表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

あといっかい


ある村のはずれにたいそう美しい女がひとりですんでいた。

一年ほど前にふらりとやってきてそのまま住みついて今に至る。

女は家の周りの畑から少しの作物を収穫し

川で魚をとるほかはずっと家にいた。

村人が親切心から食べ物を分けてやったりすると

必ずなにかのお礼をした。

小さなことではあったが

それはいつも相手にとってぜひ必要なことだったので

村人からはたいそう感謝された。

それでも自分からは他人にかかわろうとしないので

なにか訳ありなのだろうとあまり立ち入らないようにしていた。

女は名を「すずろ」といった。


半年ほどして村にひとりの若者が帰ってきた。

行商の旅をしていたのだが、けがのため故郷で静養するためだった。

若者の両親はすでになく、ひとり暮らしが始まった。

若者は「珠緒」という。

たいそう器用で細かい手仕事など職人のような腕前だった。

村人の依頼で道具の修理などを手掛けながら

行商の旅にはでられなくても朝早くから散歩をし、

脚力を落とさないように気をつけていた。


「珠をとどめる結び目なのだそうだ。」

すずろに対しても珠緒は無邪気に接していた。

この男、警戒心がなさすぎる・・・。

むしろすずろのほうが警戒するくらいであった。

「すずろという名は・・・。」

「語るほどのものではない。」

「そうか。」

そっけなくしたほうがどぎまぎしてきた。

「と、とくに由来などがあるわけではないのだ。」

「ふむ、美しい響きだと思うぞ。」

そしていつもおおらかに笑いかけるさまが、すずろにはまぶしかった。

「よい名だぞ。」

名を呼ばれるといつも目を落としてしまう。

好んでつけた名ではない。

だがこの先も背負っていく名なのだ。

過去とともに。


それから一年ほどはなにもなかった。

秋もおわるころ、村で一番屈強だった若者が歩けなくなった。

足腰に力がはいらなくて自分で立つことができない。

どこかが痛むようなわけではないが、日中もぼんやりしていることが多かった。

「しばらく休んで様子をしてみることかな。」

村に医者らしきものがいないため、珠緒が判断することになった。

「体力が落ちているようだからなにか精の付くものを食べさせてくれ。」

村人は卵や山芋など思い思いに持ち寄って見舞いをした。

すずろは見舞いにはいかなかったが、珠緒に香の袋を預けた。

「よく見に来てくれてお世話になったので。」

袋は小さいながら金銀の糸で織られた美しいものだった。

「眺めるだけでも気分が晴れるように思うよ。」

家族は小袋を箱にいれて枕元に置けるようにした。

若者は少しづつ回復に向かっているようだ。

「春になれば元のように動けるようになりそうだな。」

みんなは少し安心した。


しばらくして今度は一人の少年が歩けなくなった。

もとからやせていて体力がなかったので、だれも気に留めていなかった。

「しっかり食べないと大きくなれないぞ。」

村人たちは自分たちの食糧を持ち寄ってくれた。

すずろはお茶の葉っぱを提供した。

「毎日すこしづつ飲ませてみて。」

少年はすずろを姉のように慕っていてよく遊びにきたものだ。

渡された湯飲みを押しいただくようにして茶を飲んだ。

少しほろ苦いが、続けられそうだった。

「子供はすぐ元気になるからな。」

珠緒の見立て通り、少年は目に見えて回復していった。


冬になってみんなあまり外に出なくなった。

このあたりでもさほどでもないが雪が積もることもある。

珠緒はときどきすずろに薪を届けていた。

「いつもありがとう。」

すずろは珠緒を家にいれなかった。

なにかを受け取るときは自分が家の外にでてきた。

女の一人暮らしだし、用心もあるのだろうと珠緒は気にも留めなかった。


その日はめずらしく雪が降り積もっていた。

「すずろ、薪をもってきたぞ。」

返事がない。

「すずろ?」

不安にかられた珠緒は声をかけながら戸を開けた。

すずろはいろりのそばにうずくまっていた。

「すずろ?どうした。具合でも悪いのか。」

脈をみようとしてとったその手首があまりにも細いことに珠緒はぎょっとした。

「だいじょうぶ・・・、大丈夫だから。」

すずろは懸命に手を放そうとするが、そのまま意識を失った。

珠緒は急いですずろを寝かせると薪を継いで火を大きくした。

すずろはずっと眠っていて、珠緒はひとばんそばについていた。


翌朝、珠緒より先にすずろは起きていた。

「眠ってしまったな・・・。申し訳ない。」

すずろは涙をおとした。

「ど、どうした。なにかこわい思いでもさせたか。」

「違う・・・。ありがとう、珠緒。」

すずろは昨日よりずいぶん元気そうだったが、なぜか涙が止まらないようだ。

「そうだ、ほしいもをもらったのでわけてやろうと思ってな。」

立ち上がろうとして足がよろけた。

「おっと、寝すぎたな、これは。」

「まだ動かないで。」

すずろは部屋のすみにあった小箱を持ってきた。

香のにおいがする。

「これを。」

小さい丸薬と温かい茶を出してくれた。

