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4柱(B)_奥様は救世主

はい!

隠れ〇〇ですよ!

趣味全開です!

針の筵状態で過ごした平日はもう終わる。

金曜日の午後、最後の講義が終わった。

明日あさってはこの地獄から解放されるのかと思うと、ようやく少し気持ちが休まりそうだ。

土日の間にこの状況をどうするか考えないとな。


と思ったのも束の間。


「山門くんだっけ? ちょっと来て」


講義が終わるなり、明らかに怒気のこもった声色で話しかけてきた女の子は朝倉さんと一緒にいる事が多い同級生だ。

俺は全く絡んだ事が無いから名前を忘れてしまった。


「えっと......何?」

「良いから! さっさと来て!」


声をかけてきた彼女とその友人だろうか、いつも朝倉さんと一緒にいる事が多い同級生たちが俺を囲み、大学の中庭スペースの中央にに連れてこられた。


周りを見回すと、彼女たちの他に結構な人数が周りにいる。

俺を見てニヤニヤしたり、軽蔑の目を向けてきたりしているので、彼女たちが集めたのかもしれない。

解体ショーのマグロにでもなった気分だ。


そして建物側のベンチに朝倉さんが座っていた。

泣いているのか、俯いたまま手に持ったハンカチで口元を覆い、それを同級生数人が介抱している。


「尊」

「・・・」


優と空が俺の傍に来てくれた。

人数比率で言えば圧倒的劣勢は変わりないが、二人がいてくれるだけで気持ちが和らぐ。


すると俺をここに連れてきた奴が口を開いた。


「雅子に付きまとってるらしいじゃん、止めなよそういうの。振られたからってみっともないよ」

「誰に聞いたんだよ、それ」

「雅子に決まってんじゃん!」

「俺は付きまとってなんか無いんだけど、誰かと間違えてるんじゃないのか?」

「何!? 雅子が嘘ついてるって言いたいの!?」

「いや、そう言うわけじゃ「言い訳ばかりしてないで謝るのが先でしょ!?」

「土下座して謝りなよ!」

「それが誠意でしょ!」


何だこいつら!

全っ然、話が通じねぇ!

俺の話も聞いてないのに最初から俺を悪者だと決めつけてやがる!


「待って、尊はそんな事したりしないよ」

「・・・尊はコミュ障。・・・だけど人が嫌がる事はしない」


優と空が援護に入ってくれた。

俺はもう嬉しくて泣きそうだよ。


「無常くんと三橋さんもそいつから離れなよ! そいつがどんな奴か知ってるでしょ!?」

「知ってるからだよ、尊はそんな事しない。それに大学ではずっと僕たちと一緒にいるんだから、そんな事したら止めるよ」

「・・・そもそも尊が付きまとってる証拠は?」

「何!? 二人ともそいつの味方!? グルなわけ!?」

「じゃあ同罪じゃん!」

「雅子が言ってる事よりもそいつを信じるんだ!?」


ダメだ!

状況がどんどん悪くなっていく。

庇ってくれるのは嬉しいが、これ以上はこいつらだって何されるか分かんねぇ。

俺が土下座して収めてくれるんならそれが一番良いのかもしれない。


俺は庇ってくれている二人の前に出た。


「分かった。土下座すればこの場を収めてくれるんだな?」

「尊!?」

「・・・それはダメ。・・・無い罪を認めるのは悪手」

「分かってる、良いんだ」


周りの野次馬はニヤニヤしながらスマホをこちらに向けてくる。


こっちの話もろくに聞かずに相手だけが悪いと決めつけるその思考。

この状況を見世物を眺めるように気持ち悪い視線を向ける周りの奴ら。


本当に気持ちわりぃ。

こんな奴らに良いようにされるのは正直腸が煮えくり返る。


だが。

優と空が危ない目に合うよりはずっと良いだろう。

俺だけがさらす恥ならこれほど安いもんは無い。


俺が土下座しようとした。

その時だった。


「あ! いらっしゃいました! 旦那様ぁー!」


え!?

椿ちゃんの声!?


