6柱(A)_名前とはこの世にある事の証明
婆ちゃんが出かけた後すぐに雨が降り始め、家の雨戸を叩く音も徐々に大きくなっていた。
この雨のせいなのか、夏場だというのに肌寒さを感じ、飛び出て行った幼女が雨に打たれて凍えていないかと心配した俺たちは、すぐに探しに行こうという話になった。
モーセも付いてくるかと思ったが、この雨の中どこかに出かけてしまった。
「ちょっと野暮用があってなぁ」
という事らしい。
でもなんで蓑笠姿?
てか、妙に似合っているな。
俺たちはジョバンニに乗っていくことになり、彼が変化する瞬間も見せてもらった。
「じゃあ、見てなよ」
そう言ったジョバンニが光に包まれる。
いや、"ジョバンニ自身が光になった"と言った方が適切かもしれない。
肌や髪、服やど、彼や身につけている物全てが金色に染まり、まるで色違いの影絵を見ているようだ。
輝いてはいるものの眩しさは全く感じず、直視しても平気だった。
そして光になった彼は、その輪郭をグニャリと動かして形を変えてゆく。
発光が徐々に収まり、俺のフィアット500が姿を現した。
『どうだい?』
「何度見てもスゲェよ。でもアイツのと比べると全然眩しくないな」
『そりぁあ、付喪神になってからの時間は俺の方が長いからね。"神気"のコントロールは俺の方が上手くて当然さ。彼女も鍛錬すればこれくらいはできるようになるよ』
「神気?」
また知らない単語が出てきたな。
『神気っていうのは、神種に類する物たちが持つ力の源さ』
「魔力みたいなもんか?」
俺の単純な感想だったが、少し違うのかジョバンニは唸っていた。
『物語に出てくるような魔力とは少し違うかな。魔力は枯渇したりするだろう? でも神気はそうじゃない』
「無くならないのか? それじゃあ、力を使い放題って訳かよ」
『有り体に言えばそうなるかな。だけど、神気の上限は個々によって違ってね。それは神種になってからの年月だったり、込められた思いの強さや期間だったり様々だよ』
「じゃあやっぱり、アイツもまだまだ伸び代はあるって事か」
『あぁ、彼女は生まれたばかりだからね、尊が思いを込めてあげれば力はもっともっと強くなるよ。あとは名前があれば完璧だね』
名前については、さっきモーセから聞いたばかりだ。
「名前か……名前が無いと存在が不安定になったり、異能の力が弱かったりするんだっけ?」
『それだけじゃ無いよ。名前はリミッターの役割も果たしているんだ』
「どういう事だ?」
不意に出てきた気になるワード。
俺の疑問に優しいジョバンニが答えてくれる。
『神気っていうのは良いことばかりでは無いよ、その力は自分自身にも及ぶんだ。耐えられる力の上限は個体ごとに違うんだけど、その上限を超えてしまうと自分自身の存在を保つ事が出来なくなるのさ』
「保つ事が出来なくなるって……上限を超えると存在が消えるかもって事か?」
『その通り。だけど名付けられて存在が確定した物は、自然と自分の存在が保てる範囲の力しか使えなくなるって訳さ』
「それでリミッターか……なるほど。魔力ゲージは無限大だけど、魔法攻撃に使える魔力量の上限はそれぞれ違って、その上限を超えると使用者自身にダメージが入るって感じか?」
『そうそう、その例え良いね! 分かりやすいよ!』
「そ、そうか? ありがとな」
だがここで、ある疑問が浮かぶ。
「なぁ。今アイツは存在が不安定なんだろ? 上限以上の力を使ったら、どうなるんだ?」
『それを聞くってことは、予想できているんだろう? 多分間違っていないと思うよ』
◾️
俺と椿ちゃんは車の姿に戻ったジョバンニに乗り込み、とりあえず幼女が走り去った方へと進んでみる。
しばらく進んでいると椿ちゃんが何かを感じ取ったらしく、幼女がいるらしい方向へと案内し始める。
「旦那様、あちらの方に彼女がいると思います」
「分かるのか?」
「何となく……ではございますが」
「分かった。行ってみよう」
椿ちゃんに導かれるままに進んでみるが、家から大分離れたところまで来てしまった。
舗装こそされているものの、山沿いの道で鬱蒼と木々が生い茂っているため落ち葉や木の枝、それらに交じって石が落ちていたり、所々アスファルトにひびまで入っている。
本当にこんな所まで来たのか?
