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095 前哨戦

『お前が勝ったら、私は姉上の言うことを全て信じる。姉上の言う通りにすると誓う』

『……それは、「オレ達」の主張を認めてくれるということですか?』

『そうだ。「お前」を認めてやる』


 互いの思いに若干のズレはあるものの、こうして啓に一騎打ちを申し込んだウルガーは、啓の回答を待った。


 啓は少し考えてから、ウルガーに聞いた。

 

「あの、一騎打ちということは、バルダーを使って、一対一でオレがウルガー殿下と戦う、という話であっていますか?」

「その通りだが、なにか不満でもあるのか?」

「いえ、以前、王都保安部隊のメリオール隊長に決闘を申し込まれた時に、条件をちゃんと聞かずに受けてしまったことがありまして。その時は二十機のバルダーを一人で相手にしなければならなくなりました」

「ああ……そういえば、お前はその決闘で勝ったのだったな」

「いえ、勝負には負けましたよ」

「謙遜するな。詳細は聞いている。安心しろ、戦うのはお前と私だけだ」


 しかし、その話を傍で聞いていた近衛騎士達はむしろ安心から遠ざかった。「一人で保安部隊を全滅させただと?」「殿下一人では厳しいのではないか」と動揺が広がった。


 それに、前からウルガーの近衛騎士を務めていた者達は、王城での啓の戦いぶりを目の当たりにしており、その実力の高さを知っている。知っているからこそ、先の啓との戦いでは正攻法を避けたのだ。


「お前達、うるさいぞ。私がやるのは決闘ではなく試合だ。命の取り合いをするつもりはない」


 試合にはルールがある。「なんでもあり」の戦いではない以上、戦い方で勝敗は大きく左右する。普段から試合に慣れている騎士達は、その言葉で少し落ち着きを取り戻した。


 ウルガーはマルティンに試合のルールを説明するよう指示した。しかしマルティンはすぐに説明しようとはせず、頭を掻いて溜息を吐いた。


「殿下……本当にやるんですか?」

「お前も私が負けると思っているのか?」

「いえ、そんな事はないですが……」

「ならば早くしろ」

「はあ……もう、知らないですよ」


 マルティンは渋々説明を始めた。


 一騎打ちのルールは、単純なものだった。


 互いにバルダーに乗って戦うこと。

 武器は互いに申告したものだけを使用すること。

 爆砲の使用は禁止。

 相手の胴体部に、先に武器で一撃を与えた者が勝者となる。


 ただそれだけだった。


「あ、それと毒物の使用も禁止です。普通は当たり前過ぎで言わないですが、ケイには前例があると聞いていますので」

「もちろん使わないです、はい……」


 啓には、スカンクの臭気を使って王都保安部隊を半壊させたものの、反則負けとなった実績がある。釘を差されても文句は言えなかった。


 マルティンの説明が終わり、ウルガーが「他に質問があれば遠慮なく言え」と啓に促す。

 啓は検分の途中で放り出されている自分のバルダーに目を向けた。


「えっと……オレは自分のバルダーを使っていいのですか?」

「構わん。慣れたバルダーのほうが戦いやすいだろう。負けた時の言い訳が欲しいのならば、部隊のバルダーを貸してやるが」


 ウルガーは笑みを浮かべ、挑発するように啓に答えた。


「いえ、自分のバルダーを使わせてもらいます」

「……では、殿下、ケイ。早速試合の準備を……」

「待てよ、マルティン!」


 そこに水を差す者が現れる。近衛騎士達を押しのけ、啓とウルガーの前に出てきたのは、バル子を刺し殺そうとしたバルトロだった。


 バルトロはバル子に顔を傷をつけられた腹いせに、バル子を剣で突き刺した。その後、バルトロはそのことを知ったサリーによって、鉄球を腹に食らって悶絶していたが、ようやく復帰してきたところだった。まだ右手で腹を擦っているので、ダメージは抜けきっていないようだ。


