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俺がいるじゃないか?

 作業の邪魔をしては悪いと、教会の解体現場を後にしたが、そこからは街の案内どころではなくなってしまった。


 俺はめそめそと泣くラックを励ましつつ、アリシアさんからオススメしてもらった店で夕食を買って工房へと戻った。


「ほら、ラック。ご飯の準備ができたぞ」


 買ってきた夕食を皿に盛りつけた俺は、部屋の隅で蹲っているラックに話しかける。


「今ならまだ温かいから、冷めないうちに食べてしまおう」

「ハジメさま……」


 振り返ったラックは、目から大粒の涙をポロポロと零しながら頭を下げる。


「ごめんなさい……本当にごめんなさいクマ」

「おいおい、いきなりどうしたんだ?」


 いきなり平身低頭で謝るラックに、俺は話を聞くためにしゃがんで目線を合わせる。


「別にラックに謝られるようなことは何もないぞ」

「そんなことないクマ、ラック、ハジメさまに嘘吐いたクマ!」


 俺の胸に飛び込んだラックは、堰を切ったように泣きじゃくる。


「ラックがハジメさまを連れて来たかったのは、パーン様が治めていた温かくて、優しくて、皆が笑顔でいられる素敵なクライスの街だったクマ。あんな……あんな金に汚くて人に冷たい、極悪令嬢に支配された街じゃなかったクマ!」

「そんなにあの教会が壊されたのが、ショックだったのか?」

「そうクマ! あの教会は、パーン様が聖女様と共に平和を祈って建てられた、とても由緒ある教会だったクマ。ラックたちアニマイドも、あの教会の祝福があったから他の世界との行き来が可能だったクマ! だから……だからごめんなさいクマアアアアアァァァ!!」

「……えっ?」


 ラックが泣きじゃくる理由を察した俺は、もふもふの毛皮を撫でながら質問する。


「ということはもしかして俺、帰れなくなった?」

「そうクマ、だからごめんなさいクマ、ラックが約束を守れなかった所為でハジメさまは……ハジメさまは……わああああああああああん!」

「そう……か」


 好きなタイミングで元の世界に戻れると聞いていたが、まさかの片道切符になってしまった。


 だが、不思議と帰れなくなったことに対するショックはない。

 元から帰るつもりはなかったというのもあるが、俺もエカテリーナ様と同じように宗教に対する思い入れが強くないというのもあるかもしれなかった。


 一方のラックは、教会から何かしらの力を得ていたようなので、教会がなくなってしまったことのショックは俺とは比べ物にならないのだろう。


 俺が帰れなくなったことより心配なのは、教会がなくなってラックに不調が起きないかということだ。


「ラック、教会が無くなって体の方は問題ないのか?」

「暫くは大丈夫クマ……でも、ハジメさまから幸せエネルギーがもらえなくなったら、きっとラック、消えちゃうクマ」

「そっか……」


 幸せエネルギーとやらで十分と聞いて、俺は大きく安堵する。


「なら大丈夫、ラックは絶対にいなくならないよ」

「クマ?」


 キョトンと首を傾げるラックに、俺はニヤリと笑ってみせる。


「なあ、ラック。今、俺からラックに幸せエネルギーとやらは十分届いているだろう?」

「はい……と、届いているクマ。しかもたくさんクマ……でも、どうしてクマ?」

「それはな、帰れなくなったぐらいで、幸せだと思う気持ちには変わりないからだよ」


 俺はラックの目に溜まった涙を拭いてやると、頭を撫でながら自分の想いを話す。


「正直、俺は最初から元の世界に戻るつもりは最初からなかったし、何なら今の借金漬けの状況すら楽しんでいるんだ」

「ど、どうしてクマ? ハジメさまはスローライフを望んでいたんじゃなかったクマ?」

「そうだね、最初はそのつもりだったよ」


 ラックの言う通り、当初は異世界へFIREして、錬金術でアイテム生成しながらのんびりセカンドライフを過ごすつもりだった。


 だが、待っていたのは光の御子が治める皆が笑顔になれる素敵な街……ではなく、極悪令嬢が支配する余所者、新参者に対してやたらと厳しいブラックシティだった。


 住民権を得るために厳しい課題を課せられ、クリアしたと思ったら借金漬けにされる。


 スローライフとは真逆の状況に、嫌気が差して逃げ出したくもなる人もいるだろうが、俺は逆に心に火が点いたようにやる気に満ち溢れていた。


「人によっては一生遊んで暮らしたいって奴もいるだろうけど、俺は根っからのワーカホリック……仕事をしている時が一番幸せなんだよ」

「極悪令嬢が街を支配しているような酷い街でもクマ?」

「ハハハ、そうだね。ラックは悪く言うけど、俺はエカテリーナ様の気持ちも少しはわかるんだ」


 前の為政者であった光の御子様の後を引き継いだということは、間違いなく現在進行形でとんでもない量の後始末に追われているはずだ。


 まだ憶測の域は出ないが、エカテリーナ様が金にこだわるのは、その辺に関係があると思われる。


「そんなわけで俺は何も気にしていないし、これまで以上に頑張ろうと思ってるよ」

「クマ?」

「だって借金以外にも、新しい教会を建てるための資金が必要になったってことだろ?」

「ハ、ハジメさま……」


 俺の言葉にラックの目からぶわっ、と涙が溢れ出す。


「う、嬉しいクマ! そんなこと言われたらラック……ラック……うわあああぁぁぁん!!」

「ハハハ、結局泣くのな」


 教会まで建てるとなると決して簡単な道のりではないが、この愛らしい相棒のためならそれぐらいの無茶は通しておきたい。


 といっても、半年やそこらでそんな大金を貯められるはずもないので、領主であるエカテリーナ様とは良好な関係を維持していくことはマストだ。


「俺も頑張っていくから、ラックもあまりエカテリーナ様を嫌わないであげてくれよ?」

「……それは極悪令嬢次第クマ」


 ラックは泣くのをピタリと止めてぷいっと顔を逸らすと、頬をぷっくり膨らませる。


「タヌキ呼ばわりしたこと、ラックはまだ忘れてないクマ」

「そっか……」


 ラックとエカテリーナ様が和解するのは簡単ではなさそうだが、感情を爆発させたことで相棒に元気が戻ったようだ。


 俺はすっかりいつもの調子に戻ったラックを肩に乗せると、まだ料理が温かいことを願ってテーブルに向かう。


「ラック、明日から心機一転して頑張るから、今日はいっぱい食べて早く寝ような」

「わかったクマ。いっぱい食べるクマ」


 俺の肩からピョンとテーブルの上に飛び降りたラックは、肉と豆のスープにかぶり付く。


「わああぁぁ……」


 表情をパッ、と輝かせたラックは、幸せそうな顔でこちらを見る。


「ハジメさま、このスープとっても美味しいクマ。一緒に食べるクマ!」

「ああ、わかった」


 俺はスプーンを手に取ると、おいしそうな匂いがしているスープを掬って頬張る。

 スープはすっかり冷めてしまっていたが、それでもアリシアさんのオススメの店の料理はとてもおいしく、お腹いっぱいになった俺たちは明日に備えて早めに就寝した。

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