あの時は欲情していた
急に笑顔になった理由を尋ねると……。
「先程、ローズベリー伯爵令嬢がとても素敵な笑顔をされたのです。それを見て、実感できました。騎士である僕が甘い物を食べることで、あなたを笑顔にできるのだと。甘い物を好きでもいいのだと。そう思うと、自然に笑顔になっていたのだと思います」
なるほど、なるほど。
そういうことなのね。
ようやく撃ち抜かれたハートが落ち着いたので、話題を変えることにした。
「あの、ちょっと話題を変えてもいいですか?」
「ええ」
ただ、「ええ」と返事をして、目元に笑顔の兆しを感じただけなのに。
もう心臓がドキドキしている。
どうしたらいいのだろう。これでは話が進まない。
ここは……。
そうだ、般若心経よ!
ということで、脳内で般若心経を詠唱しながら、イーサンに尋ねる。
「半年以上前の話になります。ボルギー男爵夫人の仮面舞踏会に顔を出されていませんでしたか?」
するとイーサンの顔が、分かりやすく動揺している。
多分、いや、間違いなく。
イーサンは嘘をつくことができない。
男性というのはそもそもとして嘘をつくのが下手だ。
さらに言えば、女性は勘が鋭い。
理由は明確。
女性はコミュニケーション重視の生き物だ。
太古の昔、男性は狩りに。残された女性は身を守るためにも同性で集まり、子育てし、コミュニケーションをとっていた。必然的にその場の空気や相手の顔色を窺うのが上手くなるようDNAに刷り込まれたのだと思う。
そんな女性相手に嘘をつくなんて。無理だと思う。
ということで結論。
イーサンはボルギー男爵夫人の仮面舞踏会にいた、ということだ。
「実は私、その仮面舞踏会に顔を出していたのです」
「……知っています。お会いしましたよね」
あ、認めた。
「軽食部屋ですよね?」
「はい」
なんだか照れを隠すようなアンニュイな表情で、イーサンは視線をテーブルに落としている。ならばと私から話すことにした。
「あの時、お互いに会釈をして、でもその後、目を合わせても何も話しかけてくれませんでしたよね。……あの日は無礼講でした。ですから私から話しかけ」
「申し訳ありませんでした」
いきなりイーサンが頭を下げるので、心臓が止まりそうになった。
周囲の令嬢が、この美貌の貴公子に頭を下げさせるとは何事!?という感じでこちらを見ていると思う。もう、全身から汗が噴き出す。
「か、顔をあげてください。責めているつもりはありません。ただ、なぜ、と思い、尋ねたまでです!」
「そうだったのですね……あの時は……その……」
頬をぽうっと薄紅色に染められ、もう何度目か分からないが、失神しそうになる。
般若心経―!と叫び、すぐに理性を取り戻す。そして尋ねる。
「あの時、何でしょうか?」
少し息をはくその姿は……いや、般若心経よ!
「あの軽食部屋で、ローズベリー伯爵令嬢は、僕のことを会釈した後、じっと見ていましたよね」
これには別の意味でドキーンとする。
それは……その通りだ。
獣な私はあの時のイーサンの唇を見て、欲情していた。
つまりはキスをしたいと思い、その唇を……ガン見していたのだ。
猛烈な恥ずかしさで、消えたくなっていた。
イーサンを正視できないっ!














