059 手記
王城の客室には、建国王の遺品や当時の貴重な資料が次々と運び込まれてきた。所狭しと並べられた数々の品は、どれも歴史を感じるものばかりだ。
啓は運び込みが終わるまで、手記には手を付けず、並べられた品々を見ていた。その理由は、手記が読めることを他者に知られないほうが良いと考えたからだ。
ようやく全ての品の搬入が終わり、いよいよ手記を手に取ろうとした所で、今度はウルガージェラール第三王子が客室にやってきた。
「ケイが城に来たと聞いたのでな。顔を見に来たのだ」
「恐縮です、ウルガー殿下」
畏まりながら「これは話が長くなるか」と心配した啓だったが、ウルガーは本当に顔を見に来ただけのようだった。第一王子と第二王子が出征したため、自分が城内の仕事を引き受けているので忙しいのだとウルガーは言った。
「いずれ、ゆっくりと話をさせてもらおう。今日は其方もやることがあるのだろう」
そう言うとウルガーは引き上げていった。ようやく室内は、啓とサリーとミトラだけとなった。
「やっと落ち着いたね、ケイ」
「ああ、そうだな……しかし自分が言うのも何だけど、誰も監視していなくていいのかな?これらって、歴史的に貴重な物なんだろう?」
「おそらく父上……じゃなくて、国王の計らいだろう。例の取引きの見返りだと思っておこう。ケイも解読作業を始めるといい」
サリーはそう言うと、部屋に並べられた貴重な品々に目を向けた。ミトラもサリーに付いて行き、サリーから建国王の遺物についての説明を聞いている。
「よし、始めるか」
啓は一度深呼吸をしてから、手記の表紙を捲った。
◇
今からおよそ500年前。
とある町で、一人の少女が処刑された。その少女は、異端審問の末、火刑によって処刑されたのだ。
少女は罪を犯したわけではなかった。大きな戦争に関与したという点では、人殺しの罪があるとも言えるが、それは少女の信じる正義と神託によるものであり、そして少女を担ぎ上げた周囲の人々の責任でもあった。
そして、その行動の結果、多くの民の命を救えたことを考えれば、その功罪は帳消しになるとも言えよう。
しかし少女は、戦争の最中で敵国の捕虜となり、その後、裁判にかけられて死刑となる。
そんな悲運の少女が死を迎えるその瞬間、異世界の女神は、そっと少女に救いの手を伸ばした。
「ここは……?」
気がつけば、そこは明るく、何もなく、ただただ広い空間だった。そして、少女の目の前には、1人の女性が立っていた。
「あの……貴女は?」
「私はシェラフィール。創造の女神の一人です」
シェラフィールは少女に微笑みかけた。先程まで火にかけられていた少女は、自分の無事な姿を確認した後、シェラフィールに問いかけた。
「貴女は神様ですか?私は天に召されたのですか?」
「そうですね、半分は正解です。貴女は火にかけられて、死ぬ寸前でした。そこで私が、貴女の魂を拾い上げたのです。現世の貴女は死にましたが、私は貴女に第二の人生を授けたいと思います」
少女は目をパチクリさせた。現状を受け入れられず、夢でも見ているのでは無いかと思った。
「第二の人生……どうして、私を?」
「私は貴女をずっと見ていたのです。貴女の生き方はとても素晴らしいものでした……あ、別に私は、貴女の裁判が勝つ方に賭けていて、負けて死刑になったことで感情が高ぶって思わず引き上げてしまったとか、そんなことはないですよ?あるわけないですよ?」
「はあ……よく分かりませんが、ありがとう存じます」
それからシェラフィールは、少女に新たな体と、次の世界で困らないように言語能力を授けた。ついでに本人の希望で、元の世界の文字の読み書きができる能力も授けた。
「ふむ……しかし、これだけでは足りませんね。私は貴女に、次の世界では何の不自由もなく、幸せに生きてほしいのです。ですので、貴女に特別な力も与えましょう」
「それは、女神様の奇跡の力ですか?」
「ふふっ。そうですね。女神の奇跡です。新たな世界には、魔力というものがあります。貴女の世界で言うところの、魔女の力です。貴女も魔女と言われたことがあるでしょう?」
それからシェラフィールは少女に膨大な魔力を与え、その使い方を教えた。そして魔硝石と呼ばれる、魔力のこもった鉱石についても説明した。
その鉱石は、新たな世界の星で採取することができ、普通の人が使えば微々たるものながら様々な能力を発現できるし、少女自身が使えば、その力をさらに増大させられることも教えた。
「私は、本物の魔女になったのですか?」
「新たな世界に魔女という概念はありません。ですから貴女は魔女ではなく、女神の奇跡を使って聖女におなりなさい。そう、本物の聖女に」
「聖女、ですか?」
「ええ。聖女です。そして新たな人生で、本当の幸せを掴みなさい。貴女には、その権利があるのですから」
「……神よ、感謝します」
「あ、そういえば新しい世界には、貴女の信仰していた神はいませんの。女神である私、一択だけですよ」
「えっと……女神様、感謝します」
◇
『……こうして私は、女神様によって、新たな生を授かりました』
導入部分を読んだ啓は、大きな溜息を吐いて天を仰いだ。
