097 一騎打ち その2
啓とウルガーの一騎打ちは白熱していた。
ウルガーの攻撃は巧みだった。左手に持った手斧で攻撃しながら、宙に放った斧を操作して、空中からも啓のバルダーを襲う。
しかし啓も負けてはいなかった。
飛来する斧も、直接攻撃も、槍を器用に使って全て防いだ。
そして隙を見つけては槍先を突き出し、ウルガーを攻撃する。
ウルガーも負けじと槍先を斧で弾き、躱し、再び反撃する。
そんな一進一退の攻防がしばらく続いた後、ウルガーは一度大きく距離を取り、二本の手斧を右手だけで持った。
「あ、殿下、あれをやる気ですね」
「マルティン、あれとは?」
「殿下の必勝の攻撃ですよ、王女殿下。我々が訓練で試合をする時には、禁じ手にさせてもらっています」
「禁じ手?」
「ええ。実際の戦いならともかく、試合でやられると防ぎようがないのですよ」
「それほどのものなのか……」
「はい。ぜひご覧になってください。貴方の弟君の成長を」
マルティンとサリーがそんな会話をしている間に、ウルガーは右手で持った二本の手斧をまとめて空へと投げた。
二本の手斧は二方向に分かれ、片方は啓の背後へ、もう片方は真上から、啓のバルダーを狙って飛来した。
無論、その斧の動きは啓達も捕らえている。
「バル子!」
「同時に来ます!でも今なら……」
「ああ。ウルガーは今、無防備だ!」
上と後ろから攻撃されるならば、前に進めばいい。
そして目の前には武器を手放したウルガーがいる。
啓はバルダーをウルガーに向けて全力で走らせた。
しかしウルガーも能力操作によって、二本の手斧の軌道を変えて啓を追尾する。
「それでも、こっちの方が速い!」
手斧に攻撃される前に、こちらが先に攻撃を当ててしまえばいい。それが啓とバル子の一致した見解だった。
「かかったな、ケイ!」
しかしそれはウルガーの狙い通りだった。
啓ならばきっと、武器を手放して無防備になったウルガーのバルダーに対して、攻撃を仕掛けに来るだろう。
しかし、実は無防備では無いとしたら……
ウルガーは「右腕」で飛ばした手斧の操作に集中しつつ、素早く「左腕」で左脚の側面を掴み、引いた。
すると左脚側面の装甲が開き、中から二本の手斧が現れた。
ウルガーは左手で二本の手斧をまとめて掴み取り、接近してくる啓に向けた。
その光景を見たサリーは、マルティンに向かって吠えた。
「おい、マルティン、ずるいぞ!」
「ずるい、とは何がですか?王女殿下」
「何がって……ウルガーが手斧を……」
「殿下は武器に手斧を使うと申告しています。あれは手斧ですから問題ありません。それに使用する本数については言及していません」
「そんな……」
「まあ、ずるいと思う気持ちも分かりますが、見どころはこれからですよ」
一方の啓も、同じ感想を抱いていた。
「武器を隠していたなんてずるいだろ!」
上と後ろから迫る手斧にも気を配りながら、武器を持つウルガーと戦うのは分が悪い。
やむなく、啓はバルダーを急停止させた。
ウルガーへの攻撃は中止し、先に飛んでくる斧の対処をすることにしたのだ。
「甘いぞ、ケイ」
啓が目論見通りに足を止めたのを確認したウルガーは、左手に持った二本の手斧を放り投げた。
投げられた手斧は自由落下する途中で方向を変え、啓に向かって飛翔した。
一本は正面から、もう一本は右から啓のバルダーを狙う。先に投げられている手斧も上と背後から迫る。
啓は同時に四方向からの攻撃に晒された。
これこそが、ウルガーの必勝の手だった。
「ウルガー……貴方は……」
今、サリーは、ずるいという感情以上に感銘を覚えていた。
サリーの昔の記憶では、ウルガーが同時に操作できる物体は二つまでだった。
それに二つの物体の同時操作は「とりあえず動かせる」という程度で、精度を著しく落としていた。
しかし今のウルガーは、四つの手斧を同時に、完全に制御できているように見える。
きっとウルガーはこの技を習得するために、大変な特訓を行い、研鑽を積んだことだろう。
