ゆずり葉
初夏である。
緑滴る木々の間を抜け、さわやかな風が通り抜ける。
向かう先はとある大きな城下町だ。
「ここで休んでいてくれ。」
珠緒は茶店ですずろに団子を買ってくれた。
「品物を渡したらすぐに戻る。」
すずろはうなづいて珠緒を見送った。
通りはそこそこに人通りが多い。
柔らかくとろける団子を楽しみながら
すずろはこれまでのことをぼんやりと考えていた。
「姐さん、ひとりかい?」
声をかけてきたのはまだ若い男だった。
すずろは反射的に身構える。
「おう、こわがらないでくれよ。」
男は近くの花街で御用聞きのようなことをしていた。
「三味線の弾き手をさがしているんだが。」
「残念ながらそのようなたしなみはない。」
「そうかい、あんた別嬪だから客もはずんでくれるんだがな。」
「俺の嫁になんの話だ。」
戻ってきた珠緒は意外にも笑っていた。
ふたりは顔見知りのようだ。
「こりゃすまなかったな。なんなら一晩泊っていってくれ。」
すずろはあわてたが、案内されたのは普通の屋敷だった。
置屋の女将は人の好さそうな笑顔で迎えてくれた。
「食事を用意しようね。
ささやかだけど、みなと一緒に温かいものでも食べておくれ。」
すずろはまだぎこちない笑顔で精いっぱいそれに応えている。
珠緒はにこにこしながら見守っていた。
すずろは少しだけ申し訳ない気持ちになった。
『まだ人に慣れていなのだな。』
でもどうすればいいかはわからなかった。
つつましい食卓には先客がいた。
「わらわはゆずり葉。いわゆる遊女だ。
この置屋を担う看板娘だがな。」
ゆずり葉はそういってにっこりと笑った。
初対面のはずなのにすずろには懐かしく思えた。
あとから来た手伝いらしき子供たちも交え、
みなで囲む食卓は新鮮だった。
『これが家族というものなのだろうな。』
子供たちに旅の話をしている珠緒はとても楽しそうだ。
自分には縁がないと思ってきたものが身近に感じられた。
いつの日か自分の子供の世話をすることがあるのだろうか。
「ほう、これは・・・。ほほえましいものだな。
そなたたちはとてもよい組み合わせになるであろう。」
ゆずり葉が声をかけてきた。
頭のなかを見透かされたようでドキッとした。
「すずろ、わらわとともに湯屋へ行かぬか。」
「あ、ああ。」
うろたえながら珠緒を見る。
珠緒はにっこりとうなずいた。
「ゆっくりしてくるといい。」
促されると少し落ち着いた。
「よろしく頼む。」
ゆずり葉は軽やかな身のこなしですずろを案内した。
湯屋は思ったより広かった。
「背中を流してやろう。」
「い、いやそこまでしてもらっては・・・。」
「なに、遠慮することはない。」
ゆずり葉は手慣れた様子で背中を洗っていく。
「すずろは。」
なにげない口調で言った。
「妖しのものだったのだな。」
一瞬冷水を浴びせられたように全身が固くなった。
なぜ知っているのだろう・・・。
「わらわも同じなのだ。」
ゆずり葉は造作もなく続けた。
ゆっくりとお湯を流してもらって
体に温かさが戻ってきた。
なぜかほっとした気持ちが広がってくる。
ゆずり葉は自分のことを話してくれた。
すずろとは違って生まれながらに妖しのものらしい。
「なにか悩み事があるのであろう?」
言われて初めて気が付いた。
「そ、そうだな。」
すずろはこれまでのことを話した。
人から妖しのものになり、また人に戻ったこと。
まだそれになじめていないこと。
そして・・・。
「珠緒をもっと幸せにしたい。」
言葉とともに涙が浮かんだ。
ゆずり葉はすずろの手をとって湯舟に導いた。
「人の幸せとは何かわかるかや。」
湯の温かさが広がるようにすずろを包む。
「珠緒には家族がいない。」
「すずろがいるであろう。」
「もっと必要だと思うのだ。」
「すずろにも必要なのだな。」
こっくり・・・。
「でも。」
「どうしたらいいかわからぬのだな。」
顔がほてるのは湯のせいばかりではない。
「すずろは知らないことが多すぎる。
だがひとつづつ知っていけばよい。」
こっくり・・・。
「わらわが教えられるのは物事の理だけだ。
あとは自分で覚えていくしかない。」
「わかった。」
「それと。」
ゆずり葉はすずろの額に手を当てていった。
「そなたはもともと人であって、いまはそこに戻った身だ。
人として知ることがなかったことも、これから追々知っていくがよい。」
その手がひんやりとしていることがその言葉の裏付けだった。
「ありがとう。」
湯舟に落ちた涙は温かかった。
翌日二人はまた旅へ出た。
ゆずり葉はたくさんの話を聞かせてくれた。
「楽しそうだな。」
珠緒には内緒だ。
「うむ、女同士の話ができた。」
「そいつは貴重だ。会えてよかったな。」
「そうだな。また会いたい。」
次に会うときは家族もいっしょに・・・。
初夏の日差しがすずろの笑顔を明るく照らしていた。