口封じ!?
「ウス様が病に倒れました」
ウスは、あと三日後には、港町を出発することになっていた。
そして十日間の旅路を経て、帰館の予定だった。
それなのに病?
朝食の席で、バトラーは詳しい症状について、義父に耳打ちをするだけだった。
だがそれを聞いた義父の顔色は、見る見る間に変わっていく。
そして義父の、ウスと同じグレーの瞳は、ぎこちなく私へと向けられた。
何だか不穏な気配に、私の顔色も変わったと思う。
しかしこれは始まりに過ぎなかった。
この後、嵐のような日々を送ることになる。
まず、ウスの病気。
それは……性病だった。
この世界ではまだ治療法が見つかっていない病気であり、その感染は主に隣国で起きていた。性病というだけあり、それは男女の営みにより感染するもの。だから義父はあの時、私を見たわけだ。
結局、私も検査を受け、症状が出ないか見守られることになった。その間は、一切の外出禁止で、また病気に関して口外不要とされた。
ただ私は健康そのもので、何の症状も出ていない。
それにもう一ヵ月以上、ウスとは没交渉だった。
最初は私が感染源ではと疑われたが、そんなことはない。
ある事実が病と共に発覚する。
ウスと共に港町に滞在していた娼婦も、その性病を発症したのだ。
つまりウスは視察に娼婦同伴で赴いていた。
これはどういうことなのか。
私が月のもので、あの苦行から解放されることになった時。
ウスの方は、オスの衝動が高まっていた。
そこでこっそり娼館に足を運んだのだ。
その娼館には、隣国から流れ着いた娼婦がいた。
ウスの相手をすることになったのが、その娼婦だった。つまり、この娼婦こそが性病の感染源。だが潜伏期間だったからか。病は発症していない。そしてウスに対し、手練手管でサービスをした結果。ウスはその娼婦の虜になる。
ウスが娼婦の虜になったのは、仕方ないと思う。
なにせ私はウスの行為を苦行と感じ、声さえ出せない。だが娼婦は至れり尽くせりなのだ。
愛のない結婚をして無反応の妻。
体の関係からスタートしたが、抜群の快楽をくれる娼婦。
当然、娼婦とどっぷり時間を過ごしたくなるだろう。
だからこそ、突然、私に夜の行為を強要しなくなり、かつ視察名目で一ヵ月も屋敷を空けたのだ。視察にはその娼婦を伴い、毎日のようによろしくやっていたようだが……。
その娼婦はまだ十八歳と若く、体力もあった。
結果的に三十路を過ぎたウスの方が、先に病を発症した。
死に至る可能性も高いが、助かるかもしれない。
ただ、全身にヒドイ水疱性発疹が出て、顔が変形しているという。
本人はもう公に出たくないといい、後継ぎはバインにしてくれと言っている。
さらにこの先、自身と娼婦が一命を取り留めたら、彼女と共に生きていく。私とは離婚したい。
もし自身しか助からなかった場合でも、娼婦を弔い生きていくので、私とはやはり離婚したい――となったのだ。
この時はレイリー男爵家の汚い一面を、沢山見ることになったと思う。
まず義父は、性病になるなど、一族の恥だと憤怒した。
ようやく男爵位を手に入れたばかり。
貴族としての品位を保つのに必死だったのに、まさかの跡継ぎの不祥事。
「アイツはもういらん。死んでくれ」
義父の言葉に義母は、泣いてウスを庇うが、その一方で。
「レイリー男爵家の恥さらしであることは確か。このまま一命を取り留めたら、田舎に屋敷を与え、そこに一生閉じ込めましょう。……むしろ、あの女を口封じした方がいいのでは……」
レイリー男爵家に、ウスなどいなかったことにするために。
私を消すことさえ、義母は匂わせたのだ!