5柱(A)_付喪神
「旦那様、旦那様。朝餉の支度が整いましたよ」
「んぁ、椿ちゃん……おはよ」
朝。
ステキな奥さんが起こしてくれる幸せ。
俺は安心して新婚夫婦の朝ってやつを満喫している。
「おはようございます。皆さまお集まりにございますよ。さぁさ、お召し替えを致しましょう」
「そ、それは自分でできるから! すぐに着替えるから椿ちゃんは先に降りててくれ」
「ふふふ! ではお待ちしておりますね」
椿ちゃんは先に部屋から出て、階段を降りていった。
あれは絶対に空の入れ知恵だろうな。
あんまり変な事を教えないように言っとかないと。
とはいえ、それが嫌かと聞かれれば全く嫌じゃないし、むしろちょっと嬉しかったりする。
大学での朝倉さんの騒動以降、俺と椿ちゃんの仲はより親密……になった気がする。
その件以来、俺に絡んでくる奴はいなくなったし、朝倉さんや、その取り巻き達も俺に話しかけてこなくなった。
他の奴らには相変わらず見られたりはするが、どちらかと言うと羨望。
いや、妬ましさ全開の視線を浴びるようになった。
まぁ敵意剥き出しの視線よりは断然良いだろ。
何にせよ、一週間はそんな感じだったから、もう心配する必要も無さそうだ。
俺は休日用のローテーションファッションに身を包むと、棚に置いてある腕時計を取ろうとしたのだが。
「あれ?」
昨日、大学から帰った時にこの場所に置いたと思ったが、見当たらない。
落としたり無意識に移動させたのかと思い、部屋中探してみるがどこにも見当たらなかった。
「ひょっとして居間に忘れたかな?」
婆ちゃんか、椿ちゃんに聞いてみようと1階に降り、襖を開けて尋ねる
「婆ちゃん、椿ちゃん。俺の腕時計…知らな……いか?」
予期していなかった光景に、言葉が徐々に小さくなる。
「ご主人。いつもよりお早い起床ですね。やはり奥様がいらっしゃると良い生活が送れるのですね」
「そうさSignorina。良い女がいるなら男の人生は豊かになるものさ。相棒、こっちへ座りなよ」
「立巳ちゃぁん。茶ぁもう一杯入れてくれぇ」
「どうしたんじゃ? アホ面しおって」
「さ、どうぞ旦那様。こちらへ」
初めて見る男女が一緒にちゃぶ台を囲んでいた。
婆ちゃんの知り合いか?
俺は椿ちゃんに促されるまま、長身の男と幼女の間に座った。
しまった!
コミュ障の俺が初対面の人間に挟まれると、何を喋って良いか分んねーよ!
何と話しかけていいか分からないので、とりあえず横目で隣にいる男と幼女を見てみる。
男の方はかなり背が高そうな感じで、座っている状態でも俺より頭一つ分高い。
多分チェリーよりちょっと低いくらいだろうが、ガタイは細めだ。
だからこそ、着用しているグレーのスリーピーススーツが良く似合っている。
顔に入った皺が渋さをより引き立たせていて、歳は40前後といったところだろうか?
昔流行った”チョイ悪オヤジ”って感じだ。
幼女の方はというと。
小学生。
というより幼稚園児にも見える。
真っ黒な大きいベレー帽とシャツが、肌の白さをより際立たせている。
ブロンドカラーのショートくせっ毛がベレー帽の下から出ていて可愛らしい。
大き目の丸眼鏡をかけていて、言葉遣いや姿勢の良さから”秀才幼女”という感じがするな。
婆ちゃんの客かな?
