057 王子との試合
サリーとミトラが研究所を訪れている頃、城内の訓練場では、啓とアイゼンベルナール第一王子が、激しいバルダー戦を繰り広げていた。
アイゼンが素速い踏み込みと同時に棒を振り下ろす。それを啓が盾で受け、今度は啓が突きを繰り出した。アイゼンは後ろに跳んで突きを躱すが、着地と同時に地面を蹴って、啓に盾を前面に向けて体当たりを仕掛ける。それを啓が再び躱して、反撃する……
互いに様々なバリエーションで攻撃と防御を繰り返す、一進一退の攻防が続いていた。
見学している兵士達も唖然としていた。アイゼン王子は、王国内でもトップクラスに強いバルダーの戦士だった。そのアイゼンと互角に渡り合う平民に、驚きを隠せなかった。
しかし驚いているのは、戦っている啓も同じだった。一旦距離を取って互いに足を止めたところで、啓が感想を漏らした。
「いや、この王子、本当に凄いな。こんな強い相手は初めてだよ」
「ご主人も負けていません。それにバル子がついています!」
「ああ、そうだな。バル子は勝利の女神だもんな」
「女神だなんて、そんな……」
クネるバル子を目の端で感じながら、それでも啓は、このままでは勝てないと思っていた。
「あの王子、これでも手を抜いてるんだろ?戦う前に『女神の奇跡は使わないで戦ってやろう』って言ったぐらいなんだからさ」
「それはご主人も同じではないですか」
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
「ご主人、来ます」
アイゼンの機体が啓に向かって駆けてくる。啓も、アイゼンを迎え撃つために構えを取った。
アイゼンは武器の射程内で足を止め、連続で打撃を仕掛けてきた。アイゼンの速い攻撃を、啓は武器での受け流しと、盾での受け止めで全てを回避した。
しかしアイゼンは、間髪入れずに再び同じ連続攻撃を仕掛けてくる。それをアイゼンは三度繰り返したが、今度は最後にフェイントを混ぜ、バルダーの真下からすくい上げるような一撃を放ってきた。位置的には、啓のバルダーの股間にヒットする軌道だ。
一瞬、虚をつかれた啓だったが、攻撃自体は認識できた。しかし認識できただけで、自分の武器も盾も、攻撃を防ぐには間に合わなかった。
下がっても距離を詰められ、仰け反っても操縦席を狙われると判断した啓は、思い切って上体を傾けると同時に片脚で地面を蹴り、その場で側方宙返りをやってみせた。
その結果、アイゼンの切り上げ攻撃は空振りに終わった。
この動きによって、啓とバル子の出力は、瞬間的に練習用バルダーの許容量を超えた。バルダーの関節が軋み、脚からは異音や破裂音のようなものが聞こえた。
しかし啓は構わず、中空にいる状態から腕で地面を弾いた。回転力が足りず、完全に一回転することができなかったからだ。今度は腕から鈍い音が聞こえた。
体勢戻しに成功した啓は、アイゼンのバルダーの脇に向けて棒を振るった。先の攻撃で、啓を討ち取ったと早合点したアイゼンが、今度は完全に虚をつかれた格好となった。
腕を振り上げた状態になっているアイゼンのバルダーに、啓は完全にがら空きとなった脇に向けて、棒の一撃を放った。
「……あれ?」
「ご主人……これは、どうなんですか?」
「どうって……どうなんだろうな」
啓の攻撃は、アイゼンの機体に届いていなかった。しかし、武器や盾で防がれたわけではない。脇に当たる直前の、数十センチ手前で棒が停止しているのだ。
とはいえ、叩いた感触と反動だけはあったので、そこに見えない何かがあるのは間違いなかった。
その答えは、アイゼンが教えてくれた。
『いや、すまない。まさかやられるとは思わなかったのでな。思わず『鉄壁』を使ってしまった』
アイゼンはバルダーの拡声器で啓に謝罪した。つまり『鉄壁』とは、アイゼンの「女神の奇跡」の技だということだ。それからアイゼンは武器を捨てて、操縦席を開き、降参の意思表示をした。
◇
機体から降りた啓とアイゼンは、訓練場の中央で握手をした。アイゼンのほうから握手を求めてきたため、啓は恐縮しながらアイゼンの手を握った。
「女神の奇跡は使わないと言った手前、この試合は俺の負けだ。いや、たいしたものだな」
「いえ、殿下が初めからその技を使っていれば、私は勝てませんでした」
「まあ、それはそうだろうな」
