3柱(B)_ここで働かせて下さい!
ムキムキのオカマキャラって可愛いですよね♡
「なるほどね〜。元地縛霊の女の子……」
ローテーブルを挟んだ対面ソファーの向かい側に座ったチェリーは、俺の話を全て聞き終えると"考える人"のポーズでそう呟いた。
このそっくり具合はロダンもビックリだろうな。
「宜しいのでしょうか? 旦那様」
この男…ゲフンゲフン!
チェリーに話して良かったのかという事だろうが、婆ちゃんの昔からの知り合いであり、俺とも10年以上の付き合いがある。
街に出たら確実に職務質問される風貌だが、チェリーは信頼できる人間だ。
「大丈夫。こんな見た目だけど信用はできるから」
「あら、随分な言い方ね。ふふふ、だけど嬉しい事言ってくれるじゃない♡」
ウインクをするな!
「戸籍はあの二人に任せるとして、後はお金もそうだけど生活の基盤が必要よね?」
「基盤って?」
「今は女も外で働く時代よ! あたしみたいにね♡ 椿ちゃんだって、興味があるなら働いてみても良いと思わない? それにお金は必要よ。尊ちゃんが椿ちゃんの教習所代からバイク代、保険や税金諸々払うの?」
「うッ! んんんーーー」
今のチェリーの言葉に突っ込みたい箇所があったものの、今は置いといて。
確かに学生の俺じゃ椿ちゃんのバイク代どころか生活費だって怪しい。
親に仕送りを頼むのも手だが、根掘り葉掘り聞かれそうだ。
どうしたものかと考えて唸っていると。
「旦那様」
椿ちゃんが静かに。
真剣な面持ちで話しかけてきた。
「ど、どうした?」
「わたくし、働いてみたいです。働かせて下さい!」
「えぇ! 本気か!?」
「はい。何卒!」
椿ちゃんは本気らしい。
その真剣な眼差しに思わずたじたじになった俺を見て笑顔になったチェリーは、椿ちゃんにある提案をした。
「よし! じゃあ椿ちゃんはうちで働くと良いわ! ちょうど人手も欲しかったところだしね♡」
「ここでか!? でも椿ちゃんは今日初めて車やバイクを見たんだぜ? ちょっと難しくないか?」
「あら! 誰にだって初めて♡はあるものよ! 最初から決めつけるのは良くないわ」
「よろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしくね♡」
椿ちゃんはお辞儀をしたが、チェリーは右手を差し出した。
椿ちゃんは握手を知らないのかキョトンとしている。
「そういえば、握手の文化が入ったのって明治時代からだったかしら? 椿ちゃん、あたしと同じように右手を出してちょうだい」
椿ちゃんは言われるがまま右手を差し出すと、その手をチェリーのデカい手がガシッと掴んだ。
流石の椿ちゃんもビックリしたみたいだな。
「これが"握手"よ、椿ちゃん。あたし達は仲間、対等な関係。これからたくさん仕事を覚えて貰って働いて貰うわ! わからない事や知らない事、困った事があれば、仕事に限らずなんでも聞いてちょうだい♡」
「はい!」
背筋を伸ばし、相手の目を見て手を握り返す椿ちゃん。
数秒間ガッチリ握手した後チェリーが手を緩めると、椿ちゃんも倣って手を緩め、お互い手を離す。
椿ちゃんは離した自分の右手をにぎにぎして、それを見つめていた。
すると何かを思いついた表情を見せると、ニコニコしながら俺に顔を向け、そして。
「旦那様」
右手を差し出した。
この流れだからどうすれば良いのかはわかるが、ちょっと恥ずかしい。
女の子に触れるのは緊張するし慣れてないんだよ。
俺が戸惑いと恥ずかしさでまごついていると、チェリーが鼻を鳴らして、「さっさとしろ!」と目で言ってきた。
俺は服に手のひらを何度も擦り付けて手汗を拭うと、意を決して右手を差し出した。
その手を椿ちゃんが優しく握ってくる。
や、柔らけぇ〜!
「握手です! 握手!」
握った手をブンブンと上下に振り、椿ちゃんはとても嬉しそうだ。
なんだか俺まで嬉しくなったくる。
これが幸せってやつか!
「見せつけてくれるじゃないの、デレデレと鼻の下伸ばしちゃって♡」
「で! デレデレなんかしてねぇよ!」
「あ……」
チェリーに見られていたのが恥ずかしくなり、握った手を振りほどく。
椿ちゃんに悲しそうな顔をさせてしまい、何となく気まずくなってしまった。
パンパン!