「ふむ、薬か。すまないな。」

出されるままに飲んでみる。

少し苦味のある独特な味と香りだが、体内にしみていくようだ。

「かゆを作るので食べていって。」

すずろはそれからあまり話をしなかった。

珠緒も無理に話そうとはしない。

静かな時間がすぎ、珠緒は帰っていった。


「あといっかい。」

かえりしなにすずろが小さくささやいた。

「ん、なんだ?」

珠緒が聞き返すと

「なんでもない。」

すずろは顔色をかえて珠緒を戸の外へ押し出した。

「今日はありがとう。雪が積もっているから特に足元には気をつけて。」

「ああ、そうだな。かゆ、うまかったよ。」

戸をはさんですずろが小さく震えているのがわかった。

珠緒は手のひらを戸板にあてて言った。

「また、な。」

そこに吸い付いたような感触を覚えながら珠緒は岐路についた。

なにかおかしい。

懐に手をいれると小さい袋がはいっていた。

香の袋だ。

手の中に包み込むようにして、ひとあしひとあしを踏みしめてゆっくり歩いた。

もうふらつくことはなかった。


すずろは部屋の中でじっと座っていた。

香のにおいがする。

体内を駆け巡る流れを感じる。

それはとても貴重ないとおしいものだった。

「あといっかい・・・。」

すずろの頬に涙がひとすじ流れて落ちた。


半月ほどふたりは会わなかった。

珠緒の調子がすぐれなかったこともあるが、

なんとなく会う理由がなくて行きそびれていた。

そんなとき行商仲間からある噂を耳にした。

「人の生命力を吸い取る女がいるらしい。」

女の詳細については知られていないが、かつて盗賊の頭だったらしい。

「3回吸い取られると廃人になるそうだ。恐ろしや・・・。」

吸い取られるたびに頭がふらついたり、足腰が立たなくなって

しまいには寝たきりになってしまうとか。

「なんの因果なのかね、報いを受けてるってことなんだろうよ。」

「それはいつかおわるのか。」

「さあなあ。報いってもんは人にはわかんねから。」

「3回か。」

それが妙に頭から離れなかった。

あといっかい、すずろがそう言ったからだろうか。

「2回目までは大丈夫なんだよな。」

なんとなくそれでふんぎりがついた。

明日会いに行ってみよう。


翌朝はよく晴れていた暖かかった。

珠緒は行商人から手に入れた赤い小さな櫛をもって出かけた。

「香の礼だ。」

単なる口実というわけでもない。

色白のすずろにはさぞよく似合うだろう。

まえと同じ道をひとあしづつ踏みしめ、

しかし前と違うことを考えながら進んでいた。

「なにか聞ければいいのだが。」

なにを聞こうとしているのかはよくわからなかったが。


すずろはちょうど家の前にいた。

少し小さくなったように思うのは気のせいだろうか。

「すずろ。」

少し手前から声をかけてみる。

ちょっと手をあげて返事をする様子を見せている。

「元気になったのね。」

「お互いにね。」

意外にもすずろは笑顔を見せた。

珠緒はそれまで彼女が笑っていなかったことに初めて気が付いた。

「笑うこともあるのか。」

「そんなことはずっとなかった。」

「もっと笑えばいい。」

珠緒はすずろの顔を覗き込んで言った。

「笑うともっと美しくなる。」

すずろはもう笑っていなかった。

「そうか・・・。」

珠緒はちょっと気まずくなってあわてて懐をさぐった。

「これ、よかったら使ってくれ。」

「なに?」

「この前の礼だ。香とかもらったから。」

小さい赤い櫛はすずろの手に乗ると一層かわいらしく見えた。

「ありがとう・・・。」

すずろは櫛を持った手を胸にあててうつむいた。

珠緒はなぜかすずろを抱きしめてやりたくなった。

いまのすずろはあまりにもはかなくて、そのまま消えてしまいそうだ。

「いい思い出になる。」

「それくらい、また見つけてきてやるよ。」

「もう、いなくなるから。」

なにを言っているのだろう。

「もう、ここにはいられないから。」

すずろはやはりうつむいたままだった。

「どういうことだ?なぜいられなくなる?」

「珠緒には話しておきたい。」

すずろは戸をあけた。

「中へどうぞ。」


導かれるまま、中へはいった。

家の中はどこかがらんとしていた。

「われは人間ではない。」

いろり端に座ったすずろはぽつりぽつりと話をした。

内容が衝撃的過ぎて、珠緒には理解するのに時間がかかった。

すずろは以前に盗賊団の一員だった。

頭に育てられたため、2代目の頭目となった。

あちこちで盗みを働き、焼き討ちにした村は数多い。

人を殺すことは好まなかったが、目的のためには避けることはしなかった。

あるとき、大掛かりな盗賊狩りが行われ、すずろたちも狩り立てられていった。

部下も散り散りになり、崖のうえで矢に射抜かれたすずろは大きな滝へと落ちてしまった。

どれくらい漂っていたのかはわからない。

気が付くと滝の後ろのほらに寝かされていた。

すぐそばに美しい女がいた。

「あなたは罪を重ねました。」

すずろには返す言葉もない。

「これからそれを償いなさい。」

すずろという名はそのときにつけてもらったものだという。

「われはその時より魔物になった。」

