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061 地下研究室の秘密

 カナート王国の宰相であるグスタフは、もうひとりの宰相であるベルノルトと共に、国王の御前で畏まっていた。

 御前と言っても、国王は玉座の前で閉じられたカーテンの向こう側にいるため、その姿は見えない。


「グスタフ宰相、ベルノルト宰相。ご要件とは何ですか?」


 カナート国王の代わりに、宰相達の来訪の要件を聞いたのは、国王秘書官を務める女性だった。国王秘書官は涼しい顔をして、壇上のカーテンの傍らで、跪く二人の宰相を見下ろしている。


「秘書官殿。我々は直接、陛下と話をさせていただきたいのだ」

「グスタフ宰相。陛下は今、奥でお休みになられております。話は私が後ほど伝えますので、ご要件をどうぞ」

(この小娘が……)


 国王直属とはいえ、秘書官の階級は宰相よりも下である。それなのに、国王への取り次ぎをこんな小娘に邪魔されるのは面白くないことだった。少なくともグスタフは、この秘書官の増長ぶりをあまり好ましく思っていなかった。


 ひとまず、国王がこの場にいないことを聞いた二人の宰相は、畏まるのをやめて立ち上がった。


「秘書官殿。我々は早めに陛下のご判断を仰ぎたいと思っている。取り次いでもらえないだろうか」

「ベルノルト宰相。先程申し上げた通り、陛下はお休みになられております。私が要件を伝えます」

「グスタフが言った通り、直接お目通りをお願いしたいのだ」

「そうですか、では日を改めてください。本日のお目通りは無理です。お引取りを」


 宰相二人に帰れと言い放つ秘書官に対して、ベルノルトも不満を募らせたが、ベルノルトはこの秘書官が国王の護衛も兼任していることを知っている。そしてかなりの手練であることも。


 結果、折れたのは宰相のほうだった。軍務を主に担当しているグスタフが、まず口を開いた。


「オルリックが、国境付近の占領地を取り返すために出兵してきた。数日後には到着するだろう。その中に、第一王子と第二王子も含まれているそうだ。おそらく、大きな戦いになるだろう」

「そうですか。では例の兵装を使って対抗してください」

「お前がするべき裁量ではなかろう!」

「今回、オルリック王族の親征があった場合には、そのように取り計らうよう、国王から仰せつかっております。グスタフ宰相もご存知のはずでは?」

「……確認したまでだ。承知した」


 グスタフは、自分の用事はそれだけだと言い、一歩引いた。それを見たベルノルトは、今度は自分の番だと分かるように、一歩前に出た。


「連日の出兵で、兵も、徴兵された民も疲弊している。先日の国境での戦いでは、我々が勝ちはしたものの、被害も見過ごせないものだ。このまま戦いが続けば、民達にも、国庫にも大きな負担がかかる。国の財務を預かる立場としては、看過できない」

「それで?」

「占領地を放棄してでも、一度兵を引き、国力を蓄えることに専念するべきだと思う。その旨を陛下にお伝えして欲しい」

「無用な心配です」

「なんだと!?無用な心配とはどういうことだ!秘書官殿の意見など、聞いてはおらぬ!」


 ベルノルトも、さすがに今の秘書官の言葉は無視できなかった。国王に裁定を委ねるべき話に、たかが一秘書官が意見を出すなど不敬にも程があった。

 しかし秘書官は、訳知り顔でベルノルトに向かって言った。


「私の意見ではありません。これは国王の見解です。例の兵装で王子達を倒せば、オルリックの士気は著しく低下します。もちろん、それだけが理由ではありませんが」

「それはそうかもしれんが……だいたい、その兵装の開発にも多額の国費が使われているのだ。それに見合うだけの価値はあるのか?」

「ございます」

「……理由を、聞かせてもらえるだろうか?」

「そうですね……実は先日、アスラ連合国に、同盟の話を持ちかけました」

「同盟だと!?そんな話、聞いてないぞ!」


 今度はグスタフも激昂した。国家同盟の話を宰相が知らないという異常事態に、グスタフもベルノルトも落ち着いていられるはずがなかった。


「僭越ながら、この話は私が国王陛下より、直々に対応せよと仰せつかったものでしたので。私が殊更、宰相閣下に秘密にしていたわけではございません」


 国王から教えてもらえなかったほうが悪い、とでも言わんばかりの目で、秘書官は二人を見た。


「もしも、今回のオルリックとの一戦で王子達を退けた場合、それなりの実力を示せたということで、アスラとの同盟が成立する運びとなります。そうすれば、アスラ連合国との国境線がある東側への軍配備は軽減できます」

