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074 ユスティールへ

 アスラ連合がオルリック王国に侵攻する気配あり。そして最初に攻め入る場所のひとつは、ユスティール工房都市である……


 その情報は当然ながら、当該のユスティールにも届いていた。都市に住む人々は、隣接する街と協力しながら、避難と応戦の準備を進めていた。


 ユスティール側としても、アスラ連合に街を無血開城するつもりはさらさら無かったが、市民の多くは、喧嘩はともかく、事が戦争では戦力にならない。

 そのためユスティール市民は、市長や街の防衛部隊の指示に従い、西方の大都市であるエレンテール方面への避難を開始していた。市民の避難にあたっては、市長が市場の倉庫を全開放し、避難用の物資を惜しみなく提供した。

 もっとも、物資を残しておいたところで略奪されることが目に見えている以上、出し惜しみする理由もなかった。


 人々が街から避難を始める一方で、ユスティールにやってくる人々もいる。アスラ連合の侵攻に応戦するため、ユスティール近郊に駐留していた王都軍の部隊や警備隊がユスティールに集まりつつあった。市長は彼らに借宿と、戦いに必要な物資を提供し、ユスティールの警備隊と連携して、アスラ連合の侵攻に対抗してもらうよう依頼した。


 アスラ連合からの侵攻を間近に控えて、慌ただしく準備が進む中、ユスティール警備隊の隊長であるレナは、残っている街の人々に避難を呼びかけるため、警備隊の武装車で街を走っていた。声掛けをしながら街中を走り回るレナは、やがて一軒の店に到着した。

 街の中心部から離れ、森の中にポツンと存在するその店の名前は『カフェ・フェリテ』。

 ユスティール工房都市の中でも特に人気のあるその店は、オルリックで唯一の「猫と触れ合える茶屋」だ。


「シャトンちゃん、いる?」


 レナが店の扉を開いて店内を覗くと、奥からパタパタと足音を立てて少女が近づいてきた。


「いらっしゃいませ、レナさん」

「いらっしゃいませじゃないわよ。シャトンちゃん、まだお店を開いてたの?」

「いえ、この子達の食事の準備をしてました」

「ああ、なるほど……えっと、ティルト、アルト、キルト、メルト、エルト、クルト、コルト、タルト、セト、ソルト、ナイト、ノルト、ハルト、フェルト、ボルト、マヌエット、ミント、ライト、リリエット、ウェイト……それからミュウ、今日も皆かわいいね」


 レナは指差し確認をしながら、一頭一頭に声をかけた。名前を呼ばれた猫達も、レナに鳴き声で返事を返す。なお、ミュウだけは猫ではなく、セジロスカンクである。

 ちなみにカフェの外では、蜂姫隊というチーム名のモンスズメバチ4匹が小屋を守っているが、基本的に隠密部隊なので、客には周囲にいる虫程度の認識しか持たれていない。


「よし、全員揃っているわね」

「……全員の名前を覚えているの、オーナーと私以外ではレナさんぐらいですよ」

「ふふん、どれだけ通ったと思っているのよ」


 シャトンは別にレナを褒めたわけではないが、得意げに胸を張るレナを見たシャトンは小さい溜息をついた。開店以来、足繁く通うレナはこの店の常連客である。暇があれば店に来ているのではないかというほどの頻度で訪れるため、猫達もレナによく懐いている。

 街の警備隊長が店に来てくれるお陰で、素行の悪い客が寄り付かないのはありがたいが、レナ自身が店長に取り付く悪い虫になるのでは、とシャトンは少し危惧していた。


 ひとしきり猫を堪能したレナは、シャトンに避難の呼びかけをしにきたことを伝えた。


「シャトンちゃんもそろそろ避難しないと。準備はできてるの?」

「はい。大丈夫です……あの、レナさんは、どうするのですか?」


 レナが警備隊長である以上、きっと想像通りの回答が来ると分かっていたが、シャトンは聞かずにはいられなかった。


「私は最後までこの街を守るつもりだよ。外から応援部隊も来てくれているしね」

「……レナさんは、怖くはないのですか?」

「怖いよ。でも、私はこの街の警備隊長だし、この街が好きだからね。みんなの街を守るため、最後まで戦うよ」

「そうですか……」


 それを聞いたシャトンは俯いた。しかしレナの話は終わっていなかった。


「……なーんて言っちゃったけど、今回は時間稼ぎが目的。敵の数によっては、頑張って戦っても無駄死にするだけだからね。悔しいけど、無理と判断したところで撤退する方針になってるから……って、あれ、聞いてる?」


