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060 殺人事件と地下牢と

 国王の執務室に入った啓とサリーが見たものは、胸を刺されて仰向けに倒れている国王の姿だった。

 あまりにも衝撃的な現場を目の当たりにした啓は、呼吸をすることも忘れてその場に立ち尽くした。


 サリーも同様だったが、それは僅かな時間だった。先に再起動に成功したサリーは、国王に素早く駆け寄った。


「お父様……お父様!」


 実の父である王に向かって叫ぶサリーの声を聞き、ようやく体の自由を取り戻した啓は、まだ動揺の収まらぬ頭をなんとか動かし、やるべきことを考えた。

 サリーには治癒能力がある。王の傷の対処はまずサリーに任せれば良いが、実際に医師にも見てもらった方がいいだろう。


 そう考えた啓は、隣の客室で待機しているミトラに人を呼んでもらうため、バル子にノイエへの念話を頼んだ。しかしサリーはそれを却下した。


「ケイ、駄目だ。人は呼ぶな。ミトラには、すぐに城から出てキャリアに向かうように伝えてくれ。今ならまだ間に合う」

「間に合うって、何がだよ。急ぐべきは王の治療だろう」


 サリーは頭を振り、声を絞り出すように答えた。


「お父様は……国王は、もう死んでいる。私の力は、死者には及ばない……」

「そんな……」


 サリーは肩を震わせ、王の顔を見ていた。カンティークの仮面を被っているため、その表情は啓には分からなかったが、サリーは悲嘆の表情を浮かべているに違いないと思った。


「国王を殺した犯人は既にここにはいない。だが、私達は今ここにいる。だからケイ。ミトラには早く逃げるよう伝えるんだ」

「そういうことか……分かったよ」


 この状態で誰かが来れば、啓達は国王を殺した犯人だと疑われるに違いない。だからサリーは、ミトラに逃げるようにと言ったのだ。

 啓は頷き、ミトラへの指示をバル子に向けて言った。


「……そんなわけで、周囲に怪しまれないように城を出て、キャリアに向かってくれ。オレたちもすぐに行く」

「……ご主人、ノイエに伝えました」

「ありがとう、バル子。チャコは念のためにミトラについて行ってくれ」

「ピュイ!」


 チャコは執務室を出て、廊下に向かった。程なく、小走りで遠ざかる足音が聞こえた。きっとミトラが動き出したのだろう。


「ケイも先に行ってくれ。私は、何か犯人の証拠がないか調べておきたい」

「だったら、オレも手伝うよ」


 サリーは気丈に振る舞っているようだが、肉親が亡くなった痛みは、啓もよく知っている。だからこそ啓は、サリーを一人で残していく気にはなれなかった。


「しかし、ケイ、急がないと……」

「一人より二人のほうが効率がいい。それにだ」


 啓はそう言うと、執務室の机を回り込んで、窓際に向かった。そして窓を開いて身を乗り出した。


「いざとなれば、窓から飛び降り……うわ、高っけえ!」


 客室に来るまでに、結構な段数の階段を上がったとは思っていたが、窓から地面まではかなりの高さがあった。おそらく落ちたら命はないだろう。

 せめて窓の下に池でもあれば良かったのだが、眼下にはむき出しの地面しかなかった。


「窓から逃げる気だったのか?全く、無茶なことを……」

「あはは……ん?」


 窓からの逃亡を諦めた啓は、机の上に目を向けた。すると机の片隅で、奇妙な宛名の書かれた手紙を見つけた。


(これは……)


「ケイ、これを見てくれ!」

「どうした?」


 啓は、手紙を握ったままサリーの所に戻り、サリーが指差す先を見た。それは、王の胸に刺さった短剣の柄だった。


「サリー、この紋章は!」

「ああ。あの紋章だ」


 かつて、サリーが襲われた現場で見つかった短剣とは形が異なるが、王を刺した短剣には、同じ紋章が刻まれていた。


「つまり、サリーを襲った犯人と同じだということか」

「あるいは、同じ組織の人間だろう。全く、なんてことだ」

「やはりこの紋章の連中は、王族を狙って……」

「とにかく、他の証拠も探してみよう。考察は後だ」

「分かった」


 啓とサリーは、国王の服の中や、執務室の中を探してみたが、特に怪しいものは見つけられなかった。特に荒らされている形跡もない執務室は、王の死体がある以外は、なんの変哲もない様子だった。


