086 反撃準備
「レナ!」
「サリー!」
アスラ軍の侵攻を退けたオルリック軍は、今回の戦いで初めての快勝に湧いていた。
その立役者になったのは、途中から応援に駆けつけた二機のバルダーだ。
そのうちの一機に搭乗していたサリーは、オルリック軍が街道の途中に作った前哨基地で、親友のレナと再会を果たした。
「レナ、無事で何よりだ。遅くなってすまない」
「ううん、そんなことない。ごめんね、サリー。私達が不甲斐ないばかりに、ユスティールを占領されてしまって……」
「気にするな。生きてさえいれば取り戻せる機会はある。その為に、私達も来たのだからな」
「うん……ありがとう」
レナは指先で涙をすくった。それからレナはサリーのバルダーを見た。
「それにしてもびっくりしたよ。サリーのバルダーの動き、それにあの武器……一体何なの?」
「詳しくは話せないが、道中で色々とあってね。特訓の成果といったところかな」
「ふーん。まあ、おかげで奴らを撃退できたんだし、感謝しかないわね……ところでサリー」
レナは視線をサリーのバルダーから、基地の隅っこでひっそり佇むバルダーに向けた。
勝利の立役者である、もう一機のバルダーだ。
青白く、やや細身のバルダーの周囲には、やや遠巻きながら人だかりもできていた。
操縦者はまだ中にいるはずなのだが、操縦席の中の様子は、まるで内側から幕を張っているような感じで覗き見ることはできなかった。
「あのバルダーを動かしてるのは、やっぱり彼なの?」
「ああ。レナの考えている通りだよ。だが、そのことは……」
「分かってるわよ。もう警備隊のみんなにも伝えてある。あのバルダーの操縦者に関しては、聞かれても知らぬ存ぜぬで通せってね」
「さすがはレナ。相変わらずいい女だよ」
「もう、サリーってば……」
レナを含む、ユスティール警備隊の隊員達は、そのバルダーに乗っているのが啓であることに薄々気が付いていた。
だが啓は今、国王殺しの大逆罪で指名手配中の身だ。
啓のことを知っているレナと警備員達は、啓がそんなことをするはずがないと信じているが、この場にいるオルリック正規軍の兵士達には通じない。
兵士達は職務に忠実に従い、啓を捕まえようとするだろう。それを由としないレナ達は、知らぬ存ぜぬでしらばっくれることに決めたのだ。
それに今、啓の身が拘束されては戦いの趨勢にも関わる問題である。むしろここで啓がオルリックのために活躍したという実績が作れれば、冤罪と認めるための材料になるかも知れない。
啓への手助けと現状を鑑みた打算、そしてレナの心の奥底の感情が融合した結果、弾き出された答えだった。
その時、一人の兵士がサリー達に近づいてきた。その身なりから、階級の高い軍人だと判断したサリーは、少し気を引き締めた。
サリーが気を引き締めた理由は、相手がお偉いさんだからではなく、自分たちに関する質問が来た時に、余計なことを口走ったり、言質を取られないようにするためだ。
「話中、失礼する」
「総隊長殿!」
レナは背筋を伸ばし、やってきた男に一礼した。レナに総隊長と呼ばれた男も、レナに軽い会釈で応えた。
「私はこのオルリック軍の総隊長を任されているマルク・テイラーだ。貴殿に是非、お礼を言いたいのだが……」
「私はサリーと申します、テイラー総隊長。お心遣い、感謝します」
名前から相手が貴族と判断したサリーは、頭を深く下げ、礼節を示した。これは権威を勘違いして因縁をつけてくる貴族対策でもある。
(それにしても、テイラーという家名、それにマルクという名前……もしかして……)
サリーはふと思い当たる人物を連想したが、テイラーが話し始めたので、そのことはすぐに頭の隅に追いやった。
「サリー殿。先の戦闘では多大な支援をいただき、結果、我が軍は敵を後退させることができた。貴殿と、あのバルダーのおかげだ。感謝を申し上げる」
そう言うとテイラーは、深々とサリーに頭を下げた。
どうやら勘違い貴族の部類では無さそうだと、サリーは少し安堵した。
「いえ、ユスティールは私の大切な故郷です。当然のことをしただけです」
「そうか。それは大変申し訳ないことをした。ユスティールが落とされたのは総隊長である私の責任だ。責めてもらって構わない」
「いえ、そんなつもりはありません」
