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063 逃走劇その1

「うわ、研究所が燃えてるよ!」


 王城を目指してキャリアを爆走させているミトラは、火を上げて崩れ落ちていく王立研究所を車窓から見ていた。つい先日訪れたばかりの研究所が、見るも無惨な状況になっていることに、ミトラは軽いショックを受けた。


「本当に、一体何が起きてるのよ……」

「ミトラ、王城、真っ直ぐ、ガアッ!」

「もう、分かってるわよっ!」


 よそ見をするんじゃないと言わんばかりに、ノイエがミトラに指示を出す。ミトラも目的を忘れていないと主張するように、城門前に繋がる直線道路で、キャリアを更に加速させた。


 程なくミトラは、王城の城門を肉眼で捉えた。普段は閉じているはずの城門は、啓達の捜索に加えて、研究所で発生した緊急事態にも兵を動員するために開け放たれていた。


「どうしよう、このまま入っちゃっていいのかな?」

「ミトラ、突っ込め、ガアッ!」

「はいはい、もう、どうなっても知らないんだからねっ!」


 既に開き直っているミトラは、城門を目指して、速度を落とさず突っ込んだ。城門を守っていた衛兵達は、猛スピードでやってくる自走車を見て、門を閉めるか、前に立ちふさがるかで軽く揉めたが、悠長に考えている余裕など一切無かった。

 結局、衛兵達はキャリアに轢かれないよう、身を躱すことしかできなかった。


 王城の敷地内に突入したキャリアは、敷地の道路を無視して、花壇の植物や植え込みの木々をなぎ倒し、そのまま中庭を縦断した。


「あああ……もうあたし、完全に罪人だわ……」

「不法侵入罪!建造物損壊!不敬罪!反逆罪!ガアッ!」

「ノイエちゃん……お願いだから、これ以上あたしを貶めないで……」


 ミトラは軽く涙を堪えながら、引き続きノイエの指示に従ってキャリアを走らせるのだった。



 王城の一室に仮設営した捜索本部では、城の衛兵が大慌てで駆け込んできたところだった。

 本部前で控えていた近衛騎士は、やってきた衛兵の慌てっぷりを咎めようとしたが、本部内にいたウルガージェラール第三王子は、衛兵の態度などに構わず、発言を許した。


「報告します。実は、奴らの自走車が場内に戻って来まして……」

「なんだと?一体どういうつもりだ」


 ウルガーは、啓の自走車がわざわざ戻ってきた理由を考えようとしたが、その前にウルガーの幼馴染でもある護衛騎士隊長が、建設的な意見を言った。


「殿下、戻ってきたのは何か理由があってのことでしょうが、そんなことは捕まえてしまえば分かることです。今は考えるよりも、とっとと足を動かしませんか」

「そうだな……お前のいうとおりだ。大方、まだ何処かに隠れているケイとその仲間を迎えに来たのだろう」

「だから、考えることよりも足を……」

「分かっている。バルダーを準備せよ。全員で自走車を包囲するぞ」


 そう言うとウルガーは立ち上がって足早に部屋を出た。護衛騎士達もウルガーの後に続く。


(ケイ……父上を殺したお前を、俺は絶対に許さない。必ずお前を俺の前に引きずり出して、断罪してやる!)


 ウルガーの態度と表情は冷静に見えたが、心の中は激しい怒りで煮えくり返っていた。



 多くの兵士が、大罪人の捜索のために、王城の周囲を巡回していた。そんな中、一人の兵士が、王城の壁際の低木が不自然に動いているのを見つけた。


 兵士は、低木を揺らしているのがネズミである可能性も考えた(この世界のネズミは6本足で牙を持ち、食物倉庫を荒らす厄介な害獣である)が、念の為に慎重策を取ることにして、兵士は揺れる低木に近づかず、その場で立ち止まった。

 そして、近くに応援を頼める同僚がいないかと辺りを見回した。


 しかし、兵士の近くにいたのは別のものだった。


「痛てっ!」


 兵士が同僚を探そうと後ろを向いた瞬間、兵士の左目の瞼に激痛が走った。兵士は痛む左目を押さえながら、右手を腰の剣の柄に添えた。激しい痛みに苛まれながらも、この兵士は職責を忘れてはいなかった。


(一体何に攻撃されたんだ………………これは、鳥か?)