アイゼンは悪びれずに答えた。アイゼンは、自分の女神の奇跡の技に『鉄壁』と名付けている通り、技の発動中は、自身やバルダーの周りに、目には見えない強固な防壁を作るのだと教えてくれた。
「この防壁は爆砲でも破れない。だから単身で敵の陣地に乗り込んで、暴れ回ることもできるのだ」
負けたにも関わらず、アイゼンは爽やかな笑顔を見せた。実際、アイゼンは久しぶりに良い試合ができたことに満足していた。
「しかし、俺まで負けてしまうとは、王国軍の面目が立たぬな。他に誰か、啓に挑みたい者でもいればいいのだが……」
「いや、殿下。私はもう……」
「ならば、私が戦ってみてもいいですか?」
啓がアイゼンと話をしている間に、イザークベルナール第二王子と、ウルガージェラール第三王子が啓達のそばに来ていた。そして立候補したのは、なんとイザークだった。
「イザーク、お前がやるのか?体調は大丈夫なのか?」
「アイゼン兄上の言うとおりだ、イザーク兄上。むしろ俺にやらせてほしい」
しかしイザークは首を横に振った。
「体調は大丈夫ですよ。それに体を動かすのは苦手ですが、バルダーの操縦は別です。操縦桿を握るだけですからね」
「いや、そうは言ってもだな……」
「兄上の戦いを見て、私も血が滾りました。是非、兄上の雪辱を果たさせてください。ケイもそれでいいですか?」
「はあ……分かりました」
「それと、ケイ。女神の奇跡が使えるのであれば使って構いませんよ。私も使いますので」
◇
図らずも王子と連戦することになった啓は、再びバルダーの操縦席に座った。そして啓は、バル子と今回の戦い方についての相談をした。
「女神の奇跡を使っていいと言われたけれど、どうしようか」
「盾だけを使う分には問題ないのではありませんか?」
「そうだな、そうしようか」
啓はバル子を使って、様々な武具を具現化できる。最も得意としているのは盾系なのだが、啓もバル子も色々と成長した今は、多少は武器も具現化することができるようになっていた。
しかし、一般的な女神の奇跡の技は、一つの技能に特化したものだと聞いているので、バル子やチャコを使って色々とできる啓は異端な存在だ。
啓は変に目立たないようにするために、使うのは盾だけにすることに決めた。
「ご主人は、既に目立ってるので無駄だと思いますが……」
「バル子、言わないでくれ」
程なく、イザークの準備が整い、アイゼンの合図で試合が始まった。
◇
試合は、イザークの先制攻撃から始まった。啓は防戦に回って、イザークの攻撃を見極めようと試みた。イザークの攻撃は鋭く、そして速かった。
しかし、アイゼンと比べると一段劣る印象に思えた。もちろん、イザークがまだ本気を出していない可能性もある。そこで啓は、バルダーの前面を覆えるほどの盾を具現化して見せた。
金色に輝く盾を見たイザークは、感嘆の声を上げた。
『ほう。これが貴方の力ですか。なんとも美しい盾だ。そしてこの大きさも素晴らしい。これでは攻撃を打ち込む隙がありませんね。実にお見事です』
拡声器でイザークが啓を褒める。余裕すら感じるイザークの声に、啓は少しだけ不安を感じた。
「大丈夫です、ご主人。この盾は簡単には壊れません」
「そうだな。よし、作戦通りに行こう!」
啓が立てた作戦は単純なものだ。バル子が具現化した大盾で攻撃を受け止め続ける。そして相手に隙ができたところで、具現化した盾を急に消して攻撃するというものだった。
物理的な盾では、盾を動かす所作が見えるが、具現化した盾は一瞬で消すことができる。そのため、突然消えた盾の背後から武器を突き出すという奇襲ができるのだ。
啓の策を知ってか知らずか、イザークは盾に向かって果敢に攻撃を仕掛けてきた。盾の破壊を狙っているのかも知れないが、啓にとっては好都合だった。そしてそのチャンスはすぐに訪れた。
イザークの振りが大きくなり、そして軽くバランスを崩した。啓はその隙を見逃さなかった。
「今だ、攻撃……あれっ!?」
啓は盾を消した瞬間に踏み込み、棒を突き出そうとしたが、バルダーは動かなかった。そして啓が攻撃をしないうちに、イザークは体勢を立て直して距離を取った。
「ご主人、バルダーの脚が……壊れました。左腕も駄目です。もう右腕しか動きません」
「何だって!?」