「どうした、ケイ。何か分かったのか」
装飾品を触っていたサリーが手を止め、啓に声をかけた。ミトラもこちらに顔を向ける。
「いや……わかったというか何というか……そういえばサリー。建国王って女性だったのか?」
「そうだが……知らなかったのか?」
「知らなかったよ。先入観で男だと思っていた。だからこれを読んで驚いたよ」
なお、啓にはもうひとつ驚いたことがあった。読んでいた手記の文字は、いわゆるアルファベットには違いないが、言語はフランス語だったのだ。
啓は元々、外国語が得意ではなかった。しかし啓は、女神に言語理解の能力を与えられ、この世界にある言葉はすべて理解できるようになった。
そのせいもあって、啓は時々現れるアクセント記号も自動的に読み進めていたため、それがフランス語であったことなど、意識しなければ気が付かなかったのだ。
「建国王が女性だと気付いたってことは、やっぱりケイにはそれが読めるんだねえ」
「ミトラ、それだけじゃない……もしかしたらオレ、この人を知ってるかもしれない」
「ええっ?建国王ってケイの知り合いなの!?」
「いや、知り合いじゃない。500年以上も前の人だし、オレが一方的に知っているだけだよ。歴史的な意味で」
とはいえ、啓は歴史もあまり得意ではなかった。一応、歴史上の偉人については、人並み程度の知識は持っていた。
故に、確証はないものの、啓はこの地に転生した少女に、幾つか心当たりがあった。
(この人、ジャンヌ・ダルクじゃないのか?)
啓は埃の被った記憶の倉庫をひっくり返して、ジャンヌ・ダルクの事を思い出してみた。
うろ覚えの知識で、正確とは言い難いが、確かジャンヌ・ダルクはフランスで生まれ、神様の言葉を聞いて戦を勝利に導いた人だったはずだ。そして最後は、魔女裁判か何かで死刑になったと記憶している。
記憶にある知識が必ずしも合っているとは限らないが、啓が知っている知識の範囲では、建国王とジャンヌ・ダルクの特徴は似ていると思った。そこで啓は、手記に建国王の名前が書いてないか探してみた。そして彼女の名前らしき記述を見つけた。
「……サリー。建国王の名前は、ジャネットか?」
「いや、違う。オルリックだ」
「ん?オルリックっていうのは、名字だろ?ここにはジャネットと書いてあるんだが、違うのか?」
手記に書かれていた名前は(惜しくも)ジャンヌでは無かった。そのことに啓は少し落胆したし、建国王がジャネットを名乗っていなかったことも意外に思った。
「オルリックは、この国を建国した時に建国王が名乗り、そのまま国の名になった名前だと聞いている。そして王家はそれを家名として受け継いでいる。建国王の実名が何であったかまでは、私は知らない」
「そうか……」
「そう落胆するな。先を読み進めれは何か分かるかもしれないぞ」
啓は頷き、先を読み進めることにした。
その先の話は、なかなか面白いものだった。
『盗賊に襲われていた人を助けたら、実は街の有力者だった』
『私は街の人々に歓迎され、調子に乗って女神様の御力を使って街を守っていたら、いつのまにか聖女扱いされていた』
『近隣の国が、私個人に保護や降伏を求めてきた。私、もしかしてやりすぎた?』
『私、国王になっちゃいました。どうしてこうなった……』
手記にはそんな感じで、少女の日記が徒然と綴られていた。そして、オルリックという国の名前の誕生秘話にも辿り着いた。
『周囲の小国を吸収、平定した結果、かなり大きな国になったので、新たに国の名前を決めることになった』
『私が新しい国の名前を考えることになった。そこで、ドンレミという名前を提案したら、発音が難しいからと言われて却下された』
『結局、かつて私が過ごしたオルレアンと、以前信仰していた教義であるカトリックを組み合わせて、オルリックという名前の国にしてみた。私としては、かなりふざけた名前にしたと思っている』
『何故か、私の名前もオルリックになった』
ジャネットさんは、わりと天然なのかもしれない、と啓は思った。しかし、砕けた調子の文章からは、ジャネットさんの余生が穏やかなものだったようにも感じられた。
そして手記の続きでは、ジャネット、改めオルリック建国王が結婚し(結婚相手については、かなりのイケメンでどストライクだったといった惚気話が続いたので、啓は軽く読み飛ばした)、子供も授かり、穏やかに暮らした様子が書かれていた。
「よかったな、ジャネットさん……」
「ケイ、泣いてるの!?」
「いや、ちょっと感情移入してしまって……そんなに見るなよ、ミトラ」
非業の死を遂げた少女の、その後の生涯が幸せなものだったことに、啓は心から祝福を送った。
その祝福が届いたのか、手記の最後には重要なことが書かれていた。
『最後に、いつか私と同じように、女神様によって新たな生を授かる人が現れるかもしれません。その時のために、私は母国語でこの手記を残しました。私の記録と共に、まだ見ぬ貴女へ贈り物を残します』
啓は息を呑んだ。そして啓は、再び呼吸を整えてから、手記に目を落とした。
『私はこの国の東方、まだ未開の地の鉱山に赴き、大きな魔硝石を生成しました』
(何だって?生成?)