「こいつは俺がやる。俺にやらせろ!」


 バルトロはもう片方の手に持っていた鉄球を地面に叩きつけ、啓を睨みつけた。


 バルトロを見てウルガーは「またお前か」と呆れ顔になったが、啓は静かにバルトロを睨み返した。


 突然の乱入に慌てたマルティンは、バルトロと啓の間に割り込んだ。


「待て、バルトロ。ケイはお前に何もしていないだろう」

「あの獣の飼い主はこいつだ。こいつのせいで俺は酷い目に遭ったんだ。全部こいつのせいなんだ!だから、俺が今ここでぶっ殺してやる!」

「ああ、そういう……」


 実際にバルトロの腹に鉄球をめり込ませたのはサリーである。しかし、サリーの正体はオルリック王国の王女であることが既に周知されている。さすがのバルトロも王族に喧嘩を売るわけにはいかないのだろう。

 だからバルトロは事の「元凶」である啓を公開処刑をしてやろうと考えたのだった。


 マルティンはバルトロの矛先が啓に向いた理由を察したが、それでもバルトロの主張を認めるわけにはいかなかった。

 バルトロの行動は、上位者であるウルガーの意図を無視した独断専行である。そんな勝手を許すわけにはいかない。


(こいつはさっさと近衛騎士隊から外して、王都に送り返したほうがいいな)


 マルティンはバルトロを更迭することに決めた。


「あー、バルトロ。お前は……」

「いいですよ」

「ケイ!?」


 しかしマルティンがバルトロに近衛騎士解任を言い渡そうとした直前、啓はバルトロの挑戦を承諾してしまった。


「この先もこの男に邪魔をされては、ウルガー殿下にもご迷惑がかかるでしょう。ですから、バルダーなど使わず、この場でさっさと決着を付けましょう」

「ケイ、馬鹿な真似はやめなさい!」


 マルティンが啓を諌める。

 バルトロの図体は大きく、全身筋肉質であることは軍服の上からでも見て取れる。一方の啓はそれなりに鍛えた体をしているものの、バルトロに比べれば背も低く、体は一回りも二周りも小さい。ガチンコで勝てるとは思えない体格差であることは、一目瞭然だった。


「ケイ、バルダーでの戦いならともかく、君がバルトロと生身で喧嘩するなど、無謀としか言いようが……ケイ?」


 マルティンは啓の顔を見て思わず絶句した。


 啓はにこやかに微笑んでいた。

 ただ、マルティンはその笑顔の中に奇妙なものを感じた。

 マルティンの持つ女神の奇跡の力は索敵能力だが、もしかすると、そのマルティンの索敵能力が、最大限に警戒を発したのかもしれない。


 それは凄みにも怒りにも似た、何か恐ろしいものだった。


「あの、ケイ……さん?」

「どけよ、マルティン!」


 バルトロはマルティンの肩を乱暴に押しのけ、啓の正面に立った。ウルガーをはじめ、周りを囲んでいた近衛騎士達とミトラ達は、数歩下がってその輪を広げた。


「あの、ご主人……」

「大丈夫だよ、バル子。オレに任せろ」


 啓はバル子を肩から下ろし、ミトラの所に向かわせた。



 バル子を抱き上げたミトラに、サリーがそっと尋ねた。


「ミトラ。ケイの顔を見たか?」

「見たよ。すっごく笑ってた」

「……あれ、絶対怒ってるよな?」

「うん。ものすごく怒ってると思う」

「ご主人……バル子の為に本気で怒ってくれているのですね。バル子は幸せ者です」

「……ちょっとバル子ちゃんが羨ましいな」

「あたしもそう思う。なんかずるい」


 付き合いの長い二人と一匹は、啓の性格をよく分かっていた。



 バルトロは下衆な笑みを浮かべ、啓を見ていた。

 啓は相変わらず爽やかな笑顔だが、目はバルトロから一切逸らしていなかった。

 

「ケイ、覚悟するんだな。お前の女達の前で、大恥をかかせてやる」

「えっと、バルなんとかさんは、貴族ですか?」

「バルトロだ!ああ、貴族だよ。平民の貴様とは違ってな」

「そうですか。じゃ、遠慮はいらないかな……」

「あ?」

「いえ、ではいい試合をしましょう」


 啓はバルトロに握手を求め、右手を出した。


「握手か。ふん……」


 バルトロは啓の手を握った。

 握手を終え、二人が離れるかと思ったが、バルトロはその手を離さなかった。

 

