君の名はプルル
ラックに導かれる形でクライスへと戻ると、街をぐるりと囲む城門の前にアリシアさんとクオンさんがいた。
「ハジメさま、おかえりなさいませ」
深々と頭を下げたクオンさんは、俺の腕の中のスライムを見てニッコリ笑う。
「それが拾ったスライムちゃんですか?」
「あっ、はい、従魔契約ってやつをお願いしたいんですけど」
「かしこまりました。では、ギルド会員証のご提示をお願いします」
「わかりました」
俺はギルド会員証を取り出すため、腕の中でおとなしくしているスライムを下ろそうとする。
「ぷるっ」
すると、これまでおとなしくしていたスライムから二本の手のような器官が伸びて来たかと思うと、俺の腕に絡みついてくる。
「えっ? あっ、ちょっと……」
思いのほか強い力で腕を締め上げられ、俺は聞いていた話と違うと内心焦る。
「な、何だ……さっきまでおとなしかったのに……ってイタタタ!」
「この子、ハジメさまから離れたくないみたいクマ」
どうにかしてスライムを引き剥がそうと思っていると、ラックが二本の足で立って手を伸ばしてくる。
「ほら、ハジメさまはお前のために手続きをしてくれるクマ。別れるのが心配ならラックのところへ来るクマ」
そう言ってラックがスライムを俺から引き剥がそうとぐいぐい引っ張るが、
「ぷるぷる」
半透明の物体は、まるでイヤイヤとかぶりを振るように左右に揺れてさらに腕にしっかりとしがみついてくる。
「そっか……」
この子は俺に見捨てられると思って不安に思ったんだな。
「ラックありがとう。大丈夫だよ」
スライムの行動の意味が分かった俺は、今にも飛び付きそうになっているラックを手で制すると、降ろそうとしていた半透明の物体を優しく肩の上に乗せる。
「ほら、ここなら離れ離れにならないから大丈夫だろ?」
「ぷるる」
安心したのか、スライムは俺の腕を締め上げていた二本の器官を引っ込めると、ぷるぷると小刻みに揺れる。
思った以上に懐かれていることに思わず笑みを零しながら、俺はフリーになった両手でギルド会員証を取り出してクオンさんに差し出す。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ、もうそこまで仲良くなっていることに驚きです」
ギルド会員証を受け取ったクオンさんはクスクスと笑うが、すぐさま真剣な表情になって俺の目を見る。
「それでは、従魔契約をさせていただきますが……注意事項はお聞きになりましたか?」
「従魔契約できるのは一体だけって話ですよね?」
「そうです。それでもこのスライムと契約なさいますか?」
「はい、お願いします」
俺が微塵も躊躇うことなく頷くと、これ以上の小言は野暮だと思ったのか、クオンさんは静かに頷いて金色の円柱状の棒を取り出す。
「ちょっとの間、動かないでいて下さいね」
スライムに優しく話しかけたクオンさんは、俺から受け取ったギルド会員証を半透明の物体の上に乗せる。
「それでハジメ様、この子の名前はどうしますか?」
「名前……ですか?」
「はい、契約する時にギルド会員証に名前を刻む必要がありますから、お決まりでなければ今すぐ決めていただけますか?」
「あっ、はい……」
そう言われても、スライムの名前をどうするかなんて全く考えていなかった。
「えっ……とですね」
名前といえば、これからの一生を背負っていく大切なものだ。
変な名前を付けてこのスライムの一生を台無しにしては申し訳ない。
半透明の物体を前にああでもない、こうでもないと自問自答していると、
「あの……プルルちゃんなんてどうでしょう?」
俺の様子を見かねたアリシアさんから助け舟が入る。
「ぷるるって鳴き声が可愛くて、ピッタリだと思うんですけど……」
「プルル……いいね」
わかりやすくて、愛らしい響きで皆に好かれそうな名前だ。
アリシアさんのナイスアシストに感謝しながら、俺は肩の上で小さく揺れているスライムに話しかける。
「プルルって名前、どう思う?」
「ぷるぷる!」
「喜んでるクマ。気に入ったみたいクマ」
ラックから太鼓判を押してもらえた俺は、頷いてクオンさんに向き直る。
「名前はプルルでお願いします」
「プルルちゃんですね。それでは契約の議をさせていただきます」
そう宣言したクオンさんは、手にした円柱状の棒をスライム……プルルの体に押し当てたギルド会員証の上へと振り下ろす。
直後、コオォォン! という小さな鐘を鳴らしたような甲高い音が脳内に響き渡る。
「……何だ、鐘の音?」
「今の音は無事に従魔契約が完了した音です。プルルちゃんの体をご覧ください」
「あっ、はい……」
クオンさんの指示に従って肩に乗っているプルルを手に取って見てみると、胴体部分にぐるりと囲むように何やらぼんやりと光る幾何学模様が見えた。
丸と三角形を組み合わせたような幾何学模様は、見ようによっては鎖のようにも見え、プルルの胴をぐるりと囲む様子はまるで……、
「……何だか犬の首輪みたいですね」
「確かにそう捉える方もいますが、これぐらい目立たないと皆様が驚いてしまうので……後は、痛みはないのでご安心ください」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
まだ本調子でないプルルの体に負担がかかっていないのであれば、体に模様が増えてしまったことは我慢してもらおう。
俺は黒い目をキョロキョロと動かして、胴に付いた模様を不思議そうに見ているプルルの頭を撫でる。
「これからよろしくな、プルル」
「ぷるぷる」
俺の声に応えるように、プルルは半透明の体を嬉しそうに震わせた。