女性って怖い
王都で一番広いホールは、通常であればオペラが上演される。
だがこの二週間は、バレエの公演だ。
馬車がホールに近づくにつれ、沿道ではバレエ公演を記念したグッズを販売する露店がズラリと並んでいる。そこで売られているものは、前世でもありそうなものばかり。バレリーナを描いたカップ&ソーサー。記念プレートにタペストリー。観劇記念クッキーなども販売していた。
高額過ぎてチケットは買えない。それでもバレエ初公演というイベントを、気分だけでも楽しみたい人々で、露店は大賑わいだ。そこに貴族の姿もちらほら交じっている。貴族でさえ、今回のバレエを観られないという人は多いわけで……。
改めて観劇できることに、チケットを用意してくれたイーサンに、感謝の気持ちが湧き上がる。
その気持ちが高まったところで、エントランスに到着した。
馬車がひっきりなしに行き交い、着飾った貴族達が降りてくる。皆、これから舞踏会へ行くのかという程、着飾っていた。
御者の手で馬車から降り、エントランスホールへ向かう。
赤絨毯が敷かれ、巨大なシャンデリアがいくつも吊るされたホールには、中央に巨大な柱があり、そこに宝石が飾られた大きな時計が設置されていた。
余裕を持って屋敷を出たら、待ち合わせ時間よりうんと早く着いてしまった。だが会場はもうこれだけ賑わっている。やはり人気の公演だ。
「まあ、ローズベリー伯爵令嬢ではないですか!」
まさかと思い振り返ると、金髪に蜂蜜色の瞳、小顔で小柄な可愛らしいお姫様のノット子爵令嬢がいる。この見た目に反し、性格は意外と厳しく、さらに本来パステルピンクが似合いそうなのに、アザレ色の実にビビットなドレスを着ている。
さらに彼女の周囲には複数の令嬢がいて、どうやら女性六人で、バレエ観劇に来ているようだ。
「ねえ、皆様、見て頂戴。この方、どなたかお分かりになる? ちょっと古い記憶で覚えていないかもしれないけど、私たちが社交界デビューしたばかりの頃、“グレイス”という名前、お聞きになりませんでした? あの頃は浮かれたように皆さん、グレイス、グレイスと囁かれていましたわよね」
ノット子爵令嬢がそう言うと、取り巻きのようにいる令嬢達が口々に話し出す。
「あ、覚えていますわ。王都中のご令息の心を鷲掴みにされていたのに、なぜか格下男爵家に嫁がれた伯爵令嬢よね? それ以降、お噂を聞くことはなくなったわ」
「でも追い出されたのよね? 男爵は娼婦に走り、駆け落ちしていずれかの地方にいるって」
「そうよね。出戻りになったと聞いているわ」
取り巻き令嬢はノット子爵令嬢の顔色を窺い、そしてチラリと私を見て、彼女の欲する言葉を並べた。つまり、ノット子爵令嬢の話しぶりから、彼女は私に好感を持っていないと気が付いた。そこですぐにノット子爵令嬢が喜ぶような会話を始めたわけだ。しかも私が誰であるか分かっているはずなのに。知らないふりをしてしゃべり続けている。