 俯いていたシャトンは、自分の考えに耽っていたようで、レナの呼びかけで体をビクッと揺らし、我に返った。


「えっ、あ、なんですか?」

「いや、なんでもないよ。それより、準備ができているなら一緒に送っていこうか?」

「えっと、その……後で店長がお世話になっている工房の方が、迎えに来てくれることになっていますので」

「ガドウェルさんのとこか。なら安心ね。とにかく、迎えが来たらすぐに出ること。いいね」

「はい、分かりました」


 そう言うとレナは、猫達に手を振り、名残惜しそうにフェリテを後にした。レナが自走車で走り去るのを見送った後、シャトンは店の床の上に腰を下ろした。集まってきた猫達を抱きながら、シャトンはレナの言葉を復唱した。


「この街が好きだから……みんなの街を守るため、最後まで……」


 シャトンはその言葉を噛み締めてから、再び呟いた。


「私は、この店を守るってオーナーと約束したの……」


 シャトンの指先が床に触れる。その指先を見つめるシャトンの目には、強い意志が宿っていた。



 ユスティールを目指して進む啓達の旅路は順調だった。

 キャリアに乗り込み、エルストの御用邸を出発した啓達は、すぐに大陸の北側にある海へと向かった。そこからはナタリアの助言に従い、キャリアの水上走行モードで海上を東へと進んだ。

 海上の運転は啓にしかできないため、啓は不眠不休で丸一日海上を走った。上陸予定地点に到着した啓は、キャリアの運転をミトラと交代して、ようやく就寝にありつけた。


 上陸後は、日中は森や岩陰にキャリアを隠して過ごし、移動は主に夜間に行った。その理由は、啓とミトラが国王殺しと研究所爆破の犯人として指名手配されているためだ。

 なお、サリーは仮面を被っていたため、「獣の仮面を被った女」とその特徴だけが手配されているだけで、顔も名前も割れていない。そのため、唯一自由行動ができるサリーは、日中は近隣の街に赴き、食料の購入や情報収集を行うことができた。


こうして旅路を進む啓達がエレンテールの街の近くに到着した時、ようやくユスティールに関する詳細な情報を入手することができた。


「ユスティールはまだ戦火に見舞われていないそうだが、既に避難を開始している者もいるそうだ。途中にある街を経由しながら、エレンテールに向かっているらしい」

「そっか、良かった……」

「サリー、エレンテールはユスティールからの避難民を全員受け入れられそうなのか?」

「一応、エレンテール側でも受け入れ準備をしているらしいが、全員は難しいかもしれないな。それに、避難してくるのはユスティールの人だけではないはずだ」


 避難民を受け入れるといっても、当然そのためには寝泊まりする場所や食料の供給が必要だ。いくらエレンテールが大きな街だとはいえ、簡単ではないだろう。


「途中で別の街に向かう人もいるだろう。市長やガドウェルさんも、エレンテールに来るとは限らない」

「父ちゃん……大丈夫かな」

「やはり、合流するのが一番手っ取り早いだろうな。市長やガドウェルさんがどうするのか、直接聞いたほうがいい」

「ああ、私もそう思う。当初の予定通り、ユスティール方面に向かおう」


 エレンテールからユスティールまでは、街道が真っ直ぐ伸びている。もしも道中でユスティールから避難してきた人に出会えれば、新たな情報が得られるかもしれない。

 方針の定まった啓達は、夜の移動に備えて仮眠に入った。念の為、上空からオオハチドリのチャコとハシボソガラスのノイエに警戒してもらうことも忘れない。


(シャトン、無事でいてくれ)


 啓は小さな店長の無事を祈りながら、眠りについた。



 ユスティール南方の、アスラ連合との国境付近に、大規模な武装集団が集まっていた。オルリック王国の南東側から攻め入るために集まった、アスラ連合の東側制圧部隊だ。


 アスラ連合国は、点在していた小国や自治領が集まって成り立った国だ。国が成立した時、連合に参加した小国や自治領はアスラ連合国の一領地となったが、各領地の運営は元々の統治者に任せている。そのため、地方によっては規律や条例が若干異なるのもアスラ連合の特色だ。ただし国全体の法律や運営方針については、各領地の代表者が評議員となり、評議会での話し合いで決められていた。


 今回、この侵攻作戦に参加しているのは、評議会の決定によって各領地から集められた者達である。ある者は国のために、ある者は自分の力試しに、ある者はただ「正当な理由」の元で暴力を行使したいがために侵攻作戦に志願した。


 そのため、アスラ連合軍は、軍隊というよりも傭兵部隊といった様相だった。かといって、統率が取れていないわけではない。部隊長は、それぞれの領地から選出された隊長であり、部隊編成も基本的には同じ領地の出身者で固められている。そのため、戦略については総隊長と部隊長の間ですり合わせを行い、各部隊の統率は部隊長に任せておけば良いのだ。そして現在の所は、ほどほどに統制も取れていて、頭の痛くなるような要素は少なかった。


 部隊長達との作戦会議を終えた総隊長は、野営地で先に酒宴を始めていた自分の部下達の輪に入り、腰を落とした。


「おつかれさまでした、総隊長殿」

「ああ、すまん」


 そう言って酒の入った盃を総隊長に渡したのは、自分の預かる部隊の副隊長だ。副隊長は労いの言葉と共に「わざわざ貧乏くじを引くなんて、隊長も本当にもの好きですねえ」と皮肉を言った。


