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これが異世界での新たな仕事

 世間では密かに極悪令嬢と呼ばれているエカテリーナ様は、物騒な異名に反して見惚れるような優雅な笑みを浮かべると、手にした扇子をパチリと閉じて俺を差す。


「ハジメ、それでは本日の成果を見せてもらえるかしら?」

「えっ? あっ、そ、それがですね……」


 笑顔のエカテリーナ様を見るのが怖くて、俺は思わず目を逸らしてできるだけ申し訳ない雰囲気を出して白状する。


「実はまだ素材の準備を終えたばかりで、成果はその……」

「まあ!? まだできていませんの?」


 大袈裟な声におそるおそるエカテリーナ様の方へと目を向けると、氷のような冷たい眼差しと目が合い、俺は思わずビクリと身を震わせて必死に言い訳をする。


「きょ、今日は特別入念に準備していたからで……決してサボってたわけじゃないです」

「そう、では入念の準備の成果、見せていただけますね?」

「も、もちろんです。なあ、ラック?」

「はいクマ!」


 声をかけると、ラックは大きく頷いて俺の肩に乗って長い尻尾をマフラーのように巻き付けてくる。


「ラックがサポートしますから、どんと任せるクマ」

「よろしく頼むよ」


 ラックの頼りになる声に、元気をもらった俺は力強く頷いてみせて準備に入る。


「いくクマ!」


 ラックが手を振るうと、何処からともなく表面にポップなアライグマのイラストが入った壺が現れるので、中に綺麗に洗った薬草とニガニガ玉を入れる。


「ふぅ……」


 大きく深呼吸を一つして、俺は樫の木でできた攪拌棒を手に壺の中身をかき混ぜる。


 三万円で異世界へとFIREした俺だが、当然ながらこの世界では地球のお金は使えない。

 だからその用途は別にあるのだが、ここで三万円の使い道を話しておこう。


 まずは異世界に渡るのに必要な言語や識字、常識といった知識と、未知の病原菌によって病気にならない抗体を手に入れる通称『異世界安心・安全セット』と呼ばれるものに一万円。


 次はお金に困ったり、野宿する羽目になったりした時に役立つだろうということで、様々なものを見るだけで鑑定できるという『なんでも鑑定』というものに一万円。


 最後に、第二の人生は何かを作って過ごしたいと思っていた俺に、ラックから各所で重宝されるからとオススメされた特殊技術、様々な素材を配合してアイテムを生成する『錬金術』と呼ばれるものに一万円を払った。


 もっとお金があれば便利なアレやコレがもらえるそうだが、手持ちの金がそれ以上なかったのだから仕方ない。


 それに大枚を叩いて何の苦労もなく怠惰な毎日を送るよりも、心機一転して生きていくのだから、あれこれと試行錯誤してスローライフを楽しんでいきたいと思った。



「……よしっ」


 壺の中身をある程度かき混ぜた俺は、肩に乗っているラックに声をかける。


「よし、ラック。次をお願いしていいかな?」

「はいクマ」


 返事をしたラックの体が光り出すと同時に、壺の中身も同時に光り出す。


「さあ、ハジメさま。準備できたクマよ」

「ありがとう。ラック」


 ラックに礼を言いながら、俺は壺の中身を攪拌棒でさらに混ぜていく。


 これは俺がまだ錬金術を上手く扱うことができないので、ラックに補助輪になってもらってアイテム生成の成功率を高めているのだ。


 かき混ぜていると、壺の中の薬草とニガニガ玉が溶けて混ざっているのが感じられる。


 ラックによると、薬草とニガニガ玉が壺の中で原子レベルにまで分解されているとのことで、これをショコラティエのテンパリングよろしく、二つの素材をムラなく、均等になるように丁寧に混ぜていけばポーションができるということだ。


 足りない穴を埋めていくように丁寧にかき混ぜていくと、徐々に二つの素材が完全に一つとなる。


「うん」


 中身に変化が無くなったのを確認したところで、俺は壺の中身を用意された深い青色のこじゃれた瓶の中へと注ぐ。

 キラキラと輝くライムイエローに手応えを感じた俺は『なんでも鑑定』を使って錬金術の成果を確認する。


『粗悪なポーション』


「なっ、そ、そんな……」


 瓶に浮かび上がるように表示された文字を見て、俺は愕然となる。


 実はこれまで何度か錬金術を使ってポーションを使ってきたのだが、その全てが『粗悪なポーション』だった。


 完成したポーションにはいくつかのランクがあり、その中で最下層の評価が『粗悪なポーション』で、俺は薬の質を少しでも上げるために色々と試行錯誤している最中であった。


「……どうしましたの?」


 瓶を手に固まる俺に、上から冷たい声が降り注いてくる。


「どうやら望む質のポーションができなかったようですけど、まさかその一瓶で終わるおつもりですの?」

「い、いえ、やります。やらせて下さい!」

「ええ、よろしくてよ」


 俺の懇願に、エカテリーナ様はゆっくりと首肯して優雅に微笑む。


「ハジメ、あなたの命の輝き、見させていただきますわ」

「は、はい」


 命の輝きなんて立派なものではないと思いながらも、俺は今度こそまともなポーションを作ってみせると息巻いて、素材たちに向き直っていった。

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