069 犯人の検証とミトラの決意
「では皆様、お座りください。一度整理をいたしましょう」
お茶を淹れ直してきたナタリアが全員に着席を促す。
なお、「お茶を待っている間、サリーとユスティールの至宝の扱いについて話をしていた」という啓の言葉を聞いたサリーは、嫁入り話と勘違いして勝手に舞い上がったり凍りついたりしていたと知り、気恥ずかしさで俯いている。
一方、ミトラは、部屋に戻ってきたときから、何やら難しい顔をしていた。気になった啓がミトラに声を掛けると、ミトラは少しだけ慌てた様子で「何でもない!何でもないから大丈夫!」と取り繕った。
全員が席に座り(ナタリアは再び動物達を自分の傍に招き)、お茶を一口飲んだ啓は、ナタリアに手紙の内容のことを聞いてみた。
「あの、ナタリアさんは、今の手紙の内容で何か気付いたことはありますか?」
「……ございます」
ナタリアは、手に取ったお茶をテーブルに置いてから、静かに言った。
「無論、推測ではございますが……ケイ様達から聞いた話と合わせて考えますと、まず、ウルガー殿下は陛下殺害に関与していないと思われます」
「その理由を教えていただけますか」
ナタリアは頷き、説明をした。
ウルガーは、啓達が建国王の遺物を調べる為に城を訪れた時、仮面を被ったサリーと会っている。もしもウルガーが犯人であれば、陛下を害した後に『獣の仮面の君へ』という宛名の書かれた手紙を見て、それが仮面を被った啓の仲間に宛てたものだと気付くだろう。
その場合、王から啓達へ何かしらの情報流出を防ぐために、手紙を持ち出すか、あるいは破棄している可能性が高い。
「つまり犯人は、仮面を被っていた姫様に出会っていない人物であると考えられます。もちろん、犯人がその手紙に気付かなかった可能性もございますが、私が犯人であれば見逃すことはないでしょう」
「まあ、ナタリアさんならば、そうかも知れないけど……」
「犯人としても、陛下を殺害した後は速やかに逃げねばなりませんでしょう。ですので、それほど時間に余裕は無かったことでしょう。陛下の殺害に使った紋章付きの短刀がそのまま残されていたことからも、私はそう推測いたしました。加えて、姫様がウルガー殿下は犯人ではないと熱弁したことも含めると……」
「お願い、それはもう忘れて……」
弟を庇うサリーの早口熱弁を思い出した啓とミトラは、ウルガーの姉にほっこりした笑顔を向けた。二人に笑顔を向けられたサリーは、いたたまれない思いで再び顔を伏せた。
「それと、もうひとつ気付いたことがございますが……口に出すのは大変憚られます」
「あの、それについては、オレもたぶんナタリアさんと同じことを考えている気がします。というか、オレが気付けるくらいだから、きっとサリーも……」
その言葉を聞いたサリーがピクッと肩を揺らす。啓はサリーに向かって「オレが代わりに言うよ」と声を掛けた。
「ナタリアさんも言いたくはないでしょうし、オレが言います。犯人は、第一王子、もしくは第二王子の可能性が高い、ということですね」
「……ケイ様の仰るとおりです」
王の手紙には、所々で悲痛な想いを綴る一文があった。
『間違いだと信じている』
『心を鬼にして』
『其方は心を痛めるかもしれないが』
一国の王がただの賊に対して、このような言葉を使うはずがない。王が心を痛めるほどに信じたくないこと、それは自分の息子達が国の簒奪を狙っているということだ。
手紙を読んだサリーも、そのことに当然気づいていた。しかし、強く、優しく、敬愛する兄がそんなことをするとは信じたくなかったのだ。
そんなサリーの気持ちを代弁するように、当然の疑問をミトラが口にした。
「でも、ケイ。二人の王子はお城にいなかったよ。それに王子は王位継承権を持っているわけだし、待っていればいずれ王に即位できたんじゃない?」
「そうだな、ミトラの言う通りだ。しかし、だからといって犯人ではないとも言えない。実行犯は別の誰かでも良いだろうし、王がどちらの王子……いや、ウルガー王子もいるから三人か。王が誰に王位を継承するかも決まっていなかった。王子達の思惑がわからない以上、除外はできない」
「そりゃまあ、そうだけど……でも……」
そう言ってミトラはサリーに顔を向ける。ミトラはサリーのことを気遣って、反対の意見を述べたのだ。しかしミトラもこれ以上反論できる材料を持っておらず、結局そのまま押し黙った。
