4柱(A)_奥様は救世主
隠れ〇〇っていいですよね!
。('-'。)(。'-')。ワクワク
月曜日の朝。
朝飯を食べて、いつも通りに神社へ来て掃除を始める。
俺は拝殿の掃き掃除を任せられ、婆ちゃんと椿ちゃんは一緒に境内の掃き掃除と草むしりをしている。
俺は猫たちとモーセをもふもふした後、いつものようにバケツに水を汲んで拭き掃除を始めたのだが、今日は珍しくモーセがまだそばにいた。
そばにいるとは言っても、拝殿の廊下で寝そべってあくびをしているだけで、俺を手伝う気はさらさら無いらしい。
「珍しいな、お前がまだ残ってるなんて」
「ちょっとなぁ、聞きたい事があってよぉ」
腕を枕に寝そべったまま聞いてくる。
「尊ぅ。お前ぇ、人間の雌と付き合ったことはあるのかぁ?」
「はぁ?」
まさかそんな事を聞かれるとは思っていなかったため、間抜けな声を出してしまった。
「付き合った事なんかねぇよ」
「まぁ……だろうなぁ」
何だこいつ!
分かってんなら聞くなよな!
思わず床板を拭く手にも力が入る。
「お前ぇには女難の相がでてるからなぁ、まぁ気ぃつけてくれぃ」
言われなくても分かってるっつーの!
それだけ言ったモーセは立ち上がって伸びを一つした後、歩いてどこかへ去ってしまった。
ふと中学時代の嫌な記憶を思い出したが、忘れようとして一心不乱に木目を磨き続けた。
掃除を終えると、大学に行く準備を整える。
「それじゃ椿ちゃん、俺は大学に行ってくるからな」
「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ。旦那様」
「あぁ! チェリーによろしくな」
椿ちゃんに見送られ、ジョバンニに乗って大学へと向かう。
小恥ずかしいけど見送ってくれる人がいるってのは、何だか良いもんだな。
■
大学に到着後。
講義がある教室に向かっている途中に、ちょっと会いたくない人に会ってしまった。
「あ、おはよう山門くん」
「うぁ! お、おはよう……」
突然の事でしどろもどろになってしまった。
変な声が出てしまったけど聞かれたかな?
挨拶は返せたが、恥ずかしさで下を向いてしまう。
「この間はごめんね。山門君の気持ちは嬉しかったんだけど、今は誰とも付き合おうとは思ってなくて」
「いや! 俺の方こそごめん! 気にしないでよ、もし良かったらっていう感じだったからさ」
「ありがとう、ごめんね。じゃあまた」
そう言って先に行ってしまった。
今の会話の感じでお気づきだろうか。
そう。
彼女こそ、先日俺が告白した相手であり振られた相手でもある。
”朝倉雅子”さん。
軽くウェーブのかかった長い栗色の髪、俺より少し高い身長に清楚系の美人。
さらにスタイルも良くて勉強もできるとくれば当然彼女はモテるし、狙う男は数多いる訳だ。
元々、俺なんかが敵う相手じゃなかったという事だろう。
少しくらい楽しそうに会話ができたからといって、思い上がった俺が悪かったんだ。
だが。
そんな俺にも、今は彼女どころか”嫁”がいる!
俺の青春はこれからだ!
ってか!?
