085 参戦前と参戦後
オルリック軍とアスラ軍との戦闘再開の二日前。
ヒルキの町に到着したケイ達は、今後の方針……主に、オルリック軍とアスラ軍との戦いに協力するための方策を考えていた。
「なあ、サリー。オルリック軍の手助けに行くのは構わないけれど、オレが顔を出すのはやっぱりマズイよな」
「ああ。ケイは指名手配犯だからな」
「冤罪だけどな!」
レナ率いるユスティール警備隊ならまだしも、他はオルリック王国の正規の兵士達である。そんな場所に姿を晒せば、参戦する前に逮捕されてしまうだけだ。
「下手に動いて、敵にも味方にも見つかっては面倒なことになる。戦いが始まるまで待って、戦闘が始まったらしれっと参加するのが良いと思う」
「そうだな。チャコとノイエに索敵に出てもらって、戦闘が始まる頃を見計らうことにしよう」
啓は自分の頭の上でくつろいでいるチャコに「頼んだぞ」と声をかけた。ミトラも肩に止まっているノイエに依頼した。
「それと参戦の際には、自分達がオルリック軍の味方であることが一目で分かる目印があったほうがいいだろう」
「目印?サリーは何か持ってるのか?」
「あるにはあるが、私の持ち物では、味方どころか王族であることがばれてしまうから……無難に王国旗でも掲げることにしようか」
「旗?オレは持ってないけど」
「町の施設から拝借しよう。町長の家あたりにもきっとあるだろう」
「拝借って……まあ、有事の際ってことで、あとで謝ればいいか」
ヒルキの町の住人も全員避難済みで、今この町にはひとっこひとりいない。火事場泥棒的な行為になるが、金銭を奪うわけではないからと啓は自分に言い聞かせた。
すると、シャトンがそっと手を上げて発言を求めた。
「オーナー。旗を探しに行くのは私にお任せください」
「シャトン、いいのか?」
「はい。私とネコ達で探せば、きっと早いと思います」
「あ、なるほど」
先日、バルダーからの攻撃を生身で受けて死の淵をさまよったシャトンは、啓と女神の力で蘇生した。その際、魔硝石で召喚されたシェットランドシープドッグの体を依代として蘇ったシャトンは、啓が召喚した動物達と念話での意思疎通ができるようになったのだ。
ちなみに元の人の姿にも変身できるため、今の姿はシャトンになっているが、あくまで本体は犬の姿である。
「それにオーナーは指名手配中なのですから、私も犯罪者になれば釣り合いが取れます」
「そんな釣り合いは取らなくていいんだけど……」
「ねえ、ケイ。サリー姉とケイが戦いに行くのはいいんだけど、その間、あたしとシャトンはどうすればいい?」
「二人には町で待っててほしいと思っているけど……ミトラ、まさか一緒に来る気なのか?」
「そのつもりだけど?」
ミトラはさも当たり前のように答えた。
「いや、武器もバルダーも無しに戦場に来るのは危険だ。それにミトラだって指名手配されてるんだぞ?」
「ケイのバルダーなら一緒に乗れるでしょ?まさかサリーは乗せたのに、あたしは駄目ってことはないわよね?」
「そんなつもりはないが……」
魔動連結器が二系統ある啓のバルダーは、もう一人の力を借りてバルダーの出力を上げることができる。
そのため、シャトンの救出に行く時には、啓のバルダーにサリーとカンティークにも同乗してもらい、その力を借りたのだ。だからミトラもサリーと同じように力を貸せると主張しているのだが……
「ミトラ。今、ミトラは自分の力をちゃんと制御できているのか?」
「そりゃあ……うん、まあ、たぶん……」
オルリック王国の王族や、王族の系譜に繋がる貴族は、生来、体内に魔力を持って生まれてくることがある。
その者達は、体内の魔力を使い、一般的に「女神の奇跡」と呼ばれる現象を引き起こすことができるのだが、ミトラはその力を後天的に植え付けた。
それは、啓がミトラの体に直接魔力を流し込むという実験によって実現したものだ。実験と言っても、ミトラのたっての願いであり、啓が強要した訳では無いが。
そしてミトラは実験を続け、血(や、色々なもの)が滲むような特訓の末、空を飛ぶ能力を発現させることに成功したのだ。