何も言わないミトラを畳み掛けるように、啓が続ける。
「それに、前にオレが言ったことを覚えているか。アイゼン王子が、オレに『本物のユスティールの至宝は何処にあるのか』と聞いてきたことを」
「あっ……」
犯人がユスティールの至宝を狙っていることは、王の手紙からも示唆されていた。アイゼン王子が犯人であれば、啓に掛けたその言葉にも合点がいく。
「でも、でも……それでも私は……兄様を……」
苦しそうに、サリーが喉から声を絞り出す。サリーの気持ちが痛いほど分かる啓は、サリーの肩をポンと叩いた。
「サリー。それにミトラ。オレはまだどちらかの王子が犯人だとは断定していない。王はそう考えていたのかもしれないが、推測だけで決めつけてはダメだと思う」
「なら……ケイはどうすればいいと思う?」
「えっと……オレの元いた世界には、『探偵』という商売があって、探偵は主に浮気調査とか尋ね人の捜索をするんだけど、事件に首を突っ込んで犯人を見つける事もあって……」
啓が思い浮かべたのは、もはや国民的とも言える漫画のキャラクターだ。
体は小さくても頭の中身は大人びている子供の探偵が、次々と難事件を解決していくというその漫画は、かつて啓が競艇選手だった時に、漫画本が充実している選手宿舎で暇つぶしによく読んだものだった。
「その探偵の信条の中に『不可能なことを除外していって残ったものが、たとえどんなに信じられなくても、それが真実なんだ』みたいな言葉がある」
なお、啓は言ったのは、確かにその漫画の主人公が信条としている言葉ではあるが、大元の出典は、イギリスの推理小説の主人公である探偵の言葉であることまではさすがに啓も知らなかった。
「不可能なことを除外……」
「そうだ。だから、サリー。オレ達は王子達が犯人である証拠を探すのではなく、王子達が犯人ではないという、確固とした証拠や情報を探していこう」
「…………うん。分かった。ケイ、ありがとう」
もしかしたら結果は変わらないかもしれない。残るものは絶望かもしれない。それでもサリーは、啓の言葉で気持ちが楽になった。惚れた弱みもあるかもしれないが。
少し元気の戻ったサリーを見たナタリアは、咳払いをひとつしてから姿勢を正した。
「ケイ様の仰るとおりですね。とにかく、我々には情報が足りません。そこで私は、買い出しで街に行った時にでも、色々と情報を仕入れてくることとしましょう。姫様達が行動を起こすのは、ある程度情報が集まってからとなりますね。ですが、それだけでは不十分です」
ナタリアは毅然として、そう言い放った。
「不十分ですか……ナタリアさんは、オレ達に何が足りないとお考えですか?」
「無論、戦力でございます。ケイ様は、サリー様とミトラ様がお認めになる通り、お強いこととは思いますが、是非一度、この目で拝見させていただきたく思います」
「それはもちろんです。分かりました」
「サリー様も、昔に比べれば強くなっているようですが、この御用邸にいる間に、さらなる修練を積んでいただければと思っております」
「昔って、子供の頃の話では……でも、分かったよ。ケイと共に、更に強くなるよう精進しよう。カンティークと共に」
そしてナタリアはミトラに顔を向けた。それに気付いたミトラが小さく頷きを返す。ミトラとナタリアの間で何やら通じ合っているような雰囲気を感じた啓は、改めてミトラの顔を見た。
今のミトラの表情は、何か決意を秘めた表情にみえた。
そしてミトラは勢いよく立ち上がると、啓に向き直った。
「あの……あのね、ケイ。お願いがあります!」
「お願い?何だろうか」
畏まった言葉を使うミトラに、啓も背筋を伸ばす。
「その……あたしに、女神の奇跡の力の使い方を教えてください!」
そう言ってミトラは、啓に向かって深々と頭を下げた。ミトラからの思わぬ依頼に、啓は半分驚き、半分、策謀の臭いを感じとった。
「ナタリアさん。もしかして、ミトラに何か……」
「さあ、何のことでございましょう」
ナタリアがわざわざ戦力の話題を振ったのはそういうことか、と啓は察した。
啓は先人の言葉?を流用して、サリーを元気付けました。
そしてミトラは啓に弟子入りを志願しました。
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