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076 ヒルキの町にて

 啓達はヒルキの町を目指して街道を進んでいた。

 ザックスからは「道中、啓達を探すような憲兵は見当たらなかった」と聞いているため、今は昼夜問わず、街道を爆走している。

 もっとも、憲兵に出会っても振り切って逃げる自信はあったが。


 その道すがら、啓はサリーに聞いた。


「サリー。バルダーを連れてこなくて本当に良かったのか?」

「ケイ、今更何を言ってるんだ。ザックスにも言ったが、今は速度重視だろう。私がカンティークを連れてきたら、到着が遅くなってしまう……いや、お前のことじゃないぞ」

「わかっていますよ、ご主人」


 そう言ってサリーは、猫のカンティークの頭を撫でた。

 カンティークとは、サリーのパートナーである猫の名前だが、元々はサリーが個人で所有しているバルダーの名前でもあった。

 バルダーの方のカンティークは、ザックスが途中まで運んできてくれていたので、その場で引き取ることもできたのだが、サリーはそれを断った。


「それに、私のバルダーは後から到着するのだから、気にすることはないぞ」

「だけどサリー、本当はそのままレナさん達に合流して……」

「言うな。ケイ。それに、ナタリア小母様からも釘を刺されているだろう?」


 ナタリアからは、皆の無事が確認できたら無理せずに撤退し、無闇にアスラ連合軍と戦わないようにと忠告されている。


 そのため啓達は、アスラ連合と戦うこと無く、まずは目的を達成することに専念するつもりでいる。具体的には、啓はシャトンと残してきた動物達の無事を、ミトラはガドウェルと工房の職員の無事を確認することだ。


 そしてサリーの目的は、市長とレナの無事を確認することだったが、レナのほうは、警備隊を率いてアスラ連合軍の侵攻を防ぐために戦うとザックスから聞いてしまった。


 そんな話を聞いてしまった今、サリーはレナの元に駆けつけて一緒に戦いたいはずだ。そのためにはバルダーが必要不可欠だ。


 しかしサリーは、大丈夫だからと啓の肩を叩いた。


「ケイ。まずはちゃんと目的を果たすことに専念しよう。その後で情報を集めたり、戦況を聞いてから、その先のことを考えればいい」

「そうだよ、ケイ。まずは父ちゃんとシャトンちゃんに会わなきゃ」

「そうだな。二人の言う通りだ」


 納得した啓は、それ以上は言わなかった。だが、いざという時は、自分もサリーに手を貸すことを心に決めていた。



 街道を走る啓達は、途中でユスティールからの避難集団に何度も遭遇した。しかしその中には、シャトンもガドウェルも市長もいなかった。

 いかなったことを残念に思うが、最終組での出発という話は予め聞いている。だからこそ、できるだけ早くヒルキに向かわなければならない。


 啓達は運転を交代しながら休むことなく走り続け、ついにヒルキの町に到着した。


 町に到着した啓達は、ユスティールからの避難民がいる場所を聞き、その場所へと向かった。啓達はすぐに、ガドウェルと工房の職員、そして最後尾集団をまとめていた市長を見つけることができた。


 ミトラは「父ちゃん!」と叫び、ガドウェルの元へと走っていった。

 しばらくは親子水入らずにさせようと考えた啓は、サリーと共に市長の所へ向かった。


「マウロ市長!」

「おお、サリー。無事で良かった」

「それはこっちの台詞です。市長、無事で何よりでした」

「いや、ユスティールを守れず、不甲斐ないことだ。申し訳ない」


 そう言ってうなだれる市長をサリーは元気づけた。生きてさえいれば、再起も復興もできるのだと。


「うむ。サリーの言う通りだな。儂は必ずユスティールに戻るぞ」

「私も協力しますよ」

「オレもです、市長」

「ケイも息災のようだな。だが、ずいぶんと厄介なことに巻き込まれているようだが、大丈夫かね?」

「ははは……」


 こっちの心配よりも自分の心配をしろと市長の目は語っていた。同時に、市長が啓達の冤罪を信じてくれているということは伝わった。


「儂らは今日、ヒルキを発つ。当分の間はレナ達と王国軍の駐留部隊が敵の侵攻を食い止めてくれるはずだ。ヒルキの住人も含め、儂ら全員、エレンテールまで逃げ切れるだろう」

