091 敵討ち
アスラ連合軍の前哨基地がてんやわんやになっている頃、ユスティールの西側方面で防衛陣を張っているオルリック軍防衛部隊は、ユスティールに通じる街道で夜襲の準備を整えていた。
現在地からユスティールまではそれなりの距離があるため、こちらの動きが敵に気付かれている様子はないが、防衛部隊総隊長のマルク・テイラーは、アスラ軍が陥落させたユスティールの方から時折聞こえてくる爆音に困惑していた。
オルリック軍の進軍に気付いたアスラ軍が威嚇している訳でもなく、ユスティール付近で戦闘が行われているとしか思えない状況に、テイラーは今回の作戦の立役者であるサリーに意見を求めた。
「サリー殿……これも計画の一環ということでよろしいのですかな?」
「ええ、まあ……想定より少し派手に動いているようですけれど……ほほほ」
サリーは(少なくとも形式上は)民間人としてただ一人軍隊に同行している人間だが、今回は直接の戦闘に参加するつもりはなく、自分のバルダーも後方にある前哨基地に置いてきている。
ちなみに啓は、前哨基地の更に後方にあるヒルキの町で留守番をしている。
昨日サリーは、テイラーにこちらから攻撃に打って出ることを進言した。本来、貴族でも軍人でもない単なる一般市民の進言など、意に介す必要など無い。しかしサリーと啓は先日、オルリック軍の窮地を救い、さらにアスラ軍を初めて後退させるという活躍を見せた。
だからテイラーはこの二人(といっても、啓は指名手配犯のため、名前も姿も出していないが)が「敵軍を撹乱してくるので、その隙に攻撃を」という提案に乗ることにした。
テイラーとしては、サリー達に救ってもらった借りを返すための出兵でもあり、万が一、サリー達の画策した作戦が失敗したとしても、その時はすぐに軍を引けばよいだけのことと考えていた。
付け加えるならば、元々勝算の低い防衛戦を続けるぐらいならば、その賭けに乗ってみても損することは無いだろうという打算もあった。
ところが現在、その作戦とやらは順調に進んでいるように見える。敵軍の前哨基地では、間違いなく何かが起きている。
テイラーだけではなく、オルリック軍の兵士達も、そのことに気付き始めていた。
「それでサリー殿。突撃の頃合いは?」
「えっと……もう少しお待ち下さい。仲間からの合図があるはずです」
「承知した……全部隊、合図があるまで引き続き待機せよ!」
逸る気持ちを抑え、テイラーは兵士達に待機の指示を出した。そしてサリーに期待を込めた目を向けた。
(こちらはいつでもいけますぞ!)
そんなテイラーの視線を、サリーは張り付いた笑いで受け止めた。
計画では、ミトラとシャトンがアスラ軍の食料や軍事物資などを襲撃した後、素早く離脱してサリーに合図を送る。そして敵が物資の消失で浮足立ったところに、オルリック軍が攻撃を仕掛けるというものだった。
しかし今、敵は浮足立つどころか、既に戦闘に突入しているのではないかと思われるような騒ぎが起きているように思える。
(ミトラ、シャトン……一体何をやらかしているのよ……)
別の意味で心配するサリーだった。
◇
ユスティールに駐留しているアスラ軍は、突然の「バルダーの暴走」によって大混乱に陥っていたが、兵士達もやられてばかりではなかった。
そこは兵士として、そして軍隊として日々訓練を積んでいる者達である。秩序と冷静さを取り戻したアスラ軍の兵士達は、暴走バルダーを鎮圧すべく、反撃体制を整えた。
暴走しているバルダーは十機程度。しかしアスラ軍が夜警のために配備していたバルダーはその倍以上ある。アスラ軍は、一対複数で暴走バルダーの各個撃破に動き出した。
日々の訓練でバルダーの操縦に慣れている兵士達に対し、猫達にとっては初めてのバルダーの操縦であり、足取りも危うい。
アスラ軍の兵士達も、猫がバルダーを操作しているなどとは考えてすらいないが、少なくとも、おかしな動きをするバルダーを制圧するだけならばもはや時間の問題だと考えていた。
しかし、アスラ軍の兵士達は、思いの外苦戦することとなった。
その理由は……
(エルト、右から一機来ます。後ろは安全です)
(ありがと、ティルト。ああ、マヌエット、そっちは駄目。左に行ってミントに合流して)
(セト、その角から敵が来ます。一緒に撃ちますよ……三、二、一、はいっ)
(やった!当たった!さっすがライト!)