しかしその後、ミトラはさらに治癒能力や、魔硝石から魔力を吸い出す力も発現させた。生まれつき魔力を持つ女神の奇跡の使い手は、基本的には同系統の一種類の能力しか発現できないにも関わらずだ。
なお、啓やサリーは、バル子やチャコ、カンティークを介して、別の能力を発現することができるが、ミトラはノイエを介さずに自力で複数の能力を発現させているため、完全に異例の事態だとサリーが明言した上で、人前で使わないようにと釘を刺されている。
「もしもミトラがまた窮地に陥った時、ミトラはまた別の力を発現させるかも知れない。ミトラの意図によらずだ」
「そんなことは……無いとは言えないけど……」
「それが分からない間は、オレのバルダーに同乗させるわけにはいかない。オレもミトラも、それにバルダーも危ない目に遭うかも知れないだろう?」
「うん……」
「だからミトラには、自分がどんな力を使えるようになったのか、ちゃんと制御できるのか、まずは色々試して調べてみてほしい。あまり時間は無いけどな」
「……分かった」
ミトラの表情は不服そうだが、啓の意見に理解を示し、渋々頷いた。
「それからシャトン」
「はいっ」
啓に名を呼ばれたシャトンは、手を胸の前で組み、キラキラした表情で啓の顔を見た。その反応に「しっぽが出ていれば振りそうだ」と啓は思った。
「シャトンは、自走車の運転はしたこと無いよな?」
「はい、ありませんが」
「折角だから、覚えてみないか?」
今、ここには啓のキャリアと、サリーの輸送車がある。キャリアはミトラが運転をするが、もしもサリーがバルダーで出てしまったら、サリーの輸送車を運転する者がいなくなってしまう。だから啓は、シャトンに運転技術を身につけてほしいと考えたのだ。
「今この町は無人だから、練習にはもってこいだろう」
「つまり、ぶつけても大丈夫ということですね」
「いやいや、ぶつけられては困る!」
練習で自分の愛車を壊されてはたまらないと、慌ててサリーが口を挟む。そんなサリーの反応に、皆も軽く笑った。
啓は「まずは安全第一で」と言った上で、シャトンにもう一つ、運転時に試してもらいたいことを告げた。
「それと、普通は魔硝石を魔動連結器の中に入れて、それを使って運転するんだけど、シャトンは自分の中に魔硝石を持っているようなものだから、魔硝石無しで自力で運転できるかもしれない。試してみてくれないか」
「はい、分かりました」
「ケイ。シャトンは体が変わってからまだ日も浅い。他にも色々と教えることがあるんじゃないか?」
「そうだな。そのへんはバル子に教えてもらうといいだろう。シャトン、運転の練習と一緒に、バル子に自分の体の特徴について色々と教えてもらうといい。バル子も暫くの間はシャトンと一緒に行動して、色々と教えてやってもらえるか?」
「承知しました、ご主人」
了承の返事をしたバル子は啓の肩から降り、シャトンの足元に向かった。シャトンはしゃがんで、バル子を迎えた。
「よろしくね、バル子ちゃん」
「バル子姉さん」
「えっ?」
「貴女はもう普通の人間ではありません。バル子と同じく、ご主人に召喚された体を持つ仲間です。そうですね?」
「ええ、まあ……」
「貴女は私の後にご主人からその体を賜り、私に教えを請う立場となったのですから、カンティークと同じように、バル子のことはバル子姉さんとお呼びなさい」
「はあ……分かりました、バル子姉さん」
唐突に先輩風を吹かすバル子であった。
◇
ミトラはノイエと、シャトンはバル子と動物達を連れて、それぞれの課題をこなすために散っていった。
その場に残されたのは啓とサリーとカンティークだけとなった。
サリーは戦いの前に自分のバルダーの整備をするつもりだが、その前に啓に聞かなければならないことがあった。
「ケイ、ありがとう」
「ん、何がだ」
「一緒に戦うと言ってくれたことにさ。本当に感謝してる」
「レナさんも、警備隊のみんなも知らない仲じゃないし、助けるのは当たり前だろ。それにユスティールはオレの第二の故郷だ。取り返さないとな」
「だが、ケイ。本当に大丈夫か?」
「今度は何だ?」
「ケイは……戦えるのか?」
