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冒険者ギルドへ

 静かな小路を抜けて繫華街へと足を踏み入れると、途端に人の姿が増えてくる。


 いくつもの商店に目を引かれるが、その中でアリシアさんは一際大きくて立派なレンガ造りの建物の前で止まって大きく手を振る。


「ハジメさん。こっちです」

「うん、今行くよ」


 肩にラックを乗せているので、相棒が落ちないように気を付けながら俺は小走りでアリシアさんの下へと向かう。


「お待たせ、ここは?」

「ここは私の職場である冒険者ギルドです。ハジメさんもこの世界で生きていくなら色々とお世話になると思いますので、挨拶しておいた方がいいと思いまして」

「なるほど……」


 この世界で生きていくならと来たか……、


 果たして冒険者ギルドがそこまで大きな存在なのかどうかは知らないが、確かに素材集めで街の外に出かける時、いつもアリシアさんに付いて来てもらえるわけではないだろう。

 他にもポーションを最も使うであろう冒険者たちの顔を見ておくことは、今後のモチベーションにも繋がると思うので、挨拶しておくことは悪くないと思った。


 ただ、


「しまったな……」


 新規の職場に挨拶をするとなると、一つ困ったことがあった。


「どうしたのですか?」


 考え込む俺に、アリシアさんが不思議そうな顔をして覗き込んでくる。


「冒険者ギルドに入るのに、何か心配事でもあるのですか?」

「あっ、いや、心配事ではないんだけどね……」


 俺は後頭部を掻きながら、アリシアさんにあることを尋ねる。


「この辺にお手頃だけど、失礼にならない菓子折りを売ってる店とかないかな?」

「えっ? な、何ですかそれ……そもそも何に使うんですか?」

「いや、ほら……これからお世話になるところに挨拶するなら、手土産の一つでも持っていった方がいいかなと思ってさ」

「えっ?」

「えっ?」


 キョトンと目を見開くアリシアさんを見て、俺も思わず聞き返す。


「あれ? 俺、そんなに変なことを言ったかな?」

「はい、ギルドに行くのに手土産を持っていくなんて人、見たことないですよ。そんなこと気にする必要ありませんから、早くいきましょう」

「えっ? あっ、ちょ、ちょっと……」


 アリシアさんは俺の手を取ると、引きずるように冒険者ギルドへと入って行く。




 戸惑う俺を無視して、アリシアさんは冒険者ギルドの扉を勢いよく開ける。


「さあ、ハジメさん。遠慮せず入ってください」

「わ、わかりました」


 ここまで来たら尻込みするのも逆に失礼にあたるので、覚悟を決めて扉を潜る。


「……おおっ」


 冒険者ギルドは、まるで西部劇で出てくるような酒場のようだった。


 吹き抜け構造の一階部分に木製の丸テーブルと椅子が並び、今は空席が目立っているがランチタイムや夜には賑わうのだと思われる。

 部屋の隅にはクエストが掲載されていると思われる掲示板には大量の依頼書が貼られており、ここが酒場ではなく冒険者ギルドだということを認識させてくれる。


 古い建物なのか全体的に痛みが見えるが、補修はしっかりしているし、手入れも行き届いているので不快な印象はない。


 奥にあるカウンターには、メイド服を着た女性たちが事務作業に追われているのが見える。

 ひらひらのフリルのついたメイド服に、思わずギルドの職員というよりは酒場の給仕だと思った俺は、アリシアさんに確認してみる。


「あの人たちが、ギルドの職員の方ですか?」

「そうです。まずは受付の皆さんに挨拶して、それからギルド長に会いに行きましょう」

「あっ、はい。お願いします」


 既に何人かの女性が興味深そうにこちらを見ているので、俺は恐縮しながらアリシアさんの後に続く。


 弾むような足取りで歩いたアリシアさんは、カウンターの真ん中でニコニコと笑顔を浮かべている黒髪のボブカットの女性に話しかける。


「クオンさん、こんにちは」

「こんにちは、アリシアちゃん。そちらの方が?」

「はい、正式に移住することになったハジメさんです。異世界から来たなんて凄いですよね」

「ハハハ、どうも……」


 アリシアさんの素直な感想に少し照れながら、俺は前へ出て受付の女性に会釈する。


「はじめまして、私は一と言います。錬金術師としてオリガさんに弟子入りさせていただくことになりました。これから色々とお世話になると思いますので、どうぞよろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとうございます、ハジメ様。私はギルドで受付職員をまとめているクオンと申します。お仕事でわからないことがありましたら、何なりとお申し付けください」

「はい、クオンさんですね。よろしくお願いします」


 クオンさんから差し出された手を握り返すと、肩の上に乗っている相棒から声がかかる。


「ハジメさま、ラックも挨拶したいクマ」

「あっ、そうだね。クオンさん、こちらは相棒のラックです。アライグマのアニマイドで、とても頼りになるので、私共々よろしくお願いします」


 そう言って肩の上のラックをカウンターの上に置いてやると、灰色の毛玉の相棒はちょこんと行儀よく座ってクオンさんにペコリと頭を下げる。


「ラッククマよ。これからハジメさまと一緒に借金を返すために頑張るクマ。よろしくクマ」

「フフッ、よろしくラック君。アニマイドを見るのは久しぶりだけど、アライグマのアニマイドは初めてだわ」

「そうクマ? ならラックの愛らしい姿を存分に眺めるといいクマ」


 ラックは嬉しそうに、まるでグラビアアイドルのようにカウンターの上で可愛らしいポーズを取ってみせる。


「そうね、お仕事が終わったらそうさせてもらうわね」


 そう言ってニッコリと笑ったクオンさんは、ラックの腹を軽く撫でながら邪魔にならない位置へとスッ、と移動させる。

 その見事な手際に、悦に入っているラックは気付いた様子すらない。


 …………何か今、凄いものを見たな。


 尚もポーズを取り続けるラックを当然のように無視するクオンさんを見て、俺は凄いところに来たかもしれないとちょっとだけ恐怖を覚えた。

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