まだまだ若いです
職員たちに簡単に挨拶を済ませた後、続いてギルド長へと挨拶をしに行くことになった。
途中、ギルド内の板張りの廊下を歩いていると、
「本当、大変失礼しました」
「いやいや、何度も言うけど、全然気にしていないからね」
何度も謝罪してくるアリシアさんに、俺は笑いながら本音を話す。
「自分がおじさんと呼ばれる年齢なのは重々承知しているしね」
ちなみに、これまでアリシアさんとは敬語で話していたが、俺の実年齢を知った彼女から敬語は止めて欲しいと懇願されたので、少し砕けた話し方に変えている。
「俺がアリシアさんぐらいの年齢の時も、三十代なんてとんでもないおじさんって思ってたしね」
当時はおじさんになれば、あらゆることに対して守りに入って、ただ日々を生きるだけのつまらない大人になるんだと思っていた。
「だけど、実際にその年齢になってみると、案外二十代の時と何も変わらないんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。今だって錬金術なんて新しいことに挑戦できることに、子供みたいにワクワクしてしょうがないんだ」
それは進学した時も、就職した時も、起業した時も同じだ。
最初こそ怖くて逃げ出したいと思うことはあるが、それでも未知の体験に挑戦する時は、心躍る気持ちになるものだ。
「この気持ちは、いくつになっても変わらないよ。そして多分、新しいことに挑戦できなくなることが、老いるってことなんだと思う」
「じゃあ、ハジメさんは?」
「年齢的にはおじさんだけど、気持ちはアリシアさんたちと同じ若者だからね」
そう言って得意気に胸を反らしてみせると、アリシアさんは「プッ」と吹き出す。
「はい、ハジメさんはとっても若いと思います」
「でしょ?」
そう言ってニヤリと笑ってみせると、アリシアさんはいよいよ腹を抱えて笑い出す。
「うん……」
やっぱりアリシアは困った顔をしているより、笑っている顔の方がとてもよく似合っていると思った。
そんなちょっとしたやり取りをしながら長い廊下を歩いて突き辺りまで進むと、一際大きくて立派な扉が見えてくる。
「あそこが?」
「はい、ギルド長の部屋です。ちょっと待って下さいね」
俺に断りを入れて、アリシアさんは扉へと駆け寄ってノックする。
「ギルド長、アリシアです」
「おう、入れ」
中から野太い威勢のいい声が聞こえ、アリシアさんはこちらを見て頷いて扉を開ける。
「失礼します。さあ、ハジメさんとラック君も」
「わかった……ラック、行くよ」
「はいクマ」
俺とラックは頷き合うと、アリシアさんに続いて重厚な扉の中へと入って行く。
冒険者を束ねるギルド長がいるという部屋は、壁一面に本棚が並べられた図書館かと思うような部屋だった。
思わずどんな本が並んでいるのかと興味深げに見ていると、
「来たな」
奥にある大きなデスクに腰かけていた人物が立ち上がり、野太い声で話しかけてくる。
「俺はこの街で荒くれ共をまとめているウォルターだ。ようこそ、姫さんの試験にパスした異世界の若人よ。冒険者ギルドは新たな仲間を歓迎するぞ」
そう言って手を差し出してくるのは、いかにも冒険者といった全身筋肉ダルマ強面の偉丈夫だった。
額から右目にかけて走る痛々しい傷痕に目がいきそうになるが、このまま立ち尽くすのも失礼なので、慌てて手を伸ばしてゴツゴツの手を握り返す。
「はじめましてウォルターさん。私は一と申します。どうぞよろしくお願いします」
「おう、宜しく頼むぞ。ハジメ」
「……後、年齢は三十六なので、若人と呼ぶには些か年寄りです」
「ん? ガハハハッ、そんな細かいこと気にするな!」
同じ過ちは犯すまいと最初に年齢について話すと、ウォルターさんは豪快に笑いながら俺の背中を容赦なくバシバシと叩いてくる。
「今年で五十三の俺からすれば、三十代なんてまだガキも同然だ。その年で老いを語ろうなんざ十年早い。ハジメの様子を見る限り、まだまだ働けるだろう?」
「それはもう、今は錬金術を学ぶのが楽しくてしょうがないです」
「なら結構、錬金術師として成功すれば、金に女に困らないようになるから頑張れよ」
そう言ってウォルターさんは、武骨な見た目に反してお茶目にウインクしてみせる。
「実は職員たちも、新しい錬金術師がジジィじゃない、若い男と聞いて色めきだっていたぞ」
「そ、そうなんですか?」
「そうとも、何なら帰る時に気に入った子がいたら食事に誘ってみたらどうだ? 上手くいけば今夜あたり……」
「う、ううん! ギルド長!」
鼻の下を伸ばすウォルターさんに、咳払いと共にアリシアさんが無理矢理割って入って来る。
「うおっ!? な、なんだなんだ」
「ハジメさんは、おばあちゃんの弟子なんです。明日から厳しい修行生活が始まるので、冒険者みたいな悪い道に誘わないで下さい!」
そう言ってウォルターさんから守るように立ちはだかったアリシアさんは、振り向いて怒り顔で詰め寄って来る。
「ハジメさんも、一人前の錬金術師になるためにも、遊んでいる暇はありませんからね?」
「あっ、は、はい……」
アリシアさんの圧に負けて頷くと、彼女は表情を一転させて笑顔になる。
「わかればいいんです。それではギルド長、顔見せも終わったので帰りますね?」
「あ、ああ……それはいいが、アリシアはこれからも?」
「はい、ハジメさんの護衛をします。エカテリーナ様にも許可を頂いてますから」
アリシアさんはクエストが書かれたスクロールが入っているであろうポーチを軽く叩いてニコリと笑う。
「というわけです。私もおばあちゃん同様、ビシバシいきますから覚悟して下さいね」
「お、お手柔らかにお願いします……」
満面の笑みを浮かべているアリシアさんから放たれる圧に、余計なことを言わずに素直に従った方がいいと思った俺は、おとなしく頷いてギルド長の部屋を後にした。