サリーは知っている。啓が人を殺すことを忌避していることを。
今度は本当に戦争なのだ。殺らなければ殺られる。敵の侵攻を食い止めるために、敵を屠らなければならないのだ。
「大丈夫だよ。ちょっと前に、シャトンを襲ったバルダーを潰してみせたばかりだろう?」
「あれは、シャトンが攻撃されたのを見たケイが怒りで我を忘れたせいだと思っているが」
「結果は同じだろう。その後、ちょっと恥ずかしい姿を見せちゃったけどさ」
啓は、アスラ軍のバルダー(実態は、カナート王国から派遣された「黒耀騎」と呼ばれる一団のバルダーだが)を破壊し、装甲の下から現れた操縦者を見た時、その姿に衝撃を受けて正気を失い、絶叫した。
その操縦者は、とても操縦席とは言えない狭い空間に押し込まれ、頭や身体に管や配線を埋め込まれていた。操縦者はバルダーに乗っていたというより、バルダーの装置として組み込まれていたのだ。
その時の取り乱した様子を啓は「恥ずかしい姿」と言ったが、その直後にサリーも恥ずかしい姿を啓に見せている。もっとも、啓はその御蔭で正気を取り戻したので、感謝こそすれ、からかうつもりは無い。
「そうだな。あの時のケイの取り乱しようといったら、今でも忘れられないな」
「そりゃ、知り合いがあんな姿にされているのを見たら、普通は取り乱すに決まってるだろう」
「ははっ。それは無理もないことだな…………えっ、ケイ。今なんて言った?」
「だから、知り合いがあんな姿に……」
「はあ!?知り合い!?そんな話、聞いてないわよ!」
「え、サリーは気付かなかったのか?」
「気付くも何も……私も知ってる人物なのか?」
「まあ、忘れてても無理はないか……覚えてないか?メリオール隊長だよ」
ダンティン・メリオールは、オルリック王国の機動保安部隊隊長だった男だ。メリオールは、ユスティール襲撃事件の事後処理のためにユスティールに来たのだが、その時に色々と難癖をつけられ、啓と決闘をする事になった人物である。
その後は王国軍本隊に栄転したが、カナート軍との国境紛争の最中に戦死したと聞いている。
その男が敵兵となり、奇妙なバルダーの操縦者にされているなど、サリーには信じがたいことだった。
「人違いじゃないのか?」
「間違いであってほしいが、たぶん間違いないと思う。アスラ連合に双子の兄弟でもいれば別だけどな」
「しかし、もしも本人だとすれば……かなりきな臭いな」
「ああ。カナート王国とアスラ連合に、例の連中が関係していると考えていいと思う」
人を人として扱わず、死体すら戦争に利用しようとする男のことを啓とサリーは思い出していた。
「奴らはサリーの敵であり、オレとミトラを陥れた連中だ。そんな連中を野放しにしてはおけない。奴らがユスティール侵攻に与しているのなら、オレは徹底的にアスラ軍を叩き潰すつもりだ」
「だが、それと人を殺せるかどうかはまた話が別じゃないか?」
「ああ。それはサリーの言うとおりだ」
啓はサリーの言葉に頷きで返した。その頷きはサリーの質問に対する肯定と、自分に覚悟があることの両方を意味していた。
「……ナタリアさんに諭されたんだ」
「ナタリア小母様に?」
御用邸でのある日、啓はナタリアに大切なものを守るための心構えを問われた。その時に啓は、ナタリアから助言をもらっていた。
『本当に大切なものを守ると決めた時は、相手に手心を加えてはなりません。さもなければ、ケイ様は大切なものを失い、そこに残るのは後悔だけです』
『必要な時に、必要な時間だけ、自らの意志で枷を外すことができるようになって欲しいと、私は思います』
これらの言葉を、啓は今でもしっかりと心に刻んでいる。
「ナタリアさんの言葉、今になってようやく分かった気がするんだ。自分が手を抜いたり、敵を見逃すことで、サリーやミトラやシャトンが死ぬようなことがあれば、オレはずっと後悔し続けることになる。そうなった時、オレはオレを許せない」
「ケイ……」
「競艇だってそうだ。手を抜けば相手にもお客さんにも分かるし、八百長を疑われることもある。最悪の場合、選手生命にも関わる問題だ」
「……ケイが何を言ってるのかさっぱり分からないが、大問題なことだけは伝わったよ」
