096 一騎打ち その1
バルトロの乱入騒ぎも一段落したところで、啓は自分のバルダーに乗って、町外れにある開けた場所へと移動した。
そこでウルガーと一騎打ちをするためだ。
戦いの場所は、既に近衛騎士達によって整えられていた。
その中央では、マルティンとウルガー、そしてサリーと愛猫のカンティークが啓の到着を待っていた。
地面に簡易的に書かれた開始線の前でバルダーを止めた啓は、搭乗口を開けてバルダーから降りた。一緒に乗っていたバル子とチャコも啓を追って降りる。
「ケーイ、頑張ってねー!」
「オーナー、頑張ってください!」
少し離れた場所から、ミトラとシャトンが啓に声援を送る。
シャトンはいつの間にか、シェルティから人間の姿に戻っていた。
そのシャトンの傍には猫達とスカンクのミュウもいて、各々鳴き声で啓に声援を送っている。
啓は軽く手を振ってミトラ達の声援に応えた。すると負けじと、近衛騎士達もウルガーに声援を送り始めた。その声量は、啓への応援をかき消すほどだった。
「すごい声援だ……殿下は騎士達に慕われているのですね」
「ふん、当たり前だ。バルトロみたいな奴は例外に過ぎぬ」
啓の素直な感想を皮肉とでも取ったのか、ウルガーは若干ひねた返答をした。
「あー、ケイ殿。すまないが、試合の前に少し良いだろうか?」
「何でしょうか、マルティンさん」
マルティンはサリーと一緒に、啓の前に進み出た。
なお、マルティンの啓に対する物腰は、国王殺しの罪が棚上げになっているためか、以前に比べてマシになっている。
「ケイ殿のバルダーの性能については、王城で身を持って知っています。それで今回の一騎打ちでは、あまり大きな跳躍はしないようにしてほしいのですが……せめて、バルダーの背丈程度ぐらいに収めてください」
「ああ、なるほど……」
啓は王城で兵士達に囲まれた時、大跳躍で包囲網を突破した実績がある。
実際、啓が本気を出せば、王城の城壁程度は楽に超えられる高さは出せるだろう。
もしも啓にそんな動き方をされたら、まともな試合にならないかもしれない。マルティンはそれを危惧していた。
「大抵のバルダーは、ケイ殿のバルダーほど跳躍できるものではありません。ですので普段はそんな制限をかけることはないのですが、王女殿下にその点を指摘されましてね……」
「私はそれでも構わんと言ったのだがな。身動きできない空中は格好の的だからな」
「ああ、なるほど……」
啓は全く同じ言葉を二回続けたが、二回目のほうは少し意味が違った。
一回目の方は単純に試合運びに関するものだと推測したが、二回目のほうは、ウルガーの言葉でその意図が分かった。
(これはたぶん、サリーからオレへのアドバイスだ)
ウルガーは「自分が投げたものを自在に動かす」という能力を持っている。
だから自由のきかない空中に逃げるのは悪手だと、サリーが伝えてくれているのだ。
ルールで縛られていれば、迂闊に飛び上がることもない。
そもそも大跳躍などしなくても、サリーは啓が勝つと信じてくれているのだ。
啓はサリーに向かって小さく頷くと、サリーもそれに気付いたようで、啓にウインクを返した。
「それからケイ殿、もう一つだけ。バルトロの身に起きた変調ですが、あれも禁止とさせてください」
「それはもちろんです。毒物みたいなものですからね」
「ケイ、あれはやはり毒なのか!」
「あ、いえ、殿下。決して毒ではありません。結果だけを見れば、毒に見えないこともないとは思いますが。あはは……」
「というか、やっぱりあれはケイ殿の仕業なのですね……」
「あっ……」
バルトロは啓に触れられた直後に体調を崩し、上からも下からも(言葉にできないものを)垂れ流した。
状況から見て、啓がバルトロに何かを仕掛けたと思うのが普通ではあるが、啓が意地でも関与を否定すれば「ただ突然、バルトロが勝手に体調を崩しただけ」と言えなくもなかった。かなり無理はあるだろうが。
しかし啓は今、自分の関与をしっかり認めてしまったため、もはや言い逃れはできなかった。
「まあ、バルトロの事は済んだことですし、もう我らの一員ではないので、どうでもいいです。とにかくその技は禁止とさせていただきます」
「はい、もちろんです」
「とはいえ、ケイ殿に禁止事項ばかりを出すのは公平ではありません。ですので、こちらからも一つ提案があります」
そう言うとマルティンは、啓のバルダーに目を向けた。
「見たところ、ケイ殿のバルダーには武器がありませんね。そこで、もしも今、バルダー用の武器をお持ちでなければ、部隊の中から好きな武器をお貸しします」
「いえ、それには及びません。武器はこの通り……ありますので」
啓は右手に金色の槍を具現化させた。もちろんこれは、チャコの力を使って出現させたものだ。