先の無茶な側方宙返りのせいで、ついにバルダーの駆動系が壊れたのだ。幸い、右腕だけは動くので、右腕で握った武器を振ることはできるが、ただ振るだけでは相手に当たるわけがなかった。
一方、突然棒立ちになった啓のバルダーにイザークは違和感を覚えたが、イザークはそれを勝機と見て、構わず攻撃を再開してきた。
「バル子、ひとまず盾だ!盾の具現化で攻撃を全部防ごう!」
「承知しました、ご主人!」
それは異様な光景だった。動かないバルダーの周りを、能動的に盾だけが現れ、イザークの攻撃を受け止めるのだ。イザークが啓の後ろに回り込んだとしても、盾は後ろにも現れた。
こうして啓は直立不動のまま、全方向からのイザークの攻撃を防ぎ続けた。
啓の消極的な立ち回りに、イザークも、試合を見ているアイゼンも、啓のバルダーに異常が起きているのではと気付き始めた。
しかし、試合は試合だ。このままイザークが攻撃を続ければ、力を使い果たした啓が一撃を食らうか、あるいは降参するしかないだろう。それはもはや、時間の問題と思われた。
しかし啓も、しっかりと反撃の手段を考えていた。バルダーは動かなくとも、盾は動くのだ。そこで啓は、イザークのバルダーが目的の位置で半身になったタイミングを見計らって、二つの盾でイザークのバルダーを挟み込んだ。
盾に挟まれ動けなくなったイザークのバルダーは、盾から必死に抜け出そうとあがいているが、完全に固定した盾はしっかりとバルダーを捕らえていた。少なくとも数分ぐらいは捕まえていられるだろうと踏んでいるが、啓はそんなに時間を掛けるつもりはなかった。
イザークのバルダーが挟み込まれている位置は、啓が今、唯一動かせるバルダーの右腕の直線上にあった。啓は棒を握った右腕を振り上げ、そしてイザークのバルダーに向けて振り下ろした。
金属を叩く、大きな音が場内に響いた。試合の決着がつき、アイゼンが軍配を上げた。
「勝者、イザーク!」
勝ったのは、紛れもなく、イザーク王子だった。
「……………………なにが起きたんだ?」
啓が振り下ろした棒は、イザークのバルダーに当たること無く、空振りしていた。何故なら、そこにイザークのバルダーの姿は無かったからだ。
イザークのバルダーは、啓のバルダーの真後ろにいた。そして、啓のバルダーの頭上に棒を当てていた。
「バル子、今、何が起きたんだ?何でオレは負けたんだ?」
「バル子も全く分かりませんでした、突然、王子のバルダーが消えたのです……」
「消えた?そんなことあるのか?」
「盾は緩めておりません。抜け出した様子もありませんでした。ですから、本当に消えたとしか……」
啓もバル子も、何が起きたのか分からず、当惑するばかりだった。
◇
試合が終わり、バルダーから降りた啓は、イザークから労いの言葉をかけられた。
「最後のあれは焦りましたよ。まさかこちらの身動きが取れなくなるとはね。実に個性的な戦い方でした」
「ですが、結果は私の負けでした……・その、最後は一体、何が起きたのですか?」
「それは私の女神の奇跡の力です。いいですか?」
「えっ……あれ!?」
「どうです、分かりましたか?」
今、目の前で話をしていたイザークが突然消えた。そして続けて、啓の背後からイザークの声が聞こえてきた。啓が慌てて振り向くと、啓の真後ろで、イザークが笑顔で立っていた。
「もしかして……瞬間移動、ですか?」
「ご明察です。私は一瞬で好きな場所に行けるのです。好きな場所と言っても、それほど遠くには行けませんがね」
あの時、盾に挟まれたイザークは、啓の攻撃を食らう直前、バルダーごと啓の背後に瞬間移動したのだと啓は理解した。
「なるほど、完敗です」
「いや、いい試合でしたよ。さて、次はウルガーと戦いますか?彼も戦いたがっていますが」
「いえ、できればもう勘弁してください。バルダーも壊れてしまいましたし……」
啓は本当に疲れ切っていた。しかし王族が望めば、第三王子とも戦わざるを得ないだろう。せめて壊れたバルダーは新しいものに変えてもらおうと思った啓だったが、試合はここで終了となった。
その理由は、壊れたバルダーのせいでも、啓の疲労を気遣った結果でもなく、練習場にやってきた兵士がもたらした情報によるものだった。
「アイゼン王子!カナートとの国境の戦いに関する詳しい情報が届きました!」
「やっと来たか。それで、結果は?」