「それじゃ、正式に働き始めるのは戸籍ができてからとして、まずは実際にどんなお仕事なのかを見てもらいましょうか! 尊ちゃん、お願い!」
「そうだな、わかった!」
チェリーが手を叩いて話題を変えてくれた。
助かった……ありがとうチェリー、あんたは良いおと……女だぜ!
俺は事務所内のPCデスクに移動した。
ポケットからUSBを取り出してそれをPCに接続する。
CADソフトを立ち上げてUSBのファイルを開くと3Dデータが表示された。
「こちらは?」
椿ちゃんが俺の横からモニターを覗き込んできた。
か、顔が近い!
まつ毛長!
「これは車に取り付ける部品の絵よ、”3Dモデル”って言うの。この絵と同じものを実際に作るの♡」
チェリーはそう言うと、棚から部品を一つ持ってきた。
あれは俺が前に3Dモデルを作ったブレーキのブラケットだな。
「これは、今そこのモニターに映っているのとは違う部品なんだけどね、尊ちゃんが作った3Dモデルから作った物よ♡」
椿ちゃんは、チェリーの手の平に乗った部品をまじまじと見つめている。
その様子にチェリーは嬉しそうに説明を続けた。
「この店は車やバイク、機械の整備から、それらに取り付ける部品の開発と製作なんかをやってるの。それらに関わる営業や経理もあるわ! 椿ちゃんには一通り見て貰うから、その後でやりたい仕事を教えてちょうだい♡」
「わかりました。」
その後、椿ちゃんはチェリーにそれぞれの仕事について詳しく教えてもらい、店の工場部分や開発室なども見せて貰っていた。
初めて見たり聞いたりする物ばかりの椿ちゃんは、分からない、知らないと思えば即座に質問し、俺とチェリーがそれに答えた。
教えた事は、まるでスポンジのように吸収して次から次へと質問を投げかけてくる。
メモも録らずによく覚えられるもんだと感心した。
椿ちゃんは天才型なのかもしれない。
店の隅々まで案内した後は
「あら! もうお昼じゃないの! 二人ともご飯食べてく? 簡単な物しかできないけど」
「お! 良いのかよ。椿ちゃん、チェリーの作る料理は婆ちゃん程じゃねぇけど美味いぜ!」
「まぁ! そうなのですか?」
「あらまぁ! 良いお嫁さんになれるだなんて! 褒めても何も出さないわよ♡」
「言ってねぇよ!!!」
「何かお手伝いを「あぁ〜ん! 大丈夫大丈夫♡ 新婚のお二人はゆっくりイチャイチャしながら待ってて!」
投げキッスをしながら事務所内の給湯室に入り込んで行った。
「イチャイチャって何だよ!」
俺は思わず立ち上がって突っ込んだ。
ムカつくから、飛んできた投げキッスもはたき落としてやった。
俺はため息を一つついて腰をソファーに落とす。
するとなにやら、椿ちゃんが真剣な面持ちで俺に話しかけてくる。
「旦那様」
「ん? どうかしたのか?」
「旦那様はわたくしが働く事をどうお思いでしょうか?」
「どうって……」
いつも目を見て話してくれる椿ちゃんが目を伏せている。
不安なのか?
だとしたら何がだ?
そう言えば椿ちゃんは元々、500年も前に生きていたんだっけ?
昔は女の人が外で働く事が良く思われてなかったらしいから、それを心配しているのかな。
俺はどうすれば椿ちゃんの不安を消せるか、考えながら言葉を選んだ。
「俺は、椿ちゃんにはこの時代を楽しんで貰いたいと思ってる。そりゃ分からない事や見たこと無い物、嫌な思いをすることだってあるかもしれないけど、せっかくこの時代で生き返った(?)んだから楽しまないと損じゃないか?」
俺の思っている事を上手く言葉にできているかわからないが、椿ちゃんは真面目に聞いてくれている。
「それに……」
俺が言い淀むと、椿ちゃんは不安そうな顔になってしまった。
ええぃ!
もう言っちまえ!
「楽しそうにしてる椿ちゃんは……可愛いと、思うし……」
「旦那様……」
見つめ合う、俺と椿ちゃん。
あれ? これって良い雰囲気なんじゃね?
行っちまう?
行っちまうか?!
「つ! 椿ちゃん!」
「は、はい!」
俺は思わず椿ちゃんの両肩を掴んだ。
しまった!
椿ちゃんが身構えちまったじゃねぇか!
まずは緊張をほぐしてあげないと!
どうする? どうする?