「バルダーに乗る時には、ちゃんとバルダーの大きさに合わせた槍を出します。これを使っても良いですか?」
「なるほど……まあ普通は実体のある武器を使うのですが……破壊力がありすぎても困りますし」
「ご心配には及びません。試合の時には刃引きした槍を実体化させます。間違ってウルガー殿下を刺し貫いてしまうことはないので、安心してください」
「それは助かります。こんなところで殿下に死なれては、亡くなった陛下に顔向けができませんからね」
「……つまり、お前達は私が負ける前提で話をしているのだな」
ウルガーが不機嫌そうに会話に割り込む。
「あっ……そういうつもりでは無かったのですが……気を悪くされたのであれば、申し訳ありません」
「まあまあ、殿下。万が一ということもありますから。では、ケイ。その槍の使用を認めるということで良いですか?」
「はい」
「ウルガー殿下もよろしいですね?」
「ああ。構わん。それと私が使う武器は手斧だ。ただし、刃引きはしていないぞ」
「はい、こちらも構いません」
「ふん……舐められたものだな」
「えっ?」
啓は他意もなく了承しただけだったが、ウルガーは啓が「お前の攻撃など喰らわないから、刃があっても構わん」と答えたと捉え、眉間に皺を寄せた。
ウルガーの不機嫌度合いが再び深まったのを感じたマルティンは、空気を変えるために、改めて一騎打ちのルールを説明した。
ルールは簡単に言えば「申告した武器のみを使用すること」、「武器を胴体部に一撃食らわせた方の勝ち」、「特別ルールとして、大きな跳躍と体調悪化スキルの禁止」だ。
ルールに問題がないことを確認した啓とウルガーは、それぞれのバルダーに乗り込んだ。
◇
啓のバルダーの操縦席では、いつも通りバル子が自分自身をバルダーの魔動連結器に接続して、バルダーを起動した。
バルダーの操縦桿を握ってバル子とのパスを確立した啓は、バル子とチャコに声を掛けた。
「今回は盾の使用は禁止だから、バル子の具現化能力は使えない。だからバル子はバルダーの操作補助に集中してくれ。チャコは周囲の警戒と、武器の維持をしっかり頼む」
「承知しました、ご主人」
「ピュイッ」
「よし。それじゃあ、槍を出すぞ……」
啓はチャコを通じて、バルダーの右手に刃引きした槍を具現化させた。
なお、ウルガーのバルダーは事前申告の通り、手斧を装備している。
ただし手斧は一本ではなく、その両手に一本ずつ、二本の手斧を装備していた。
「二刀流か……厄介そうだな」
「ご主人なら大丈夫ですよ」
「ありがとう、バル子。頑張るよ」
啓とウルガーの準備が整ったことを確認したマルティンは、右手をスッと上げた。
そして「始め!」の号令と共にその手を振り下ろした。
試合が始まった。
立ち上がりの直後は互いに動かず、相手を見ながら牽制し合った。
しかし、その均衡はすぐに破られた。ウルガーが突進してきたのだ。
啓は向かってくるウルガーのバルダーの搭乗口を狙い、槍を突き出した。貫通するような破壊力は無いが、当たりさえすれば啓の勝利となる。
しかしウルガーは槍先を右手に持った手斧で払いのけ、さらに踏み入った。
啓のバルダーを射程距離に捉えたウルガーは、もう一方の手斧をすくい上げるように振り上げた。
啓はバックステップでその攻撃を避けた。しかしウルガーはそのまま前進して、手斧の射程から啓を逃さない。
「殿下もなかなかいい足回りをしてるじゃないか!」
「感心している場合じゃありません、上!」
「分かってる!」
ウルガーは右腕を振り上げ、啓のバルダーの頭頂部を狙ってきた。
啓は槍を両手で持ち、振り下ろされた手斧を槍の柄の部分で払いのけた。
いつもならばバル子の盾で攻撃をブロックしているため、武器で受けることにはあまり慣れておらず、啓は少し戸惑いを覚えた。
ただ、具現化した槍は重さがほとんど無いにも関わらず、強度は十二分にある。
槍の柄は折れること無く、手斧の攻撃をしっかり弾き返した。
だが、安心する暇はなかった。間髪入れず、ウルガーは左腕の手斧で啓のバルダーの胴体部を薙ぎ払いにかかった。
隙のできた胴脇を狙っての攻撃だ。
しかし啓は素早く両腕を下ろし、再び槍の柄で手斧の攻撃を防いだ。
(速度はケイの方が上か……)
最初の攻防で、ウルガーは自分のバルダーよりも、啓と、啓のバルダーの反応速度のほうが速いと感じた。
バルダーの反応速度は、操縦者が魔動連結器を通じてバルダーに命令を伝達する速度、そしてその命令を正確に動力に変換して動く速度の合算だ。
啓のバルダーの性能が良いのはもちろんだが、それを操縦する啓とバルダーの親和力も高いことも関係している。
(……だが、性能で負けても、戦術で勝つ!)