「やはり、メリオール隊長の部隊は敗北したものと……」
「そうか、分かった」
知らせを聞いたアイゼンは、啓の元にやってきた。ウルガー王子もアイゼンの近くに駆け寄った。
「イザーク、ウルガー。聞いてのとおりだ。国境防衛部隊は敗北した。そのため、当初の予定通り、俺が出陣する」
「兄上。私も行きましょう」
「イザーク、無茶をするな!実戦と試合は違うのだぞ!」
名乗りを上げたイザークに対し、アイゼンが強い口調で反論する。しかしイザークは首を横に振った。
「兄上。今の試合を見たでしょう。私は大丈夫です。それに移動は自走車ですし、戦場ではバルダーに乗ります。体に負担はかかりませんよ」
「いや、しかしだな……」
「兄上も、私の瞬間移動能力はご存知でしょう。私は触れたものを移動させることもできます。戦場でも必ず役に立つでしょう」
「……父上に許可を貰ってからだからな」
イザークの申し出を仮承諾したアイゼンは、今度はウルガーに不在中の留守を頼んだ。
「イザーク兄上が行くなら、俺も行くよ」
「駄目だ。俺達がいない間は、お前が国と父上を守るんだ」
「……・分かってるよ。言ってみただけだ」
そしてアイゼンは、最後に啓に向き直ると、啓に付いてくるように言った。
「えっ、あの、アイゼン殿下。私は戦争に行くつもりは……」
「違う、兵士でもないお前を、いきなり戦場に連れて行くわけなど無いだろう。せめて入隊してからだ」
「では、どこへ?」
「報酬を渡すんだ。別途用意すると言っただろう?」
最後まで律儀な王子に、啓は胸をなでおろした。
◇
啓は城の待合室で、アイゼン王子から報酬を受け取った。国王が事前に準備していたとのことで、受け取りにはそれほど時間はかからなかった。
そして啓が希望していた女神の礼拝堂の見学については、この場にいない国王から預かった伝言で、明日の14時からできることを告げられた。
「本日はありがとうございました、アイゼン殿下」
「ああ、また会える日を楽しみにしている。その時には是非、入隊する意志を伝えてくれ。お前なら、バルダー隊の大隊長を任せてもいいぞ」
「いずれ、機会がございましたら」
啓は社交辞令で王子との挨拶を終えた。そして一礼し、待合室を出ようとした。
「待て、ケイ。ひとつ聞き忘れていた」
「はい、何でしょうか?」
既にお役御免の心持ちだった啓は、アイゼンの質問にも軽い気分で回答するつもりだった。
しかし、その質問は、まるで想像していなかったほどの破壊力があった。
「ケイ。お前は、本物の『ユスティールの至宝』が何処にあるか、知っているか?」
啓の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
「………………いえ、その……本物、というのは、何でしょうか?」
啓は、自分の発した言葉が、すごく遠くで聞こえるような錯覚に陥った。
自分の回答に不備はないか、声は上ずっていなかったか、答えるまでに掛かった時間に違和感は無かったか……様々な心配が頭の中を超高速で駆け巡った。
(何故アイゼンは至宝が偽物だと分かったのだろうか)
(いや、本当に知っていて聞いているのだろうか。カマをかけているのではないのか)
(オレに本物の在り処を聞いたということは、オレが隠したという確信を持っているのか)
(いや、知っているかと聞いたということは、ただ聞いてみただけじゃないのか)
(本物の在り処を聞いて……アイゼン王子はどうするつもりなのか)
心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえ、目はアイゼンから離すことができなかった。目を逸らしたら、僅かな嘘でも見抜かれるのでは、という不安に押しつぶされそうだった。
しかし、先に目を逸らしたのは、アイゼンだった。
「そうだな。詮無いことだった。なんでもない。忘れてくれ」
「はい……では、失礼いたします」
啓は、気を抜けば震えだしそうな脚を必死に抑え、王城を後にした。
試合はそれなりに無事に終わりましたが、最後は心穏やかにはいきませんでした。
次回、礼拝堂に行きます。
2月の2回目の連休、皆様ごゆるりとお過ごしできますように。
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