「尊!」
「よぉ、優!」
「・・・鏡を見せてあげる。・・・ニヤニヤして気持ち悪い」
「会うなり辛辣だなおい!」
いつも通り、にこやかに挨拶をしてくれた優だったが、少し先で教室に入ろうとしている朝倉さんを見つけると、急に真剣な面持ちになった。
「今の、朝倉さんだよね?」
「あぁ、そうだな」
「……何か話した?」
「こないだのメッセージの事で、ちょっとだけな」
「「……」」
「どうかしたのか?」
二人とも深刻そうな顔をしているから冗談って訳でもなさそうだが、質問の意図が分からず困惑していると、二人は俺を引っ張って講義の予定が無い空き教室に入った。
「ちょ! 一体何なんだよ!」
「尊。僕達が話す事は信じられないかもしれないけど、どうか聞いてほしい」
「・・・ありのままを話す」
「お、おぅ」
いつに無く真剣な二人に気押された俺は、黙って話を聞く事にした。
■
先週の金曜日。
講義が終わって尊と分かれた僕らは、尊の誕生日パーティーの飾りつけに使う装飾やパーティーグッズを買いに来ていた。
その大量に発生した買い物袋を僕の車のトランクに詰め込んで今日のミッション完了だ!
「ふふふ! ちょっと買いすぎちゃったかな?」
「・・・大丈夫。・・・余ったら来年使う」
「それか僕らのパーティーで使おうか」
「・・・私は遠慮しておく」
相変わらず空は賑やかなのが苦手みたいだ。
まぁこれでも昔よりは大分明るくなったけどね。
「それにしても暑いねー」
「・・・コーラフロートを所望する」
空がそう言って指さした先には某喫茶チェーン店があった。
そういえば、コーラの単品にソフトクリームを追加することでコーラフロートにできると聞いた事がある。
さすが、食にうるさい空だけあってよく知っている。
「わかったよ。じゃあ入ろうか!」
「・・・ワクワクテカテカ」
いつも通り声色は低空飛行で表情は微動だにしないけど、機嫌が良いのが言葉から伝わって来る。
なんだか僕まで楽しくなってきたよ!
僕と空は入店して席に案内してもらった。
平日だからか店内はそれほど混んでいない。
アイスティーとコーラフロートを頼んだらすぐに持ってきてくれた。
僕と空は、それぞれ頼んだ飲み物を味わい、ゆっくりとくつろぐ。
店内にいる他のお客さんも、静かに飲み物やデザート、会話を楽しんでいた。
だが。
「涼しー! 外でなんか待ってらんねーよ!」
「アイツら10分くらいで着くってよ」
「まだ待たせる気かよ!」
店の扉を強めに開けて入ってきたそのお客さんは、僕の席には高めの仕切りがあるから座ったままでは姿までは見えない。
だが大きな話し声は否応無しに届いてきたので、恐らく女性二人組だろうとは分かる。
その人達は喫煙席の方へ行ったみたいだ。
「ご注文は何になさいますか?」
店員さんが二人組の所へ来たみたいだったけど。
「あ、注文はしないからいいよ」
「え?」
「ウチら自分で持ってきたし!」
笑いながら袋を破るような音が聞こえてきた。
「あ、あの……持ち込みはちょっと……」
「何?! ウチら涼みに来ただけだし!」
「金取ろうっての?!」
「い、いえ……」
店員さんはそれ以上何も言えなかったみたいだ。
二人はずっと大声で会話をしながら時に下品な笑い声を響かせて、店内の静寂を吹き飛ばしてしまった。
僕から見えるお客さんも、明らかに嫌そうな顔をして二人の方を気にしている。
目の前の空にいたっては"聞か猿"のポーズでストローを加えてコーラを飲み続けていた。
向こうから見えないからって露骨だなぁ。
あ、あのお客さん、空を見て笑いを堪えてる。
その時、気になる会話が聞こえてきた。
「そういやさ、アンタに告ってきた奴はどうすんのよ?」
「あぁ〜、山門のこと?」
「そんな古臭い名前だったわ!」
「シワシワかよ! ってな!」
まさか尊のこと?
名前って言ってたけど、苗字という意味だとしたら"やまと"という苗字は尊以外に聞いた事が無い。
僕は仕切りから少しだけ顔を出し、声のする方を見てみる。
そこには二人の派手な女性がテーブルに広げたお菓子をつまみながら、手やテーブルを叩きながら下品な笑い声をあげ、タバコの煙を吐き出していた。
その片方はいつもとは印象がだいぶ異なってはいたが、間違いなく知っている人物だった。
朝倉さん?!