サリーは弟の成長を素直に喜び、そこまでに至った努力を讃えた。
そして、啓に負けてほしくはないが、頑張った弟にも勝ってもらいたいと心から思っていた。
一方、冤罪のためにも負けるわけにはいかない啓は、ウルガーが仕掛けてきた攻撃を見たことで腹が決まった。
もっと正しく言えば、「開き直る」ことができた。
ウルガーは手斧を使うが、二本だけとは言っていなかった。そのことに啓も気づいたからだ。
だから、啓もその論法を用いることにした。
「チャコ!」
「ピュイッ!」
啓はチャコに、今思いついたイメージを送った。
新しい武器や防具のイメージではない。そんなものを具現化したら、ルール違反で反則負けになってしまう。
かといって、二本目の槍を作ろうとしたわけでもない。
啓は今使っている槍に、ちょっとしたアレンジを加えることにしたのだ。
元々チャコの能力は、槍のような刺突武器の具現化に特化していた。
おそらく頑張れば、他の武具の具現化もできるようになるだろう。
しかし啓は、特性に合う力を伸ばしていくべきと考えたため、刺突武器以外の具現化はしたことがなかった。
だから啓は、ベースはあくまで槍だが、そこに「ビーチパラソル」のような機能を組み込んだイメージをチャコに送り込んだ。
すると槍の柄の部分が揺らぎ、モコっと膨らんだ。
そして膨らんだ部分は次第に柄から分離していき、傘のように大きく広がった。
なお、傘の石突きに当たる部分は、元々の槍先のままである。
果たして啓は、「まるでビーチパラソルのような槍」を具現化した。
啓は「ビーチパラソル槍」を広げたまま、後ろを向いて迫り来る手斧に向かって走った。
そして上空と背面から飛来した手斧を、傘地の部分で同時に受け止めた。
傘地に当たった手斧は、そのまま傘地を食い破らんと、前進を続けようとする。
しかし槍の強度が手斧の攻撃に負けないことは、試合の中で既に実証済みだ。
だから啓はそのまま傘地を反転させて、手斧を傘地の中に包み込んだ。
こうして啓は、まずは二本の手斧の無力化に成功した。
傘地の中でボコボコと手斧が暴れるのを無視して、啓はすぐにバルダーを反転させた。
そして傘地の分だけ、長く太くなった槍をバットのように振り、前方と側面から飛来した手斧を打ち返した。
こうして啓は、ウルガーの必勝の攻撃を退けることに成功した。
◇
「はああ!?なんですか、あれは!」
「あっははっ!」
想定外の展開に驚いたのはマルティンだ。
そしてマルティンとは対照的に、サリーは大爆笑していた。
「いや、笑っている場合ではないですよ、あれは反則でしょう!」
「いや、あれは槍だろう。ただ少し、変わった仕掛けが施されている槍だったというだけじゃないか。ケイは申告通り、あの槍しか使っていない。そうだろう?」
「しかし、王女殿下……」
「そして、あの槍の使用を許可したのはマルティンだ。違うか?」
「……仰る通りです」
同じような論法で、ウルガーが隠し持っていた手斧の使用を正当化した手前、マルティンは何も言い返せなかった。
無論、驚いたのはマルティンだけでは無い。
まさかそんな手で必勝の秘策が、しかも初見で破られるなど、ウルガーは露程も思っていなかった。
ウルガーは槍に打ち返された二本の手斧を手元に引き戻したが、もはや攻め手を失い、一歩も動けずにいた。
◇
「お、傘の中の手斧の動きが止まったみたいだ」
「ご主人、その斧からはもう何の力も感じません。どうやら女神の奇跡の効果が消えたようです」
「そうか、なら捨てておこう」
一度効果が切れた以上、ウルガーが再び手斧を投げなければ、もう飛来して襲ってくる心配はない。
啓は傘を開いて手斧を掴み、試合場の外に投げ捨てた。
「よし、じゃあ仕切り直しで……それにしても殿下は全然動かないな」
雑用をしている間も、啓とバル子は片時もウルガーから目を離してはいない。
ウルガーが二本の手斧を手に引き戻した様子も見ていた。
