表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/122

008 模擬戦の余波

 たくさんの猫に囲まれた女性達がはしゃいでいた。女性の膝の上にちょこんと座る猫、壁際でじっと見つめている猫、我関せずと寝床で寝ている猫、様々な種類の猫達が部屋の中にいた。


『かわいいー!』

『ねえ、あの子見て。毛繕いしてるよ!』


 啓が経営する猫カフェは今日も大繁盛だった。大好きな動物に囲まれ、金も稼げるこの仕事は啓にとって天職だと言えた。


『店長さん、この子は何ていう名前なんですか?』

『はい、そのロシアンブルーの子はバル子と言います』

『まあ、素敵な名前ですね!とても可愛らしい名前だわ』

『そうでしょう?バル子はオレがつけた名前なんです。バル子の名前の由来はですね……あれ?』


 何故、この猫の名前にバル子と名付けたのかを啓は思い出そうとした。


『あれ、何でだっけ……バル子、バル子……』

「はい、ご主人。バル子はここにいます」


 夢から覚めた啓を、1匹の猫が啓の胸の上からエメラルドグリーンの瞳で見つめていた。



「それで……君は猫で間違いないわけか」

「はい、ご主人。バル子は猫です」

「うーん……猫に出会えたのは嬉しいけれど、全く訳が分からないな……だいたい何故言葉話せるんだ?」


 啓はひとまず昨夜の状況を思い出してみた。思い出すといっても大したことはしていない。昨夜、啓がやったことは、ポケットから魔硝石を取り出して眺めながら、この世界に猫がいればいいのにと思っただけのはずだ。


「……魔硝石のせいなのか?魔硝石が何らかの力を発揮して猫を召喚したのか?それにどう見ても地球の猫だぞ?ロシアンブルーだぞ?可愛いすぎるだろう!」

「ご主人、そんなふうに言われると照れてしまいます」

「いや、照れる必要はないぞ。ただの事実だからな」

「……ご主人は天然ジゴロと言われたことはございませんか?」

「別に無いけど、よくそんな言葉を知ってるね……」


 不思議な事象が目白押しなので棚上げ気味だったが、猫が言葉を喋っていることも不可解なのだ。これも魔硝石の影響だろうか。もっとも、今はこうして話せる相手がいるおかげで落ち着いているという側面もあるが。


「そういえば魔硝石が見当たらないな。寝落ちして落としたかな」


 啓が毛布をバサバサしたり、ベッドの下や床をざっと見てみたが、魔硝石は見つからなかった。さらにくまなく探そうとしたところで、啓は足を止めた。もう一つの可能性に気がついたからだ。そしてそれはバル子の答えと一致した。


「ご主人、バル子は魔硝石を核として召喚されました。ですから、魔硝石はバル子の中というか、バル子そのものです」

「だから名前もバル子なのか。それにしてもし召喚とはねえ……オレが君を召喚したとでもいうのか?動物を召喚なんて真似オレには……?あっ!」


 啓は自分をこの世界に落とした女神、シェラフィールの言葉を思い出した。


『動物……動物ってことは召喚系?そういえば地球の動物ってどんなものがいたかしら……』


 動物、召喚、地球。シェラフィールのつぶやきの中にあった単語が啓を閃かせた。


「……きっとあの女神のせいだ。シェラフィールがオレに動物を召喚する能力を与えたんだ……中途半端に」


 あの時のシェラフィールは時間に追われながら啓を転生させるための準備をしていた。おそらくその準備の途中で、啓は地球にいる動物を召喚する能力を与えられたのではないだろうか。啓はそう推測した。実際、シェラフィールにもっと時間があれば、この地に生息する動物を召喚するように調整したり、召喚した生物を命令に従わせる程度の効能を与えるつもりだったのだが、それは啓の知る由もないことだった。


「その通りです、ご主人。ご主人は魔硝石を媒介として生物を召喚し、使役する力をお持ちです。私はそうやって生まれました」

「……君は君自身のことをどれくらい理解してるんだ?君にはどれくらいの知識があるんだ?」

「分かりません。私の知識も、言葉を話す力も、この身をいただいた時から備わっていました。ご主人の御力の思し召しだと推測します」

「そんな大層なことをした覚えはないんだがなあ……」


 頭を掻きながら啓はボヤいた。とにもかくにも、啓はこのやたら賢い猫について、これからミトラ達に説明しなければならない。この世界の人たちにとってはおそらく見たこともない、おまけに言葉まで喋る動物なのだ。得体の知れないものとして処分されるかも知れない。


「……バル子はオレが必ず守る。こんな可愛らしい猫を邪険にするとは思えないが、万が一の時は一緒に街から出よう」


 その時、啓の部屋の扉がバァンと開いた。扉の外でミトラが深刻そうな顔をして立っていた。そして開口一番「ケイ!あんた、街に出てはダメよ!」と言い放った。あまりのタイミングの良さに、啓は言葉を失った。


「ケイ、何をポカンとした顔をしているのよ。分かった?絶対ダメだからね!」

「ミトラ、もしかして聞いてたのか!?街から出なくていいということは、バル子を認めてくれるのか!?」

「……ケイ、何の話をしてるの?」

「……バル子の話じゃないのか?」

「バル子?まあ、ある意味そうだけど……ところでその動物は何?どこで拾ってきたの?」



 啓が模擬戦で戦闘用バルダーを破った翌日、つまり今日、街は大騒ぎになっていた。老朽化していた作業用バルダーで戦闘用バルダーを倒したという話は、一夜で街中に広まっていた。操縦者の技量差で格上のバルダーを倒すことは珍しくはない。しかし、倒されたのがロッタリー工房の御曹司であるザックスで、しかもザックスは使い慣れているはずの自分用バルダーに乗っていたにも関わらず敗北したのだ。