(フェルト、そちらに数機向かうってさ。だからそのまま敵を引き付けてて。あたしが後ろから回り込むわ)
猫達は、念話のネットワークで互いの位置と敵の位置を共有して、アスラ軍を翻弄していた。
さらに残念なことに、アスラ軍のバルダーは、バルダー間の通信を全機に対して行っていたため、猫達の操作しているバルダーにもその声は届いていた。人間の言葉を理解できる猫達に、敵の行動は筒抜けだった。
そのため、アスラ軍は各個撃破するどころか、猫達の巧みな連携プレーによって、むしろもて遊ばれていた。
◇
事態が一向に収束しない状況に、アスラ軍の総司令官は怒りまくっていた。
「どいつもこいつも、なにをやっとるか!」
「しかし司令官、暴走バルダーの動きは、こちらの動きを事前に読んでいるらしいとの報告が……」
「はあ?そんな訳あるか!このヘタクソ共が。それよりも増援はどうした?」
「市場内に出現した獣を退治次第、バルダーを出撃させることに……」
「司令官殿!」
司令官と副司令官の話に割り込んできたのは、市場に向かった分隊の隊長だった。
全力で走ってきた分隊長は、息を切らせながら、司令官に報告した。
「司令官殿……市場には、獣などいませんでした……」
「そうか。ならばすぐにバルダーを出撃させろ」
分隊長の役割は、市場に出現した小型の獣を退治した後、市場内に格納されているバルダーを出撃させて、暴走バルダーの鎮圧に向かわせることだった。
「それが……バルダーが……動きません」
「はあ?」
息を整えながら、分隊長が報告を続ける。
「バルダーの魔硝石が全て使い物にならなくなっています」
「使いすぎで破損したのなら、予備に変えればいいだけだろうが」
「それが、備蓄の魔硝石が無くなっていまして……」
「無くなった?誰が持ち去ったというのだ?」
「いえ……持ち去ったのではなく……ただの石ころになっておりまして……」
「……お前が何を言っているのか分からん。もういい。私が直接確認する」
そう言うと総司令官は椅子から立ち上がり、市場へ向かおうとした。
「お待ち下さい、司令官殿」
「まだ何かあるのか?」
「その……市場内は悪臭が酷いので、布で鼻と口を覆うことをおすすめします」
「臭い?」
「はい。かなり臭いです。部下が言うには、「グレース殿の匂い」だそうですが……」
「……とにかく市場に向かう」
その十数分後、総司令官は使い物にならなくなった魔硝石だけでなく、食料などの備蓄も「グレース臭」に汚染されていることを確認し、愕然とするのだった。
◇
ミトラとシャトンは、猫達が騒動を起こしたどさくさにまぎれて、アスラ軍のバルダーを拝借して市場から抜け出し、路地裏に隠れていた。
ちなみにバルダーは、犬形態のシャトンがバルダーの魔動連結器に自身を接続して動かした。バルダーと接続するのは初めてのシャトンだったが、猫でも操縦できるならばと奮起した結果、すんなりと接続に成功した。
市場の外に出たミトラとシャトンは、当初はすぐに猫達の救助に向かうつもりだったが、市場通りの建屋が破壊され、至る所で火の手が上がっている様を目の当たりにして、一旦状況を確認することにした。
そしてシャトンは猫達の念話を傍受した結果、猫達が互いに念話を使った巧みな連携プレーを編み出して敵を翻弄していることを知ったのだった。
「……というわけで、ネコ達は敵で遊んでるみたいなのですが……」
「ネコってすごい動物なんだね……」
無論、啓が召喚した猫のスペックが凄いのであって、普通の猫は人の言葉を完全に理解したり、念話をしたり、ロボットの操縦などしない。
「あ、またどこかの建屋が壊れたみたい。すっごい音がしたし」
「あの、ミトラさん……今、この町に起きてる被害って、ほとんどネコ達のせいなのでは……」