女は今後についてすずろに言った。

すずろはこれから生き物の生命力を吸い取って生きていくことになる。

人々の中にあってその生命力を吸い尽くすことのないように旅をしなさいと。

吸われた生命力を回復する香と茶葉の作り方も教えられた。

すずろの旅は何百年も続くのだと。

「あなたの因果を断ち切るものが現れればあるいは・・・。」

女はそれ以上教えることはなかった。


「3回吸われると廃人になる、のではないか?」

珠緒はおそるおそる切り出した。

「なぜ、それを知っている。」

「行商仲間からうわさを聞いた。」

「そうだ。だからだれとも3回は会わない。」

「それで、あといっかい、なのだな。」

ようやくわかってきた。

「もうここにはいられない。みんなはもう2回めになってしまった。」

「そうやっていままでもあちこち点々としてきたのか。」

「そうだ。こんなに長くいるはずではなかったのに。」

「吸うのを止めることはできないのか?」

「それはできない。自然に吸い取ってしまうから。」

それでだれにも会わずに我慢していたのか。

珠緒は前に見たすずろの細い手首を思い出していた。

「一度に全部吸われることはないのだな。」

「そうだが。」

「では、きょうは一緒にいよう。」

「なぜ?」

「いままでひとりでつらかっただろう。」

「しかたがない。」

「今日だけはなにも隠さなくていい。そんな日があってもいいじゃないか。」

そういうと珠緒はすずろの髪に赤い櫛をつけた。

「ほら、よく似合う。」

ほんの少しすずろが笑った。

ふたりはその日いちにちを共に過ごした。

香を焚き、茶を飲みながらいままでになくたくさんの話をした。

すずろはときおり珠緒の様子を気にしていたが、前のようにふらつくこともなかった。

なにも変わらないじゃないか・・・。

珠緒はそう言いたかったが、口にはしなかった。


夜になっても話は尽きなかった。

明日が来なければいいのに。

互いに思うことは同じだった。

「少し横になったほうがいい。」

すずろは床をふたつ引いた。

「離れていればいくぶんいいと思う。」

「そういうものか。」

珠緒は赤いひもを取り出した。

「手を、つないでおこう。」

床の間に赤い線がつながった。

手首を通して相手の動悸が伝わってくるようだった。


すずろを朝まで見守るつもりだったのに、珠緒は寝入ってしまっていた。

手首を引かれる感触に目をさましたとき、あたりは真っ白な光につつまれていた。

「すずろ!」

跳ね起きてみたが、そこはすずろの家ではないようだ。

少し離れて女がたたずんでいる。

すずろの話にでてきた女だろうか。

「あなたにはお礼を言わなければなりません。」

女は静かに言った。

「どういうことだろう。」

「あなたのおかげですずろは解放されたのです。」

「すずろは、どこへいった?」

「ご安心ください。どこへも行きはしません。」

「解放とは、どういうことだ?」

「もう生き物の生命力を吸う必要はなくなりました。」

「では、ふつうの人間にもどったということか?」

「まだです。あとはあなた方次第・・・。」

そういうと女はすぅーっと消えてしまった。

「待って。待ってくれ!」

珠緒はそのまま気を失ってしまった・・・。


「珠緒・・・。」

すずろの声で目が覚めた。

「すずろ、聞いてくれ。」

「女に、会ったのだな。」

「なんだ、知っていたのか。」

すずろはうなづいた。

「もう生命力を吸うことはないらしい。」

「そうだな。」

「だったら・・・。」

珠緒は一息ついた。

「だったら、俺についてきてくれないか?」

すずろがはっとしたそのとき、髪につけていた赤い櫛がパチンと割れて落ちていった。

「櫛が・・・。」

「どうした、また買ってやるから大丈夫だ。」

「違う、、、この櫛は・・・。」

すずろは泣いていた。

「珠緒。」

「なんだ、どうした?なぜ泣くのだ。」

「あといっかいはもうおしまい。

われはもうそなたからはなれることはできなくなった。」

「よく説明してくれ。ちっともわからない。」

「この櫛は「因果をとどめるもの」という。」

「ただの行商人から買ったのだぞ。」

「そうやって普通のものに紛れてやってくるものなのだ。」


その櫛は数百年に一度やってくる。

因果を解くには、その櫛を髪につけてもらうことと

その相手がすずろのすべてを受け入れてともに生きる誓いを立てる必要があった。

これまでに何度かそういう機会はあったが、すずろの過去を受け入れられる人物はいなかった。

「因果が解けるとき、櫛は割れる。」

「ではすずろはもう普通の人間と同じなんだな。」

「そうだな。」

「ではこれからはずっとそばにいてくれ。あといっかいではなくずっとだ。」

「わかった。」

すずろは本当にうれしそうに笑った。

「もうずっと、ずっと一緒だ。」


春になって珠緒とすずろは祝言をあげた。

たくさんの命が芽生える季節に。

すずろなるさだめをしっかりと結びとどめた愛に祝福あらんことを。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