俺は、お茶を持ってきてくれた婆ちゃんに聞いてみた。
「婆ちゃん。この人たちは?」
「お前の車と時計じゃよ」
「は?」
思わぬ返答に目が点になる。
脳が情報を処理するために数秒フリーズしてしまった。
「旦那様。お持ち致しました」
椿ちゃんの声でハッと我に戻る。
俺の分のトーストを目の前に置いてくれた。
「えっと……真面目な話。婆ちゃんのお客さん?」
「じゃから、お前の車と時計じゃと言うとるじゃろ。まぁ正確に言うなら、尊の車と時計に宿った付喪神じゃな」
「付喪神?」
「なんでぇ。神社の倅なら知ってるもんかと思ったぜぃ。簡単に言うとだなぁ……」
◾️
古来より。
日本には万物に神や魂が宿るという、"八百万神"という考え方がある。
多神教、アニミズムの一種で、古今東西の民族的な自然信仰にも似ているが、この八百万神が面白い所は"人々が神様を産み出す"ところだろう。
物などを大切にする行為。
神聖な場所だと信じる気持ち。
亡くなった故人を尊ぶ思い。
そういった人間の心から産まれ、様々な物や土地に神様が宿るという考え方の事を指す。
この考え方がベースにあった日本は、海外から入ってきた様々な宗教文化を受け入れ、自分たちの生活に取り入れてきた。
そして、人が長い間使用し、想いが”物”に宿ったものを"付喪神"と呼ぶ。
神とは言うものの性質は精霊の類に近く、所有者を助けて神格的な扱われ方をすることもあれば、妖怪の一種として悪さをしたり、人を呪ったりという伝承もある。
刀や鏡、石、人形などは良く知られるところだが、意外なところで言えば船などにも神棚を設けている事もあったりする。
ただの思い込みだと言う人も多いが、”扱い方次第で道具には良い物も悪い物も憑く”という考え方は、日本人が”物を大切にする”という精神の教育的一助になったとか、なっていないとか。
◾️
「じゃあ、二人がその付喪神だっていうのか?」
俺は婆ちゃんとモーセに疑いの目を向ける。
「信じとらんようじゃな」
「当たり前だろ? 目の前で普通に喋ってるのに、実は”物”だなんて」
「そんな事言ったらよぅ、俺なんて猫だぜぇ?」
「わたくしも幽霊でございますが」
「真実はいつだって信じ難いものばかりさ、相棒」
「おっさん誰だよ。俺たち初対面だろ?」
すると男は深くため息を吐き、首を横に振った。
「悲しい事を言うじゃないか相棒。毎日一緒に風を感じているというのに……」
「実際に見せた方が早いじゃろ。ほれ、時計っ子」
「私は”時計っ子”ではありません! 巫女様」
幼女がぶつぶつと文句を言いながら立ち上がる。
「ではご主人! とくと御覧じるのです!」
「え? うぉ! 目が! 目がぁぁぁぁぁ!」
言い放った瞬間、幼女の体が輝きを放ち、俺は眩しさで目が眩んでしまった。
光はすぐに収まったようだが、モロに光源を直視したせいで見えるようになるまで少し時間がかかる。
少しでも早く回復させようと目をこすり、ようやく目にこびり付いた光が消えたところでゆっくりと目を開けた。
すると、幼女はいなくなっており、代わりにちゃぶ台の上に俺の腕時計が置かれていた。
さっきまで無かったと思うけど、誰かが隠していたのか?
俺は時計を取ると、自分の左腕に取り付ける。
「まさか、さっきの幼女がこの時計だってんじゃないだろうな?」
『”幼女”ではありません、ご主人!』
「え!?」
いきなり頭の中にさっきの幼女の声が響いてきた。
驚いて見回すが幼女はどこにもいない。
『まだ信じていないようですね、ご主人』
「眩し!」
今度は時計が発光したが、先ほどよりはかなり光量が抑えられており、目が眩むほどではない。
その為、光る時計が幼女へと姿を変える瞬間をバッチリ見てしまった。
「これで信じてくれますね、ご主人」
「な! な! な!」
疑いようがないが、あまりの出来事に言葉が出ない。
ってことは何だ?
