肝が据わっている
「彼女はグレイス・デューレ・ローズベリー。ローズベリー伯爵家の長女です。この休暇の一ヵ月、僕は彼女と過ごすと決めています。できれば邪魔をしないでください。ノット子爵令嬢」
私は自分で挨拶するつもりでいたが、イーサンが先に私を紹介してくれた。そこで私は「ノット子爵令嬢、グレイスです。よろしくお願いします」と言うことしかできない。
だがこの時点、私はようやくイーサンの胸の中から解放されていたので、カーテシーをすることはできていた。
「ローズベリー伯爵家……。グレイス……、あ、かつて社交界の華と言われていた、あのグレイス様ですか! 格下男爵家に嫁がれて、皆を驚かせた方ですよね! でもまさか捨てられるなんて。お可哀そうな……」
「ノット子爵令嬢」
イーサンは決して、声を荒げているわけではない。ただ、ピキッと場が凍り付くような冷え冷えとした声だった。ノット子爵令嬢は口をへの字にして黙り込む。
「繰り返しになりますが、僕は今、ローズベリー伯爵令嬢と過ごしています。邪魔をしないでください」
「で、でも、イーサン」「ノット子爵令嬢」
先程よりさらに場の温度が下がるような、冷たい声だった。
チラッとイーサンの顔を見ると、紺碧色の瞳は、氷点下の寒々とした夜空のように見える。この瞳を真っすぐに向けられ、それに一応耐えているノット子爵令嬢は……。肝が据わっていると思う。
「何度も言わせないでください。邪魔をしないで欲しいのです」
「分かりましたわ! せっかくタウンハウスに滞在していますから、お茶会、晩餐会、舞踏会。いろいろ催すつもりですの。ご招待、いたしますから。それではごきげんよう、イーサン卿、ローズベリー伯爵令嬢」
ノット子爵令嬢はそう言うと、クルリとこちらへ背を向け、去っていく。
その様子を見送った後、イーサンは「すまなかったです……」と謝る。
なぜ謝るのかしら?――思わず首を傾げると……。
「ノット子爵令嬢に、扇子で叩かれそうになる危機的状況を招いてしまいました」
「でもそれは不可抗力ですよ。ノット子爵令嬢は、クラエス副団長にとって従兄妹ですよね? 親族ですから、こちらの公爵邸への出入りも、他の貴族の方よりしやすいと思います。急にいらっしゃったのですから、まさに不意打ち。仕方ないです。それに実際、叩かれていません。クラエス副団長が助けてくださいましたから」
するとイーサンは「申し訳ないです」という表情で、自身の唇を噛みしめる。
そしてため息をつく。
さらに切なく苦しそうな眼差しで、私を見た。