 ザックスの、バルダーの操縦の腕を知っている者は少なくない。少なくとも作業用バルダー相手に遅れをとるような腕前はしていないはずだった。無論、ザックスの普段の素行を知る者も多いので、ザックスの鼻っ柱をへし折った結果は歓迎したが、次に気になるのはザックスの相手のことだった。


 ザックスの対戦相手は、バルダーの操縦に長けているだけではなく、作業用バルダーではありえないほど高い跳躍を行い、最終的にザックスの戦闘用バルダーを撃破したという。その結果、バルダーを操縦していた人物である啓に注目が集まった。


 バルダーの大跳躍に関しては、当然のことながらバルダーを改造したのではないかという推測が大半を占めたが、話を聞いた工房都市の技術者達は、老朽化した『流星』シリーズのバルダーにそのような跳躍力をつける改造など無理だという見解を出していた。やがて、「ならば工房都市の誰も知り得ない技術を持つ人物が改造したのではないか」「きっとこのケイという人物に違いない」という結論に行き着いた。全くそのような事実はないにも関わらず。


 周囲がそのような推論に至ったのは、啓が昨夜、酒場で話した内容が既に流布されていたという背景も後押ししていた。「ケイという男は他所から職を求めてこの街に流れてきたらしい」「手先は器用で機械いじりも得意」この情報が工房都市をざわつかせた。ケイが職を探しているならば是非我が工房へ、ケイを連れてこい、ケイを探せ……


「……という状況なのよ」


 ひとまずバル子の件は後回しにして、慌てて部屋に入ってきたミトラの話を先に聞くことにした啓だったが、まさか一夜にしてそんなことになっているとは想像もつかなかった。


「はあ。そのケイという奴は大した奴なんだな」

「他人事みたいに言ってるけど、本当に大騒ぎなんだからね」

「確かにオレは機械いじりは好きだし、教えてもらえればそれなりにできると思うけれど、魔動機に関しては素人なんだぜ。バルダーの操縦だって初めてだったし、あんなのはただのまぐれだ」

「みんな事情をそこまで知らないのよ。『ケイは天才操縦者だ』とまで言われているらしいわ。もうすぐ市場でお祭りがあるからなおさらケイを欲しいのよ」

「祭り?それとオレに何の関係があるんだ?」

「ユスティール創立祭よ。そこで行われるバルダーの模擬戦は祭りの花形なの」


 ユスティール創立祭、それはユスティール工房都市が創立された日を記念して行われる年に一度の大祭で、中央市場を中心に盛大に行われる催しだ。商店や酒場は特売を行い、大通りにはたくさんの屋台が出る他、市場では今年1番売れた魔動機やバルダーの表彰などが行われる。そして試運転場ではバルダーを使った競技会が開催される。バルダーを使った資材の早積み競技、障害物競走、綱引き、そして模擬戦が行われるのだとミトラは説明した。


「へえ、まるで運動会だな」

「ちなみに今年はロッタリー工房は出場禁止になったわ。昨日の模擬戦での反則行為が槍玉に上がったの。優勝候補の一角が出なくなったからどこの工房が優勝するか分からなくなって面白くなりそうよ」

「そうか。なんだか気の毒だな」

「ケイのそういうところがお人好しというか、なんというか……」


 ミトラは呆れ半分で啓の顔を見た。だが表情は柔らかかった。しかしすぐに真顔になると啓に問いかけた。


「さて、ケイはこれからどうしたい?」

「んー、どうしたい、と言われても、どうすりゃいいやら……」

「あのさ……ケイが良ければなんだけど……このままガドウェル工房で働かない?仕事を覚えるまではあたしのお手伝いって感じになると思うけれど、ちゃんとお給料は払うし、今の部屋もそのまま使ってもらって構わないから……」


 ミトラがモジモジしながら啓の回答を待つ。ミトラが何故遠慮気味に言っているのか分からない啓だったが、ミトラの提案はありがたいものだった。


「ミトラ、ありがとう。その申し出、ありがたく受けるよ。ミトラの仕事、オレにも手伝わせて欲しい。それにオレがもう雇われていると知られれば街にも出られるし、ミトラと一緒に祭りに行くこともできるしね」

「うう……ケイ、なんかずるい」


 ミトラは顔を真っ赤にして俯いた。啓はミトラを怒らせるようなことを言ってしまったのかと慌てた。


「ミトラ?気を悪くしたのなら申し訳ない。確かにオレは魔動機の技術を全然知らないから覚えることがたくさんあると思う。そんなオレが祭りのことで浮かれてる場合じゃなかった。だから頑張るから。君の(仕事の)ために(手伝いを)頑張るから!」

「もういいから!よく分かったから!はあ、はあ……」


 さらに顔を真っ赤にしたミトラが大きく手を振りかぶって啓の発言を制止した。息の上がったミトラと、困惑する啓のやりとりを窓際で見ていたバル子がため息を吐いた。


「やはりご主人は天然のジゴロだと思いますよ」

「………………動物が喋った!?」

「あっ!バル子、しーっ!」


 カタカタと震えながら啓とバル子を交互に見るミトラを見ながら、あらかじめバル子に人前で喋らないように言っておくべきだったと啓は今更ながら思ったが、後の祭りだった。



啓の就職先が決まりました。

次回、猫も働きます。


レビュー、ブックマーク、評価、誤字指摘などいただけると大変励みになります。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