ウルガーの攻撃はまだ終わっていなかった。
その異変に気付いたのはバル子だった。
「ご主人、右の斧!」
「えっ?」
右の斧、と言われて、啓はすぐにウルガーのバルダーの右手に目を向けた。
その右手に、手斧はなかった。
どこに、と啓が言う前に、チャコとバル子が同時に叫ぶ。
「ピュイ!(後ろ!)」
「後ろ!」
バル子とチャコの言う通り、手斧はバルダーの背中めがけて飛んできていた。
ウルガーは上から振り下ろした手斧の攻撃が防がれた後、その手斧を空に放り投げていた。啓が胴への手斧の攻撃を防ぐため、啓の視線がやや下に向いたであろう時を狙って。
そしてウルガーは投げた手斧に、女神の奇跡の力を作用させていた。
ウルガーの女神の奇跡の力は、投げた物体を自在に動かす能力。
空に投げられた手斧はまるでブーメランのように、啓のバルダーの真上から弧を描いて、啓のバルダーの背中に向かって飛んでいった。
これが普通のバルダー乗りであれば、気づくこともなく、避ける間もなく、背中に攻撃を喰らって負けていただろう。
しかし、啓は色々と普通ではない。
ウルガーの近衛騎士隊長であるマルティンが持つ索敵能力とは違う意味で、啓にも索敵能力がある。正しくは、啓のパートナーを通じての索敵能力だが。
チャコは啓からの指示通り、槍の具現化に力を使いつつも、周囲への警戒を怠っていなかった。そして、風を切って飛来する物体の存在を捕らえていた。
チャコは鳴き声と念話でバル子に警告を発した。
そしてバル子は瞬時に、魔動連結器を通じて繋がっている啓に情報を伝達、共有した。
その結果、啓とバル子は、まるで火に触れた時の脊髄反射のような僅かな時間で、バルダーをどう動かせば良いかを判断し、ほぼタイムラグ無しでバルダーを動かした。
啓はバルダーを軽くジャンプさせ、バク転の要領で後方宙返りをしながら、真後ろに迫った手斧を見事に躱した。
「はあ!?」
ウルガーは操縦席で素っ頓狂な声を上げた。
投げた手斧が啓のバルダーの背後に命中するのを待つだけだったはずなのに、突然、目の前のバルダーは宙返りをして斧を躱した。
そして目の前にいた啓が手斧を躱したことで、投げた手斧はウルガーに向かって飛んだ。
バルダーが宙返りをするなど、ウルガーは見たことも聞いたこともなかった。
以前、啓が見せた跳躍の高さにも驚いたが、ここまで器用に、自在にバルダーを乗りこなす人間がいるなど信じられなかった。
ウルガーは慌てて奇跡の力を解除した。
しかし斧についた慣性が消えるわけではない。斧はそのままウルガーに向かって飛び続ける。
ウルガーは力を解除するのではなく、手斧に別の動きを与えるべきだった。平静であれば、その正解にたどり着けたはずなのだが、ウルガーはそれほどまでに動揺していた。
制御不能となった手斧は、そのままウルガーのバルダーに当たるかに見えた。
しかしウルガーは器用に(半分は偶然だが)、飛来してきた手斧の握りを掴み、受け止めることに成功した。
ウルガーは「自分の投げた斧が自分自身に当たって負ける」という無様な姿を近衛騎士達に見せずに済んだことに、心から安堵した。
一方、啓は少し悔しがっていた。
「惜しい!そのまま当たっちゃえばオレ達の勝ちだったのに」
「全くですね、ご主人。せっかくご主人とバル子の初めての共同作業で攻撃を避けたというのに」
「ああ、そうだな。避けられたのはバル子とチャコのおかげだ。ありがとう」
「ピュイッ!」
「あの、ご主人、初めての共同作業については……」
「だって、別に初めてじゃないだろう?いつだって、オレとバル子は(バルダーの操縦では)一心同体じゃないか」
「ご主人てば……いつもずるいです」
例によって特に含みも他意もない啓の率直な言葉に、身をくねらせて喜ぶバル子だった。
◇
この攻防には、見ていた外野達も大いに盛り上がった。
ミトラ達は啓の動きに嬌声を上げ、ウルガーを討ちそこねたことを悔しがった。
近衛騎士達は、初めて見るバルダーの宙返りを見て驚愕の声を上げたが、その直後にはその声が悲鳴に変わり、最後は安堵の溜息で着地した。
それはマルティンも同様だった。
「王女殿下……ケイ殿は一体何者ですか?バルダーであんな動きができるなんて、信じられません……」
「そうだろう、ケイはすごい男なんだ」
「なるほど、王女殿下の心を射止めるだけのことはありますね……」
「ん、マルティン、何か言ったか?」
「いえ……それにしても、今ので殿下が負けてくれていればよかったんですがねえ……」
「えっ?」
サリーはマルティンがこぼした言葉に驚き、思わずマルティンの顔を見た。
「マルティンは近衛騎士隊長なのに、ウルガーが負けることを望んでいるのか?」
「んー、そう言われると複雑ですね。負けてほしくは無いのですが、勝ってほしいとも思わないといいますか……おっと、殿下が動き出しましたよ」
試合はまだ終わっていない。サリーは二機のバルダーに目を向けた。
一騎打ちの開始です。(長くなったので分けました)
うっかりポカ負けしそうになったウルガー。
次回、姉が弟の成長を喜びます。
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