借金の返済計画
その後、いくつかの書類手続きをして冒険者ギルドを後にした。
再び受付の前を通る時、ウォルターさんの言うことを真に受けたアリシアさんが変な虫がつかないようにと、ボディーガードのように守ってくれるのがとても気恥ずかしかったのだが、一生懸命な彼女に悪いと思って言い出せなかった。
それはきっとアリシアさんなりの気遣いなのだろうが、俺は今後のために冒険者ギルドを出たところで彼女に一言告げておくことにする。
「あの、アリシアさん……」
「はい、何でしょうか?」
「気持ちはありがたいけど、心配しなくても特定の女の子と特別な関係になろうとか、女の子に色目を使おうとかそういうつもりは全くないよ」
「……えっ?」
「いや、考えてみてよ。どう考えてもそんな余裕ないって」
俺は指を立てて、自分が置かれている状況について順を追って説明することにする。
「そもそも今の俺にはとんでもない額の借金がある。そんな借金まみれの男から言い寄られて、アリシアさんは将来を共にしたいと思う?」
「えっ? い、いえ、それはちょっと……」
「でしょ? それと借金を返済するためのシミュレートをしてみたんだけど……」
「し、しみゅ?」
「端的に言えば、借金返済の道筋を立ててみたんだ」
俺は冒険者ギルドで聞いた話を参考に、今後の借金返済計画を話す。
「俺の借金は金貨二千枚。これを俺が作れる上等なポーションで返済しようと思ったら、一年で二万個、週一日休むとしても一日に六十五本のポーションを作る必要がある」
「そ、そんなに!?」
「いや、実際にはそこに生活費や固定費、納める住民税もあるので実際はその倍は作る必要があるだろうね」
「うわぁ……それってもう無理なんじゃ」
「そうだね。今のままでは到底無理なんだ」
これはもう何度も計算したことだ。
今の俺は一日に十五本も上等なポーションを作ったら、体力の限界が来て動けなくなってしまう。
エカテリーナ様の最初の試練で、経験を積めば錬金術が使える回数が増えることはわかっているが、最低限の目標である一日六十五回の錬金術という域に達するまで、何日かかるのか想像もつかない。
「だから借金返済のためには、別の方法を考える必要があるんだ」
「そ、その方法は?」
「残念ながら……」
具体的な方法について全く決まっていないので、俺は素直にゆっくりとかぶりを振る。
「最も現実的な策は、一本金貨二枚で買い取ってもらえる最高級のポーションを作れるようになることだけど……オリガさんは教えてくれないと思ってる」
「えっ? ハジメさんは弟子なのに?」
「弟子だからね。俺がいずれ独立して商売敵になると考えたら、何でも教えるのは得策ではないでしょ?」
錬金術が特別なのは言うまでもないが、その力が重宝されるのは、技術の秘匿性にあると踏んでいる。
誰もが簡単にホイホイと錬金術を使えたら、ポーションの価格はあっという間に暴落するだろうし、錬金術師という職業が成り立たなくなる。
ウォルターさんも錬金術師は金に困らない職業と言っていた。
故に俺が取るべき今後の方針は大方決まっている。
「とにかく今は経験を積んで一日の術の試行回数を増やすこと、そしてポーション以外のアイテムを一つでも多く作れるようになること」
口にして改めて思ったが、これからの一年はきっと俺の人生で屈指の忙しい一年になるだろう。
「そんなわけで、錬金術以外のことに現を抜かす暇なんてないんだ」
「なるほど……そうかもしれませんね」
俺の考えを聞いたアリシアさんは、目を大きく見開いて嬉しそうに笑う。
「凄いです。これから先のことを、そこまでしっかり考えているんですね」
「そうでもないよ。計画なんて口にするのもおこがましい甘い考えだよ。だけど今は、自分が決めた道を真っ直ぐ進もうと思ってる」
「フフッ、わかりました。ハジメさんの言葉を信じます」
アリシアさんは大きく頷くと、手をパン、と大きく叩く。
「必要なお仕事も終わりましたし、次はご飯を食べに行きましょうか? 私、奢りますよ」
「えっ、でも……」
「でもじゃないです。ハジメさん、お金ないんでしょ?」
「あ、うっ……」
それを言われると、おじさんとしては言い返す言葉はない。
してやったりと白い歯を見せているアリシアさんに、俺は深々と頭を下げてお願いすることにする。
「それじゃあ、ご馳走になってもいいかな?」
「勿論です。とっておきのおいしいお店、紹介しますね」
そう言って嬉しそうに駆け出すアリシアさんの後を、俺はラックと並んで追いかけていった。