何かいい方法が無いかと考えていると、ふと視線を感じたので給湯室の方に目をやる。
給湯室からオリバがニコニコしながらこっちを覗いていた。
全然隠れてねぇよ!
「あら! 気にしないで! どうぞ続けて続けて♡」
「つ! 続けるって何をだよ! そんなんじゃねぇ!」
「ふふふ! 青春ねぇ〜♡」
チェリーは再び給湯室に体を納めると、何やら炒めるような音が聞こえてきた。
俺は何だか気まずくて、黙って椿ちゃんと料理の音を聞いていた。
チェリーが作ってくれたのはナポリタンうどんだった。
普通のうどんよりもちょっと細めの麺にケチャップソースが程よく絡み、ベーコンや野菜がたくさん入っている。
ケチャップの味を初めて体験する椿ちゃんは凄く感激しており、すっかりケチャップが気に入ったようだ。
食べ終えた後は、店の仕事についてもう少し詳しく椿ちゃんに教えた。
店の表に並べてある車やバイク重機を見ながら説明している時にふと腕時計を確認してみると、針は15時を少し回っている。
今日はもう帰った方が良いかな。
「チェリー、今日はそろそろ帰るわ。ありがとな、色々」
「あら! もうそんな時間なの? 仕方ないわねぇ」
チェリーは残念そうな顔をしたがすぐに笑顔に戻ると、椿ちゃんに尋ねた。
「どうだった? 椿ちゃん! 色々と見てもらった訳なんだけど。どう? やっぱり他で違う仕事をする?」
「いえ! 是非、ここで働かせてください!」
椿ちゃんはそう言って右手を差し出す。
「あら! ふふふ! じゃあよろしくね♡」
二人はガッチリと固い握手を交わした。
その後。
チェリーと今後の事を話した後、俺と椿ちゃんはジョバンニに乗り込んでチェリーの店を後にした。
■
「ただいまー」
「只今戻りました」
「おぅ。帰ってきたか、尊ぅ、御姫様ぁ~」
帰ってくると、居間で寝転がってるオッサンがお出迎えしてくれた。
「面白くねぇなぁ~」とか言いながらテレビのチャンネルを頻繁に変えている。
すっかり家の住人だな。
……。
オイ!
屁こいたろ今!
俺とモーセのやり取りが聞こえたのか、台所から婆ちゃんが声をかけてきた。
「尊、椿。帰って来たか?」
「あぁ。婆ちゃん、ちょっと話があるんだけど、今大丈夫か?」
「お茶入れるから待っとれ」
少しして、婆ちゃんがお盆に湯呑と急須を乗せて持ってきた。
俺がちゃぶ台の前に座ると、椿ちゃんは隣に座った。
婆ちゃんはちゃぶ台の上に湯呑みを置いてゆき、元からちゃぶ台の上に置いてあった湯呑みに急須のお茶を注ぐ。
「おぅ! 悪いねぇ」
いつの間にかモーセが一緒にちゃぶ台を囲んでいた。
お前の湯呑みだったのかよ。
婆ちゃんは俺の対面に腰を下ろし、一口お茶を啜った。
「さて。聞こうかの」
「あぁ、実はさ」
俺は婆ちゃんとモーセに、椿ちゃんがチェリーの店で働く事になった経緯を説明した。
■
「まぁ、良いと思うぜぇ。昔から御姫様は働き者だからなぁ、家で主婦やってるよりも性に合うだろうよぉ」
「そうじゃな。この時代を知る為にも、外で働くのはええ事じゃろ」
二人(?)とも椿ちゃんが働く事に賛成みたいでよかった。
とりあえずは一安心だな。
「それでチェリーが言うには、午前中は来客が多いから午後から来てもらえると助かるって言ってた。」
「どうやって店まで行くつもりじゃ?」
「チェリーが送り迎えしてくれるってさ」
「ふむ。チェリーなら大丈夫じゃな」
婆ちゃんは何かに納得してくれたみたいだ。
確かにあんな見た目の奴が横にいたら、手を出そうっていう不埒物はいないだろうな。
「よし! ちょっとばかし早いが晩飯にするかの」
「わたくしもお手伝い致します」
「ありがとな。八塩様はどうする?」
「いいのかぁ? それじゃぁご相伴にあずかろうかねぇ」
「モーセ。お前もうすっかり馴染んでんな」
「飯は人が多い方が美味いもんだぜぇ」
4人(?)でちゃぶ台を囲んで食べる飯を美味く感じるかは分からない。
だけど、今までは婆ちゃんと二人で会話も少なかったのが、一気に賑やかになった事は楽しいと思った。
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