 唯一、見える右目で兵士が見たものは、目の前で、空中で静止している小鳥だった。この世界でハチドリなど見たこともない、更に言えば空中でホバリングできる鳥など、見たことも聞いたこともない兵士は、目の前の生物に釘付けとなった。


 不可解な動きを見せる鳥のせいで、この一瞬だけ職責を忘れてしまった兵士は、今度は後頭部を襲った痛みで、あえなく気絶する羽目となった。


 倒れた兵士の後ろには、小さなハンマーを握ったサリーが立っていた。


「サリー、容赦ないな……」

「癒やしはかけておくから問題ない。扉をぶっ壊した破壊槌を使わなかっただけマシだろう?」

「いや、あれで殴ったら死ぬから」


 低木の裏の抜け穴から這い出した啓は、服についた埃を叩いて払いながら、サリーの返事に苦笑した。サリーは発言通り、ノックアウトした兵士に治癒をかけている。


 そんなサリーの横をすり抜け、一羽の小鳥が啓の元に飛んでいった。


「ピュイッ!ピュイッ!」

「チャコ!助かったよ、ありがとう。お前は本当に可愛いヤツだな!」

「ピュイ~」


 啓の掌の上に降りたチャコを、啓は優しく撫でながら労をねぎらった。その声を聞いたバル子が、啓の服の中から顔を出す。


「ご主人、バル子も褒めて欲しいです」

「もちろんだよ、さっきの盾は本当に助かった」


 研究所の地下施設で、サリーがカンティークの具現化したハンマーで出口の扉を殴った瞬間、地下施設の天井が崩落を起こした。しかし啓達は崩落に押しつぶされること無く、バル子の具現化した盾によって完全に守られた。


 半円形に具現化した盾は、もはやシェルターとも言うべき代物だった。そして啓はシェルターの形を抜け穴の形に合わせて伸縮させながら進み、見事脱出に成功したのだった。


「ご主人、バル子がお役に立てたことはそれだけではございません。チャコをこの場所に呼んだのは、このバル子なのですから」

「そうなのか?だけど、さすがにあの場所からでは、念話は通じないだろう?」

「いえ、さきほどご主人に分けていただいた御力のお陰で、念話の範囲も広げることができました。そしてバル子は見事にチャコを見つけ、念話で我々の場所を伝えたのです。ここに連れてきて欲しい、と」

「ここに連れてくるって……あっ!」


 その時、軽い地響きと共に、自走車が近づいてくる音が聞こえた。その自走車の発する駆動音は、啓とサリーにも聞き覚えのある、とても耳慣れた音だった。


 程なく、キャリアが啓達の前で停止した。


「ケイ!サリー姉!会いたかったよおおおお!」

「ミトラ!」


 ミトラはキャリアの窓から、半べそをかきながら啓達に大きく手を振っている。


「ミトラも無事で良かった!そうか、チャコとノイエが誘導してくれたんだな」

「そうだよ。グスッ……でも話は後ね。早く乗って!さっさと逃げないと囲まれちゃう!」


 啓達がキャリアに乗り込むと、ミトラはすぐに城門を目指してキャリアを発進させた。



「時すでに遅しか……」

「そりゃそうだよね。こんなに目立つ自走車が場内に侵入したら、すぐに出口を塞ぐに決まってるよね……」


 城門前の中庭に戻ったところで、キャリアはその足を止めた。止めざるを得なかった。


 城門前には、30機ほどのバルダーが待ち構えていた。当然ながら城門も閉ざされている。

 門の前に立ちふさがっているバルダーの集団は、王国軍の護衛部隊と親衛部隊だ。さらにその集団の後ろには、肩付近に王国の紋章を刻んだ茶色のバルダーが見える。


「あのバルダー……おそらくウルガーだろう」

「ウルガー第3王子が乗っているのか?」

「ああ。前にも見たからな。間違いない」


 サリーは以前、エレンテールの街で賊に襲われていたウルガーの助けに入ったことがある。目の前にいるバルダーは、その時にウルガーが乗っていたバルダーと同じだった。

 そして、その推測は正しかった。


『ケイ、聞こえるか。私はウルガージェラール第三王子だ。見ての通り、城門は完全に封鎖した。城門の外側にも大勢の兵士を待機させている。お前はもう逃げられない。大人しく投降せよ。抵抗するならば、ここで其方を討つ!』