なんで椿ちゃんが大学に? と思って声がした方を向くと。


「やっと見つけましたよ、旦那様!」


椿ちゃんが人込みを縫うように駆けてきて俺に寄り添ってきた。

確かに椿ちゃんだ。

声も顔も髪も、香りも。

ただ一つだけ違うのは。


「つ、椿ちゃん!? どうしてここに!? ていうか、その恰好は?」


俺がそう聞くと椿ちゃんは嬉しそうに笑って俺から離れ、その場でくるっと一回転。


「「「おおぉぉぉ!!!」」」


野次馬の男どもから歓声が上がる。

この時ばっかりは俺も周りの男共と同じ気持ちだ。


「いかがでしょう、旦那様?」

「い、良いと思う。似合ってるよ、凄くな」

「まぁ! 嬉しゅうございます!」

「ちょ! ちょっと!?」


俺に褒められたのが余程嬉しかったのか、椿ちゃんは人目もはばからずに俺に抱き着いてきた。


真っ白なロングのワンピース。

絹のように綺麗な黒髪。

透き通る肌。

切れ長のクッキリした目。

それらが見事に調和され、まるで有名な絵画から飛び出てきたようなほど美しい。

普段の和装も椿ちゃんにぴったりで可愛いが、現代風のこんな装いもまた可愛い。

恐らくこの場にいる中でぶっちぎりだろう。

野次馬の男どもだけでなく、女たちも言葉をなくしている。


だがそれより何よりも。


「あ! 当たってる! 当たってるから少し離れて!」

「あぁ、旦那様……」

椿ちゃんの両肩を掴んで引き離す。


双丘、いや。これはもう富士山! マッターホルン! エベレストだ!

まさか着物姿の下にこんな胸部装甲を持っていたなんて!


そんな立派な胸部装甲でありながらも、この奇跡の柔らかさは何だろう、思わず今の状況を忘れてしまいそうになる。


「ちょっと……山門くん? その子は一体……」


俺を責め立てていた朝倉さんの取り巻きが、口をパクパクさせて聞いてきた。


「この子はーー」


紹介しようとして、ふとある事を思いついた。

ひょっとしたらこの状況を何とかできるかもしれない!


「椿ちゃん、この人たちは大学の俺の同級生なんだ。自己紹介して、椿ちゃん!」

「お任せください。旦那様!」


俺の前に出て、取り巻き共に相対した椿ちゃん。

姿勢を正し、両手をお腹の辺りに揃えて声を発した。


「わたくし。尊様の”妻”にございます。正室の椿と申します」


決して大きくは無い声量ではあるが、真っ直ぐ通り、この場にいる全員に声が届いた。

"妻"の部分が強調されたように聞こえたのは気のせいだろうか?


そのまま続けて綺麗にお辞儀をする。


その所作は素人目に見ても良いところのお嬢様にしか見えず、雰囲気というかオーラというのか、何かを感じ取った取り巻き達は一歩後ずさる。

そして椿ちゃんはゆっくりと頭を上げ。


小首をかしげて微笑んだ。


「以後、よしなに」


野次馬達だけでなく朝倉さんや取り巻き達も声を失い、しばらく無言の時が流れる。


「ところで、何かございましたでしょうか?」

「・・・椿氏。・・・尊は今疑われている。・・・尊があそこにいる女性にストーカーしていると」


空は朝倉さんを指差して言った。

朝倉さんはこっちを見たまま固まっていたが、話を向けられた事でハッと正気に戻ったみたいだ。

その拍子に持っていたハンカチを落とした。


あれ?

泣いてなくね?


