プロローグ
僕には無理でした。みんなは仲良くしてあげてね。
嫌な思い出は脳裏に淡く映る。それは焼けた画面のように、今あるものよりもずっと厄介に見える。月光が街灯代わりとなる狭い直線の畑道で赤い軽自動車を走らせる熊谷優月。彼に刻まれた嫌な思い出は、未だ彼の脳裏に淡く焼きついていた。
四年前、優月が高校三年生の夏、歴史上初の宇宙人の地球来訪があった、が、それで侵略だ戦争だがあったかというとそれ以前、彼らは地上に降り立つことなくあっという間に滅びてしまった。人々はその光景を綺麗だったと言うが、どうも優月の記憶するそれは色が薄く綺麗だったとは思えない。しかし嫌な思い出がそれのことかというとそうではない。宇宙人来訪の瞬間を同じ時、同じ場所で見た同級生の金田明莉という女性のことが淡く焼きついているのだ。
「仲直りするチャンスじゃないの」
軽自動車の助手席に座る、癖毛茶髪のショートカット、美山アリスは日本人の父とアメリカ人の母をもつハーフで、こちらも明莉と同じく同級生で良き友人だ。優月はアリスの言葉に深くため息をつき、気だるげに片手で運転し始めた。
「仲直りもなにも、別に喧嘩したわけじゃないぞ?」
「けど〈インデペンデンス・デイ〉からずっと喋ってないんでしょう?」
アリスは優月との会話を続けるが、視線は自身の持つハンディカムに向いており、そのハンディカムは助手席の窓の外、車の速度に合わせて流れる広大な畑を見つめている。車内は僅かな沈黙に包まれる。優月は何か言おうと口を開けるが、やっぱりやめて運転に集中することにした。
「……暗いな」
アリスがボソッと言い、優月の「ん?」という発言に一拍おいて「映像のことね」と答えた。
「ゴメンもう一周走れる?」
「全然大丈夫」
「もう少し明るくして撮ってみるわ。今のじゃ多分なんだかわかんない映像になっちゃう」
優月の運転する車は突き当たりを右へ二回曲がり、元いた場所へ戻る道を走り始めた。こちらも相変わらず暗く狭いので、少しミスをしたら畑に転がってしまいそうだ。地面の凹凸に合わせ、バックミラーからぶら下がる〈桜島大根〉に顔がついた変なキャラクターのキーホルダーが前後左右に揺れる。
「何に使う映像だっけ」
「自主制作、映画」
「大学の?」
「いや、完全に個人的な。あー違う違う、話をそらすなオイ」
アリスはハンディカムを優月に向け録画ボタンを押し、彼の頭に軽いチョップを食らわせた。
「明莉が正月こっちに戻ってくる。ユヅはどうするのかって聞いてんの。せっかくだから四人集まりたいじゃん」
「……録画してるんだろ?それ」
「バレた?」
「……んー正月か、どうしよっかな」
軽自動車はまた右へ二回曲がり、目的地へ到着した。周りには誰もいないのでハザードも点けず狭い道のど真ん中で堂々と停止すると、アイドリングストップ機能が働きエンジンが止まり、音が無くなる。優月は耳が静寂に慣れるまでの一瞬、無意識に宇宙のことを想像し、アリスの「準備オッケー」の声で、これも無意識に、高校時代のことを思い出した。