すべてを忘れて
めぼしい舞踏会には、義理の弟であるバインが顔を出している。絶対に、バインと同じ舞踏会には行きたくない。専属メイドに頼み、バインが行かない舞踏会を確認したところ……。
ボルギー男爵夫人主催の仮面舞踏会があった。
ボルギー男爵は軍人で知られ、自身も王立騎士団の一員だった。団長、副団長に次ぐ上級指揮官の一人であり、本人は大変お堅い。だがその夫人は十二歳、すなわち一回り年下で、新しい物好きだった。
この頃、王都で流行り始めた仮面舞踏会を早速、自分でもやることにしたのだ。
でもこの日はダウン侯爵夫人の舞踏会も行われる。ダウン侯爵夫人は、上流階級の貴婦人の間では知られている人物だった。彼女の主催する舞踏会には、高位貴族の令嬢の参加率が高い。ゆえにバインもそちらへ顔を出すという。
しかもバインは、自身の腰巾着令息たちと徒党を組んで舞踏会へ行くようで、早めに屋敷を出るとのこと。
これならば私がボルギー男爵夫人主催の仮面舞踏会に行くことを、バインに知られないで済む。
こうして実家へ久々で遊びに行ったり、友人の晩餐会に顔を出したり、そして……仮面舞踏会へ行く日になった。
正直、義母は仮面舞踏会を、まだよく理解していない。
平民出身の義母は、貴族社会への憧れが強い。貴族の伝統や格式を真似すれば、自身も一流貴族の仲間入りができると思っている。保守的な貴族も多いので、それはそれで悪いことではないと思う。ただそのおかげで、新しい流行、斬新なものは、すんなり受け入れない所がある。
つまり私が仮面舞踏会へ行くと知れば、義母が反対することは、目に見えていた。
そこで昔からの友人に頼み、彼女の屋敷の夕食会に、顔を出すことにさせてもらった。
こんな嘘をつかなければならないのは情けないが、波風を立てたくない……というのが本音。それに協力してくれる友がいるのだから、甘えさせてもらうことにした。
こうしてシャンパンゴールドのドレスに着替えると、アイマスクは手土産を装った箱に隠し、馬車まで持ち込んだ。馬車が走り出してから、箱の蓋を開け、アイマスクを取り出す。
全体の色はゴールドで、レース刺繍のようなデザインになっている。所々に模造宝石も飾られていた。
これをつけた瞬間。
ウスという夫のこと、義母や義理の弟のこと、そして義父のことも忘れた。
今日はグレイスという元伯爵令嬢として、仮面舞踏会を楽しもうと思った。
そしてその仮面舞踏会で、私はある運命に出会うのだが……。