「うあああああっ!!」

「はっ!情けねえ声だなあ!」


 バルトロは啓の手を握りつぶさんとばかりに力を込めた。

 啓はあまりの痛みに膝を落とした。左手も使って右手を振りほどこうとするが、バルトロの手はびくともしなかった。


「ぐううっ……」

「身分をわきまえねえからこうなるんだよ、平民!」


 バルトロは左手を振り上げ、啓の顔めがけて拳を振り下ろそうとした。


 しかし、その拳は宙で止まった。そしてバルトロの膝がガクッと落ちた。バルトロは全身を震わせながら、そのまま地面に膝をついた。

 

 バルトロが手を離したことで右手が自由になった啓は、涙目で右手をさすりながら、バルトロから距離を取った。


「痛てて……これ折れてるんじゃないか?あとでサリーに治してもらおう」

「おい、貴様……何をした……おいっ!」

「あー、まだ「我慢」できるんだな。やっぱり貴族の場合は効きが悪いのか。参考になったよ、ありがとう」


 バルトロはうずくまり、真っ青な顔色で啓を睨みつけた。


 啓にはバルトロの症状が、バルトロが今どんな体調なのか、想像がついていた。

 そしてそのことに、「第一被験者」であるミトラも気付いていた。


「ケイ……なんて恐ろしいことを……」

「ミトラ、今のって、もしかして……」

「そうよ、サリー姉。ケイはバルトロと握手した時に、バルトロの体に「マリョク」を送り込んだのよ。あたしは特訓で何度も食らったから、その辛さを誰よりもよく知っているわ」

「そうだな、後始末をする私も大変だった」

「お願い、それは言わないで……」


 ミトラの言う通り、啓は握手と同時に、バルトロの体に魔力の塊を流し込んでいた。相手が貴族かどうかを確認したのは、魔力に耐性があるかどうかを確認するためだった。


 貴族ならば魔力にそれなりの耐性があるだろうと踏んだ啓は、当初考えていた魔力量よりも多い魔力をバルトロに流し込んだ。


 ミトラとの特訓で微妙なコントロールも学んだ啓は、右手を握りつぶされている間も、ジワジワと魔力を流し続けた。


 そしてついに、バルトロの体に異変が起きた。


 おそらくバルトロは気合で堪えているのだろう。しかしもう限界のはずだ。

 まもなくバルトロは色々なモノを吐き出し、垂れ流すだろう。上からも下からも……


 啓はバルトロに冷ややかな目を向け、再びバルトロに近づいた。


「く、来るな!」

「遠慮するなって。お前はオレに言ったじゃないか。大恥をかかせてやるって」

「やめ、やめて、ください……」

「バル子への酷い仕打ちをこれで許してやるんだ。ありがたく思えよ」


 啓はバルトロの肩をポンと叩いた。もちろん、その手には魔力を込めて。


「あ゛っ……」


 バルトロから、なんとも形容し難い声が漏れた。



 その後、バルトロ自身も、それを見ていた近衛騎士達も、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。



 バルトロとの戦いに勝った啓だが、すぐにウルガーとの試合とはいかなかった。

 その後のバルトロの「後始末」に、小一時間ほどかかったからだ。


 なお、衆人環視の中で大恥をかいたバルトロは、「素行不良、その他諸々により、近衛騎士から外した上、予備役扱い」となり、王都に送り返されることとなった。

 また、次に問題を起こした際には「これ以上ない厳罰」を与えられることとなった。


 後始末も終わり、ようやく試合ができる状態になると、マルティンは仮設の休憩所で休んでいるウルガーを呼びに行った。


「殿下、試合の準備ができました」

「絶対認めん……」

「殿下?」

「あんなえげつない事をする奴が姉上の夫になるなど、許してなるものか……」


 ウルガーは静かに闘志を燃やしていた。


予告詐欺になりました。

思いの外(楽しくなって)長くなってしまいました。

次回こそ、ウルガーとの試合です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ウルガー王子、色んな意味で燃えてますなぁ。でも今は戦乱の世、手段を選ばない啓のスタンスだけは見習って欲しいんですけどね。 [一言] 多少モヤモヤが残りはしますが、公的…
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