「仕方ないだろう。今回の戦いで、最も多くの兵士とバルダーを用意したのが、我らの領地だったのだ。総隊長を押し付けられた理由も頷ける」

「まあ、実際にうちの領地はそれなりに戦える力がありますからねえ。俺も久しぶりに暴れられると思うと、腕が鳴りますよ」


 総隊長はわずかに眉間に皺を寄せた。自領でもあまり素行の良くなかったこの副隊長の参加理由は、戦争の勝利で得られる恩賞と、女を「現地調達」することだと知っているからだ。自分の目の届く範囲で非情な行為をさせるつもりはないが、四六時中見張っていられるわけではない。いっそユスティールの人間が全員他所に逃げてくれていればとさえ思っていた。そう思いながら盃に口をつけていると、副隊長が「頭の痛くなるような要素」のひとつに触れた。


「ところで隊長。奴らは大丈夫なんすか?」

「……知らん。俺に聞くな」


 副隊長が目を向けている先にいるのは、黒っぽいバルダーの集団だ。そのバルダー達は、カナート王国から派遣された部隊で、部隊名を黒耀騎と言う。ユスティール攻略のためにわざわざ遣わされたのだが、黒耀騎はアスラ軍の司令系統に属さず、独立部隊として動くので「指示無用」と言われている。

 そのためかどうか分からないが、黒耀騎の兵士達はアスラ軍の行軍に足並みだけは揃えてくるものの、兵士達との関わりを一切持とうとしない。それどころか、野営や食事の時にも一切顔を出さない。現に今も、バルダーに乗ったまま一塊になってじっとしている。


「全く、酒ぐらい飲みにくればいいものを。よっぽどあのバルダーの居心地がいいんすかね」

「だから俺に聞くな」

「結構小さめですが、性能は良さげですよね。俺も一度乗ってみたいなあ」

「あら、黒耀騎に興味がおありですの?」


 副隊長の会話を拾って割り込んできたのは、小麦色の肌でグレーの髪を無造作に伸ばしている女だった。軽装の鎧で、腰からは細い剣を下げている。


「これは部下が失礼を、グレース隊長殿」

「いえ、我が部隊のバルダーを褒めてくださったんですもの。失礼なことなど無いわよ」


 頭を下げる総隊長に、グレースは軽い調子で謝罪は不要だと告げた。

 グレースは、今回のユスティール侵攻に遣わされた黒耀騎部隊の隊長である。グレースは「黒耀騎部隊はアスラ軍の作戦の指揮下には入らないものの、作戦内容は把握しておく必要がある」という名目で、部隊長以上の作戦会議には顔を出していたため、総隊長も顔だけは見知っていた。

 なお、グレースについては、他の部隊長がたまたまグレースの顔を見知っており、グレースが元アスラ連合の一領主であり、評議員だったという過去話を口にしたため、その噂だけは部隊内に広まっていた。


「そうですよ、隊長。俺はすごいバルダーだって褒めただけですぜ」

「お前は黙ってろ」

「いいじゃないですか、隊長。そうだグレースさん、良かったら一緒に一杯どうです?」


 副隊長は、グレースの全身を舐めるように見てから、グレースを誘った。


「いえ、私も自走車に戻りますので。どうぞお気になさらず」

「えー、つれないなあ。もしかしてカナートの規律かなんかで、俺達に関わるなとか言われてるんですか?」

「おい、いい加減にしろ」


 しかし副隊長は隊長の静止を聞かず、グレースに詰め寄った。


「なあ、グレースさん。あんたって元はアスラの人間だったんだろ?同盟を結んだ時に人質同然で連れて行かれたらしいと聞いたんだが……」


 グレースは何も答えなかったため、副隊長はそれを肯定と判断して言葉を続けた。


「これは戦争なんだ。行方不明者が出てもおかしくない。だからよ、グレースさんが良ければ、この戦いで戦死したことにしてさ、俺のところに来いよ。悪いようにはしないからさ」

「……考えておこう」

「そうか、そりゃ良かった。じゃあ、ユスティールを陥した後でゆっくり話をしようや。ああ、でもグレースさんは戦死したことになってるから話なんてできないわな。わははっ!」

 

 副隊長のつまらない冗談を背中で聞きながら、グレースはその場を去った。

 グレースの中で、この男は「本当に」戦死することが決定した。



 翌日、アスラ連合の東側制圧部隊はついにオルリック王国の国境を超え、ユスティール侵攻作戦を開始した。



ユスティールの人々は避難のために西へ、啓達はユスティールを目指して東へ、アスラ連合軍と黒耀騎はユスティールを目指して北へと向かいました。

ちなみに王都軍はカナートの国境に向けて南へと向かっています。


そして……ようやく猫全員の名前が出ました(笑)


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