「貴殿は心が広いな……良ければ、少し貴殿らのことを教えてもらっても構わないだろうか」
サリーは頷き、簡単に自己紹介をした。もちろん言えない情報は巧みに隠しながらの紹介だが、マルクは深く詮索することなく、サリーの話を聞いた。
「なるほど、そうだったのか……ところでサリー殿。軍人や警備隊ではない民間の貴殿らに頼むのは筋違いであることは分かっている。だが、貴殿らの力はこの戦いに必要だ。是非、このまま引き続き協力してはくれないだろうか」
サリーはこの申し出が来ることを、ある程度予想していた。
「もちろんです。ただ、我々は民間人ですから、軍隊と足並みを揃えて戦うことは難しいでしょう。気心の知れているレナの部隊に参加させてもらっても良ければ、協力しましょう」
「もちろんだ。協力、感謝する」
テイラーは再び頭を下げた。
「ところで、向こうのバルダーの操縦者にも礼を言いたいのだが……」
呼んでも降りてきてくれんのだ、とマルクは困り顔でサリーに訴えた。
「えっと、彼はその……容姿にですね、ものすごく劣等感を持っていまして、人前に出るのが苦手で……」
「軍人は容姿など気にせぬ。兵士の中には戦いで負った傷のせいで酷い顔になった者もいる。それは名誉でこそすれ、忌避するようなことは無い。たとえ生まれつきであっても、それを笑う者がいれば、私が叱責する」
「テイラー総隊長のお心遣いはありがたいのですが、その……そう、体臭も凄いですし、性格も悪くて、総隊長殿に不敬を働くかもしれません。とても人様の前に出られるような人物ではなくてですね……」
その後も、サリーの口から様々な罵詈雑言が飛び出したため、マルクも空気を読んで、それ以上食い下がることはなかった。
レナは顔を背け、肩を震わせて笑いを堪えていた。
◇
その後、一旦、部隊を離れてヒルキの町に戻った啓とサリーは……
「サリーの中で、オレはそんな酷い奴だったとは知らなかったなあ」
「ご主人、バル子はそんなことを思ったことはありませんよ。ご主人は素敵です。サリー様にはそれが分からないのですよ」
「だから、それはなんとかあの場を切り抜けるための方便だってば……」
カンティークからのチクリによって、サリーの罵詈雑言が啓に露見していた。
バル子は半分本気で怒っているようだが、啓はむしろ面白がってサリーをいじり倒したし、ミトラとシャトンも便乗した。
「サリー姉、凄いねー。よくもまあそんなに悪口が出てくるもんだわ」
「本心じゃないからな!」
「でもサリー様、少しはそう思っていなければ、なかなか出てくるものでは……」
「シャトンまでそんなこと言って……みんなこそ、ひどいぞ!」
私は啓を守るために頑張ったのに、とサリーが顔を赤くし始めたところで、ようやく啓が助け舟を出す。
「みんな、サリーをからかうのはそのぐらいにしよう。オレとしては、サリーのおかげで顔を出さずに済んだことに感謝してるのだから」
「だったら最初からそう言ってよ!」
サリーは憤慨した後、若干涙目で項垂れた。その頭を、カンティークが前脚で優しくポンポンとあやす。
しかしサリーの矛先は、主人を気遣うカンティークに向かった。
「……元はと言えば、カンティークがバル子ちゃんに教えたからでしょう?」
「いえ、ご主人。私はただ、ご主人とあの兵士との会話を、バル子姉さんに中継していただけで……」
もしも総隊長が啓をバルダーから引き摺り出すような強行策に出ようとした場合、啓はその場からすぐに逃走するつもりだった。
そのためにも、バル子への念話伝達は必要だったのだ。
「うう……カンティークの意地悪……」
「心外です、ご主人」
「そんなことよりもだ」
話が堂々巡りになりかけたため、啓は慌てて口を挟んだ。
「大事なのはその続きの話だ。総隊長は、次の戦いはおそらく三日後だと言った。オルリック軍は、今回も敵の攻撃を迎え撃つつもりらしい」
「こっちからは攻めないんだね」
つまらなそうにミトラがぼやく。
「敵はユスティールを拠点にしているから攻めにくいのだろう。それにこっちから攻めるとなると、その時は民間人のサリーとオレが先頭に立つことになると思う。総隊長は、そこまでオレ達に甘えるわけにはいかないと考えてるのかも知れない」
「私は一向に構わないのだがな……で、ケイには腹案があるのだろう?」
サリーは不適な笑顔を浮かべて啓を見た。