 これ以上の捜索は諦め、そろそろ部屋を出ようとした時のことだった。

 無数の足音と、金属の当たる音が廊下から聞こえてきた。おそらく城の兵士達だろう。


「サリー、どうする?」

「落ち着け、ケイ。すぐにこの部屋に来るとは限らないし、我々は犯人じゃないんだ。話せば分かるかもしれない」


 しかし、その楽観的な見通しは完全に外れた。


「其方ら、動くな!」

「ウルガー王子!」

「父上……まさか本当に……」


 執務室にやってきたのは、ウルガージェラール第三王子と、近衛騎士達だった。そして執務室の中で倒れている国王を見たウルガーは、啓とサリーを睨んだ。


「父上が……国王が襲われたと聞いて、急いで来てみれば……其方らが国王を!」

「違う、いや、違います!オレ達ではありません!」

「む、其方ら、二人だけか?もう一人はどうした」


 その言葉を聞いたサリーは、奇妙な感覚にとらわれた。


(ミトラが城外に向かったことを知らない?)


 サリーは最初、城を出ようとしたミトラが兵士に捕まり、国王が害された事を伝え聞いたのだろうと考えていた。しかし、そうでないとすれば、一体誰が、国王が襲われたことを知り、王子に伝えたのだろうか。


(もしや、仕組まれたのか?)


 罠にはめられた、とサリーは考えた。思えば執務室に向かった時、廊下に護衛が誰もいなかった時点でおかしいと感じていた。

 しかし、これらが全て真犯人の思惑だとすれば、腑に落ちる。


「ウルガー王子、ケイの言う通り、私達がこの部屋に来た時、お……国王は既に害されておりました」

「そんな世迷い言を、俺が信じると思うか。この場には其方らしかいない。そして今、城内にいる客人も其方らだけだ。それでも尚、しらを切るか」


 ウルガーはサリーを睨み、そして啓に視線を向けた。


「ケイ、其方はエレンテールの街で俺を助けてくれた。だが、それは父上に近づくための計略だったというわけか」

「違います!そもそも……」


 そもそもどっちもオレじゃないし、と啓は言いそうになった。エレンテールでウルガーを助けたのは、啓の名前を語ったサリーなのだ。

 しかし、それは今ここで言及することではなかった。


「兄上達が出征し、城内が手薄になったところで父上を殺害するとは、なんと卑劣で狡猾な。其方には失望した。いや、失望どころではない。王家の人間を手に掛けた大罪人であり、私の父上を殺した仇だ!」


 ウルガーの表情は怒りに満ちていた。そしてウルガーが腰から剣を抜くと、近衛騎士達も次々と武器を手に取った。啓とサリーは、ジリジリと後退し、窓際へと追い込まれた。入り口は塞がれ、完全に袋の鼠となった。


(サリー、どうする?まともに話ができる状態じゃないぞ)

(分かっている。だがここでウルガー達と戦うわけにもいかない……ここはひとまず逃げよう)

(逃げるって……まさか、窓から?)

(そのまさかだ)


