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にせもの

春になった。

木々の芽吹きを感じながら、すずろと珠緒は村をあとにした。

珠緒はこれまでになく軽快な足取りだったが、

すずろはまる一日歩いても全く疲れた様子がない。

これには珠緒も舌をまいた。

「これでも元・足の速い商人=盗賊だからね。」

そう言ってすずろはちらりと顔を曇らせた。

「そりゃあ心強いな。頼りにしているぞ。」

珠緒はすずろを引き寄せて抱きかかえるように包み込んだ。

すずろの曇りがみるみる溶けていった。


ある時大きな山を越える途中で日暮れになってしまった。

「今日は野宿だな。」

珠緒にはこんなアクシデントも楽しいことに思えた。

携帯してきた保存食で簡単に食事をとり、

眠りについた珠緒は夜半にすずろにそっと揺り起こされた。

「どうした?」

盗賊につけられていたらしい。

すずろはあらかじめ集めておいた石を手元によせていた。

「危険なことはするな。」

「だいじょうぶ。追い払うだけだから。」

切れ切れの雲が飛ぶ向こう側に月影が浮かぶ。

わずかな明かりを頼りに、すずろは慣れた手つきで数個の石を放った。

「ぐはっ!」

「いてえっ!」

手ごたえは十分だったようだ。

「女ひとりぐらい大したことねえ。やっちまおう!」

数人がじりじりとちかづいてくる。

すずろは次の攻撃のタイミングをうかがっているようだ。

「ま、まて!そいつはいけねえ。」

年かさの男が突然悲鳴のような声をあげた。

月明かりに美貌が浮き上がったすずろを見て

男はおびえた様子で続けた。

「なんだよ。ただの女じゃねえか。」

「こいつは玉狐ていう妖怪だ。近寄ると命を吸い取られるぞ!」

男たちの間に動揺が走った。

「間違いねえ。こいつは前の親分の魂を吸い取ったんだ!」

「そ、それはもう数十年も前じゃねえのか。」

「ああそうだ。でも玉狐は何年でもそのままで生きながらえる。」

そのとき、後方で控えていた珠緒がゆっくりと前へ出た。

「この娘は玉狐とやらではない。」

「う、うそだ・・・。見覚えがあるんだ。だまされねえ。」

突然の珠緒の登場に男たちはさらに浮足立つ。

「ゆかりのあるものだから似ているのだろう。」

「そんなはずは・・・。」

「たしかに玉狐は半分人間だっていう噂だったが。」

逃げ腰の男たちは真実を探求する余裕などあるはずもない。

「そうだ。この娘は人間だ。」

珠緒はさら声を大きくして言った。

「そして俺の妻だ!」

堂々としてたちはだかる珠緒。

そしてそれに寄り添うように立っているすずろ。

雲の切れ間から差し込む一筋の月光に照らされた二人は一枚の絵のようだ。

珠緒の気迫に気圧された男たちはそろそろとあとずさり、その場を離れていった。


「珠緒。」

すずろの表情は見えなかった。

「ありがとう。」

「なに、すべて本当のことだ。」

「そうだね。そして過去もまた事実だ。」

それは重い過去でもあって・・・。

「いまはただの人で、俺の妻だ。」

「わたしは妖怪だった。それは消せない事実だ。」

「いまは違うだろう。」

「でも、人といえるのか。いまでも妖怪だと思われている。」

「人が何であるかうまく説明はできない。

人でありながら、その定義はわからん。

だが、だれかが認めてくれればそれは人といえるのではないか。

いったいどこがちがう?なにもかわらないぞ。」

「人を人たらしめるのはこころです。」

盗賊の去ったあとの木陰からひとりの女が姿を現した。

かつて珠緒にすずろを託した女だ。

「姉神・・・。」

「このひとは姉神というのか。」

姉神はゆっくりと近づいてすずろの手をとった。

「すずろの櫛はもとはすずろからわたくしに贈られたものでした。

あれが「因果をとどめるもの」だと知ったのはずっと後でしたが、あれはすずろの人としてのこころそのものでした。

櫛がすずろのもとに戻った時、こころもいっしょに戻ったのです。

だからこそあの櫛は砕け散ってしまったのですから。」

「わたしはほんとうに人になれたのか。」

「みてごらん。」

珠緒はすずろを傍らの水場へいざなった。

水面に映る二人。

「どこからどうみても人だろう。」

「姿だけのにせものではないのだな。」

「すずろは人から妖怪になって、また人へ戻ったのです。」

「そして俺の妻になったのだ。もう玉狐などどこにもいないのだよ。」

遠くの月がうなづくようにきらりと光った。

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