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手の中に納まるいのちと一緒に

 ポーションの中身を全て空けた俺は、おそるおそる手を伸ばしてスライムの表面をそっと触れる。


 スライムの体は思ったよりスベスベで、パンパンに膨らんだ水風船を触った時のような感覚に似ている。

 ひんやりと冷たいが、手に脈動している感触が伝わり、こんな見た目でもしっかり生きていることが実感させられる。


「なんか踏んじゃった手前、無下にはできなくてさ」


 偽善と言われればそれまでだが、俺としては目の前で命が散っていくのを黙って見ていることができなかっただけだ。


「ハジメさま……」


 俺との出会いを思い出したのか、ラックが潤んだ瞳でこちらを見ている。

 ラックの熱視線に若干の照れを感じながらも、俺はある事実を思い出す。


「……そういえば、ポーションの使い方を知らないや」

「ええっ、今さらですか!?」


 ギルドで買えるアイテムの中では高級品に入る『上等なポーション』を無駄にした俺に、アリシアさんが手持ちのポーションを取り出して説明してくれる。


「ポーションは飲み薬であり、塗布薬でもあります。傷口にかければ傷を癒し、飲めば疲労回復に眠気覚まし、落ち込んだ気持ちの高揚など実に多岐に渡って効果があります」

「……それだけ聞くと、何だかヤバイ薬って思っちゃうな」


 傷を癒す効果はあるのは何となくイメージがあったが、疲労回復や眠気覚まし、果ては気分高揚まであるのは驚きだ。


 だが、高級なポーションを、誤った使い方をして無駄にしなくてよかったと思う。


 これでスライムが元気になってもらえたらと思うが、


「……あれ?」


 ポーションを丸々一本開けたのに、半透明の魔物にこれといった変化は見られない。


「もしかして、一本じゃ足りなかったのか?」


 スライムは瀕死の状態だったらしいから、回復までに『上等なポーション』とはいえ、一本じゃ足りないのかもしれない。

 そう思ってもう一本ポーションの瓶を取り出すと、


「ちょ、ちょっと待って下さい。いくら何でも二本はあげ過ぎです」


 アリシアさんが慌てたように手を伸ばして、俺の手を抑える。


「この子は相当弱っているので、ポーションの利きが悪いだけです。放っておいても、数日で元気になるはずですよ」

「数日って……その間にまた誰かに襲われでもしたら? そもそも、その間にご飯にありつけなかったら?」

「そ、それは……」


 矢継ぎ早に質問すると、アリシアさんは気まずそうに顔を伏せる。


 口にしなくても、スライムの未来は明るくないということは容易に想像できた。

 魔物とは言え、無害だというスライムの生態を考えたら、回復までの数日間を生き延びるのは難しいのだろう。


 スライムの未来を勝手に想像して憂いていると、


「でしたらハジメさま、このスライムを連れて行くのはどうクマ?」


 ラックが俺の膝の上に乗って、クリッとした大きな目で見上げる。


「冒険者ギルドで従魔契約をすれば、魔物を街の中に連れて行けるクマよ」

「ええっ、スライムを!?」


 ラックの提案に、アリシアさんが素っ頓狂な声を上げる。


「従魔契約ってお一人につき、一体しかできないんですよ? その大事な従魔契約を何の役に立たないスライムでするなんて……」

「いや、するよ」


 俺はアリシアさんの提案を遮って、スライムへ手を伸ばす。


「こうして出会えたのも何かの縁だし、この子が助かるなら従魔契約でも何でもするよ」


 そう言ってスライムに触れると、もちもちの肌にひんやりとした感触が実に心地よい。

 力を籠めたら潰れてしまうかと思ったがそんなことはなく、持ち上げても形を保ったまま俺の腕の中に納まる。


「よかったら、俺と一緒に行くか?」

「ぷるる」


 俺の問いかけに、スライムは腕の中で僅かに身動ぎする。


「一緒に行きたいって言ってるクマ」

「わかるのか?」

「はいクマ」


 ラックはこっくりと大きく頷くと、俺の腕の中のスライムを優しく撫でる。


「ハジメさまにポーションをもらって、一緒に行こうって言ってもらってこの子、とっても喜んでるクマ。ねえ、クマ?」

「ぷるっ」


 ラックが声をかけると、スライムはまるで肯定するように縦に小さく揺れる。

 言葉が通じないので真意は定かではないが、喜んでもらえているのなら悪い気はしない。


「よしっ、行くか」


 薬草とニガニガ玉が入った籠を背負い直し、スライムを手にした俺はアリシアさんに向き直る。


「…………はぁ、わかりましたよ」


 盛大に嘆息したアリシアさんは、もう一つの籠を背負って街の方を指差す。


「いきなり魔物を連れて行くと街の人がびっくりしちゃうから、先に行ってクオンさんに話をつけてきますね」

「あっ、ありがとう……」


 お礼を言うと、アリシアさんは軽く手を振って跳ねるような足取りで街へと戻っていく。

 流石は冒険者というところか、あっという間に小さくなっていく背中を見ながら、俺は足元にいるラックに笑いかける。


「俺たちも戻ろうか?」

「はいクマ、道中の安全はラックにお任せクマ」


 くるりとその場で回って笑ったラックは、大きな尻尾をフリフリと振りながら先導してくれるので、俺は手にしたスライムが落ちないように両手で支えながら後に続いた。

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