大学では清楚なイメージで通っている彼女とはおよそかけ離れた姿に驚きはしたが、同時に"やっぱり"と納得してしまった。
具体的に言い表す事が難しいのだが、普段は丁寧な感じを装ってるものの、言葉や行動の僅かな端に違和感を感じる事があった。
尊は気付いて無かったみたいだけど、それは尊と会話している時にも感じていた。
極端に言えば尊を馬鹿に…いや、値踏みしているような感じかな。
確証があった訳では無いし、説明も難しかったから尊には言えなかったけど、これでようやくハッキリした。
「・・・この声はあの女?」
空も何となく誰なのか分かったんだろう。
僕は無言で頷いた。
店内にいる他のお客さんの目もはばからずに大声で会話を続ける彼女達。
バッグから化粧品を取り出して、咥えタバコでネイルまで始めた。
「でもアイツはマジで無かったわ。古い車って意外と金がかかるって聞いたからてっきり金持ちかと思ったのに、実は貧乏とか詐欺だろ! 今時クーラーも付いてない車とかあり得ないっての! チビだし顔も悪いしセンスも無いし、話してて面白く無いし。良いとこ何もなかったわ!」
「試しに食ってみれば良かったじゃん」
「やめろ! 鳥肌立つし! まぁでも、"最後に遊んでやる"のは有りかもな」
間違いない。
尊のことを言ってるんだ……。
尊の悪口で盛り上がっている彼女達の会話は、なんとも聞くに耐えない。
握り込んだ拳の爪が手の平に食い込むが、その痛みを認識できないほどに怒りが込み上げてくる。
顔が熱くなる。
体が震える。
呼吸が浅く、早くなる。
その時、1台のミニバンが爆音を響かせて駐車場に入ってきた。
店の前に文字通り横付けした車のスライドドアが開くと、低音の効いたアップテンポな曲が店内にまで響いてくる。
朝倉さん達は彼らを待っていたようで、広げていた化粧道具だけをバッグにつめると席から立ち上がった。
「やっと来たわ、おせーよ!」
「アイツらこの後奢り決定な!」
店の扉を乱暴に開けて出て行った彼女らが、横付けしたミニバンのスライドドアから乗り込むと扉が閉まり、急加速して去っていった。
店内にいた人達は皆、やっと訪れた平穏に安堵の表情を浮かべ、店員さんは彼女達の残したものを片付けている。
僕は俯き、膝の上で握ったままの両手はまだ震えている。
「・・・尊に伝える必要がある。・・・明日はせっかくのパーティーだから月曜日に言う」
空はそう言うと、ソフトクリームが溶け切ったコーラフロートを口につけて一気に飲み干す。
口に含んだ氷を嚙み砕く音が周囲に響いた。
◾️
「そんなまさか……見間違いじゃないのか?」
優と空から話を聞いたが、信じられないってのが正直なところだ。
だけど。
普段は冗談を言い合う仲だが、この二人はこんな嘘を言う奴らじゃないってのは俺がよく知っている。
「彼女に好意を持っていた尊にこんなことは言いたくないけど、彼女とはもう関わらないで欲しいんだ」
「・・・それに気になる事がある。・・・"最後に遊んでやる"って言ってた」
「言葉通りの意味じゃ無いと思うんだ。尊に何かするつもりなのかもしれない」
「・・・もうあの女と話しちゃいけない」
この二人がここまで言うのだから、もう信じるしか無い。
俺は振られた訳だから彼女に執着する必要は無いし、何より俺にはもう椿ちゃんがいる。
わざわざ地雷を踏みに行くような真似をする必要はないだろう。
「わかった。朝倉さんとはもう関わらないでおくよ」
俺はスマホを取り出し、二人の目の前で朝倉さんの連絡先を削除した。
「大学では僕らと一緒にいよう。何かあっても対処できるかもしれないし」
「・・・」
「あぁ、ありがとう。よろしくな」
