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090 狂騒

「第一小隊と第二小隊は市場に向かえ!」

「第三小隊は周辺の捜査だ!街の中にも潜んでいる可能性があるぞ!」


 ユスティールに駐留しているアスラ連合軍の東側侵攻部隊は、夜半にも関わらず、慌ただしく動き出していた。


 物資の倉庫代わりにしている市場の中に、正体不明の危険な獣が現れたという報告を受けて、寝ていた兵士達も全員起こされたのだ。


「はあ……せっかくネコに癒されていたのに、何なんだよ……」


 そうボヤくこの兵士は、夜間警備の最中に突然現れた猫に、完全に心を鷲掴みにされていた。


 猫という生物の噂は聞いていたものの、見たこともないし、たいして興味も持っていなかった。

 しかし、事情通の兵士によって、目の前に現れた獣が猫だと知らされた途端、兵士は腕がねじ切れる程、手のひらを返した。


 人懐っこく、愛らしいフォルムの猫に、兵士は骨抜きにされた。

 そして夜間警備任務の事など忘れて、猫と戯れ続けた。


 しかし幸せな時間は突如、終わりを告げた。

 緊急呼集が発生したのだ。

 兵士は後ろ髪を引かれる思いで猫のそばを離れ、自分のバルダーに乗り込んだ。


 しかし、バルダーに乗り込んだのは一人ではなかった。


「にゃっ」

「おい、お前、乗ってきちゃ駄目じゃないか!」


 兵士の後をついて、操縦席に入ってきたのは、褐色の毛色に黒も斑点模様を持つ、クロアシネコのフェルトだった。


「にゃにゃっ(早くバルダーを動かしなさい)」

「もしかして……俺と一緒にいたいのか?」

「にゃにゃにゃ(あたしが用があるのはあんたじゃなくてバルダーよ)」

「そうかそうか……この戦いが終わったら、俺と暮らそうな」

「にゃ(お断りよ)」


 会話はまるで噛み合っていなかったが、兵士は上機嫌でバルダーの操縦桿を握り、市場へと走らせた。


「にゃにゃー(なるほど、そこで操作するのね)」


 バルダーを操縦する兵士の足元で、フェルトは悪い笑みを浮かべた。



 市場の前の広場では、既に数機のバルダーが集まっていた。

 夜間警備のために外にいた第一小隊と第二小隊は、市場内の獣討伐を命じられ、今はそれぞれの隊のバルダーが全て揃うのを待っている。


 やがて、一機のバルダーが広場に向かって走ってくるのが見えた。

 そのバルダーはよほど慌てているのか、バランスを崩しながらも全力で市場前広場に向かって来ている。


『おい、そんなに急ぐことはないぞ』


 既に広場にいた第二小隊の隊長は、拡声器で走ってくるバルダーに呼びかけた。


 バルダーには自動自立機能が備わっているため、よほどのことが無ければ転ぶことはない。


 しかし、任務の前に余計に疲れるようなことをする必要はないので、隊長はそう声をかけたのだが、返ってきた返答は予想していないものだった。


『隊長!止めてください!』

『……は?』


 走ってくるバルダーに乗る兵士が、絶叫に近い声量で呼びかける。

 そして走る速度を緩めることなく、集合場所に向かって突っ込んできた。


 先に集まっていたバルダー乗り達も、流石に異常に気付いてどよめき始めた。


『隊長、様子がおかしいですよ』

『バルダーが壊れたのでは?』


 そうこうしているうちに、向かってくるバルダーから再び叫び声が投げられた。


『隊長、操縦が効きません!助けて!止めてください!』

『操縦が効かないだと!?……第二小隊、向かってくるバルダーを食い止めろ!』


 隊長はやむなく、部下に指示を出した。

 隊長の号令で、待機していた第二小隊の三機のバルダーが動いた。


 突っ込んでくるバルダーを止めるべく、正面方向に一機、左右に一機ずつ展開した第二小隊のバルダーは、見事な連携でバルダーの突進を食い止めた。


 後は操縦していた兵士が操縦桿から手を離し、魔硝石を魔動連結器から抜いてしまえば、動力を無くしたバルダーは沈黙するだろう。


 このような緊急停止処理は、基礎中の基礎であり、全ての兵士が軍隊で学んでいる。だから当然、そうすると思っていた。


 しかし、暴走を止められたバルダーは、機能を停止するどころか、正面にいるバルダーに向かって右腕を振り下ろし、右手側にいるバルダーに蹴りを喰らわせた。


 正面にいたバルダーは上部に損傷を受け、右手側にいたバルダーは吹っ飛ばされて転がった。


 思わぬ部下の暴挙に、隊長は激昂した。


『おい、何をしている!早くバルダーを止めんか!』

『止めました!とっくに止めてるんですよ!』

『馬鹿者!現に止まっておらんではないか!暴走しているならば、魔硝石を抜くのが基本だろうが!』