シャトンの言う通り、猫達は敵のバルダーをあしらう際、建造物への被害を全く考えていなかった。結果、多くの建屋に甚大な被害が出ていた。
「……あたし達は何も見てない。そうだよね、シャトンちゃん」
「え、それってどういう意味……」
「あーアスラ軍は本当にひどいなー。町をこんなめちゃくちゃにしやがってー」
「……」
酷い棒読みを聞いたシャトンは、ミトラの言わんとしていることを理解し、ジト目を向けた。
「とにかく、そろそろ引き際だよね。シャトンちゃん、猫達にここに集まるよう呼びかけて」
「ここに集めるのですか?ネコ達には各々町から離脱してもらったほうが……」
「大丈夫。あたしに考えがあるから」
「そうですか……わかりました」
数分後、アスラ軍の兵士達は暴走バルダーがいきなり動きを止めたことを不審に思ったが、ようやく事態が沈静化したことに安堵した。
ただ、機能を停止したバルダーの操縦席を検分しても、そこに操縦者の姿は無く、アスラ軍の兵士達は頭を傾げるばかりだった。
◇
シャトンの呼びかけで、ミトラ達の元に続々と猫達が集まってきた。
バルダーに乗らず、町中に隠れていた猫達が先に到着し、その後、シャトンの指示でバルダーを乗り捨てた猫達もやってきた。
程なく、全ての猫達が無事に揃った。
「まったく、フェルトちゃん達は……あまり心配かけないでください」
「にゃっ!」
「全く反省してなさそうですね。まあ、怒りはしませんが……よくやってくださいましたね。みんな、無事で何よりです」
「にゃっ!」
「にゃっ!」
フェルトをはじめ、バルダーで大暴れした猫達が誇らしげに鳴く。バルダーに乗らなかった猫達も、周囲の状況を念話で伝えるなど、連携で大活躍していた。
「よし、じゃあ急いでみんなのところに帰るよ!」
「でも、本当に大丈夫なんですか?」
シャトンが心配しているのは、離脱の方法についてである。
ユスティールに潜入する時は、猫達は闇に隠れて地上からやってきたし、シャトンとセジロスカンクのミュウは、空を飛べるミトラの背に乗って、カラスのノイエと一緒に上空から来た。
もしも帰りにミトラが全員を連れて飛んで帰るとなると、さすがに重量的にも無理があるし、仮に頑張って背中に乗るにしても、猫二十匹が乗るためには面積が足りない。
来たときと同じように分散して帰るほうが良さそうに思うが「それでは時間が掛かりすぎるから」とミトラが提案したのが、「バルダーごと飛ぶ」ことだった。
「バルダーの重さはネコ二十匹の比ではないですが……」
「バルダーに搭載されている魔動連結器は、女神の奇跡の力も飛躍的に向上させることができるの。だからあたしの飛行能力を強化して飛ぶことだってできるのよ。それに今、あたしの体には大量の魔硝石から吸い出したマリョクもあるからね」
「はあ……」
「駄目だった時には個別に離脱すればいいだけよ。あ、そうだ。飛ぶ時は念の為、ノイエちゃんをバルダーの魔動連結器に繋げるね。慣れてるほうが安心だから」
「だったら市場からバルダーを動かす時も、私ではなくノイエちゃんを使えばよかったじゃないですか!」
「え、だってノイエちゃんには、いざという時に一人で飛んでいってもらうこともあるから、暇そうなシャトンちゃんのほうが都合いいと思って」
「暇そうって……まあ、いいです。私も良い経験になりましたし」
魔力の吸い過ぎで動けなくなったミトラを守るために奮闘していたシャトンとしては、全く納得のいかない言われようだった。
しかし、今はそんなことで言い争っている時間はないと思ったシャトンは、ぐっと堪えた。
「じゃあミトラさん。さっさと始めてください」
「あれ、シャトンちゃん、怒ってるの?」
「怒ってません!」
「んー、まあいっか。とりあえずみんな、バルダーに乗って!」