しかしウルガーは、啓を攻撃する素振りも見せず、ただじっと立っている。
「……もしかして、万策尽きたのかな?」
「ご主人、今こそ攻める機だと思います」
「ああ、オレもそう思う」
啓は「ビーチパラソル槍」を普通の槍の形状に戻し、ウルガーに向かって走った。
◇
啓の接近に対し、さすがにウルガーも傍観したままではなかった。
ウルガーは気を取り直して手斧を構えた。ただし投げはしなかった。
斧の在庫はもう無い。もしも投げた手斧が先のように捕獲されてしまったら、今度こそ本当に攻める手を失ってしまう。
ルール上、武器が無くなれば自動的に負けとなるからだ。
まずは受けに回って啓の攻撃を捌き、啓に隙ができるのを待ち、そこを攻撃する。隙ができなければできるまで捌き続ける。
それがウルガーの取った作戦だった。
しかし、またしてもウルガーにとって、想定外の事が起きた。
「おい、こら……貴様ぁ!」
バルダーの拡声器は使っていないため、ウルガーの叫びは啓に届かない。しかし思わず悪態をつくほどに、ウルガーは焦りと困惑と憤りを隠せずにいた。
それはそうだろう。まさか槍が自在に曲がるなど、誰が考えるだろうか。
啓が槍を突き出す。
ウルガーが手斧で受け止めようとする。
ところがその直前、槍の柄が途中で折れ曲がる。
多重に折れた槍は手斧をかいくぐり、ウルガーの懐に潜り込む。
ウルガーはなんとかもう一本の手斧で槍先を弾いて、胴体への接触をギリギリで防ぐ。
啓の槍は、もはや槍というよりも、多節棍と化していた。
変幻自在に動き回る槍先は、ウルガーを間断なく攻め続けた。
ウルガーが手斧を投げずにいたのは、結果的に功を奏したと言えるだろう。
両手の手斧を巧みに使い、ウルガーは啓の攻撃を捌き続けた。これもまた、ウルガーの高い操縦技術によるものだ。
とはいえ、防ぐことで精一杯のウルガーは、反撃の糸口を掴めずにいた。
◇
「王女殿下……あれは……」
「槍だな。間違いなく」
「いや、さすがに無理があるのでは……」
「そうか?私にもできるが?」
そう言うとサリーは、マルティンの目の前で槍状の武器を具現化した。そしてその柄の部分を自在に曲げて見せた。
サリーも愛猫のカンティークを通して武器を具現化できる。カンティークの場合、ハンマーや槌のような打撃武器が得意だが、「槌頭を細く小さくして、槍のように見える戦槌」を作り出すことも可能だ。
実際、サリーとカンティークはこの技術を応用して、悪徳商人の館の鍵を解錠したこともあった。
「……王女殿下が授かった女神の奇跡の技は、癒やしの力だったと記憶しております。その力は一体何ですか?王女殿下は、新しい女神の奇跡の力を賜ったのですか?」
「ふふっ。凄いだろう。愛情のなせる技だよ」
そういってサリーはカンティークの顎下を撫でた。カンティークは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
マルティンはうんうんと頷いた。サリーが見せた力の根源についてはよく分からないが、少なくとも愛情という点については理解した。
「なるほど、王女殿下はケイ殿と共に研鑽を積んできたのですね。そして互いに同じ技を習得するほど、ケイ殿を愛しているのですね……これはさすがの殿下でも、お二人の間に割り込むことはできないでしょう」
「え?いや、違う。いや、違わないけど、私はカンティークのことを言ったのであって……」
「さ、王女殿下。愛する殿方の試合を最後まで見ましょう。そろそろ決着もつくはずです」
「ちゃんと私の話を聞きなさい、マルティン!」
マルティンの言葉通り、決着の時は近づいていた。
一騎打ちの続きです。
ウルガーは見事な攻撃を見せました。
でもやられたらやり返すのが啓です。
次回、ようやく決着します。
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