『だから、魔硝石はとっくに抜いてるんです!でも止まらないんです!』

『……はあ?』


 バルダーを暴走させている兵士が嘘を吐いているとも思えないが、何らかの勘違いで緊急停止に失敗しているのかもしれない。

 そう考えた隊長は、やむなく力技でバルダーを止めることにした。


『全員、爆砲用意!暴走したバルダーの脚を狙え!』


 爆砲とは、バルダーに備わっている遠隔攻撃用の武器で、金属の砲弾を勢いよく射出して攻撃する武器だ。当たればバルダーの装甲を貫通する程度の威力はある。


 命中精度はあまり高くはないが、少なくともこの近距離ならば、そうそう外れることもない。


 脚を破壊してしまえば、ひとまず暴れられることはないと考えた隊長は、すぐに発砲命令を下した。


『撃て!』


 小隊のバルダーから複数の爆砲が放たれ、暴走バルダーの脚に命中した。片脚を完全に失ったバルダーはバランスを崩し、地べたに倒れた。


 バルダーが沈黙したのを確認した隊長と小隊の兵士達は、自分のバルダーから降りて、倒れたバルダーに近づいた。そして昇降口をこじ開けた。


 操縦していた兵士は気絶していた。しかし、乗っていたのは兵士だけではなかった。


「にゃっ」

「……ネコか?」


 操縦席の中にはフェルトがいた。

 かくいう隊長も、先刻まで町に現れた猫を愛でていた一人だ。

 隊長が見た猫とは種類こそ違うものの、鳴き声とフォルムで、それが猫だとすぐに推測できた。


「……つまりこいつは、操縦席にネコを連れ込んだ挙句、ネコと遊んでいて操縦を誤ったということか。まったく、懲罰ものだな……あっ!」


 隊長が誤った推測で独り言を呟いている間に、フェルトは操縦席を飛び出し、駆けて行ってしまった。


 隊長がフェルトの背中を名残惜しそうに見送っていると、操縦席を検分していた兵士が、怪訝な表情で隊長を呼んだ。


「隊長……魔動連結器に、魔硝石が入っていません」

「なんだと?そんなはずがなかろう!」

「ですが…….あ、こいつが握り込んでいます」


 確かに、気絶した兵士の手の中には、バルダー用の魔硝石が握られていた。


 魔硝石は、「普通は」持っているだけではバルダーを動かすことはできない。魔動連結器の中に正しくセットしないと、バルダーの動力として使えないのだ。


「では、こいつの言っていたことは本当だったのか?だったらなぜ、バルダーは動いたのだ……」

「隊長!!」

「今度は何だ!」


 倒れたバルダーから少し離れたところにいた別の兵士が、大声で隊長を呼んだ。その兵士は、町の大通り方面に目を向け、その方向に指を差している。


「隊長……またおかしな動きをしているバルダーが接近してきます!」


 隊長と兵士達は、大通りが見える位置に急いで移動した。

 大通りには、住宅や商店にぶつかりながら、千鳥足で大通りを歩いてくる二機のバルダーの姿があった。


「あれは、第三小隊のバルダーのように見えますが……」

「酒でも飲んだのか?まったく、どいつもこいつも……」


 第三小隊は町の周辺捜査を命じられており、市場に来る命令は下されていない。


「市場の獣を追い出さなければならんのに、手間ばかり増やしやがって……」


 隊長はボヤきつつ、気絶した兵士と壊れたバルダーの後始末を部下に命じた。


「俺はあの酔っ払いどもに、持ち場に戻るよう呼びかける。お前達は引き続き市場に突入する準備を……ん?」


 第三小隊のバルダーに呼びかけるため、自分のバルダーに戻ろうとした隊長は目を疑った。


 隊長のバルダーは、動いていた。

 一歩、一歩と前に歩いている。


 しかし隊長のバルダーの昇降口は開いたままであり、遠目で見ても操縦席に人は乗っていなかった。

 それにも関わらず、バルダーが動いているのだ。


「どういうことだ……一体、何が起きて……」

「隊長!爆砲が……逃げてください!」

「なっ!?」


 兵士の叫ぶ声に反応した隊長は、自機のバルダーの肩口にある、爆砲の射出口が開いていく様を見た。

 すぐに隊長は体を投げ出し、バルダーの正面から退いた。


 直後、隊長機から爆砲が発射され、町の一角に着弾して家屋を破壊した。


 それに呼応するかのように、千鳥足で歩いてきた第三小隊の二機のバルダーからも爆砲が発射され、道沿いの商店を破壊した。


 狙いはメチャクチャだったが、万が一にも当たれば即死である。兵士達は戦々恐々とした。


「全員……一時退避!野営地に避難しろ!」


 第一小隊と第二小隊の兵士達は、町の西側の野営地に向かって、一目散に逃げ出した。


 その後ろを、爆砲を撃ちながら、よたよた歩きのバルダーが追いかける。


 市場周辺の建屋は、バルダーの無差別攻撃によって破壊されまくっていった。



(嘘でしょ……)