「アスラ連合軍は押さえきれそうなのですか?」

「分からん。だが、数は敵のほうが圧倒的に多いだろう。だからレナには、街の地形を存分に利用して、食い止めてくれと伝えてある」

「そうですか……」


 サリーも啓も、市長の意図を正確に理解した。数で圧倒している敵に真正面からぶつかっては勝ち目はない。しかし地の利を活かせば、勝てないまでも撤退の時間は稼げるだろう。

 たとえそれで街が破壊され、占拠されたとしても、縦深防御で敵の進軍を遅らせることが狙いなのだ。


 アスラ連合をある程度食い止めたところでレナ達も撤退し、避難する市長達と合流して護衛をしながら一緒に逃げる算段だ、と市長は言った。


「ところでサリー。君達はこれからどうするつもりかね?」

「ここが最終組であれば、私達はレナ達が来るまで、市長達の護衛をしようかと思います。皆の無事も確認できましたし……」

「いや、サリー。シャトンがまだだ。市長、シャトンは来ていますか?」


 啓はまだ、肝心のシャトンと動物達に会っていなかった。ガドウェル工房の人達と一緒に避難をすると聞いているので、探せばいるはずだ。

 しかし市長は、シャトンの姿は見ていないと言った。


「先に出発した組と一緒に、もう避難したのではないか?」

「いや、そんなはずは無いです。ちょっとガドウェルさんに聞いてきます」


 啓は漠然とした不安を感じながら、ガドウェルの元へと向かった。そしてその不安は、別な意味で的中した。



「さあ、ケイ。うちの大事な娘が賞金首ってのは、一体どういうことなのか、洗いざらい吐いてもらおうか」

「えっと、その……それは誤解と言いますか……」

「誤解で指名手配されちゃ困るんだがなあ。ああん?」


 啓は冷や汗をダラダラ流しながら、怒り狂うガドウェルの前で正座をさせられていた。


「ちょっと父ちゃん。本当に違うんだってば。ケイは王様の暗殺なんてしてないよ」

「だがミトラ。お前は暗殺に加担した容疑以外にも、王城に強硬侵入した罪や、城下町で暴走した騒乱罪にも問われているじゃないか」

「あ、それは本当のことだわ。でもそれはケイを助けるためで……」

「ケイ……貴様……娘になんて真似を……」

「ごめん、ミトラ。ややこしくなるから、少し黙っててくれないか……」


 こうして啓はガドウェルにみっちり尋問され、肝心のシャトンのことを聞けるようになるまで、しばらく時間がかかってしまった。


「シャトン?俺は連れてきてないが」

「そんな……だってシャトンは、ガドウェル工房の人達と一緒に行くと言っていたと、ザックスから聞いたんです」

「そうなのか?おい、誰か聞いてるか」


 ガドウェルが工房の職員達に呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。答えたのは、ガドウェル工房で研究開発を担当しているヘイストだった。

 ヘイストは、ユスティールから住人の避難が決まった日に、わざわざフェリテに赴いて、シャトンに一緒に行くかどうか聞いてくれたそうだ。


「シャトンちゃんは、ロッタリー工房のザックスが連れて行ってくれることになっている、と言ったんだ。ザックスは一番最初に避難する組のまとめ役だったから、とっくに出発したと思っていたよ」

「……やられた」


 今度こそ、啓の漠然とした不安は、確固たる不安へと変わった。


「チャコ!全速力でユスティールに向かって、猫達やミュウの気配を探ってくれ!」

「ピュイッ!」


 啓はオオハチドリのチャコに、ユスティールに向かって飛んでもらった。多少距離はあるが、ある程度まで近づけば、仲間の気配が察知できるのは確認済みだ。


「おい、ケイ。今、鳥に命令したのか?」

「ケイ、シャトンちゃんはもしかして……」

「ああ。まだ街に……ユスティールにいるかもしれない」


 啓はガドウェルの質問は無視して、ミトラの質問にだけ答えた。啓はすぐにミトラを連れてサリーの所へ行き、シャトンが来ていないことを告げた。それから三人は、周囲に人がいない場所に移動してから話を続けた。


「まさか……シャトンちゃんがまだユスティールに残っているというのか?なんでガドウェルさんと一緒に来てないんだ?」

「シャトンは、ザックス側にはガドウェル工房の人が迎えに来ると言って、ガドウェル工房側にはザックスが迎えに来ると言ったんだと思う」

「なんでそんな嘘を!?」

「オレが……オレがシャトンに、店のことを頼むって言ったせいかもしれない」


 啓は確かにシャトンにそう言った。無論、それはシャトンに命がけで店を守れと言ったのではない。まさか戦禍に見舞われるとは思ってもいなかったので、そこまで考えての発言では無かったし、普通であれば、命のほうを大事にするだろう。