 拡声器から発せられた投降勧告に、啓とサリーは顔を見合わせた。ミトラは運転席でうなだれ、「どうしてこうなった……」と嘆いている。


『ウルガー殿下、どうか話を聞いてください!国王陛下を殺したのは私達ではありません!私が執務室に行ったときは既に……』

『この期に及んでまだそのような言い逃れをする気か』

『本当のことなのです!』

『嘘を付くな!』


 啓も拡声器で反論するが、ウルガーは全く聞く耳を持たなかった。


「……サリー、どうする?なんとかして、弟さんを説得する方法はないか?」

「ウルガーは皮肉屋だが、本当は優しい弟なのだ。ただ、頑固で強情なところは昔から変わっていないようだ」

「要するに説得できないということか……ならば、全員倒して、強行突破するしかないか」


 キャリアごと全員で脱出するためには、城門を守るバルダーと、城門の外にいる兵士達を倒さなければならないだろう。その場合、王国の兵士達は、容赦なくこちらを攻撃してくるに違いない。

 こちらが本気で抵抗すれば、兵士に死者が出る可能性も高いだろう。しかし啓は、自分達が冤罪である以上、その手を取ることは気が進まなかった。


「サリー、そこの城門以外に脱出できそうな所は無いか?」

「人が通れる抜け道ならばあるが、キャリアごと逃げるとなると……」


 無い、と言いかけたサリーだったが、サリーはハッとして顔を上げた。


「ケイ、王城はその周囲を城壁で囲んでいる。無論、キャリアで城壁を登るのは無理だし、城壁から外に出られる出入り口はそこの城門しか無い。しかし、城の北側には城壁がない場所がある。何故か分かるか?」

「北側?」

「どういうこと?」


 サリーがその理由を説明すると、啓とミトラもそこに城壁がない理由と、そこでサリーが何をしようとしているかを理解した。


「私達ならば、できるんじゃないか?」

「でもサリー姉、理論上できるってだけだし、ぶっつけ本番だよ?」

「いや、ミトラ。きっと大丈夫だ。いずれにしろ、その方法しか無い」


 啓は光明を見出した顔で、一方のミトラは不安そうな顔で、その案を承諾した。


「決まりだ。ならば策は……」


 サリーは手短に作戦をまとめ上げた。



「殿下、どうします?奴ら、沈黙してしまいましたよ」

「護衛隊長、この付近に、奴らの仲間がいる様子は無いか?」

「…………いませんね。奴らだけです」


 ウルガーの護衛隊長が持つ女神の奇跡の力は、周囲の索敵ができる能力だ。護衛隊長はその力を使って近隣を探ってみたが、付近にいるのは、味方のバルダー以外だけだった。


「応援を待っているわけではないか」

「殿下?」

「いや、できれば投降してほしかったが、仕方あるまい。護衛隊長、攻撃の指示を」

「はっ!……全員、自走車を攻……」


 その時、啓の自走車の天板が開いた。そして自走車の中から、白いバルダーが姿を現した。それを見たウルガーは、再び怒りを燃え上がらせた。


「徹底抗戦するということか!やはり奴らが父上を!」


 ウルガーは部隊に命令を下した。


『あのバルダーを攻撃せよ!操縦者の生死は問わぬ。王の仇を討つのだ!』



 啓のバルダーがキャリアからリフトオフしたのを確認したミトラは、キャリアの天板を閉じ、キャリアを方向転換した。


『ケイ、無茶なことはしないでね』

『ああ、任せろ。ミトラも気をつけてな』


 ミトラは城の北側に向かって、キャリアを発進させた。キャリアが走り去るのと、王国のバルダー部隊が動き出したのはほぼ同時だった。


「バル子、チャコ、調子はどうだ?」

「問題ありません、ご主人。やはりこちらの機体のほうがしっくりきます」

「オレも同意見だよ」

「ピュイッ!」


 バル子は啓専用バルダーの魔動連結器に力を送り込みながら、機嫌よく答えた。チャコも啓の肩で力強く囀っている。


「ご主人から分けていただいた魔硝石の力もまだ残っています。今なら全員、秒殺できる気がします」

「それはちょっと困るな。くれぐれもやりすぎないように頼む。あくまで作戦通りに」


 そういうと啓は、前面に大きく跳躍した。走って接近してきた数体のバルダーの頭上を大きく超え、敵の集団のど真ん中に着地した。


『なんだ、あの跳躍力は!』

『信じられん!』


 王国側のバルダー兵達が驚愕して足を止める中、啓は再び跳躍し、最短距離で城門前へと向かった。幾度かの跳躍の後、啓はウルガーと、ウルガーの護衛騎士達のバルダーと対峙した。