 サリーは窓枠に腰を掛けると、啓の首と腰に手を回した。


「え、ちょっと……」

「ケイ、即死だけはするなよ」

「っ!二人を逃がすな!」


 近衛騎士達が啓達を取り押さえようと殺到する。しかしサリーは、啓を掴んだまま、バックドロップをするようにして、窓から身を投げた。


 啓は背中にサリーを背負った状態で、地面に向けて落下した。

 落下の恐怖、地面が迫る恐怖、死の恐怖。それらを短時間で全て味わった啓が、次に感じたのは、全身を地面に叩きつけた痛みだった。

 肋骨が、足が、頭の骨が強い衝撃を受けた。折れた骨は内臓を損傷し、大量の血が全身と口から吹き出した。そして啓は、そのまま意識が遠のいていくのを感じた。


 このまま気絶すれば、この痛みを感じなくて済む。安らかに逝ける。そう思った啓だったが、強い呼びかけと、両頬を襲った痛みによって、啓は意識を呼び戻された。


「ご主人!ご主人!」

「いててて……痛い、痛いって!」


 はっきりと意識を取り戻した啓は、サリーに往復ビンタを、バル子に引っかかれている自分に気がついた。


「やっと目が覚めたか。どうだ、動けるか?」

「動けるわけ無いだろう!あの高さから落ちたんだぞ。全身がボロボロに……あれ?」

「ご主人、良くご無事で……」


 啓の悪態を聞いたバル子は、勢いよく啓の顔面にしがみつき、身を震わせた。息ができずにもがいた啓は、なんとかバル子を引き剥がすと、そっとバル子の背中を撫でた。

 そして自分の体を見ると、服は所々破れていたり、大量の血が染みついてはいるが、体は無傷だった。


「ああ、よく分からないけど、オレは無事みたいだ。心配かけてすまなかった。しかし、なんでオレは無事なんだろう」

「それについては、サリー様に聞いてください。全く、先に教えてくれればいいものを……」


 安堵から一転、バル子は尻尾を膨らませてブンブンと上下左右に振り回した。これはバル子の機嫌が悪い時の仕草だ。


「サリー、オレは一体?」

「簡単なことだ。私がケイを治した。もちろん、私自身もな」


 サリーは、啓と一緒に窓から飛び降り、啓を下敷きにして地面に落下した。そしてすぐさま、自分と啓を治療したのだ。


「ケイは女神の奇跡の力との親和性が高い。そのことは何度も実証済みだろう」

「まあ、確かに……」


 啓はかつて、賊に足を斬り落とされた時も、バルダーから振り落とされて重傷を負った時も、サリーの治癒の力で治してもらったことがあった。

 普通の人であれば、斬り落とされた足が治るほど治癒の効果は出ないのだが、奇跡の力と親和性の高い啓には、抜群の効果が出ることが分かっていた。


 そしてサリー自身も、カンティークの成長と共に、更に力をつけていた。だからこそサリーは「死にさえしなければ治せる」と踏んで、窓からダイブした。そして地面に衝突すると同時に治癒を開始し、死ぬ前に治癒を完了させたのだった。


「だから、飛び降りる前に言ったろう。即死だけはするなよと」

「そう言われても、自分でどうにかできるもんじゃないだろう……」

「まあ、いいじゃないか。無事、死ななかったんだから。それに、私は二度目だからな」

「あー、なるほど……」


 サリーには、何者かに崖から突き落とされた時、重傷を負った自身を治癒して、そのまま逃走に成功した過去がある。窓から飛び降りることを即決できたのも、その経験が生かされてのことだったのだろう。


 無事を労い、ポンポンと啓の背中を叩くサリーに向かって、バル子がシャーッと威嚇する。いくらサリーだからとは言え、いきなり自分の主人が高所から突き落とされたのだから、バル子が怒るのも無理はないだろう。


「ところでバル子、お前は大丈夫なのか?オレと一緒に治してもらったのか?」

「ご主人、バル子は何処も怪我をしていません。猫ですから」

「いや、猫だと言っても、この高さだぞ?」

「大丈夫です。猫なので」

「……」


 バル子は普通の猫とは違うので、深く考えることはやめにした。とりあえず啓としては、あの場から無事に脱出できたことに感謝した。


「血は減っているかも知れないが、体は大丈夫そうだし、すぐ動けると思う。サリー、これからどうすればいい?」

「ここに落ちたことは当然、王子達が把握している。すぐに城の兵士達が殺到してくるだろう。その場合、戦って切り抜ける他ないだろう」

「冤罪だし、これ以上、余計な罪状を増やしたくないんだけどな……」

「同感だ。そこで実は、もう一つ案があるのだが……」


 そう言うと、サリーは、啓を手招きした。城の壁に沿って少し歩くと、やがて、壁を覆うように生えた低木の茂みの前で止まった。

 サリーは周囲を伺った後、茂みを手で押しのけた。すると壁に、なんとか人が通り抜けられる程の大きさの穴が顔を出した。


「サリー、これは?」

「実は、この城の地下には、今はもう使われていない地下牢がある。これはその抜け穴だ。万が一の時に、王族が逃げるためのものでもあった。今は誰も知らないことだがな」

「サリーはなぜ知ってるんだ?」

「私の遊び場は、城の禁書庫だと言っただろう?そこでこの抜け穴の存在を知った。実際、見に来たこともあるしな」

「入ったことも?」

「もちろん。しかし、あまりにも埃っぽくてな。すぐに出てきてしまったし、服がものすごく汚れてしまったので、侍従長にこっぴどく叱られてしまった」


 小さい頃はお転婆だったというサリーらしい行動に、啓は少しほっこりした。ひとまず、この抜け穴から地下牢に入り、別の抜け穴から外に出れば、追手を撒けるかも知れないとサリーは言った。