 シャトンは心の中でそう呟いた。


 その一部始終は、シャトンの耳にも届いていた。

 猫達の念話を、全て聞いていたからだ。


 事の発端は、フェルトの行動からだった。

 自走車の運転練習をするシャトンを見ていたフェルトが、「自分にもできるのでは。何ならバルダーも動かせるのでは」と考え、敵のバルダーに乗り込んだのだ。


 フェルトは、敵の兵士がバルダーを操縦する様子を見て操縦の方法を覚えた(と言っても、どこが操縦桿かを知るだけだが)。


 そしてフェルトは操縦桿に触れ、兵士よりも強い魔力を込めることで、バルダーの操縦権を奪った。


 操縦権を奪われ、バルダーを制御できなくなった兵士は、緊急停止の操作をすぐに実行した。魔動連結器から魔硝石を抜き取ったのである。


 それによって一時はバルダーが動きを止めたが、フェルトは前にバル子が「私はご主人のバルダーを動かす魔硝石でもあるのよ」と言っていたことを覚えていた。


 フェルトは自らの力を直接魔動連結器に作用させ、バルダーを再起動させた。


 元々、フェルトをはじめとしたカフェの猫達は、バルダーを動かすための魔硝石だった。そのため、バルダーとの連結は思いの外容易だった。


 再び動き出したバルダーに兵士が慌てる中、フェルトは他の猫達に念話でバルダーの操縦方法を伝えた。


「……というわけで、あたし達もバルダーを動かせるわよ」

「なるほど、さすがはフェルトね!」

「残念だけど、私の近くにはバルダーが無いわ」

「あたしのそばにはあるよ!やってみるね!」

「あたしも!」

「はーい、私もやりますー」

『ちょっと待ってみんな、落ち着いて!危ないことはしちゃ駄目だって、オーナーも言っていたでしょう!』

「でもシャトン姉様は今、危険な状況なのでしょう?」

『え、まあ、そうですけど……』

「だったら、私達が騒ぎを起こしている間に、安全な場所に逃げて頂戴。いいわね?」

『は、はい……』


 そんな感じで、シャトンは猫達に押し切られてしまったのだった。


 実際、シャトンはミトラが動けるようになるまで、身動きが取れない状況だったため、周囲で騒ぎを起こしてもらえるのはありがたかった。


 ただ、騒ぎは想定以上のものとなった。


 猫達は、都合で十機のバルダーを奪い取った

 ただ、バルダーの操縦に全く慣れていない猫達は、ほとんど勘でバルダーを操作していた。


 幸か不幸か、バルダーにはオートバランス機能がついているため、多少よろけてもバルダーが倒れることはなかった。

 その代わり、よろけた拍子に町の至る所を破壊する羽目になったが。


 バルダーを奪った猫達は、人間の気配がする方向に向けてバルダーを走らせ、兵士達を翻弄した。


 味方であるはずの(しかも、ぱっと見は無人の)バルダーが勝手に動き回り、しかも自分達を踏み潰そうと追ってくる様に、兵士達は得体のしれない恐怖を感じて逃げに徹した。


 そうこうしているうちに、フェルトの乗ったバルダーは市場前に到着。

 直後、敵のバルダーの攻撃によって脚を破壊され、行動不能になったものの、フェルトは壊れたバルダーからすぐに離脱。そして隊長のバルダーを奪い取った。


 この時、バルダーに「爆砲」という危ないオモチャが備わっていることを知ったフェルトは、再び仲間にその情報を共有した。