『相棒、気をつけてくれよ。こんな所でパンクはしたくないからね』
「わかってるっての。俺は運転に集中するから、椿ちゃんとジョバンニは、アイツを探してやってくれ」
「お任せください」
『もちろんさ!』
目を凝らして薄暗い道を進む。
進むほど木々の密度は高くなり、天気の悪さも相まって昼間とは思えないほどの暗さになってきた。
『相棒、ヘッドライトを点けてくれるかい?』
俺はライトのスイッチを弾く。
「これで大丈夫か?」
『grazie!』
フィアットは旧車ゆえ、ヘッドライトは決して明るくない。
しかも雨のせいで光が散って余計に暗いときた。
まぁ、これでも無いよりマシだろ……今度チェリーにどうにかできないか相談するか。
少し走ると、道の先に一本のトンネルが見えた。
路肩に車を停めて椿ちゃんに確認してみる。
「ひょっとして、あの中なのか?」
「そのようです」
「なるほど……」
そこは見るからに古いコンクリート造りのトンネルで、入り口の壁に入ったひび割れに沿って蔦が張り付き、中にはライトも無いようで外からでは暗くて中が見えなかった。
心霊スポットだと紹介されても納得の外観だ。
「しょうがねぇ、入ってみるか」
「お供致します」
「いや、椿ちゃんは車にいてくれ。まずは俺が行って確認してくるから」
『気をつけろよ、相棒』
「あぁ」
ライトと傘を後部座席から取ろうとしたその時。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
トンネルに反響した幼女の叫び声が聞こえてきた。
「旦那様! この声は!」
「ああ、わかってる!」
『相棒!』
トンネルの中から聞こえてきた幼女の只ならぬ叫び声に、俺は雨に濡れるのも気にせずジョバンニから飛び出した。
「大丈夫か!?」
夢中で走り、トンネルに飛び込んだ俺の目の前に現れたのは。
「師匠! もう一回お願いするのです!」
「あぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あぁ?」
「いえ……まだまだ諦めないのです!」
「あぁ」
「はい! 行きます! 師匠!」
「あぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
幼女と真っ白な着物姿の長身女性が相撲を取る光景だった。
幼女は女性に対して果敢に掴みかかるが、軽々といなされたり放り投げられたりして、綺麗だった服が土埃まみれになってしまっている。
あ、受け身ができてない。
痛そうだ……。
夢中で相撲を取っている二人はトンネルの入り口で立ち尽くす俺に全く気付きもしない。
耐えかねた俺は自分から声をかけた。
「おーい」
突然聞こえた声に幼女と女性同時にこちらへ振り向いた。
幼女は相手が俺だと分かるや、気まずそうな顔になる。
「ご、ご主人?」
「あぁ?」
そして、隣の女の人の手を取って俺とは反対側に走り出した。
「逃げるのです! 師匠!」
「あぁ!」
「おい! 頼む、待ってくれって!」
「ご主人! 私は強くなって、ご主人に相応しくなって戻ってくるのです! それまで待っていて欲しいのです!」
「だ、だから! ハァ、ハァ、待てって!」
必死に走って追いかけるが全く追いつけない。
さっきも思ったが名無し状態でこの足の速さかよ、名前を与えたら一体どうなるんだ。
トンネルを走り抜けた、幼女と白襦袢の女性。
すると女性の方が足を止めて振り返り手で印のようなものを結んだ。
と思ったらまた走って逃げ始めた。
「ゼェ、ゼェ! ま、待って! 頼む! ゼェ、ゼェ
ガンッ!!!
アバァ!」
何かにぶつかって後ろへ弾き飛ばされた。
目の前には何もなかったはずだ!
どうなってるんだ!?
「イダダダ……な、何だ!?」
「旦那様! 大丈夫ですか?」
俺を助け起こしてくれた椿ちゃんは、トンネルの出口の方に手を伸ばして確かめる。
「これは……結界です! 旦那様!」
「結界!?」
「へぇ、やるじゃないか。あの鬼女さん」
人化したジョバンニも俺たちに追いつき、目の前の結界を触って確認している。
俺はモロに衝撃を食らった鼻を抑えながら立ち上がった。
鼻血出てないよな?
「関心じでる場合がよ。でが鬼女っで、あの着物の女の人が?」
「はい。妖怪でございます」
「よ、妖怪!?」
驚いた拍子に、鼻の奥に詰まっていた血の混じった鼻水が勢いよく飛び出てきた。
「相棒、これを使いなよ」
ジョバンニが素早くハンカチを取り出してくれる。
「ありがと……妖怪って? アイツは大丈夫なのか?」
「強い怨みの念を抱いた女性の成れの果てと言われておりますが、殺意や悪意などは感じ取れませんでしたので大丈夫かとは思います」
「だけど急いだ方が良いんじゃないかな、あの子から神気がかなり漏れ出ていたよ。嗅ぎつけて集まって来る奴らもいるだろうからね」
「なんで神気に集まってくるんだ?」
「妖怪や霊なんかの良くない存在は、この神気の元を取り込む……まぁ、食べることで神種に昇華できる場合があるんだよ。とは言っても、神気を取り込んだ妖怪は他の妖怪からも狙われるようになるし、妖怪は大体悪い方の神種になるから、あまりそんな奴はいないと思うけどね」
ステキなフラグをありがとう。
これで全く安心できなくなったな。
早いとこアイツを探さないと。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
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