098 決着と置き土産
間断なく攻め続ける啓の攻撃を、ウルガーは必死に防ぎ続ける。
その状況はウルガーのほうが一方的に不利に見えるが、実のところ、啓とチャコもかなり消耗していた。
槍を長時間具現化し、さらにそれをコントロールし続けるには、集中力と精神力、そして女神の奇跡の技を持続し続ける力が必要となる。
いずれかが尽きれば、啓はウルガーに反撃の隙を与えることになるだろう。
そのことはウルガー自身もよく知っていた。だからこそ、ウルガーは啓の力が尽きるまで、攻撃を捌き続ける覚悟だった。
そして今、槍先の攻撃が緩んだ。ウルガーはその隙を見逃さなかった。
千載一遇のチャンスを得たウルガーは、啓のバルダーの胴体部に手斧の狙いを定めた。
ゴン、という鈍い音が響く。
それは決着を表す音でもあった。
ウルガーが伸ばした手の先には、啓のバルダーの胴体があった。
しかし、ウルガーの手斧は啓のバルダーに触れてはいなかった。
その音の正体、それは、ウルガーのバルダーの頭上に槍先がヒットした音だった。
「……は?」
ウルガーは今の状況をすぐ理解できずにいた。
終始ウルガーを攻め続けた槍先は、今も目の前にある。しかし頭上を叩いたのも槍先だ。
ウルガーはよろけるように一歩下がった。その時、何かが背中に当たる音がした。
それは啓の槍の柄の部分だった。
そこでウルガーはようやく気付いた。
啓のバルダーが持つ槍が、とんでもなく伸びていたことを。
啓はウルガーを槍先で攻めている間、槍の反対側にもうひとつの槍先を作り出していた。
そして、ウルガーが啓の攻撃を捌くことに集中している隙に、啓は槍の柄を後ろ側からスルスルと伸ばしていき、地を這わせてウルガーの背後に回り込ませていたのだ。
準備を終えた啓は、槍先の連続攻撃をわざと緩めた。
すると思惑通り、ウルガーは攻撃に転じようとした。この時、ウルガーは啓のバルダーを狙うことしか考えていなかったはずだ。
啓はそのタイミングを逃さず、背後からもう一つの槍先で、ウルガーの頭を小突いたのだった。
ちなみに啓は、競艇選手だった頃も、こういった心理戦が割と得意なほうだった。
競艇は、選手同士の駆け引きが勝敗を左右する事が多々ある。
啓は操艇技術だけではなく、対戦相手の癖や現在の勝率を元に、自らレース展開を作り、相手の動きをコントロールして勝利を積み重ねてきた。
啓は無自覚のまま、その能力の一端をバルダーの試合でも発揮し、見事に勝利をもぎ取った。
◇
マルティンが啓の勝ちを宣言し、試合は終わった。
啓がバルダーから降りると、既にバルダーから降りていたウルガーがすぐに啓に詰め寄ってきた。
「貴様、卑怯ではないか!」
「えっと……何がでしょうか」
「武器を途中で曲げたり、死角から叩いたことだ!」
「え、それを殿下が言いますか?」
「う……うるさい!とにかく卑怯だ!」
手斧を飛ばして背後から攻撃したり、武器を隠し持ったりしていたウルガーには言われたくないと思う啓だった。
ウルガーはまだ啓に文句を言おうとしていたが、先にサリーが割り込んだ。
「ケイ、勝利おめでとう。私はケイが勝つと信じていたよ」
「ありがとう、サリー。勝てたのはサリーの助言のおかげだ」
「助言?さて、何のことだろうか」
サリーはウインクで啓に応えた。
それからサリーはウルガーに向き直った。
「ウルガー殿下」
「殿下はよしてください、姉上」
「では、ウルガー。本当にいい試合でしたよ。いつの間に、一度に四つの武器を操作できるようになったのですか?」
「昨年ようやく……右手で二つ、左手で二つの物を扱えるようになりました」
「そうですか。とても頑張ったのですね。姉として、私は貴方を誇りに思います」
「サリーの言うとおりです。殿下の攻撃を捌くのに、オレも必死でしたよ」
「ふん、きっちり全部防ぎきったくせに、何をいうか」
「いえ、本当にギリギリでしたよ。もしももっと武器が隠してあって、例えばそれを足で操作してきたら、きっとオレが負けていたでしょうね」
「くだらん例え話などいらぬ……結果はケイの勝ちだ。私は負けたのだ。それで満足だろう?」
不機嫌全開で答えるウルガーに、今度はマルティンが声を掛ける。
「まあまあ、殿下。負けてよかったじゃないですか」
「マルティン、お前……負けて良かったとは何だ!」
「だって殿下が負けたことで、ケイ殿の大逆罪は冤罪となりました。同時に、ケイ殿に与していた王女殿下も、無罪放免となったわけです」
「そんな事は分かっている!」
「もしも殿下がケイ殿に勝ってしまわれたら、王女殿下も大逆罪で死罪となっていたのですが、その事も理解しておいででしたか?」