アスラ軍のバルダーの操縦席はそれほど狭い訳では無いが、犬形態のシャトンに加えて、二十匹の猫とスカンクとカラスが入ると、かなり窮屈になった。
「うはっ。こんなにネコに囲まれるなんて。御用邸のナタリアさんが見たら羨ましがるだろうね」
「いいから早く飛んでください」
「しょうがないなー。じゃあ、いくよ!」
ミトラが操縦桿に力を込める。するとバルダーの背中に、大きな金色の翼がニョキッと生えた。
その直後、バルダーが地面を蹴る。
軽くジャンプしただけのように見えたバルダーだが、地面に戻ってくること無く、そのまま夜空に向かって上昇を続けた。そしてある程度の高度を保ったまま、水平に移動を開始した。
「成功だね。じゃあ次はシャトンちゃんの番だね。せっかくだから、バルダーの拡声器を使おう」
「分かりました。では皆さんは耳を閉じてくださいね」
シャトンの役目、それは作戦の成功をサリーに伝えることだ。
「では、いきます……ワォーン!」
シャトンの遠吠えは、夜空を切り裂くように、高く、遠くまで響いた。
◇
犬の遠吠えは、数キロ先まで届くという。
加えて、バルダーの拡声器で増大されたその声は、サリー達、オルリック軍の耳にもしっかりと届いた。
「サリー殿、今の獣の鳴き声のようなものは……」
「ええ、総司令官殿。今のが合図です。作戦は成功したようです」
「おお、そうか!サリー殿達には感謝してもしきれんな。では……」
「はい。今こそ、勝機です」
「うむ、承知した。後は任せてくれ……総員、ユスティールに向かって進軍!」
オルリック軍は進軍を開始した。
兵士達を見送るサリーのそばを、ユスティール警備隊のレナが通り過ぎる。レナが率いる分隊も、この攻撃作戦のメンバーだ。
「サリー、ユスティールを取り返してくるからね!」
「ああ、だが絶対に死ぬんじゃないぞ」
「ええ、もちろんよ」
大切な親友の無事を祈ったサリーは、ヒルキの町で留守番をしている、もう一人の大切な人物を思い浮かべた。
(ケイ、こっちはうまくいったようだ。私はこれからヒルキに戻るから、もう少しだけ待っていてくれ)
見送りを終えたサリーは、ヒルキの町に向けて自走車を走らせた。
ヒルキの町に戻ったら、ミトラ達の作戦の成功と、ユスティール奪還に向けてオルリック軍が動き出したことを啓に報告するのだ。
その報告を聞いたら、きっと啓は喜ぶ顔を見せてくれるだろう。
(いや、さっきの遠吠えはケイにも聞こえているかもしれんな。ならばもう喜んでいるかな。私が一番に報告したかったのだがなあ……)
そんなことを考えながら、呑気に夜道を走るサリーだった。
◇
しかしその頃、啓には笑顔を浮かべる余裕など無かった。
啓の前には、オルリック王国の国旗を掲げた小隊が立ち塞がっていた。
そして小隊の先頭では、国章を胴体部に刻んだバルダーが、啓に向けて大剣の剣先を向けていた。
『国王の……いや、父上の仇。今度こそ討たせてもらうぞ。大罪人、ケイよ!』
それは王国軍の遊撃部隊の任を受けて啓を追いかけてきた、オルリック王国第三王子のウルガージェラールと、その親衛部隊だった。
アスラ軍への攻撃が始まる一方で、啓に追いついたウルガーによる敵討ちが起きようとしていました。
次回、啓と王子の対決です。
蛇足
エルト……ブリティッシュショートヘア。お節介焼き。毛色はブルー(青灰色)
マヌエット……マヌルネコ。ややデカい。マヌルネコにしてはおっとり系。毛色はシルバー
ミント……マンクス。随一の跳躍力。尻尾がない。毛色は黒と赤茶の縞模様
セト……エジプシャンマウ。足の速さは猫達の中で最速。毛色は茶色ベースに黒の斑点
ライト……シャルトリュー。読みが鋭い。毛色はシルバー
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