啓は、建国王が自ら魔硝石を生み出す力をも持っていたことを初めて知った。女神はどれだけの力をジャネットさんに与えたのだろうか。
もしかしたら啓も、時間があれば女神からそのぐらいの力を与えてもらえたのかもしれないと思った。
啓を勝手に死の淵から引っ張り上げたことに怒り狂った大神が、あの残念女神を追いたてさえしなければ。
啓はそんなことを思い出しながら、手記の続きを読んだ。
『私は国が平和になった後、女神様の御力を使って、人々のために沢山の魔硝石を生成しました。その中でひとつだけ、特別な魔硝石を作っておいたのです。もしも貴女が幸せになれず、力不足を感じるようなことがあれば、その魔硝石を使って幸せを掴んでください。その魔硝石の在処は……』
手記には、その隠し場所と巨大魔硝石の使い方が記されていた。そして、その魔硝石の在処を示した場所は……
「ユスティールだ……ユスティールの至宝は、建国王が作ったんだ……オレのために」
「は?」
「え、どういうこと?」
啓は二人に、手記に書かれていたユスティールの至宝の秘密を話した。ミトラは驚きの表情を浮かべ、(仮面を被っていて表情の見えない)サリーは、感慨深そうな仕草をした。
「いやあ……なんだか壮大な話だね。現れるかどうかも分からない後輩のために、そんなものを残すなんて」
「後輩って……まあ、たしかに星単位で考えれば、建国王はオレの大先輩で間違いないな。それにしても、建国王は、魔硝石を隠した場所が開拓されるとは思わなかったんだろうか……」
「そんなことより、ケイ。どうするんだ?」
「どうするって?」
サリーに問われた啓は首を傾げた。
「わからないのか?ケイは国王と約束したじゃないか。あの巨大魔硝石を破壊すると」
「あ……そっか。どうしよう」
三人はその場で考え込んだ。当初の予定通り、巨大魔硝石を破壊してしまっても構わないが、建国王がせっかく遺してくれたものであるし、遺言通りに啓が有効活用できるならば、そうしたいとも思った。
「国王にも話して、相談するのが一番だろうな」
「そうだよな。オレ達だけで考えても仕方がない。王の執務室に行ってみよう」
「あー。あたしはここで待ってるよ。国王と話をするなんて恐れ多くて」
そう言ってミトラは、首を竦めて見せた。
「分かった。ミトラはここで待っててくれ。何かあればノイエに伝えるよ。部屋は近いから、バル子の念話も通じるだろう」
「うん、よろしく!」
そうして啓とサリーは、ミトラを残して客室を出た。
廊下に出た途端、サリーは「む?」と唸った。
「誰もいないだと?」
「……確かに、誰もいないな。これも国王の配慮かな?」
「いや、さすがに部屋の前には近衛がいると思っていた。それに、国王の執務室の前に護衛騎士がいないのもおかしいだろう。これでは職務怠慢だな」
サリーが杜撰な城の警備体制を嘆く。啓としては、腰に武器を下げた城の兵士達を見ると、変に緊張してしまうので、居なくて良かったと思わなくも無かった。
しかし直後、バル子が尻尾をピンと立て、啓に小声で警戒を促した。
「ご主人、気をつけてください……血の匂いです」
「なんだって?」
仮面に模したカンティークも、血の匂いに気付いてサリーに伝えたのか、サリーからも緊張が伝わってくる。そして周囲を警戒するサリーの目が、執務室の方角で止まった。
「ケイ、国王の執務室の扉を見てみろ」
サリーに言われて国王の執務室を見ると、扉が半開きになっているのが見えた。啓はサリー(の仮面)と目を合わせ、互いに頷くと、執務室の扉を全開にして中に入った。
「……国王陛下!」
啓が執務室の中で見たのは、短剣を胸に刺され、床に仰向けで倒れている国王の姿だった。
建国王が歴史の偉人であるかどうか、それは言及しないでおきます。
そんなことよりも事件発生です。
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