「ストーカー? ですか?」

「尊があの子に付きまとってるって言われてるんだ」


ストーカーという単語を初めて聞いた椿ちゃんに優が説明してくれた。


「まぁ、それは有り得ぬ事でございます」

「な、何で言い切れるのよ!」

「わたくしが尊様の妻であり、尊様は私に”ゾッコン”だからでございます!」


椿ちゃんは堂々と胸を張り、男どもの視線は釘付けになった。

取り巻きや野次馬の女の子達は悔しそうに自分と椿ちゃんの胸部を見比べていて、何人かは涙を流したり膝から崩れ落ちたりしている。

どうやら敗北を悟ったらしい。


この場の流れは完全に椿ちゃんが掌握しているのは明らかだ。

それでもなお、取り巻き子は椿ちゃんに食ってかかる。


「で、でも雅子が言ってるんだから間違いないのよ! そこの男が雅子に迷惑かけたんだから謝りなさいよ!」


そう言って俺を指差す。

その瞬間、背筋を冷たい空気が流れた。

何だか椿ちゃんから黒いオーラが溢れてるように見える。

取り巻き子も感じ取ったのか、表情が強張った。


「でしたら、くっつき虫は旦那様ではございませんから謝する事はありませんね」

「な、何でそう言えるのよ!? 証拠でもあんの!?」

「わたくしが申しているからでございます」

「は?」


椿ちゃんから漏れ出るオーラが一層黒くなった気がする。

俺は冷や汗が止まらず、取り巻き子や周りの野次馬達も手や足が震えていた。


「わたくしは、貴女と同じ根拠を出しているにすぎません、貴女が言葉の他に証拠をお出しになれば、わたくしも同じように出しましょう」

「そ、それは……」


椿ちゃんの迫力に、取り巻き子は震えて言い返す事さえできない。


と、椿ちゃんは朝倉さんの方を向くと、静かに近づいて行く。


「貴女」

「ヒッ!」


朝倉さんがこの場で初めて発した第一声がそれである。

側で介抱していた子達も椿ちゃんが近づくと逃げてしまったようだ。


椿ちゃんと朝倉さん。

一対一である。


「貴女。旦那様が貴女に付きまとっている証拠はお待ち? あぁ、勿論言葉以外でございます」

「あ。あ、の……」


朝倉さんは言葉を発する事が出来ないらしく、首を左右に激しく振った。


「そう。では付きまとっているのは旦那様ではございませんね?」


今度は首を縦に振った。

それを見た椿ちゃんは周りを見回す。

取り巻き子や野次馬達も、皆同じように無言で首を縦に振っていた。

これだけ見たらちょっと笑えるかもな。


すると椿ちゃんが発していた黒いオーラが次第に薄くなり、やがて完全に消え去った。

明らかに空気が軽くなったのを感じる。


そして、椿ちゃんは朝倉さんの方に向き直ると。

「ありがとうございます。旦那様の疑いが晴れたようで安心致しました」


そう言って丁寧に腰を折る椿ちゃん。

頭を上げてニッコリ微笑む。

これで終わりかと思ったがなおも追撃するようだ。


「あぁ、しかし貴女はまだ安心できませんね? 貴女に付きまとう罪人は見つかっていないのですから。宜しければ手助けを致しましょうか?」


椿ちゃんは笑顔で右手をゆっくりと差し出した。

その微笑みには只ならぬ圧力を感じるな。


「い、いえ。だ、大丈夫です……」


朝倉さんはヨロケながら立ち上がると、そそくさと立ち去った。

俺を責め立てていた取り巻き子共も彼女を追って全員逃げていく。


主催者がいなくなったことで周囲の野次馬共も一人、また一人とバツが悪そうにこの場からいなくなり、中庭には俺たちだけになった。

どうやら危機を乗り切ったみたいだな。

俺はデカい溜息を一つ吐いた。


「旦那様!」


「椿ちゃん。助かったよ、ありがとう」

「間に合って良うございました」

「ん? 俺がピンチだって知ってたのか?」

「ふふふ。良き妻は夫の大事に気付くものでございますよ」


椿ちゃんは指先を自分の唇に当てて静かに笑った。


「それにしても、すごく良いタイミングだったよね!」

「・・・おぉ、椿氏。・・・ピンチに現れる正義のヒロイン。・・・椿氏には勇者の適正がある」

「まぁ、空さんったら。お二人とも、旦那様をお守り頂きありがとうございます」


空は椿ちゃんに抱き着いている。

あいつも結構怖いと思ってたんだな。

……。

いや。

あいつ、抱き着く力を強めたり弱めたりして、椿ちゃんのお山の感触を確かめてやがる!

……まぁ、今日くらい多めにみるか。


その時。

視線を感じたので目をやると、建物の陰に見覚えのある筋肉達磨を見つけた。


椿ちゃんを二人に任せ、駆け寄って声をかける。


「なんだ。チェリーも来てたのかよ?」

「あら。来ちゃ悪い?」

「いや、椿ちゃんを連れてきてくれたんだろ? ありがとな」

「ずいぶん素直に言うのね? 珍しい♡」

「まぁ、今回は椿ちゃんがいてくれなかったら、俺だけじゃなくて優と空もやばかったからな」

「じゃあ、椿ちゃんにちゃんとお礼を言いなさいね! 彼女が尊ちゃんのピンチを感じ取ったんだから♡」

「どういうことだよ?」


チェリーが言うには、椿ちゃんが俺の身に危険が迫っているのを感じ取ったらしく、俺が通っている大学の場所を聞いてきたらしい。

椿ちゃんの唯ならぬ雰囲気に、急いで俺の大学まで椿ちゃんを送ってくれたそうだ。


ちなみに。

ちょうど大学の近くまで椿ちゃんの服を買いに来ていたらしく、そのおかけでタイミングもインパクトも十分すぎるほどだった訳だ。


「そういや、あの服はどうしたんだよ」

「それがね~? あの子。着ていた着物一着だけで、お洋服を持ってないって聞いたのよ。仕事場だと汚れる事もあるじゃない? だからね、今日あの子の作業服を買うついでに、尊ちゃんをメロメロにできる勝負服も買ったってわけ!」


チェリーは俺に顔を寄せて耳打ちしてきた。


「どう? 彼女、良いもの持ってるでしょ♡」

「う! まぁ、そうだな……」

「お店の店員さんが着替えを手伝ってくれたんだけどね? サラシでぎゅうぎゅうに縛ってたんですって!」


道理で目立たなかった訳だ。

あれだけのものを押さえつけてたんだから、かなり苦しかっただろうに。

少しも気づかなかった。


「次のお給料は弾んであげるから、今度は尊ちゃんが椿ちゃんにお洋服を買ってあげなさい。その方が絶対に喜ぶわよ♡」

「分かった。ありがとな」


見た目や言動はともかく。

このオカマは懐が深い、まさにおんなの中の漢だ。


今回の事で少しは平穏なキャンパスライフが戻って来るのを願うばかりだ。

最後まで読んで頂いてありがとうございます!

ついでにリアクションやブックマーク、感想なんか頂けると凄い嬉しいです!

気に入ってくださったら幸いです。


書き貯めが切れそうなんで閑話とか挟もうかなと……。

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