「考えても仕方がないな。サリー、この抜け穴を使おう。急がないと兵士達が来てしまう」

「ああ、同感だ。では私が先に行こう。ケイは穴に入ったら、茂みを元に戻しておいてくれ」

「分かった」


 サリーが抜け穴に入って行き、その後を追いかけて啓が続く。抜け穴の中は埃だけでなく、流れ込んだ雨水によってぬかるんだ泥や、蜘蛛の巣のようなものだらけで酷い有様だった。


「確かに酷いな……バル子、オレの服の中に入るか?」

「ご主人……なんてご褒美ですか!」


 抜け穴の様相にうんざりする啓とサリーとは対照的に、テンション爆上がりのバル子だった。



 泥まみれで抜け穴を出たサリーと啓は、抜け出た先の光景に唖然としていた。抜け穴の道中で、啓がサリーから聞いた話では、地下牢の出入り口は既に塞がれているため、明かりのない真っ暗闇だろうとのことだった。


 しかし、実際に地下牢に辿り着いた啓とサリーが見たのは、ぼんやりとではあるが、通路に沿って魔硝石を使った照明が配置された回廊だった。

 思いがけない光景に、サリーは怪訝そうに辺りをうかがっている。


「でも、サリー。光源が残っていて良かったじゃないか。おかげですぐに次の抜け穴に向かえそうだ」

「いや、おかしいだろう。出入り口を塞いでいるのに、光源を残していく意味なんて無い」


 しかし、じっくり考えているのも無駄だと判断した啓とサリーは、サリーの記憶にある抜け穴に向けて、地下牢の回廊を歩いていった。しかしサリーは、さすがに無視できないものを目の当たりにした。


「ケイ、この通路はどう思う?」

「……どう見ても、突貫で作ったような穴だと思う」


 それは、無造作に外壁を破り、力技で掘り進めたような横穴だった。横穴は、人が立って歩けるぐらいの高さと幅があり、穴の突き当りは、この場所からでは確認できない程度には長そうだった。


 そしてその横穴には、明らかに、最近人が通ったと思われる形跡が残っていた。


 サリーは曲げた人差し指を(カンティークの仮面の)唇に当てて、城と地下牢の構造を元に、横穴の向きを考えた。そして一つの仮説を立てた。


「ケイ、この横穴だが……もしかすると、研究所に繋がっているかも知れない」

「研究所?」

「前に話をしただろう?ルーヴェットを使って生体実験をしていた、あの王立研究所だ」


 啓は記憶の糸を辿り、すぐにその話を思い出した。その研究所では、ルーヴェットという動物に魔硝石を埋め込み、身体を強化させて戦争に使うための実験をしていたという話だった。


「犬を使った実験をしていた所だな」

「イヌ?」

「いや、なんでもない。でも何故こんな所に?」

「ルーヴェットを使った実験について、所長は『王族もこの実験に賛同している』と言っていた。言葉遊びをするつもりはないが、所長は、『王』ではなく『王族』と言った」


 サリーはここで一旦言葉を切り、少し考えてから、自分の推論を言った。


「あくまで例えばの話だが、王が生体実験に反対したにもかかわらず、王族の誰かは、その実験に賛同したとする。その時、この横穴を使って、極秘裏に研究所を行き来していたとすれば……いや、やはり突拍子も無いな」