 しかし啓は、シャトンならば本気で店を守ろうとするのではないか、という気がしていた。もしもシャトンがユスティールを離れ、その間にアスラ連合軍によって店を破壊されでもしたら、シャトンはきっと啓との約束を破った自分自身を責め続けるだろうとも。


「だからシャトンは、街に残るために……フェリテを守るために、そんな嘘をついたんだと思う」

「で、でもまだシャトンちゃんがユスティールに残っているとは決まって無いし。もしかしたらヒルキに来ているかもしれない。だから探してみようよ。ね?」

「ああ、そうだな……」


 すぐに三人は手分けをして、ヒルキの町を探して回った。啓は、仮にシャトンが今この町にいなくても構わないと思っていた。

 ヒルキはあまり大きな町ではない。もしもシャトンが猫達を連れて歩いていれば、きっと目立つし、町の人の記憶にも残っているはずだ。

 その目撃例さえあれば、シャトンが既に先行した組にいたのを見落とした、という仮説も立てられるからだ。


 しかし、そういった目撃例は一切無く、シャトンを見つけることもできなかった。


「どうする、ケイ。もう一度探してみようか?」

「そうだな……日が暮れるまでもう少し時間もあるし、今度は町の少し外も……」

「ご主人、その必要はなさそうです」

「バル子?」

 

 再びシャトンを探しに行こうとした啓達を引き止めたのはバル子だった。


「ご主人、チャコから連絡が届きました……フェリテにはまだ、猫達全員がいるそうです。シャトン様もいらっしゃると思われます」


 まもなくチャコも戻ります、と言ってバル子は報告を終えた。啓は拳を握りしめて、表情を歪めた。


「なんでだよ、シャトン……店なんて放っておけばよかったのに……」


 なぜ自分はシャトンに命を優先しろと言わなかったのか。啓は自責の念に囚われていた。

 そんな啓を見て、ミトラは、軽いため息を吐いた。


「はあ、まったくシャトンってば。結局、ケイの言う通りになっちゃったね……んじゃ、行こっか」


 ミトラは軽い調子で啓の背中を叩いた。


「行くって?いや、行くけど……ミトラも来るのか?」

「何よ。ユスティールに行くなら、あたし達も一緒に行くに決まってるでしょ。サリー姉もそうでしょ?」

「ああ。もちろんだ。人手は程々に多いほうがいいだろう?……それにシャトンは恋敵だが、こんなことで死なせて勝負をつけたくないしな」

「え?何って言ったんだ?」


 サリーの言葉の後半は、小さすぎて啓には聞こえなかった。


「いや、ついでにレナの助けになるかもしれないと言ったんだ」

「ああ、なるほど。さすがサリーだな」

「全くだ。さすがはケイだよ」

「ん、なんか引っかかる言い方だな……」


 啓は腑に落ちない顔でサリーを見返した。だがその顔は、すぐに引き締まった。無駄話をしている間に戻ってきたチャコが、新たな情報をもたらしたのだ。


「ご主人、ユスティールでは既に戦闘が始まっているそうです。既にアスラ連合は都市に侵入。オルリックの防衛部隊は、都市の西側に展開して、こちらの街道への侵攻を防いでいるそうです」

「だったら、なおさら急がないと……でも真っ直ぐ向かうのは危険か」

「ケイ、少し遠回りになるけど、北側から大回りして、街の東側から入ろう。フェリテへ向かうにも都合がいいはずだ」

「分かった。急がば回れだな。それで行こう!」

「キャリアの運転はあたしに任せて。ぶっ飛ばすわよ!」


 方針を決めた啓達は、キャリアに向かって駆け出した。その途中で市長とすれ違ったが、啓達が足を止めることはなかった。だが市長には用事があったようで、サリーを呼び止めようとした。


「おーい、サリー。今夜はささやかだが、晩餐を……」

「市長、すみません!ちょっとユスティールに行ってきます。食事はまた今度誘ってください!」

「ふむ、そうか……って、ええっ!?」


 まるで買い物に行くようなノリで、戦地に向かうと宣言して走り去るサリー達を、市長は呆然として見送るのだった。

ヒルキの町にシャトンはいませんでした。

次回、戦禍のユスティールに突撃します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 >シャトン&にゃんこーズが居ねぇ!? まぁそうでしょうなぁ…って感じですね。今の彼女は昔の武士みたく「主から託されたこの城、むざむざ敵に譲り渡すことは出来ぬぅ!」って…
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