草むらの中に潜むモノ
気持ちも新たに、借金返済のために頑張ると意気込んでみたのはいいものも、これといって妙案があるわけではなかった。
あれからオリガさんにいくつかの初歩の錬金術を教えてもらったが、簡単に作れるアイテムはギルドでの買い取り金額も低く、借金返済の足しにはなりそうになかった。
今は一つでも多くの『上等なポーション』を作り続けることが自分のためになると、俺は今日もアリシアさんといっしょに素材集めのために街の外へ来ていた。
「それにしてもハジメさん、本当に凄いですよね」
かご一杯になった薬草とニガニガ玉を見ながら、アリシアさんが感嘆の声を上げる。
「私も何度か薬草採取のクエストを受けたことがあるのですが、ここまで大量の薬草を見つけたことないです。一体どうやって見分けているんですか?」
「まあ、それぞれの特徴を把握してよく見ることかな? コツを掴めば簡単だよ」
何てカッコつけて言ってみたが、実際は『なんでも鑑定』の力のお蔭だ。
だが、特別な力があることをひけらかすのは良くないような気がするので、アリシアさんには悪いがお茶を濁しておく。
それに、鑑定能力に頼らなくとも最近は薬草とニガニガ玉の見分けはつくようになってきたので、よく見るのが大事というのはあながち間違いではない。
「う~ん、わかるようなわからないような……」
薬草と似たような形の雑草を見比べていたアリシアさんは、嘆息して雑草を投げ捨てる。
「やめやめ、それよりハジメさん。今日はもう工房に戻って作業をするんですか?」
「そうだね。オリガさんにも試行回数を重ねて練度を上げろって言われてるからね」
練度を上げて一日の試行回数を増やせれば、より多くの上等なポーションを作れるようになるというのもあるが、練度が必要な高価なアイテムも作れるようになるということだ。
部活動で走り高跳びに打ち込んだ時の様に、少しずつ練度が上がっていくのを実感できるのは非常に楽しい。
ゲームでレベルが上がる時の感覚に似ているといえば、わかる人もいるかもしれない。
そんな訳で、後は街に戻るだけなのだが……、
「アリシアさんはこの後どうする? 残って魔物の討伐でもしていく?」
「う~ん、そのつもりでいくつかクエストは受注してきましたけど、ハジメさんこそ大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。何度も歩いた道だしね」
それに、ラックの敏感な鼻で事前に魔物を察知できることは確認済みなので、土の中に潜んでいないかを気を付けていれば、問題なく街に戻れるだろう。
……そう思っていたが、
「うひゃあおぅ!?」
草むらの中に踏み入れた足が柔らかい何かを踏み、俺は驚いてその場から飛び退く。
「な、何だ……」
思わずアリシアさんの後ろに隠れながら草むらを注視していると、中から子供の頭ほどの大きさの半透明の塊が出てくる。
「……ぷるる」
頭頂部に俺の靴の跡がくっきりついた半透明の丸い物体は、こちらを見て可愛らしい鳴き声を上げる。
「な、何だ……」
声は可愛いけど、もしかして踏まれたことを怒ってる?
「スライムですね。無害な魔物ですよ」
警戒して身構える俺に、アリシアさんが堪らず苦笑する。
「スライムも知らないってハジメさん、本当に魔物がいない世界から来たんですね」
「そうだよ。自分よりデカい虫なんて、それだけで恐怖だから」
「フフッ、大丈夫です。虫が嫌いな人は大きさに関係なく悲鳴を上げますから」
笑みを零したアリシアさんはプルプルと震えているスライムの脇に膝を付くと、手を伸ばして滑らかそうな表面をそっと撫でる。
「この子、随分と弱っているみたいですね」
「えっ? もしかして俺が踏んだから?」
「いえ、そういうわけじゃなくて最初から弱っていたみたいですね。餌にあり付けなかったか、他の魔物か野生動物に襲われたか……」
アリシアさんに触られても、スライムはプルプルと震えるだけで動こうとしない。
よく見れば、スライムには目と思われる器官が二つ付いており、実は可愛らしい顔付きをしているのに気付く。
「…………」
何だろう。最初こそ怖いと思ったけど、つぶらな瞳に見つめられると何だか胸が締め付けられるような思いに駆られる。
「…………」
「……ぷるる」
スライムから再び泣きそうな声が漏れるのを聞いた俺は、反射的にいざという時のために持ってきていた『上等なポーション』の蓋を開けて半透明の魔物に浴びせる。
「ハジメさん?」
「ハジメさま、何をするクマ!?」
突然の奇行にラックたちが驚きの声を上げるが、
「いや、いいんだ」
俺は二人を手で制しながら、構わず瓶の残りを全てスライムにかけた。