「それは……そうなのか?」
ウルガーの表情が一気にこわばった。
確かに、啓が犯罪者であれば、一緒に行動を共にしていた王女も罪に問われるだろう。
姉が好きすぎるウルガーには、全くその意識がなかった。
「姉上は……姉上は別だ!そんなもの、私の権限で……」
「王族が権限を乱用したら、国民からの信用を失いますよ。はあ……だから言ったじゃないですか。一騎打ちなど、やめたほうがいいと」
「くっ……お前の説明不足じゃないか!先にそれを言え!」
「殿下が聞いてくれなかったんです。私は悪くありません。いずれにしろ、これで王女殿下とケイ殿の結婚も認めることができますね」
「認めん!それだけは認めんからな!」
「無理ですよ。王女殿下の愛は本物です。私は先程、王女殿下に「愛情のなせる技」というものも見せていただきました。私もアーシャと、そんな愛を育みたいと感銘を受けました」
「そんなもの知るか!とにかく私は絶対に認めないからな!」
一体何の話をしているんだという表情の啓と、顔を真っ赤にしてそっぽを向くサリーを放置して、ウルガーとマルティンは不毛な口論を続けた。
「殿下。一体、何を騒いでおるのですか?」
そこに、一人の兵士がやってきた。近衛騎士達に先導されてやってきた男は、その装備と階級章から、オルリック軍の隊長クラスであることを示していた。
そして、その男を見たサリーとマルティンは、同時に驚きの声を上げた。
「テイラー総隊長!?」
「お、親父!?」
男はオルリック軍の、ユスティール方面防衛隊の総隊長、マルク・テイラーだった。
サリーは先日、テイラーにユスティール奪還作戦を提案し、テイラーはそれを了承した。そして作戦は実行に移されたはずだ。
だからサリーは驚いた。そんな状況で、総隊長がこの場に現れるのは不自然なことなのだ。
もしかして作戦は失敗したのだろうか、とサリーは考え、顔色を失った。
一方のマルティンも、突然自分の父親がこの場に現れたことに驚いた。
「親父!どうしてここに?」
「無論、用事があるからに決まっている。ところでお前、また殿下を困らせているのか?」
「逆だよ、親父。殿下が俺を困らせてばかりなんだっていつも言ってるだろ?」
「なんだと、マルティン!」
「全くお前は……殿下。いつも愚息がご迷惑をおかけして申し訳ございません」
テイラーはウルガーに向かって、深々と頭を下げた。
その後、テイラーはサリーの方に向き直り、今度は深々ではなく、軽く頭を下げた。
……余談だが、この時のテイラーは王族の手前、王族と一般人とで敬意に差をつけて見せたのだが、後にサリーに謝罪し、改めて最敬礼した。
「サリー殿、先日は作戦立案に協力いただき、感謝する」
「いえ……ところで、やはり貴方はマルティンのお父上だったのですね」
「やはりとは?もしや以前、私に会ったことが?」
「ええ、会ったこともございます。さすがに昔のことなので、すぐにお顔を思い出すことはできませんでしたが。それに私もすっかり変わってしまいましたから、貴方も私に気が付かなかったでしょう?当時とは髪の色も違いますからね」
「はあ……詳しい話は後ほど聞かせていただきたい。それよりもサリー殿。急ぎ、相談があるのだが」
「私にですか?」
「あー、親父、ちょっと待ってくれ。王女殿下に話があるのは分かったが、このままだと色々とややこしいことになるので、一度話を整理させてくれ」
「マルティン、王女殿下とは誰のことだ?」
「誰も何も、親父の目の前にいるだろう?」
「……なんだって?」
この後、啓一行と、ウルガーとその側近、そしてテイラーは、これまでの情報の共有を行うため、軍議を行うこととなった。
◇
「……なるほど。王女殿下は色々と大変な目に遭われてきたのですね。心中、お察しいたします」
「ありがとうございます。それに私はもう王女ではないのですから、そんなに畏まらないでください。マルティンや皆も同様です」
王女の肩書は、ウルガーに捕まった啓を助けるためと、啓達の冤罪を晴らすための手段として必要だったものだ。
しかし、啓達が自由の身になった以上、もう王女の肩書など必要ない。そもそもサリーは、堅苦しい王女の地位に戻る気など全く無かった。
「何を言いますか、姉上。姉上は今でも王女です。王位継承第二位の、サルバティエラ・オルリック王女です」
「あー、殿下。話が進まなくなるので、その件は後にしましょう。それで親父……じゃなくてテイラー総隊長。ユスティールの状況を教えてください」
「承知しました」
