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番外編 十夜のギャグ

本編開始半年前です。


この番外編は、改稿後の本文準拠の設定です。

【なろう版との違い】

☆伊織の九頭竜家への滞在日数が、数日から一ヶ月近くに増えています。

☆秘書の男・啓介→啓吾に名前の変更があります。


 ある晴れた日のことだ。

 九頭竜財閥のオフィス・十九階。十夜の執務室に、十夜と啓吾の姿はあった。


「そういえば十夜さん、聞いてくださいよ! 今年はオタマジャクシがたくさん生まれたんですよ」

「……そうか」

「水槽を大きいものに替える作業をしてて。でもまあ、捕まえるのも慣れたもんですよ」


 そう言って啓吾は笑った。

巳沼の家では実際に白蛇を祀っており、その餌となるカエルを養殖しているのを、十夜は知っていた。


(つまり――)


「お前はヤゴなんだな」

「え?」

「ん?」


 啓吾に聞き返され、十夜も聞き返した。


(……? あっているだろう)


 十夜は、真面目な顔で言った。


「オタマジャクシを集めてるのだから、ヤゴだろう。それとも、タガメということか?」

「誰がですか?」

「お前がだ」

「はぁ。せめて蛇って言ってくださいよ。まぁ別にいいですけど。……無駄に田んぼの知識がありますね」

「…………」


 十夜は、一瞬眉を寄せると、すぐに中断した仕事を再開する。


 ――昔から、こうだ。


(……ギャグのつもりなんだが)


 別に笑われもしないし、よくわからないと返されるばかりだ。


(一体なぜなんだ……?)


 そう思ったが、考えてもきっと仕方のないことだ。十夜はそこで意識を切り替え、そのことは忘れていった。

 




 それから半年の月日が経った、ある夜のことだ。

 十夜が家の廊下を歩いていると、向こうから伊織が歩いてくるのが見えた。

 彼女が家にやってきて、少しの日数が経っていた。


 伊織はサキと並んで話ながら歩いており、ずいぶんウチにも慣れたものだ、と十夜は思った。

 十夜に気がつくと、伊織は少し明るい顔をして――俺の気のせいかもしれないが――こちらにやってきた。


「あ……。十夜さま、お、お疲れ様、です……」

「めずらしいな」

「え?」

「髪だ」

「ああ、えっと……。少しサキさんのお手伝いをしていて……。邪魔になるといけないので……」


 彼女は、めずらしく髪をくくっていた。長い栗色の髪をひとつにしばって、その毛先は毛束に沿ってくるりと巻いている。――こういうのを、馬の尻尾とたとえるのだと聞いたことがある。だが、むしろ――……。


「リスのようだな」

「え?」


 伊織がきょとんとした顔で、俺を見上げる。その様子もやっぱり、馬というよりリスに見えた。

 すると、伊織は目を細めて、


「ふふ……っ。はい。そうかもしれません」


 そう言って、いつもみたいに小さく笑った。


「…………」


 その様子を見ると、なんだかほっとして、別に息を止めていたわけでもないのに、呼吸が楽になる気がした。



 一方、伊織の方はというと――。

 十夜のたとえやギャグがわからない時も、もちろんある。彼の発言は時々言葉足らずで、思考回路が飛躍したものもあるためだ。

 しかし、伊織はそれをツッコまない。

 十夜が楽しそうな様子を見るだけでなんだか嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまうのだった。



(了)

お読みいただきありがとうございます。

このお話が続刊できるよう、書籍版を買ってもらえたら助かります!

よろしくお願いします!


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2025年11月28日スターツ出版文庫さまより発売です。

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