こっちのちょい悪オヤジがひょっとして。
「あ、あんたが。”ジョバンニ”……なのか……」
「やっと名前を呼んでくれたな、相棒」
下がった目じりと上がった口角の柔和な表情と、低いが優しい声色で話しかけられたことで、俺もいくらか落ち着きを取り戻すことができた。
「俺たちもずっと尊と話したかったんだ」
「最初に信じて貰えなかったのは傷つきましたが……許しましょう、ご主人」
「……ちょっとだけ待ってくれるか?」
俺はちゃぶ台に肘をついて頭を抱えた。
■
椿ちゃんの時は割とすぐに受け入れられた。
元お化けとは言っても初対面から今まで人間の姿だったし、実際にお化け的な部分を見たわけじゃなかったからだ。
まぁ、めっちゃタイプだから幽霊でもなんでも良いというのが正直なところだけど。
モーセに関しては、他の猫と比べて異様にデカかったから、元々普通じゃないと思っていたし、喋れると知って逆に納得してしまった。
オッサン声だったのはガッカリしたけどな。
でもいくら何でも、物が人に変化するなんて未だに信じられない。
大体、質量とか骨格とかどうなってんだよ。
先ほどから頭を抱えたままの俺を、椿ちゃんが心配そうに見ている。
「旦那様、大丈夫でしょうか? 先ほどからずっと唸っておられますが……」
「大丈夫でぇ御姫様ぁ、ほっときゃそのうち立ち直るぜぇ」
「最近色々とあったからのう、尊の中での常識が崩れただけじゃろ」
「こんな時は待つのが一番さ。Signorina立巳、caffeをもう一杯貰えるかい?」
皆は俺が回復するのを待つようだったが。
「ご主人! ご主人!」
幼女だけはお構い無しに、俺の肩を掴んで揺さぶりながら声をかけてきた。
「え!? あぁ、な、何だ? てか"ご主人"って俺の事か?」
「ご主人はご主人なのです! それよりもご主人! ジョバンニだけズルいのです! 私も欲しいのです!」
幼女の揺さぶりが次第に強くなり、俺の目に映る物が二重三重になって見える。
ってかどんだけ力強いんだよ!
うぷっ!
気持ち悪くなってきた!
「ゆ、揺らすな揺らすな! 分かったから! とりあえず放してくれ!」
言い聞かせると、ようやく幼女は俺から手を放した。
彼女は俺の隣にぶすくれた表情でドカッと座り込む。
「うぷ……ふぅ。で? 何が欲しいんだ? お嬢ちゃん」
「私は”お嬢ちゃん”などではありません! ご主人!」
「じゃあ、なんて呼べば良いんだよ。名前は?」
「ううぅ……」
名前を聞いたのに、幼女は黙り込んで俯いてしまった。
一体なんなんだよ……。
何も喋らない幼女に困惑していると、モーセが御茶を啜りながら口を出してきた。
「尊よぅ。この娘っ子はなぁ、名前がまだ無いんでぇ」
「は? どういうことだよ」
「さっき言うたじゃろ。この子と男は、お前の時計と車の付喪神。車は”ジョバンニ”と呼んでおったが、時計の方に名は付けておらんじゃろ」
「そういう事か。それなら”レオニダス”って呼んだら良いか?」
「!!!!!」
「え!? 痛! イダダ! ちょ! 痛ぇって!」
「まぁ、いけませんよ。そのように狼藉をなされては」
いきなり顔を真っ赤にして立ち上がり、俺を叩き……ドツキ始めた幼女を椿ちゃんが押さえ、優しく窘めた。
「それは良くないさ、相棒。今のはブランド名じゃないか。女性の名前を呼ばずに”女”とか”雌”とか呼ぶようなもんさ。そんなの嬉しいかい?」
「あ、あぁ。そりゃ確かに嫌だよな。ごめん」
「……もう良いのです……私もジョバンニみたいに呼んで欲しいのです」
幼女は椿ちゃんに抱きしめられたおかげか、だいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
相変わらずムスッとしているが懇願の目を俺に向けている。
見た目は秀才少女といった感じだが、こういう言動は年相応ってところだな。
しかし。
名前。
名前ねぇ……。
こないだ椿ちゃんの名前を考えたばかりなのに、また新しい名前を考える必要があるとは。
100年経ったら付喪神になる。
と言われているみたいですけど、ここでは”それくらい長い時間をかけた”とか、”それくらいの時間に相当する思いを詰め込んだ”と解釈してます。
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