だが。
事は俺たちが予想するよりも早く。
しかも斜め上の方からやって来る事になる。
■
次の日。
大学の駐車場に到着し、いつもの駐車スペースにジョバンニを停めると、優と空が駆け寄ってきた。
「大変だよ! 尊!」
「どうしたんだよ?」
あの優が深刻そうな顔をしている。
かなりまずい事が起こったのは伝わってきたが、それがまさか俺に関わる事だとは思ってもみなかった。
優から話を聞いた俺は驚愕した。
「俺が朝倉さんに付きまとってるだって!?」
「同じ学部の同級生は全員この話を知ってるみたいだよ。ひょっとしたら、人づてにもっと広がってるかも。今朝学校に着いたら言われたんだ、尊とは関わらない方が良いって」
「・・・わたしも言われた。・・・尊はストーカーの粘着男だと思われてる」
「そ、そんな……」
俺はメッセージで見事に振られてからというもの、できるだけ朝倉さんには合わないようにしてきたし、二人に言われてからは顔も合わせないように注意していたのに。
にも拘わらず俺が付きまとっているなんて、なんでそんな話になっているのか全く理解ができなかった。
俺の脳裏には中学の時の悪夢が過っていた。
中学時代。
俺には好きな女の子がいた。
おっとりした清純そうな見た目で、コミュ障だった俺にも優しかった子だ。
俺はその子を目で追いかけるだけしかできず告白する勇気も無かった。
だがそれがダメだったらしい。
”俺にジロジロ見られて付きまとわれている”と感じた彼女は、友人に相談していたらしい。
そしてその友人はあろうことか、同じ学年の不良グループに俺を”懲らしめる”ように頼んでいたのだ。
どうやら不良のリーダーもその子の事が好きだったらしく、それを知っていた友人が不良リーダーに頼んだ。という流れだったようだ。
俺は不良たちに校舎裏に呼び出され、数人がかりでボコボコにされた。
その後も何かにつけては不良たちに呼び出され、パシられたり暴行を受けたりと、いわゆる”虐め”を受けていた。
まぁ”仕返し”はしっかりやっといたが、とは言え俺のトラウマには変わりない。
その記憶が掘り起こされた俺は体中から血の気が引いていくのを感じた。
「尊、僕らが一緒にいるからね。大丈夫だよ、噂なんて皆すぐ忘れるから」
「・・・私たちが尊を守る」
二人は励ましてくれるが全く頭に入って来ず、気の抜けた返事しかできなかった。
それからの大学生活はすごく憂鬱なものだった。
講義中はもちろん。
大学内を歩いているだけで周りの人間が遠巻きに視線を向けてきて、敵意や嫌悪感を隠そうともせず、中には俺に聞こえるくらいの声で悪口を言ってる奴もいた。
優と空だけはそばにいてくれたが、俺のせいでこいつらも悪く言われるんじゃないかと心配になる。
家に帰ってからも、明日もこんな状態かと思ってしまうと気が滅入ってしまい、気を休める事が出来なかった。
椿ちゃんとモーセが加わって楽しくなったはずの夕飯だが、大学での事を考えると食事も喉を通らない。
心配そうに俺を見る椿ちゃんが話しかけてくれるが。
「旦那様、何かございましたか?」
「え? あぁ! 大丈夫大丈夫! ちょっと徹夜が続いてるだけだから!」
「そうですか……そういえば旦那様、今度チェリーちゃんとーー」
「ごめん、ちょっと忙しくてさ。今度にしてくれる?」
「申し訳、ございません。……また、後日お願いしますね」
「あっ! う、うん。ごめん」
何やってんだ俺!
これくらいで余裕を無くして、椿ちゃんにまで冷たい態度をとっちまうなんて。
とにかく早く何とかしないと。
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