「なるほど……それで、同盟締結後はどうするのだ?」

「そこまでは陛下から伺っておりません。私の浅慮など、陛下や宰相閣下に及ぶものではございませんゆえ、想像もつきません。いずれにせよ、その後の話は、直近に迫ったオルリックとの戦いを制してからでございましょう、グスタフ宰相、ベルノルト宰相」

「……分かった。陛下には、全力を尽くすと伝えていただきたい。グレース秘書官」

「承知しました。必ずお伝えします」


 そしてグレースは、退出していく二人の宰相を軽い立礼で見送った。


(これで準備は整った……あとは、あのお方をお待ちするだけ)


 アスラ連合評議員の顔、そしてカナート王国の秘書官の顔を持つグレースは、妖艶な笑みを浮かべていた。



 研究所の地下実験室で、無造作に置かれた箱檻を覗いた啓が見たのは、頭や体に無数の魔硝石を埋め込んだ男だった。

 男は全裸で、酷い臭いを発していた。そして男は、鉄格子を覗き込んでいる啓に気づくと、体当たりをするように鉄格子に飛びつき、そして吠えた。


「ウオオオオオオオ!」

「うわああああああ!」

「ケイ、落ち着け!」

「ご主人!」


 叫ぶ男に驚いた啓は、後ろに飛び退って尻もちをついた。駆け寄ってきたサリーに抱えられて起き上がった啓は、箱檻を指さした。


「サ……おり……ひ……」


 『サリー、檻に人が』と言おうとした啓だったが、驚愕のあまり、言葉にならなかった。しかし意味は通じたようだ。


「ルーヴェットを使った実験の、本当の目的はこれだということか……」


 鉄格子を内側からガンガンと叩く男を見ながら、サリーが呟いた。啓も再び恐る恐る、檻の中の男に目を向けた。

 男の体は汚れか、あるいは血で黒く染まり、目の焦点は合っていなかった。


(まるでゾンビみたいだ……本物は見たこと無いけど……あれ?)


 男の顔をまじまじと見た啓は、その顔に見覚えがあるように思えた。手を振り回しながら大声で叫ぶ男のその様子を見た啓の頭の中では、かつて見た光景がフラッシュバックした。


 啓の記憶の中のその男は、小刀を振り回し、ユスティールの市長を人質にしていた。


「こいつ……ユスティール襲撃事件の犯人のひとりじゃないか?」

「何だと?」


 名前こそ思い出せなかった(そもそも啓は名前を知らない)が、この男は、ユスティール襲撃犯の1人であり、最後まで警備隊長のレナと市長を人質にしていたアントンという男だった。


「確か犯人達は王都に連行されたんだよな?」

「ああ、ケイの言うとおりだ。罪状が罪状だけに、死刑が妥当な連中だが……そうか。そういうことか」

「どういうことだ?」


 1人で納得するサリーに啓が説明を求める。


「今通ってきた地下道は、城の使われていない地下牢に繋がっていたが、おそらく現在使っている牢や、街の収容所にも繋がっているのだろう。そして、死刑囚を地下道からここに運び込むために使っているんだ」


 死刑囚は、死刑執行後に死体を引き渡したり、公衆の面前で晒すようなことはないという。執行後は速やかに埋葬されるため、死体を確認する必要もない。


「死刑囚を使って人体実験をしているということか」

「その通りです!大正解です!」


 突然の声と同時に、地下実験室に明かりが灯った。驚いた啓は、声がした方に顔を向けた。そこには、小柄で恰幅の良い、一人の中年の男が立っていた。サリーはたいして驚く様子もなく、男に目を向けてから啓に言った。


「ケイ。あの男が、この研究所の所長だ」


 明るくなった地下実験室に現れた所長の背後には、光源に照らされた通路が見えた。所長は、啓達が入ってきた地下通路の扉とは反対側の、研究所内に通じる入口から入ってきたのだ。


「地下が騒がしいと思ったら、まさか先日の、仮面の貴方が入り込んでいたとは。そしてそちらの貴方……その檻の中の男の事を知っているということは、もしや貴方はユスティールのケイさんですか?」

