不変不動の価格
ラックを軽くあしらったクオンさんは、こちらを見てニッコリ笑う。
「ハジメ様の大まかな事情は伺っております。今後、錬金術として制作したアイテムはギルドの方で換金致しますので、納品はこちらのカウンターへお願いします」
「わかりました」
仰向けになって可愛らしい瞳でこちらを見てくるラックを視界の隅に置きながら、俺は気になっていることをクオンさんに尋ねる。
「その……暫くはポーション制作で稼ごうと思っているのですが……」
「はい、ポーションの相場についてですね」
いきなり金の話で申し訳ないと思うが、クオンさんは特に気にした様子もなくカウンターの下からよく見た形の深い青色の瓶を取り出して並べる。
「我々が扱っているポーションは主に四種類、下から粗悪、普通、上等、そして最高級となっています」
「そんなにあるんですね……」
「はい、ポーションの質の判定は専門の鑑定道具を使って行いますので、鑑定結果を違えることはないですのでご安心ください」
「あっ、はい、それはお任せします」
最初から疑うような素振りを見せる必要もないので、俺は素直に頷いておく。
とはいえ、こちらも鑑定能力はあるので相手が露骨に嘘を吐いていた場合は、それなりの対応を……オリガさんに泣きつこうと思っている。
「ご配慮、痛み入ります」
そんな思惑をおくびにも出さずにいたお蔭か、クオンさんは恭しく頭を下げた後、穏やかな笑みを浮かべて一本のポーションを手に取る。
「ギルドではポーションの納品は十本から受け付けております。報酬はそれぞれの質に応じて支払われますので、品質を統一していただかなくて結構です」
そう言ってクオンさんは、ポーションのそれぞれの取引額を教えてくれる。
俺が頑張って作れるポーションは上から二つ目の品質『上等なポーション』だが、これは一本銀貨十枚で買い取ってくれるそうだ。
銀貨は百枚で金貨一枚の価値があるそうなので、単純計算で上等なポーションを二万個納品すれば金貨二千枚となって借金が返済できる。
だが、当然ながらそんな甘い話はあるはずもなく、日々の暮らしにもお金はかかるし、これからは工房の家賃だけでなく、半年に一度の住民税も支払わなければならない。
毎月の生活費の目途は立っていないが、オリガさんに弟子入りする以上は、報酬の何割かは彼女に渡す必要もあるだろうから、実際は想定の何倍ものポーションを制作しなければならないだろう。
ちなみに、最高級のポーションを作ることができれば、一本につき金貨二枚で買い取ってくれるそうなので、こいつを作れるようになれば、借金完済に大きく近付くと思われた。
「説明は以上です。何かご質問はございますか?」
「そう……ですね」
納品に関しては非常に単純で、疑問を挟む余地はなさそうではある。
だが、ルールが単純な故に気になることがあった。
「クオンさん、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、何なりと」
笑顔で頷くクオンさんに、俺はポーションの瓶を指差しながら質問する。
「ポーションの買い取り価格は、常に一定なのでしょうか?」
言うまでもないと思うが、世の中には需要と供給というものがある。
価格と言うのは往々にして欲しい人と売りたい人、その二つのバランスによって上下するものであり、例えば欲しい人が多くなれば価格は高くなり、逆に欲しい人が減れば供給過多となって値段は安くなる。
ポーション生成は錬金術でなくとも時間はかかるが可能で、皆がこぞってポーションを作ってギルドに納品すれば、在庫過多になって価格崩壊を起こすだろう。
果たしてどれだけの人がポーション生成を行うかは未知数だが、価格が変動するタイミングとか教えてもらえたらと思った。
だが、
「ご心配なさらずとも、ポーションの買い取り価格は常に一定です」
予想に反して、クオンさんは穏やかな笑みを浮かべて俺の甘い幻想を打ち砕く。
「価格が変動することはあり得ませんので、いつでもお好きな時に納品なさって結構です」
価格が変動することはない……ではなく、あり得ないと言うのは妙な話だ。
「それはギルド内の在庫状況……例えば在庫が非常に僅少になってもですか?」
「はい、お気遣いいただきありがとうございます。ですがギルド内のポーションが僅少になることはまずありえません」
「……そんなことあるのですか?」
「はい、あるのです」
クオンさんはニッコリと笑うと、手招きするように手を振る。
「そちらに行っても?」
「どうぞ、普段はお見せすることはないのですが、ハジメ様は異世界からのお客様ですから」
クオンさんは「特別ですよ?」と言って可愛らしくウインクをする。
俺が二十代前半だったら、クオンさんに思わずときめいてしまったかもしれないが、今は今後のために重要な話をしている最中なので、そんな色香程度では動じない。
俺は別のギルド職員の女性に導かれる形でカウンターの中に入ると、笑顔のクオンさんのが指し示しているカウンター下の木製の棚を見る。
「その棚がどうかしたのですか?」
「はい、こちらはギルドで取り扱う商品を保管している魔法の棚、通称『アイテムボックス』と言いまして無限にアイテムを収納できるのです」
「む、無限に収納できるのですか?」
そう言ってクオンさんが棚を開けてくれるが、中は真っ暗で何も見えない。
不自然なほど真っ黒な棚の中を見ていると、棚の中に吸い込まれそうで俺は思わず一歩後退りする。
「その中にポーションが入っているのですか?」
「はい、こうして開けると中は何もないように見えますが、資格ある者が中に手を入れると……ほら、この通り」
そう言ってクオンさんは闇の中からポーションが入った青い瓶を取り出す。
「ちなみにこの中は世界中のギルドと繋がっています。通常のポーションだけでも数百万本のストックはありますが、これでも過多というのはないのです」
「なるほど……」
数百万本ストックがあって在庫が十分でないということは、それだけ多くの人がポーションを使うということだ。
アイテムボックスの中が世界中のギルドと繋がっているのであれば、確かに俺一人の頑張りでは価格はどうにもならないのは理解できた。
「アイテムボックスが凄い棚というのは理解しましたが、中の管理は大変そうですね」
「そう思いますよね? ですが、それも心配無用です」
思わず漏れた呟きに、クオンさんは通販番組のお姉さんみたいに軽やかな口調で話す。
「アイテムボックスの中に入れた物は時間が止まりますので、収納したアイテムの品質が落ちることはないのです」
「そ、それは凄い!?」
クオンさんのセールストークに、俺は素直に驚く。
これまた当然の話だが、ポーションも薬である以上、使用期限というものが存在する。
俺が読んだ書物によると、ポーションの有効期限は作成からおよそ一週間、それ以降は品質が低下して『粗悪なポーション』より劣る効果しか得られないとあった。
一応、ポーションを冷凍保存することで消費期限を延ばすことはできるそうだが、冷凍庫なんて便利なものがあるはずもないので、アイテムの管理は冒険者にとって死活問題だとアリシアさんも言っていた。
事実、アイテムボックスの効果を詳しく知らなかったのか、カウンターの外にいるアリシアさんが物凄く羨ましそうな顔をしていた。