 その結果、ユスティールの町は、四方八方に爆砲を撃ちまくりながら暴れるバルダーによって、いつぞやの賊の襲撃よりも、酷い被害を受けていた。


 そして猫達は本来の目的をほぼ忘れ、ノリノリで暴れ回っていた。



「どうしよう……これ、絶対怒られるやつだわ……」


 シャトンは猫達の念話と、市場の外から聞こえる破壊音で、ユスティールの町がかなり大変なことになっていることを察していた。


「とにかく、早く何とかしないと……」

「ねえ、何を何とかするの?ていうか、外で何が起きてるの?」

「ミトラさん!?」


 シャトンが慌てて振り向くと、真後ろでミトラが手を振っていた……ただし空中で横になったまま。


 ミトラは器用にも、寝そべって手枕をした状態(啓が見たら、涅槃のポーズと言ったであろう)で、宙に浮いていた。

 ちなみにノイエは、ミトラの腰の上あたりに止まっている。


「ミトラさん、目が覚めたのは良かったのですが……何ですか、そのふざけた姿勢は」

「ふざけてなんてないわよ。あたしの体調不良の原因が「マリョク」の吸いすぎだって気づいたから、こうしてマリョクを消費して体調を整えてるのよ。この姿勢を維持するのって、結構マリョクを使うのよ?」

「はあ……事情は分かりましたが、なんか力が抜けました」

「で、一体何が起きてるの?」


 シャトンは手短に、ミトラに今の状況を伝えた。


「……というわけで、みんなが頑張ってくれているのです。ミトラさんも感謝してくださいね」

「そっか。シャトンちゃんも猫達も凄いねえ」

「感心するのは後です。ミトラさんが動けるなら、すぐにここから出て、ネコ達を回収して帰りますよ」


 シャトン達の本来の目的は、アスラ軍の食糧や物資を使い物にならなくすることだった。

 ここまで派手にやる予定などなかったのだ。


「そうだね、んじゃ、ネコ達を回収するために、あたし達もバルダーを使おうか」

「は?敵のバルダーをミトラさんが使うのですか?というかミトラさん、バルダーの魔硝石は全部使えなくしたのですよね?」


 ミトラは先ほど、市場に格納されているバルダーの魔硝石と、備蓄の魔硝石から魔力を抜き取り、全てただの石ころにしたのだ。

 ミトラが体調を崩したのはそのせいである。


「うん、全部使えなくしたよ」

「じゃあ、動かしようがないじゃないですか」

「何言ってるのよ、魔硝石なら、ここにあるでしょ?」

「ここって……あの、もしかして……」

「そそ。シャトンちゃんも立派な魔硝石を持ってるでしょう?魔動連結器との接続はネコ達にもできたんだし、シャトンちゃんなら余裕よ。それに、操縦するのはあたしだから、何も心配いらないわよ」

「別の心配が生まれそうですが……」


 こうしてシャトンとミトラも、市場の外の狂騒に参戦することになるのだった。


猫達、バルダーで大暴れです。

町の住人はいないとはいえ、被害も甚大です。


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[良い点] 更新お疲れ様です。 まさに『にゃんこ大戦○』ですね(違) 市場に被害が…ほらアレですよ、コラテラルダメージってやつですよ!……いざとなったら敵がやった事にすりゃ良いな、実際やってんの敵バ…
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