ちたいところである。


「だけど……弾がないんだよな」


 上等なポーションが作れるというのは錬金術師にとって結構なステータスであることは間違いないのだが、これだけではまだ逆転の一手に結び付けるのは難しい。


 あと一つ、人の目を引く特別な何かがあれば事態を好転させられそうなのだが、生憎とその材料は見つけられていない。


 結局、今の俺にできるのは少しでも経験を積むことだけだった。


 俺はひとしきりラックの腹を撫で回した後、錬金術の準備を整えて相棒に話しかける。


「よし、ラック。今日もサポート頼むよ」

「はいクマ、ラックにお任せクマ」


 元気よく飛び起きたラックに補助輪になってもらいながら、俺は錬金術を行使していった。



 ズラリと並んだ深い青色の瓶を前に、俺は流れてきた汗を拭って嘆息する。


「……ふぅ、これで今日のノルマ達成」

「お疲れ様クマ。二十回使っても、まだ体力に余裕あるクマね」

「そう……だね」


 ずっと壺の前で座っていたので、凝り固まった体をほぐすついでに立ち上がってストレッチをしてみるが、確かにラックの言う通りそこまで疲労感はない。


 採取してきた素材はまだあるし、もう少し錬金してみてもいいかもしれない。

 追加でポーションを作るなら、また素材を洗うところを始めなければならない。


 そう思っていると、


「ああっ、何してるクマ!」


 工房内にラックの悲鳴が響き、俺は声のした方に目を向ける。

 まず目に付くのは、工房内の床に採取してきた薬草とニガニガ玉が散乱していること。


 そして、プルルが入っている桶にラックが張り付いて、何か取ろうと手を伸ばしていた。

 状況から察するに、俺が錬金術に集中している間に、プルルが何かしたようだ。


 俺は床に散らばった素材を一通り回収した後、興奮した様子のラックに話しかける。


「ラック、プルルがどうかしたのか?」

「あっ、ハジメさま。プルルが薬草とニガニガ玉を食べちゃったクマ」

「えっ……」


 ラックの報告を聞いた俺は、プルルが入っている桶の中を覗く。


「ぷるぷるっ」


 何やら嬉しそうに震えているプルルの半透明の体内を見てみると、確かに薬草とニガニガ玉が中に入っているのが見えた。


 スライムは食事をする時に食材を体内に取り込み、ゆっくりと溶かして消化する。

 口というものはなく、体内に取り込む時は地面に置いても、頭から差し入れても、または触手を伸ばしてそこから取り込むこともできる。

 半透明で向こう側が透けて見えるのに、内臓などの器官が見えないのは不思議だが、細かいことを考えても、ファンタジー世界の一言で片付けられそうなのでとりあえず置いておく。


 それより今は、プルルがどうして大事な素材を食べてしまったかを聞き取り調査をする必要がありそうだ。


 俺はラックに場所を譲ってもらい、プルルが入っている桶の前に座る。


「プルル、ちょっといいかい?」

「ぷるっ」


 俺が話しかけると、プルルは桶から半身を乗り出して小さく揺れながら触手を一本伸ばしてくる。


「ぷるぷる」

「えっ、何?」


 何かを訴えるように触手を上下させるプルルを見て、俺は反射的に右手を差し出す。


「ぷるぅ!」


 するとプルルが俺の手の平の上に、体内に取り込んでいた薬草とニガニガ玉を差し出してくる。


「あ、あれ?」


 俺が問い詰めるより先に、素材を返してもらえたんだけど……、


 思いもよらない展開に、俺はラックと顔を見合わせる。


「これって……どういうこと?」

「わ、わからないクマ、とりあえず聞いてみるクマ」


 プルルの言いたいことが理解できるラックが、桶の中でうねうねとダンスしているスライムへと話しかける。


「プルル、どうして大切な素材を食べたクマ?」

「ぷるるっ」

「えっ、違うクマ?」

「ぷる、ぷるぷる!」


 ラックの問いかけに、プルルは桶から大きく身を乗り出して必死に何かアピールする。


「はは~ん、なるほどクマ」


 事情聴取が終わったのか、大きく頷いたラックは俺の手の中の素材を指差す。


「ハジメさま、どうやらプルルは素材を洗ったみたいクマ」

「プルルが?」

「ラックたちの仕事を見て、お手伝いしたかったらしいクマ」

「ぷるぅ!」


 ラックの言葉を肯定するように、プルルは頷くように激しく上下に動く。


「そうか……」


 毎日俺たちが素材を洗っているのを見て、プルルはこれなら自分もできると思ったのだろう。


 その心意気はとても嬉しい。


 俺とラックだけではマンパワー不足は否めないし、生産性を上げるためにも人手は多いに越したことはない。

 だが、問題は『上等なポーション』を作るためには、素材をとても丁寧に隅々まで綺麗にする必要があるということだ。


 今でこそ効率よく素材を洗うことができるようになったが、果たしてプルルがその域に達することができるのにどれだけ時間がかかるか……、


 そんなことを考えながら、俺はプルルの成果を確認するためになんでも鑑定で確認して見る。


「……えっ?」

「ハジメさま、どうしたクマ?」


 素材を手に固まる俺に、ラックが横から覗き込んでくる。


「ふむふむ、ちゃんと綺麗に洗えてるクマ。ハジメさま、プルルは思ったよりやるクマね」

「いや、思ったよりやるってものじゃないぞ」


 俺は手の中の素材を落とさないように、しっかりと両手で包み込んで立ち上がる。


「ラック、今すぐこいつを使って錬金術を使うぞ」

「クマ?」

「すぐにわかるよ。これを使えば、状況が大きく変わるはずだ」


 小首を傾げているラックに、俺はニヤリと笑って素材を壺の中へと入れた。

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