「オレにはよく分からないけど、それなら普通に地上から研究所に行けばいいんじゃないのか?」

「その通りだ。実験自体は秘匿したとしても、王族が研究所に行くならば、普通に正面から行けばいいだけだ」


 考えても仕方ない、とサリーは言ったが、心に引っかかるものはあるのだろう。サリーは横穴に顔を向けたまま、自分の考えに耽っていた。


「なあ、サリー。いっそ、この横穴を進んでみないか?」

「いいのか?……いや、私達は逃亡中だ。大人しく抜け穴から出たほうが……」

「そもそも、この横穴が研究所に繋がっているかも分からないのだろう?仮に研究所に繋がっているなら、もしかしたら研究所から脱出する事もできるんじゃないか?」


 啓は、サリーの心残りを解決するには、横穴を進むべきだと考えた。しかしそれとは別に、ルーヴェットという動物を実際に見てみたいという気持ちと、もしも他にも実験で苦しんでいるルーヴェットがいるならば、自分の力で何かしてやれるのでは、とも考えていた。


「行き止まりだったり、危険だと感じたら、すぐに引き返して抜け穴に向かう。それでどうだ?」

「分かった。それでいこう」


 サリーは「仕方ないな」と言わんばかりに、首をすくめる仕草をしてみせた。



 横穴の中にも魔硝石の照明が設置されていたので、啓とサリーは歩くのに困ることはなかった。なるべく足音を立てずに、ゆっくりと横穴を進みながら、サリーはこの横穴が、研究所にまで到達していることをほぼ確信していた。


(この匂い……研究所と同じだ)


 横穴の長さだけではなく、先日訪れた研究所でも感じた薬品のような独特な匂いが、横穴を進むにつれて強くなっていったからだ。そしてサリーの推測を裏付ける決定的なものが、バル子の口から発せられた。


「ご主人、この先に何かいます……何というか、奇妙な感じの……」

「そうか……ところでバル子、そろそろオレの服の中から出ないか?」

「嫌です」

「……」


 サリーはそのやり取りを見て少し笑った後、カンティークに聞いた。


「カンティークはどうだ?先日のルーヴェットと同じように、何か感じるものはあるか?」

「ご主人の言う通り、あるにはありますが……少し違います」

「違う動物ってこと?」

「そこまでは分かりませんが、バル子姉さんの言う通り、奇妙な感じです」


 バル子とカンティークの言葉に少し不安を覚えながら啓達が横穴を進んでいくと、やがて正面に、取ってつけたような格子扉が見えた。サリーは格子扉にそっと近づくと、中の様子を伺った。


(間違いない。研究所だ)


 そこは横穴とは違い、完全に普通の、研究所内にあるような小部屋だった。

 小さめの部屋なので、更衣室や仮眠所に使えそうな部屋だが、物品は一切置いていない。おそらく、この小部屋の壁をぶち抜き、横穴のエントランスとして使っている部屋なのだろう。


 ひとまず、室内が無人であることを確認したサリーは、格子扉を押してみた。特に鍵は掛かっておらず、扉は簡単に開いた。


「ケイ、ここから先は、特に慎重に行くわよ」

「ああ、分かってる」


 小声で確認し合ったサリーと啓は、小部屋の中に入り、その先にある扉の前に立った。

 今度は扉に鍵が掛かっていたが、こちら側からは開けられる仕組みとなっていて、この部屋に立ち入れないように外側から施錠するタイプの扉となっていた。


(つまり王城側から来る人は、研究所内に自由に入れるということね)


 サリーは扉の鍵を解錠し、ゆっくりと扉を開いた。

 扉の先はそこそこ広い空間となっていて、そこには、鉄格子の嵌った、大小様々な箱檻が無造作に置かれていた。


「これって、サリー……」

「ああ、実験動物が入っているのだろうな……それにしても酷い匂いだ」


 薄暗く、檻の中ははっきり見えないが、動物が発したと思われるひどい臭気が、部屋の中に充満していた。実家の山で、野生動物の死骸にもよく遭遇していた啓は、死臭も混ざっているのかも知れないと思った。


 その時、奥の方の箱檻から物音がした。


(もしかしてルーヴェットかな)


 そう思った啓は、音がした箱檻にそっと近づき、中を覗き込んだ。暗い部屋の中で、目を凝らして中の生物を見る。


 そして、啓は、絶句した。


 代わりに、箱の中から啓を見た者が、唸り声を上げた。


「うう……ああ……」


 それは、額や胸に無数の魔硝石を埋め込まれた、人間の男だった。

啓は国王殺しの疑いをかけられました。

逃亡した先では、またとんでもないものを見てしまいました。


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