「ああ。オレは皆を守る為に、やる時はやってやる。そういうことだ」
◇
競艇界には、勝負駆けという言葉がある。
ここで一着を取れなければ、決勝レースに進めないとか、ここで負けたら勝率が下がってクラスが落ちる。そんな負けられないレースを走る時に使う言葉だ。
ヒルキの町に滞在してから二日。オルリック軍とアスラ軍との戦闘が再開されたとチャコから連絡が入り、啓とサリーはユスティールに向けてバルダーを走らせた。
戦場のすぐ近くまで来た啓とサリーは、戦場に飛び込むタイミングを見計らうため、街道の脇に隠れて待機した。
待ちながら、啓は今こそが勝負駆けの時だと感じていた。
(ここで敵を確実に倒せなければ、きっとオレは一生、戦えない)
殺さなければ殺される。手を抜いたせいで後悔はしたくない。
啓は操縦桿を握る手が震えているのを自覚した。だが、震えを止めようとしても止まらなかった。
「ニャッ」
そんな啓の気持ちを察したのか、啓の肩に乗ったバル子が肉球で啓の頬を押す。
「バル子……ありがとう、落ち着いたよ。さすがはオレのパートナーだ」
「はい。バル子はご主人の一番ですから」
いつの間にか、操縦桿を握る手の震えは止まっていた。
『ケイ、行くぞ。準備はいいか』
『ああ。大丈夫だ。いつでもいける』
『よし、出撃!』
サリーの号令と共に、王国旗を背に掲げた二機のバルダーが戦場に向かって駆けていった。
◇
レナは目の前で起きていることを呆然と見ていた。本当に呆然と、自分のバルダーを動かすことなど完全に忘れ、ただただ戦場を見ていた。
それはレナだけではなかった。多くのオルリック軍のバルダーが、その光景に呆気にとられていた。
王国機を掲げて戦場に割り込んできた二機のバルダーは、とてもバルダーとは思えない素早い動きで先鋒の敵バルダーに向かって突っ込んでいった。
相打ち狙いかと思えるほどの突撃に、レナは軽く悲鳴を上げた。一機はレナもよく知っているサリーのバルダーであり、もう一機も啓のバルダーだと気付いたからだ。
敵のバルダーは一斉に、突出してきた二機のバルダーに向けて爆砲を放った。激しい爆音と共に、爆煙が周囲を覆った。
爆煙が晴れた時、現れたのは完全に無傷の二機のバルダーだった。
砲弾は、二機のバルダーを丸ごと覆った半透明の金色の盾によって防がれ、一発も命中することはなかった。
戸惑うアスラ軍のバルダーに、今度は啓がお返しをする。啓は具現化した金の槍をバルダーに突き立てた。その槍先は、まるで紙に穴を穿つように、敵の装甲を貫通した。
続けて啓は槍を消し、今度は足元に盾を具現化した。その盾を踏み台にして敵の追撃を亜大ジャンプで飛び超え、敵陣のど真ん中に降り立った。
慌てて啓のバルダーに向き直った敵のバルダーは、次の一歩を踏み出すこと無く、バランスを崩して倒れた。
サリーが薙刀のような、槍の先に刃のついた長刀でバルダーの脚を切断したのだ。そのままサリーは戦場を高速で走り抜け、相手のバルダーが狙いを付ける前に、すれ違いざまに切り刻んでいった。
啓は槍と盾を駆使しながら、敵陣の奥へと突き進んでいった。敵もただやられるだけではなく、手斧や爆砲で応戦するが、啓の張る盾を破ることができず、逆に啓の突攻撃で一機、また一機と破壊されていった。
「あの盾、まるでアイゼン王子の鉄壁のようだ……」
「いや、そんなもんじゃないだろ……」
「あのバルダーの武器……なんであんなに簡単に敵を斬れるんだよ!」
「俺が知るかよ……だが、あれが味方で良かったと心底思う」
オルリック王国軍の兵士達は、そんな感想を並べ立てながら、次々と倒されていく敵のバルダーをただただ見ていた。
敵本隊がユスティールの街へ撤退を始めたのは、啓とサリーが参戦してからわずか三十分後のことだった。
サリーとシャトンは自分の力の確認を、啓とサリーは戦場へ。
アスラ軍の侵攻を防ぎつつ、ユスティールを取り戻すための戦いが始まりました。
……一方的な展開で。
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