素晴らしい(らしい)教会へ
アリシアさんのオススメの店で肉たっぷりのランチを堪能した後、彼女にクライスの街を案内してもらうことになった。
クライスの街は人口およそ五万人もいる近隣でも一番大きな街で、身分……というより場所によって地価が違うので、住む場所によっておおよその資産状況がわかるという。
当然ながらエカテリーナ様の屋敷に近いところの地価が高く、彼女の屋敷の近くにある俺の工房は最高ランクの価格帯で、あの工房が錬金術で使うという特別な理由がなければ、とてもじゃないが支払えない家賃になるということだった。
錬金術師の工房は何よりも綺麗な水を求めて建てるので、地価とかそういうのを気にしている場合ではないので、家賃の方に反映されていないのはエカテリーナ様に感謝しなければならないだろう。
「衣類を買うなら、あそこのお店がお勧めですよ。あっ、あっちのお店はですね……」
アリシアさんに買い物にオススメの店を教えてもらいながら、ここら辺の家賃は果たして幾らなんだろうか? などと庶民的なことを考えていると、
「いくら何でもあんまりじゃないですか!」
「ん?」
通りの先から男性の悲鳴のような声が聞こえ、思わずそちらへと目を向ける。
「お願いします。どうか考え直して下さい! あなた方が今からすることは、神を冒涜するとんでもなく恐ろしいことですよ!」
「な、何だろう……」
成人男性の泣き叫ぶような声に、ただごとじゃないと思った俺は思わずアリシアさんに目で尋ねるが、彼女もわからないように小さくかぶりを振る。
「わかりません。ただ、あそこには教会があったはずです」
「教会?」
「とっても立派な建物クマ。教会はパーン様が建てたクマよ」
俺の疑問に、ラックが尻尾をブンブン振りながら嬉しそうに話す。
「パーン様は困っている人を放っておけない人クマ、教会では身寄りのない子供たちに無償でご飯を与えたり、職がない人に新しい職を融通してくれたりするクマ」
「へぇ……」
また光の御子……パーン様の登場か。
どうやら教会では慈善活動を行っているようだが、先程の声から察するに何やらただならぬ事態が起きているようだ。
ラックも気になっているのか、先程からチラチラと教会の方を見ているので、相棒の背中を押してやることにする。
「行ってみようか?」
「はいクマ、お供するクマ」
ラックが笑顔を輝かせて尻尾をブンブン振るので、俺も提案してよかったと思う。
すると、
「待って下さい。行くなら私が先行します」
アリシアさんが俺たちの前に立ちはだかると、人差し指をピンと立てる。
「危ないことがあるかもしれませんから、ハジメさんとラック君は私の後ろから離れないで下さいね」
「えっ、危ないことあるの?」
「わかりません。ただ、中には喧嘩っ早い人もいますから、難癖付けられて怪我でもしたら大変ですよ?」
「わ、わかりました」
アリシアさんからの忠告に、野次馬根性で教会に向かおうとしていた俺は素直に頷く。
気楽に行こうなんて言わなきゃよかった。と、後悔してもいまさら遅い。
「さあ、ハジメさま。早く行くクマ」
「あ、ああ……」
すっかり乗り気のラックに断るのが申し訳なくて、俺は少し弱腰のまま先行く二人の後に続いた。
「あそこの教会は本当に凄いクマよ。特に中から見たステンドグラスがキラキラして……」
「へ、へぇ……」
道中、ラックが光の御子が造った教会がいかに凄いかを熱弁してくれるのだが、
「どうか、どうかおやめ下さあああああああああああああああああああああい!?」
教会の方から聞こえてくる悲痛な叫び声と、それに続く何かを壊すような大きな音で何となく起きていることを察した俺は、生返事しかできないでいた。
あの先で行われているのはおそらく……、
楽しそうなラックに申し訳なくて、俺は余計なことは言わずにこの目で真実を見るまで歩き続ける。
「教会の屋根には、女神さまの銅像があああああああああああああああああああぁぁ!?」
もうそろそろ教会が見えてきそう打というところまで来たところで、隣で意気揚々と話していたラックが、目を大きく見開いて奇声を上げる。
多分、俺がラックだったら同じ反応をしていたと思う。
何故なら俺の視線の先で、今しがたラックが話していた教会の屋根に取り付けられていたであろう女神像が地面に叩き落とされ、真っ二つに割れるのが見えたからだ。
続けて窓ガラスが割れる音がしたかと思うと、ラックが話していた見たら感動すると言っていたステンドグラスが粉々になっていた。
思っていた通り、光の御子が建立した教会は取り壊し真っ最中のようだ。
「んなっ!? んなあっ!? んなああああああああああああああぁぁぁ!?」
衝撃的な光景を見たラックは再び奇声を上げると、アリシアさんの脇を抜けて教会の敷地の前で項垂れている白い法衣を着た男性へ駆け寄る。
「ぼ、牧師様!これは一体何事クマ!?」
「えっ? ど、どうしてタヌキ……じゃなくて、アニマイド様が?」
「そんなことより何があったクマ!」
余程慌てているのか、自分のことをタヌキと呼ばれても気にも留めず、ラックは憔悴した様子の牧師に尋ねる。
「どうして……どうして教会が壊されてるクマ?」
「そ、それがその、税金が払えなくて……」
「そんな訳ないクマ!」
牧師の言葉に、ラックは激しくかぶりを振って否定する。
「教会には毎年、本部から多額の補助金が送られてくるはずクマ!」
「そのはずですが、何故か今年は補助金が送られてこなくて……」
「どういうことクマ?」
「わかりません、私はつい最近派遣されてきたばかりで、詳しいことは知らないのです」
「知らないって……前の牧師様はどうしたクマ?」
「わかりません。ただ、ある日急に行方不明になったとかで、代わりに私が……」
脂汗を浮かべ青い顔をした牧師を見て、ラックは何かに気付いたように顔を上げる。
「ま、まさか極悪令嬢が……」
ラックが何かを口にしようかとすると、
「あら、こんなところで奇遇ですわね」
「「――っ!?」」
凛とした声が響き、ラックと牧師が揃ってビクッ、と身を竦ませた。