「ああ、ある。ミトラとシャトンにも協力してもらいたい。いや、二人にしかできないことだ」
啓に指名されたミトラとシャトンは、驚いた様子ではなく、むしろ「待ってました」という表情を浮かべた。
「やっと出番ね!」
「オーナー。お任せください。ご命令とあれば、全員殺してきます」
「いやいやいやいや」
シャトンにとって、アスラ軍は自分を殺した仇だ。シャトンは表情にこそ出さないが、アスラ軍を人一倍、憎く思っているに違いない。
「二人に頼みたいのは、暗殺じゃない。暗躍だ。ミトラとシャトンの新しい能力の確認もできたし、その力を活かして欲しいと思ってる」
ヒルキの町に到着してからの二日間、ミトラとシャトンには、何ができるようになったのかの確認と、その力を安定して発揮できるよう、しっかり練習してもらっていた。
その成果は目を見張るほどのものだった。
「だが、当然危険は伴う。もちろん、作戦は皆でしっかり練るつもりだが、どうする?」
「やるに決まってるでしょ!」
「私も、オーナーのお役に立つところをお見せしたいと思います」
「よし、そうと決まれば、作戦会議だ」
◇
「こちらから攻撃するだと?」
「はい、その通りです」
サリーの訪問を受けたオルリック軍総隊長のマルク・テイラーは、サリーの申し出に目を丸くした。
「だが、敵はユスティールを拠点にしている。数もこちらより多い。そう易々と攻め込むことはできないだろう。いや、貴殿らが最初に切り込んでいけばあるいはと思うが……」
思っていた通り、テイラーは民間人を矢面に立たせることを忌避していた。
サリーはその心意気に感服したが、今回は「その必要はない」と答え、話を続けた。
「明日の晩、ユスティールを攻められる準備を整えてください。きっとその頃、アスラ軍は色々と大変なことになっているはずです。その隙につけ入ります」
「大変なこととは?」
「詳しくは話せませんが、私達にお任せください。攻める頃合いは私がお知らせします。向こうから合図が出る手筈になっているので、総隊長も気づくとは思いますが……」
「ふむ……」
テイラーは腕を組み、少しの間思案した。
「……戦いの準備は整えておく。そして攻め入る機会が訪れたら、私の責任で出撃の指示を出す。それで良いか?」
「はい……それにしても、私が提案しておいて何ですが、本当によろしいのですか?」
「なに。先の戦いでの借りを返すだけだ」
「……感謝します」
サリーはテイラーの器の大きさに改めて感心した。
(こんな立派な貴族もまだいるとは。この国も捨てたものではないな)
自分を狙った暗殺犯、父を殺した犯人、国を裏切った研究者……碌でもない連中ばかりを見てきたが、このような優秀な貴族がいることを再認識できたことに、サリーは元王女視点で心から喜んだ。
◇
ユスティールの市場内に野営地を構えるアスラ軍は、再び侵攻準備を整えつつあった。
前回の戦いでは、突然現れた妙に強いバルダーに戦線を撹乱され、後退せざるを得ない状況となった。
その一因には、戦いの前にカナート王国から派遣されたグレース率いる黒曜騎が突如帰国してしまったこともあった。そのためにアスラ軍は、部隊の再編を行わなければならなかった。
物量でオルリック軍に勝るアスラ軍は、まさに物量だけで押し切ろうとしたのだが、消極的に、安全策で戦いに臨んだため、初の敗北を喫したのだ。
安全策が功を奏して、被害が甚大になる前に撤退することはできたものの、敗戦の屈辱はそそがなければならない。
次の戦いは総力を持って、オルリック軍を粉砕する気概で臨むつもりだった。
そして再侵攻の前夜。
アスラ軍の野営地では、いつも通り交代制で、兵士達が周囲の警備に当たっていた。
すると一人の兵士が、奇妙な生き物を目にした。二人一組で行動している警備の兵士は、相棒の肩を叩いた。
「おい、何かいるぞ」
「あ?虫か?それとも家畜でも逃げてきたのか?」
「いや、初めて見る動物だと思うが……なんか、かわいいんだ」
「かわいい?」
兵士は相棒の指差す方向を見た。
「ニャン」
そこには、一匹の猫がいた。
サリーはレナと再開できました。
ユスティールを奪還するため、啓一味が動き出します。
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