ミトラとシャトン達の奇襲によって、ユスティールに駐留しているアスラ軍は見事に撹乱された。
奇襲成功の報を受けたサリーは、すぐにそれをテイラーに伝えた。そしてテイラー率いる防衛部隊は、ユスティール奪還を目指して進軍を開始した。
サリーの知っている情報はそこまでだ。
テイラーはその後のことについて、皆に説明した。
なんとテイラー達は、いともあっけなくユスティールの奪還に成功してしまったらしい。
「アスラ軍は、なぜかバルダーをほとんど使わず、歩兵部隊を中心に応戦してきました。当初は罠かもしれないと疑ったのですが、どれだけこちらが攻撃を仕掛けても、敵は反撃するどころか、すぐに撤退していったのです。王女殿下、貴女はアスラ軍に対して、一体どんな奇襲を仕掛けたのですか?」
「詳しいことは言えませんが、作戦を立案したのは私ではありません。考えたのはこちらのケイで、作戦を実行したのはミトラとシャトンです。それと私は王女ではなく……」
「そうでしたか。ケイ殿、貴方は素晴らしい軍師になれることでしょう」
「いえ、ミトラとシャトンが頑張ってくれたおかげですから」
テイラーは、ミトラとシャトンに感謝と称賛の言葉をかけた。シャトンとミトラは照れ笑いを浮かべている。
「ただ、残念なことに、町は大変な被害を受けていました。我々が町に入った時には、既に多くの家屋が破壊され、散々たる光景に……」
「アスラ軍め、酷いことを……」
テイラーとサリーは怒りをあらわにした。
軍議に参加している他のメンバーも、アスラ軍に対して罵声を吐いたり、渋い表情を浮かべた。
なぜかシャトンとミトラは、無表情で顔を背けていた。
「しかし、アスラ軍のした事はそれだけではないのです。そのことで、サリー殿、いえ、王女殿下に相談するため、こうして私がヒルキの町に来たのです。まさかウルガー殿下までいらしているとは、夢にも思いませんでしたが」
「我々もユスティールに向かうつもりでいたのだ。ひとつは其方の部隊に合流するため、もうひとつはそこにいるケイを捕まえるためだった。既にケイの嫌疑が晴れた以上、残りの用事は、貴官の部隊に合流することだけとなった。だから私もユスティールに行って、テイラーに協力するとしよう」
しかしテイラーは首を横に振った。
「ウルガー殿下がここで足止めされていたことは、きっと女神様のお導きでしょう。殿下がそのままユスティールにお越しにならず、心から良かったと思います」
「それはどういう意味だ。私では役に立たぬと申すか」
「いえ、違います。もしも我々がアスラ軍の置き土産に気付かないまま、殿下を町で迎え入れていたら、殿下は亡くなっていたかもしれないからです」
「なんだと……」
「既に多くの兵士が、アスラ軍の撤退後に死亡しました」
「……」
テイラーの言葉にウルガーは顔色を変え、言葉を失った。
ウルガーに状況を分かってもらえたと判断したテイラーは、今度は啓とサリーに向き直った。
「アスラ軍は、撤退の最中、奇妙な装置を町の随所に置いていきました。むやみにそれを動かしたり衝撃を与えると、大爆発を起こすのです」
「奴らめ、なんてものを……」
「目に見えるものであれは、遠くから何かを投げて排除することも可能ですが、残念ながら、地中や物陰に隠されていることもあります。それらが何処に、幾つ仕掛けられているか、全く見当がつかないのです」
「卑劣な……」
「地雷みたいなものか……」
「ケイ殿、そして王女殿下。奴らの置き土産を排除するため、お二人の知恵を拝借させていただきたく、こうして私が参上した次第です。どうか、力をお貸しください」
テイラーは深々と頭を下げた。
「ケイ、どうする?」
「決まってる。ユスティールに行って、その置き土産とやらをなんとかする。ユスティールはオレ達の町だ。これ以上酷いことはさせない。そうだろう、サリー、ミトラ、シャトン」
「ああ。そのとおりだな」
「アスラめ……何度も何度も……あたし達の町をなんだと思ってるのよ!」
「オーナーの言うとおりです。絶対に許せません!」
「だよな。破壊された家屋のことも許すわけにはいかないしな」
「ああ、全くだ」
「……うん、そうだね……」
「……はい、オーナーの言うとおりだと思います……」
「?」
急にテンションを下げた二人が少し気になった啓だが、とにかく啓達はテイラーと共に、ユスティールへ向かうこととなった。
一騎打ち、無事に決着。
決着が着くまでの話を連続投稿しました。
次回、奪還したユスティールへ向かいます。
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