『殿下を守れ!』

『俺に構うな!全員でかかれ!』


 護衛隊長とウルガーの意見が交錯する中、啓は手近にいる護衛騎士のバルダーに急接近した。


『速……うわっ!』


 啓のバルダーに一瞬で肉薄された騎士は、驚愕と同時に、自分のバルダーが傾くのを感じた。啓は接近と同時に大槍を具現化し、相手のバルダーの左脚を切断したのだ。


(まず一機……)


 そのまま啓は足を止めず、更に二機の護衛隊のバルダーの脚を破壊し、行動不能にした。誰も啓のバルダーの速度についていけなかった。


『あれがバルダーでできる動きなのか!?』

『強すぎるだろう……』

『ならば遠距離攻撃だ!』

『駄目だ、味方に当たる!』

『くそっ!』


 それはまさに啓の狙い通りだった。爆砲で弾幕を張られることを危惧した啓は、あえて敵の真っ只中に飛び込んだのだ。ウルガーに接近することでヘイトを自分に引き付け、キャリアへの攻撃を防ぐと共に、王国軍のバルダーの足止めをする。その作戦は見事にはまった。


 元々、サリーの立てた策は、あくまでキャリアが城の北側へ向かうまでの時間稼ぎであり、啓はバルダーを使って陽動をすればよかった。

 しかし啓は、先日行った王国軍の兵士や王子達との試合で、自分と王国軍とでかなりの実力差があることを感じていた。しかも今回は借り物のバルダーではなく、自分のバルダーである。

 多少無茶なことをしても、全く負ける気はしなかった。


「次はどのバルダーを……」

「ご主人、避けて!」


 バル子の警告に、啓は反射的に機体を素早く後退させた。直後、目の前の空間を二本の手斧が通過していった。


「危ない危ない、ありがとうバル子」

「ご主人、まだです!」

「うわっと!」


 啓は飛び上がって、再び襲ってきた手斧を躱した。新たに手斧が投げられたわけではない。今さっき目の前を通過した手斧が、突然軌道を変えて再び啓のバルダーをめがけて飛んできたのだ。


「いまのは王子の能力か……すっかり忘れてたよ」

「ご主人、油断大敵です」


 ウルガーの持つ女神の奇跡の力は、投擲物の遠隔操作だ。それは『投げたものを自由に操作する能力』だとサリーから聞いていた。


「あの能力は少し厄介だな。バル子、盾を使う」

「承知しました」


 啓はバルダーの半身をすっぽり隠せるほどの円盾を具現化した。そして啓は、再び飛来してきた手斧を盾で受け止めた。制御を失った盾が地面に落ちる。


「この程度なら貫通されないようだ。よし、続けよう!」


 それから啓は、油断することなく立ち回り、20機以上のバルダーを行動不能にした頃、バル子がノイエからの念話を受信した。


「ご主人、キャリアが城の北側に到着したそうです!」

「分かった、離脱するぞ」


 啓は再び大きく跳躍して戦場の中心から抜け出すと、一目散にキャリアを追って走り去った。啓は一切のダメージを受けず、王国軍の兵士を一人も殺すことなく、完勝で戦いを終えた。


 戦場に残されたウルガーは、とんでもない実力差を目の当たりにし、敗北感に打ちひしがれていた。



 ウルガーが城門側の守りに兵を集中させたお陰で、城の北側は手薄になっていた。それでもキャリアは衛兵に追い回され、必死に逃げ回っていたが、駆けつけた啓によって全て蹴散らされた。

 バルダーをキャリアに格納した啓は、キャリアの座席に滑り込んだ。


「ミトラ、サリー。無事で良かった」

「ケイこそ、大丈夫だった?」

「ああ、問題ない。それよりサリー、この先か?」

「ああ、見えるだろう?すぐそこだ」


 サリーの指差す先にあるのは、王城から海に直結している軍港だった。


久しぶりに啓専用バルダーが動きました。


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[良い点] 更新お疲れ様です。 今年の映画でも見せ場が有ったイザー○の台詞を借りるなら「結局はこうなるのかよ!やっぱり!」って結末になっちゃいましたなぁ…お の れ 暗 殺 者 !(リュ○・ハヤブサ…
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