「…………」

「おや、答えないのですか?沈黙は真実ですよ?」


 所長はニヤニヤしながら啓を見た後、今度はサリーに目を向けた。 


「大方、王城の地下牢からここに入ってきたのだと思いますが、それは貴方の入れ知恵ですね?名前はなんと言いましたか……ワル、なんとかだったように思いますが」

「…………」

「ふむ。貴方もだんまりですか。ところでそのワルなんとかという名前、偽名ではありませんか?貴方の本当の名前は……」

「なぜ、私達が王城の地下牢から来たと分かった?」


 サリーは所長の言葉を遮り、別の質問を被せた。所長は気を悪くすることなく、むしろ種明かしを喜ぶように、サリーの質問に答えた。


「それは簡単です。今、王都は大騒ぎになっていますからね。ユスティールから来た男と、仮面を被った女が王城で王を害したと。その大罪人を捕まえろ、と」

「なんだと……」

「王城から姿を消した犯人は、一体何処にいったのか。そう、犯人は、王城の地下通路を通って、ここに姿を現したというわけです。実に簡単な推理です」


 まるで教師のように語る所長に苛立ちを覚えながらも、啓は自分が指名手配されたという事実に身震いした。


「オレ達じゃない。オレ達は王を殺してなどいない!」

「そうですか。しかしね、私はそんなことはどうでもいいのです。貴方達は、これを見てしまった。それこそが問題なのです」


 そう言って所長は、手近にある箱檻を叩いた。


「ここにいる人間達は死刑囚でした。ええ、そうです。一度死んでいるのです」

「死人だと?しかし……」

「私は、魔硝石が生体に与える影響に関する研究を続けてきました。多くの動物実験を行った結果、魔硝石が生体へと及ぼす効果については、ある程度理解することができました。残念ながら、意思疎通のできない動物の使役はうまくいきませんでしたけどね。しかし、それはあくまでおまけの研究です」


 饒舌に語る所長は、一度言葉を切り、箱檻の中の人間を指さした。


「最終目的は、人体に魔硝石の効果を及ぼすことです。そして先日、ようやく成果が実ったのです。主だった研究はこれで一旦終了としましたが、せっかくなので、死者についても研究してみることにしたのです。私は死体に魔硝石を埋め込み、そして外部から刺激を与えて魔硝石を活性化させてみました。すると、なんと!死体が蘇るのですよ!まあ、元々死体なので、体が腐敗で崩れるまでの間ですがね。どうですか、素晴らしいでしょう!」


 所長は両手を広げ、自分の言葉に酔いしれているように見えた。しかし啓は、そんな所長に心から嫌悪感を抱いた。


「死者を冒涜するなんて……」

「冒涜?ここにいるのは死刑囚です。どうせなら、死体も有効活用したほうが良いではありませんか」

「この、狂人め……」

「最高の褒め言葉、恐縮でございます。しかし、大変残念です。この研究を見られてしまったからには、さすがに生きて帰すことはできません。ここで死んでください。お詫びと言っては何ですが、死にゆく貴方達に、二つの贈り物を授けましょう」

「贈り物だと?」

「ええ。喜んでいただけると嬉しいのですが」


 そう言うと所長は、懐からコントローラーのようなものを取り出し、操作した。すると突然、周囲の箱檻から金属が弾けるような音が聞こえた。


「ケイ、檻から離れろ!」

「うわっ!鉄格子が!」


 啓は、近くにある箱檻から鉄格子が外れるのを見た。そしてアントンがのそりと箱檻から出てくる。周囲を見れば、他の箱檻も同様に鉄格子が外れ、中から実験台にされた死刑囚達が姿を現した。そして唸り声を上げながら啓とサリーを取り囲んだ。


「それがひとつめの贈り物です。そいつらは、私の号令と同時に、私以外の人間を襲い、殺すように『教育』してあります。是非楽しんでください。ですが、あまり時間はかけられませんよ。この研究所は、間もなく吹き飛ぶのでね」


 そして所長は、懐から懐中時計を取り出して時計の針を見た。その懐中時計の裏側に、例の紋章が描かれているのを見たサリーは、はっと息を呑んだ。


「おい、待て、その紋章は……」

「もうひとつ、貴方達に研究所の破壊という罪を贈りましょう。既に大罪人の貴方達ですから、もう一つぐらい罪状が増えても構わないでしょう」

「おい、ふざけるな!」

「約10分後に、この研究所は崩壊します。この地下施設ごと押しつぶしてね。ああ、王城への地下通路への出入り口も封鎖しましたので、逃げられませんよ」

「貴様!待て!」


 サリーは所長に向かって行こうとしたが、行く手は囚人達に塞がれてしまっていた。所長は、研究所内に繋がる通路に入り、扉に手をかけた。


「私はこの機会に、研究成果と共にこの地を離れることにします。もう会うこともないでしょう。それでは、さようなら。ユスティールのケイ、そして……サルバティエラ王女殿下」


 そして所長は、死刑囚達に号令を掛けた後、扉を閉めた。


カナート王国が動き出しました。

一方、啓とサリーは危機的状況に。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 向こうの毒牙がどこまで食い込んでるか不明ですが、現状は完全に敵の主導で事が運んでしまってますね…。ケイ達の危機のみならず、国側も機密性が高い場所である研究所の職員が敵…
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